Fate/reverse alternative   作:アンドリュースプーン

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第13話  切り捨てる者、切り捨てられた者

 アイリスフィールからの緊急警報。

 それを受けた切嗣は直ぐさま拠点へと急いだ。

 アイリスフィールはマスターではない。だが彼女の胎内には脱落したサーヴァントを納めるための『小聖杯』がある。

 もしも万が一なにかの拍子に彼女の聖杯が傷つく、または破壊されるなんてことがあれば、聖杯戦争そのものが根底から瓦解してしまう。

 今までに犠牲にしてきた数多の命が全て無為になる。それだけは許してはいけない。

 自分自身へかける強化の魔術による身体強化、そして体内時間を加速させる固有時制御の四倍速。

 固有時制御は解除されれば、使用していた肉体が外界の時間に合わせるよう世界から急激な修正を食らい大ダメージを負うというデメリットがある。

 故に現実的には加速できるのは二倍速が限度だ。だが切嗣の体内にあるアヴァロンによる蘇生効果が切嗣に四倍までの加速を許していた。

 その速度はもはや下手なサーヴァントを凌駕しよう。

 

「――――切嗣っ!」

 

 夜空を裂いて青い閃光が切嗣の隣に並ぶ。

 月に濡れた金砂の髪、人を超えし気配。切嗣の召喚した最優のサーヴァント、セイバーであった。

 彼女も舞弥からの連絡を受け急いで戻って来たのだろう。

 

「切嗣、捕まって下さい。飛ばします!」

 

 返事はせず、コクリとだけ頷き切嗣はセイバーの肩につかまる。するとセイバーは鎧を解除した。

 魔力放出、息を吸うだけで魔力を生み出す魔術回路を超えた魔力炉心をもつ彼女のスキルだ。

 応用法は様々で、魔力を使い身体能力を爆発的に上昇させることもできるし防御力に優れた白銀の鎧を構成することもできる。剣士としては小柄なセイバーが他のサーヴァントと互角以上に渡り合うことができるトリックがこれだった。

 そして鎧を解除したということは鎧に回していた分の魔力が必要なくなるということ。

 セイバーは生まれた余剰魔力を足に回し、ジェット噴射の如く跳躍した。

 屋根から屋根へ。電柱からビルの屋上へ。道なりを無視しただアイリスフィールのいる拠点へ真っ直ぐに進む。

 

「……結界が」

 

 拠点を視界に収めた切嗣が歯噛みする。

 あの武家屋敷を拠点とするにあたりアイリスフィールと共同で構築しておいた結界が綺麗さっぱり消滅していた。

 即席とはいえただの魔術師にあそこまで綺麗さっぱりに、結界そのものがなかったかのように解除することが出来る筈がない。

 結界を突破する手段など幾らでもあるが、大抵は必ず結界が存在した跡くらいは残ってしまうものだ。切嗣とて結界を突破することはできても、結界の痕跡をゼロにするのは難しい。

 それをやってのけるということは、

 

「結界破壊の宝具をもつサーヴァントか、或いは魔術に秀でたキャスターのクラスか」

 

「…………」

 

 切嗣の推論をセイバーは黙って聞いていた。セイバーも同じ考えなのだろう。

 魔術師(キャスター)は最弱のクラス。真っ向勝負では最も弱いが、その分、諜報や搦め手に特化したサーヴァントだ。謂わば切嗣の戦い方に近いクラスともいえる。

 アイリスフィールがもしキャスターの手に落ちてしまえば……最悪の最悪の可能性すらあり得る。

 セイバーが邸宅の前に着地すると、切嗣も肩から手を離す。

 間違いない。邸宅の中から人ならざる者の気配を感じる。敵サーヴァントだ。

 

「マスター、対魔力をもつ私が先行します。マスターは後から」

 

 セイバーが切嗣を守るように邸宅へ入る。

 もし敵サーヴァントがキャスターだというのなら、対魔力Aで魔術が一切通用しないセイバーは天敵のはずだ。

 しかし油断はできない。切嗣は周囲を警戒しながら、セイバーは切嗣の身を気に置きながら慎重に進んでいく。

 

「……ここです」

 

 セイバーが居間の前で止まる。そして切嗣の準備が良いことを確認すると襖を蹴り破り突入した。

 

「お早いお帰りね、愛しの妻を助けるナイトの登場かしら。迎えに行く手間が省けたわ」

 

「…………ッ!」

 

 息をのむ。黒いローブから覗くのは薄く微笑む唇。

 マスターとしての権限で見るステータスは魔力が断トツで高く他は低ランク。見た目からいってもステータスからいってもキャスターなのはほぼ確実だ。

 しかも最悪なことにキャスターはその腕にアイリスフィールを抱えていた。

 人質のつもりなのだろう。

 

「キャスターか」

 

「ええ、その通り。この身はキャスターのサーヴァントよ衛宮切嗣」

 

「――――――」

 

 切嗣の隣でセイバーが腰を落とす。もしキャスターが隙を見せれば即座に斬りかかれるように。

 だが動けない。セイバーだけではなく切嗣も。

 セイバーがキャスターの首を掻き切るよりも、切嗣がキャスターに魔弾を浴びせるよりも。それよりも遥かに速くキャスターの指はアイリスフィールを殺すだろう。

 

「マスター」

 

 セイバーが切嗣の指示を急かす。

 もしも切嗣が一言「やれ」と命じれば、セイバーはアイリスフィールに構わずキャスターを両断するだろう。

 それで全てが解決する。キャスターにセイバーの剣を受け止める術はない。キャスターは脱落し残るサーヴァントは五騎となる。

 だが切嗣は妻を見捨てるという冷徹な決断を下せないでいた。

 アイリスフィールを失いたくない、という感傷に囚われた訳では勿論ない。

 キャスターの魔術がアイリスフィールを殺すだけなら、切嗣もセイバーに「やれ」と命じることが出来ただろう。しかし万が一にもキャスターの魔術が、またはセイバーの剣がアイリスフィールの聖杯を破壊してしまえば。

 

(…………僕としたことが、相手の裏をかくことに慣れていても。裏をかかれることには慣れていなかったということか)

 

 恒久的世界平和のためには絶対に聖杯が必要だ。

 もしこの機会を逃せば次に聖杯が出現するのは六十年後。六十年後に切嗣が生きている確証がない以上、此度の儀礼を逃すことは出来ない。

 万が一があっては、いけないのだ。 

 

「まさか人質をとるなんて卑怯だ、なんて偽善な事は言わないでしょうね。私のやってることなんて、貴方と比べたら遥かに良心的よ。なにせ私はまだ誰も殺していないのですしね」

 

 キャスターが切嗣を嘲笑う。  

 セイバーがゆっくりと不可視の剣を傾け、

 

「止めておきなさいセイバー、貴女じゃ私には勝てないわ」

 

 全てを見通していると言わんばかりに艶然とキャスターが言った。

 

「そこの衛宮切嗣、彼のマスターとしての素養は平均より少し上といった程度でしょうね。だけど所詮はただの人間、私達サーヴァントを正しく生前と同じ状態にするにはお粗末極まるわ」

 

「貴様とてそれは同じだろうキャスター。貴様もサーヴァントである以上、マスターからの魔力供給で身を保っているはずだ」

 

「あら。それは早合点ね。私達サーヴァントは元々魂喰いでしょう。なら魔力供給する方法はマスターからの魔力供給だけじゃない」

 

「キャスター、貴様は――――っ」

 

「ふふふふ。今やこの街の全てが私の魔力供給源。謂わば私は、千人ものマスターから魔力供給を受けているようなもの。今の私なら貴女が隠し持つ宝具でも無制限に扱えるわ」

 

 キャスターは嘘を言っていないだろう。

 切嗣はここ最近冬木市でガス漏れ事故が多発しているというニュースを聞いている。あの事故はキャスターの魂喰いの影響だったのだ。

 

(だが幾らキャスターだろうと街中の人間から大規模に魔力を吸い取るなんて…………ああ、そういうことか。この冬木の霊脈は円蔵山の柳洞寺へ集約される。謂わば川の最上流。あそこに陣取ったなら、魔力を吸い取るなんてお手の物だろう。キャスターのサーヴァントなら)

 

 キャスターの居城は分かったが、状況はなにも解決していない。

 どうにかしてキャスターを出しぬき、アイリスフィールの聖杯を安全に確保しなければ。

 

「……何が目的だ」

 

 いつでも起源弾が装填されたトンプソン・コンテンダーを構えられるような体勢をとりながら訊く。

 潤沢な魔力供給を頼みに真っ向勝負をするつもりなら人質などとりはしないだろう。キャスターは他の目的でこの場に来ている。

 

「話が早くて助かるわ。私はあなたのことが大嫌いだから、あんまりお喋りしたくもないしね」

 

「…………」

 

「ねぇ、衛宮切嗣。奥さんを助けたい? いいわよ。解放してあげても。貴方がその腕を切り落としてマスターを放棄するならば」

 

「貴様――――!」

 

 怒気を孕ませセイバーが前に出る。

 しかしそれを切嗣が手で制した。

 

「怒ることはないでしょう? こちらもかなり譲歩しているのよ。腕一本と妻一人、彼女の夫ならどちらを選ぶべきか考えるまでもないでしょう」

 

「世迷言を。マスターが令呪を破棄したとしてお前がアイリスフィールを解放するという保証がどこにある」

 

「嘘じゃないわよ。なんならキャスターの名にかけて誓ってもいい。どうやら魔術師殺しなんて大層な名で呼ばれてるみたいだけど、神代の魔術師の私からすれば貴方程度……地べたの蟻のようなもの。煩わしくても脅威たりえないわ」

 

「マスター、騙されないで下さい。キャスターが約束を遵守するはずがありません。一度言いなりになってしまえば最後、マスターの全てを奪われてしまいます」

 

 同感だ。他のサーヴァントは兎も角、キャスターの差し出してきた降伏文書に調印することだけは出来ない。

 ある意味でキャスター以上に悪辣な所業をこれまで行ってきた切嗣だからこそ、キャスターの言う事に従うという危険性が誰よりも分かる。

 

「アイリスフィールのことは諦めて下さい。貴方は妻のために理想を捨てる人間ではないでしょう。ご命令を」

 

 あのキャスターを倒すのは簡単だ。セイバーにOKサインを出せば、それだけで片が付く。

 

(……どうにかしてセイバーと話したい。だがここで話してもキャスターに聞かれてしまうだろう。マスターとサーヴァントのラインを使った思念での会話は……駄目だ。奴は神代の魔術師と言った。神代の魔術師ならこの距離の思念会話を盗聴するのは難しいことじゃない)

 

 その時、切嗣の目に不自然に傷ついた床が見えた。

 なにか細く鋭利なものに傷つけられた切断面。それはただ不規則なものではなく、ある規則に則った『文字』を描き出している。

 

(床に落ちた針金……それに文字…………これはアインツベルンの魔術文字か。――――ギリシャ? なるほど。アイリ、ヒントを残しておいてくれたのか)

 

 それはアイリスフィールが夫のために残したヒント――――もしかしたら遺言になってしまうかもしれない一単語。

 キャスターと戦っても倒せないと悟ったアイリスフィールは自分の知る情報だけでも切嗣に伝えようとしたのだ。

 

(ギリシャ、神代。つまりキャスターはギリシャ神話の英霊か)

 

 切嗣の頭の中に幾人ものギリシャ神話に登場する魔術師の名前が浮かんでくる。

 もしキャスターの真名を暴くことができれば、それが突破口になるかもしれない。

 しかし、キャスターはそれを待ってはくれなかった。

 

「時間切れよ。結局、貴方は彼女の言った通り『理想』なんて下らないものの為に妻を犠牲とする男だったようね。もういいわ、もう人質は用済み。さようなら衛宮切嗣、せめて妻の遺体に縋ってなさい」

 

 キャスターの指先に魔力が灯る。

 瞬間、セイバーが動いた。疾風の速度で下段から剣を振るう。不可視の剣が向かうのはキャスターの首。

 するとキャスターも動く。ニヤリと笑いアイリスフィールを盾としたのだ。

 恐らくキャスターからすれば、清廉なる騎士に主君の妻を殺したという汚名をきせてやろう、という下らない欲望を源泉とする行為だったのだろう。

 しかしその行いは偶然にも切嗣の最も弱い個所をついていた。

 セイバーの剣の軌道上、そこにアイリスフィールの胎内にある聖杯は含まれている。

 

「セイバー、止めろ!!」

 

 令呪の発動が強制的にセイバーの剣を停止させる。

 いきなり体が止められたセイバーは苦悶の声を漏らしながら、心底信じられないという表情を切嗣に向けた。

 

「マスター、どうして……?」

 

 貴方はこんな優しさなどないはずだ、セイバーの目がそう尋ねていた。

 しかし切嗣がセイバーに言葉を返す前に、懐から不思議な形をした虹色の短剣を取り出していた。

 

「意外だったわ、土壇場で妻の命を選ぶなんてね」

 

 知識ではなく本能であの短剣は良くないものだと直感した。

 その短剣をキャスターはセイバーへと向ける。通常ならキャスターの突き刺す短剣など楽に躱せただろうセイバーも、皮肉なことに切嗣の令呪により反応が遅れた。

 

「破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)」

 

 解放される真名と共に短剣がセイバーに突き立てられた。

 その時、切嗣とセイバーとの間の何かが消えた。

 短剣が引き抜かれる。セイバーにダメージらしいダメージはないが、まるで力を失ったように刺された箇所を抑えて苦悶する。

 切嗣は一瞬手の甲に鈍い痛みを感じた。

 

「…………!!」

 

 流石の切嗣も驚きで目を見開いた。

 手の甲。そこにあるべきものが綺麗さっぱりに消滅していた。

 

「令呪が、なくなっている……?」

 

 いや令呪だけではない。セイバーと切嗣のラインすら消え去っていた。

 間違いない。これがキャスターの宝具。

 成立した魔術契約・サーヴァントとマスターの契約すら全て虚無へと戻す究極の対魔術宝具。

 裏切りの概念を形としたこんなものを持つギリシャの魔術師といえば、思い当たる真名は。

 

「コルキスの魔女メディア」

 

「あら正解よ、だけど遅かったわね。もうセイバーは私の玩具よ」

 

 さっきまで切嗣の手の甲にあった令呪が今はキャスターの手にある。

 ここに至って知る。キャスターの目的は衛宮切嗣とセイバーを脱落させることなどではない。セイバーを奪う事だったのだ。

 

「Time alter ―― double accel!」

 

 そのことを悟るや否や切嗣は固有時制御を発動させ動いていた。

 セイバーがサーヴァントでなくなった以上、アヴァロンの蘇生効果には余り期待ができない。三倍速以上は危険だ。

 切嗣はトンプソン・コンテンダーを取り出しキャスターへ発砲した。

 

「そんなものが効くと思って」

 

 馬鹿にしたようにキャスターが魔術障壁を展開する。

 トンプソン・コンデンターが如何に火力の高い銃だろうとキャスターの魔術障壁には傷一つとして与えられないだろう。

 もしも発砲される弾丸がただの弾丸だったのならば、だが。

 

「うっ、ぐぅ、ぁぁああ!!」

 

 魔術障壁に触れた起源弾は今までに使用された37人と同じように、キャスター(魔術師)に効果を発した。

 キャスターが苦悶の呻きをあげながら後退する。普通の魔術師なら止めを刺すシークエンスに移行しただろうが、キャスターは人ならざるサーヴァント。

 起源弾程度の神秘では英霊という最上位の神秘を滅ぼし尽すには足りない。一時的に魔術回路をショートさせたとしても直ぐに復活するだろう。

 故に切嗣はキャスターに止めを刺すという選択肢を早々に破棄する。

 向かう先はアイリスフィールのもと。

 

「――――させないわよ」

 

 思ったよりも回復が早い。キャスターが放つ魔力弾が切嗣に殺到する。しかしやはり本調子ではないのか魔力弾の動きにキレがない。

 切嗣はどうにか魔力弾を躱す。しかし魔力弾が霞めたのか腕の皮が切れ血が噴きだした。

 

「……!」

 

 悪寒を感じ切嗣が後退する。

 そこへ振るわれた一薙ぎ。この鋭い太刀筋はセイバーのもの。キャスターの令呪により操られているのだろう。

 苦々しい表情を浮かべながらセイバーが切嗣に剣を向けていた。

 セイバーと目が合う。

 

(アイリスフィールは……無理だ。やむをえない)

 

 今はぎりぎりの所で保っているが、完全にセイバーが支配されてしまえば切嗣の死は不可避となる。

 そうなる前に二倍速となった身体能力を活かし、切嗣は妻とサーヴァントから背を向け撤退した。

 

 

 


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