Fate/reverse alternative 作:アンドリュースプーン
「はははははははっ! まさかウェイバーにステンノさんみたいに美人の彼女がいたなんて!」
「水臭いわねぇ、ウェイバーちゃん。ガールフレンドがくるなら事前に教えてくれれば御馳走の準備もできたのに」
「いえお構いなく。私も彼を驚かせようと黙って来たんですから」
「…………」
ウェイバーの目の前では信じられない光景が広がっている。
マッケンジー家の食卓を囲むのは四人。
この家の住人であるマッケンジー夫妻。
夫妻に暗示の魔術をかけ"孫"だと認識させることで、冬木での拠点として潜り込んでいるウェイバー。
そして何故か実体化して一緒に夕食を食べているサーヴァント・ライダー。
(どうしてこうなった)
頭を抱えたくなるのを必死に抑えながら嘆息する。
今や食卓での話はウェイバーの『大学』での近況や暮らしぶりから、曾孫は何人がいいかだの、娘なら名前はどうだのと耳を塞ぎたい方向へとシフトしていた。
もしもマッケンジー夫妻が魔術師ならサーヴァント(霊体)と人間(実体)の間に子供なんて出来るか馬鹿、と怒鳴っていたかもしれない。だがそんなことを夫妻に話しても意味がないし、それ以前にそんなことをすれば魔術協会から警告を喰らう。
神秘は希少であればあるほど魔術基盤を独占することにより強くなる。逆を言えば広く知られた魔術は力を失う。
故に魔術協会は神秘の漏洩を第一の罪としている。大衆に魔術が知られるということは、魔術の衰退をも意味してるのだ。
(科学とか数学とか……他の学問なら広く一般に伝わるのが発展だっていうのに、魔術は広く知れ渡ることが衰退なんて。これじゃあべこべだな)
夕飯のご飯を口に運びながらそんなことを考える。
しかしこの沢庵という漬物は美味い。単品だとそれほどでもないが、ライスと一緒に食べるとがらりと変わる。
まるで魔法のようだ、と魔術師らしからぬ思考をするウェイバー。
ウェイバーのような時計塔の末端は知る由もないが、現存する魔法の一つは食事なのではないか。
(ま、そんな訳ないんだけど)
もし聖杯戦争を勝ち抜いたら少しお裾分けとして持って帰ろう。
イギリスとこの日本を比べたら国風でも魔術を学ぶ土壌としてもイギリスが断然上だが、こと食事に関しては日本の方が優れている。
いや、イギリスに食文化で下回る国があるとも思えないが。
「ところでステンノさんは大学ではどんな事を専門に学んでいるのですかな?」
「ウェイバーちゃんとのなれ初めは?」
「それはですね―――」
マッケンジー夫妻の質問に淀みなく当たり障りのない出鱈目を述べていくライダー。
しかしステンノさんと呼ばれる度にライダーが怯えたような雰囲気を垣間見せるのは気のせいだろうか。
ウェイバーはこんな事態になった経緯を回想する。
「佐々木小次郎、日本の侍……その出生は不明な点が多く……」
図書館より帰ったウェイバーはライダーと共に借りてきた本を見分していた。
アサシンのサーヴァント、佐々木小次郎の情報を得る為である。
「刃長三尺三寸余りの長刀を使用し……って三尺!? 1m近い剣を振り回してたのかよこいつ。剣の名前は備前長船長光?」
「ウェイバー、ここにその刀の図がのってますよ」
ライダーに指差されたところを見る。
後世の人間のイメージで書かれたせいか、ウェイバーが使い魔越しで見たアサシンの得物とは差異がある。だがそれは僅かな物だ。
やはりアサシンの真名が佐々木小次郎というのは本人の名乗り通りなのだろう。
「なぁ。ライダー。アサシンの真名が佐々木小次郎なのは一先ず確定として、佐々木小次郎の宝具ってなんなんだ? やっぱりこの物干し竿か?」
「……そうかもしれませんし、そうでないかもしれない。とは言っておきましょう」
「随分と曖昧な答えだな」
「ウェイバー、貴方はサーヴァントの『宝具』についてどの程度の知識がありますか?」
「馬鹿にするなよ。そんなもん知ってる」
聖杯戦争に参加すると決意してから、ウェイバーは時計塔にある英霊についての資料を調べ回った。
お陰でサーヴァントのスキルや必殺の武器である『宝具』についても一通りの知識を得ている。
「宝具っていうのは英霊の象徴。英霊と一緒になって伝説を作った武器、または能力……だよな?」
「はい。種別としては一人または二人程度の人数に効果を発揮する対人宝具、軍隊規模にまで効果を発揮する対軍宝具、そして城という一つの拠点に対して効果を発揮する対城宝具などがあります」
他には魔術に対して効果を発揮する対魔術宝具。結界を構築する結界宝具などだ。
常時開放型という常に効果を発揮し続ける宝具も中にはあるが、大抵の場合、宝具は真名解放した時にその真価を発揮する。魔術礼装で例えるなら単一の力しかもたぬ限定礼装だ。
「で。佐々木小次郎って侍と一緒になって戦ったのがこの物干し竿って刀なら、この刀が佐々木小次郎の宝具になるんじゃないのか?」
「それは早計です、ウェイバー。剣士のサーヴァントの宝具が必ずしも『剣』であるとは限りません。なにより英霊の『宝具』とは生前に持っていた能力やアイテムだけではありません。死後に英霊として祀りあげられ、人々の信仰が骨子となり英霊に宝具という形で能力を付与することがある。謂わば後天的宝具といえるでしょう。私は生前に持っていたものしか持っていませんが、サーヴァントの中にはそういった宝具を持つ者は多くいます」
仮に手にもった物を自分の宝具にしてしまう宝具をもったサーヴァントがいたとしよう。
しかしそれは生前の伝承が人々の信仰により形となったものであり、生前そのサーヴァントがそんな能力を持っていたという訳ではない。ただそのサーヴァントの宝具である以上、そのサーヴァントの体の一部も同然。よって後天的に得た宝具であろうと、サーヴァントはその宝具を十全に扱う事ができるのだ。
おまけにこれは聖杯戦争限定だが。後天的に得た宝具であるが故に、その宝具の真名は歴史や伝説に行為として記述はされていても名は記されていない。
ネームレス・ファンタズム。名も無き幻想。
解放する真名がネームレスならば、真名解放をしたところで英霊の真名がばれる心配はない。
もっともアサシンの場合、とっくに真名が分かってしまっているのだが。
「なるほどな。じゃあ佐々木小次郎の宝具は剣じゃなくて伝承そのものってことってこともあるのか」
けれど、だとすれば佐々木小次郎の宝具になりうるほどの伝承とはなんだ。
「この『燕返し』じゃないでしょうか。佐々木小次郎の剣術の代名詞として有名ですし、高名な剣術家や武術家の奥義がそのまま宝具となる例もありますから」
「うーん、じゃあその燕返しっていうのは――――」
ウェイバーが『燕返し』なる剣技について調べようとした時だった。
部屋のドアが開く。
「ウェイバー、帰って来たのなら一緒に将棋でも……おやまぁ」
この家の家主、グレン・マッケンジーは視界にライダーを納めるとぽかんと口を開け、ウェイバーとライダーを見比べる。
普段ならサーヴァントは霊体化していた透明だ。しかし透明なままだと佐々木小次郎の真名調査に弊害が出るだろうというということで実体化させていたのが仇となった。
唯一の救いは図書館から帰ってそのまま調査を始めたのでまともな服装をしていたことだろう。
「ええと、ウェイバー。その女性は誰か教えてくれるかい?」
その後、訝しむグレン・マッケンジーにライダーが咄嗟に自分はウェイバーと大学の同期のステンノだ。冬木には観光ついでにサプライズに来ただのと言い訳して…………今に至るというわけである。
もう散々だ。後は済し崩し的にライダーも夕食に招かれるわ、ウェイバーの目の前で話が妙な方向にくはと無茶苦茶である。
ちなみにステンノというのはメドゥーサの実姉の名前だ。
(はぁ。ま、いいか)
本当に微々たるものだが食事も魔力供給にはなる。そう考えれば悪いことばかりではないのかもしれない。というよりそう思わないとやっていられない。
『冬木市で連続するガス漏れ事故は範囲を広げ以前として――――――』
ニュースキャスターの声がリビングに響く。
ウェイバーとライダーがこうして平和にいる間も聖杯戦争は続いている。
日が落ち暗くなってからケイネスはランサーを伴って双子館を出た。
人手が多い昼間に戦えば神秘を衆目に晒すことになるので必然的に聖杯戦争の本番は夜から、という事になる。
ケイネスは一つの幸運に恵まれた。
もしもケイネスが夜ではなく夕方にこの双子館を出ていれば、彼の婚約者であるソラウは一人の魔術使いの魔手に落ちていただろう。
しかし彼にとって最悪の天敵である衛宮切嗣は今この時に限りケイネス・エルメロイに削く時間はなくなっていた。
「そんでケイネス、どこ行くんだよ」
霊体化して後ろからついてくるランサーの声が背中にかかる。
「昨日の話を聞いていなかったのか? この冬木のセカンドオーナー、遠坂時臣の所だ。ふふふふふっ。宝石翁が直系の弟子の実力、堪能させてもらおうか」
口元を綻ばせながらケイネスは遠坂邸へと歩く。
ケイネスに付き従うのはランサーだけではない。ケイネスの創り上げた魔術礼装もまた自動的にケイネスに続いて進む。
本来ケイネスは生粋の魔術師。その例に漏れずケイネスは戦闘者ではなく研究者だ。
しかしケイネスは面白半分と趣味で幾つか戦闘用の強力な魔術礼装を創り上げており、聖杯戦争に参加するに当たりそれらを持ちこんでいる。
その殆どはハイアットホテルの爆発に巻き込まれてしまったが、ケイネスの礼装の中で最も強力なものは万全だ。
「やけにやる気じゃねえかよ。やっぱソラウにいいところを見せたいってことか?」
「五月蠅いぞランサー。お前はどうにも喋りが過ぎる。お前もサーヴァントなら唯々諾々と私の言う事に従っていればいいのだ」
「あ? そりゃお断りだ。俺はお前のサーヴァントだが、俺はこの聖杯戦争を愉しむために参加したんだよ。それをだ。お前の言う通り奴隷みてえに動いてりゃ闘争も糞もあったもんじゃない。大体お前はどうも危なっかしいからな。指示に全部従ってたら後ろからやられるかもしれねえぞ。アサシンはアレだが、アサシン染みた奴はいるらしいからな」
「誰が危なっかしいだ!」
「実際に居城爆破されたじゃねえかよ。構築に半日以上かけたご自慢の工房、俺もお前が泣いて頼むからルーンで結界を作ってやったのに」
「泣いて頼んで等いない。勝手に記憶を都合よく改竄するな愚か者! お前も仮にも騎士ならば騎士らしく私に忠義を誓い神妙にしていればどうなのだ?」
「騎士といってもな。後世がどうだったか知らんが、俺の時代なんて不忠さえしなけりゃ好きに戦争して良かったような国だしよ。あんまり今に伝わる騎士道とはいえたもんじゃねえかもしれん」
「………………」
ケイネスはこのランサーが苦手だった。
英霊だろうとなんだろうとサーヴァントは使い魔。使い魔ならば魔術師の奴隷であればいい、とケイネスは思う。
しかしランサーは使い魔の癖して好き勝手に意見を言い好き勝手に振る舞う。
本当に気に食わない。
なにより気に食わないのが、そのことを心のどこかで怒りきれていない自分がいることだ。これではまるでランサーという『奴隷』を対等のように扱っているようではないか。
「まぁ良い。これから我等が挑む相手は遠坂時臣、よもや我が工房を無粋な真似で破壊したような連中と同じ真似はしないであろう。お前はサーヴァントの足止めをしてさえいればそれでいい。その間、私は遠坂時臣ととっくり魔術戦に興じさせて貰うだけだ」
「俺はサーヴァント、お前はマスター。どっちが先に仕留めるが勝負ってところだな。ま、もしも危なくなったら令呪を使え。お前が遠坂なんたらとかいう奴にヒーヒー言わされてても助けてやるよ」
「余計なお世話だ馬鹿者!」
「――――――おい、ケイネス。少し身を伏せろ」
突然ランサーの空気が変わる。
実体化し猛禽類のような目で夜の闇を睨んだランサーは、空中を疾走してきた流星を真紅の魔槍で叩き落とした。
「これはッ!」
叩き落とされ地面に転がったのは剣だった。けれど剣にしては近くにセイバーらしき気配はない。
否応なく最初のアサシンとの戦いが想起される。あの戦いの終盤、今回と同じように剣により超長距離から狙撃されたことがあった。
「アーチャーのサーヴァントか!?」
剣を矢として放つという攻撃法をとるサーヴァントが他にいるとは考えずらい。
アーチャーによる狙撃とみるのが妥当だろう。
「そうみてえだぜケイネス。はん、予定通りじゃねえか。マスターとしちゃアーチャーを真っ先に仕留めたかったんだろう」
ランサーは剣が飛んできた軌道から逆算し、アーチャーのいるであろう狙撃ポイントを見やる。
「――――俺も同感だぜ」
ランサーにとっての聖杯戦争第二戦が始まる。
そしてケイネスにとっては今後の趨勢を占う第一戦が始まった。