Fate/reverse alternative 作:アンドリュースプーン
こういう時、召喚したサーヴァントがアーチャーで良かったと思う。
アーチャーはクラス別技能に単独行動というものをもっている。
その四文字が示す通りマスターからの魔力供給がなくとも行動できるスキルで、ランクBのアーチャーは三日程度ならマスターのバックアップがなくとも存命できるのだ。
対魔力と違い正面きって直接戦う分には役に立たないスキルだが、マスターから遠く離れて行動するにはもってこいである。アーチャーの千里眼スキルも合わせれば諜報活動には非常に有効といえるだろう。
諜報用として綺礼に召喚してもらったアサシンが諜報向けとはいえないサーヴァントだったので、時臣のアーチャーが諜報向けの能力をもってくれたことは不幸中の幸いだ。
時臣がアーチャーへ命じたのは『衛宮切嗣の所在』と『冬木市で多発するガス漏れ事故』についてだ。
前者は言うに及ばず。
衛宮切嗣を排除するためだ。
聖杯戦争を時臣の計画通りに行わせる為というのもある。
衛宮切嗣は参加したマスターの中でも危険度は随一であり、魔術師にとっては天敵となりうる相手。早く脱落させるにこしたことはない。
だがそれ以上に、時臣は魔術協会よりこの冬木の土地を預かるセカンドオーナーだ。犯罪者を逮捕するのが警察の義務ならば、外道の魔術師を排除するのはセカンドオーナーたる時臣の義務である。
例え聖杯戦争中だろうと、時臣はマスターである前に魔術師であり冬木の管理者だ。この責任を放棄することは時臣の信条が許さない。
そして後者の『ガス漏れ事故』。
監督役の璃正神父からの情報でも、一連の事件がサーヴァントの仕業であることはほぼ確実。しかもここまで大規模な行いはキャスターのサーヴァントの所業だろう。
こちらは死者は一人も出しておらず神秘の漏洩も完璧と、魔術師としての一線は遵守しているので衛宮切嗣よりは優先度は低い。
しかしこの行為をいつまでも許していればキャスターの力が増すばかり。
最弱のキャスターとはいえ貯蔵する魔力が『無尽蔵』ならば最悪のダークホースに化けてしまう可能性もある。
衛宮切嗣を倒した直ぐ後にキャスターを討たなければならないだろう。
セイバーのようにAランクの対魔力があれば良いのだが、アーチャーの対魔力はD。キャスターのサーヴァントに対しては脆弱すぎる防御力だ。
時臣はサーヴァントを模したチェスの駒を弄びながら紅茶を口に運ぶ。
そして魔術師殺しとセイバーの前に時臣とアーチャーの駒を置いた。
「我が盤上の戦略には一部の隙もない。が、綺礼の居城を襲撃した際の手際……セイバーのステータス。もしも私の戦略の見えぬ隙間を縫って私に短剣を突き刺す者がいるとすれば、それはこのペアだろう」
戦いに"劇的"なものは必要ない。奇襲・奇策などは下の下。
相手より優れた戦力、正確な情報。必要なのはこれだ。奇襲を使うのは奇襲を使わなければ勝てない弱者だけだ。
強者にとっての戦いとは常に王道を征き、当然のように勝利を掴むことを云う。
『報告だ、マスター。まさか私を偵察に出して自分は優雅に寝入っているということはないだろうな?』
「――――きたか。いいや待っていたよアーチャー、君から齎される情報をね」
ラインを伝わって届いたアーチャーの皮肉を余裕をもって受ける。
アーチャーの情報、これの如何によって今後の戦い方を決めるのだ。眠ってなどいられない。
「最初の案件、衛宮切嗣の所在については確認できたかな?」
『否だ。私は衛宮切嗣の姿を視認できていない。マスターの言う通り郊外にあるというアインツベルンの森に行ってみたのだがな。そこに衛宮切嗣とセイバーはいなかったよ』
「衛宮切嗣とセイバー"は"ということは、別の人間がいたのか?」
『ああ。戦闘用ホムンクルスが幾人かと近代兵器と魔術を組み合わせたトラップ……アインツベルンは素敵な歓迎を客人にするらしい。下手なマスターが足を踏み入れていれば、サーヴァントと戦う事もなく脱落していたかもしれない代物だ』
「……アインツベルンのホムンクルス。話には聞いている」
『十世紀に渡る研鑽は伊達ではないということなんだろう。あのホムンクルス、単純な筋力なら下手なサーヴァントよりも上だ。それが戦車の装甲をミンチのように破壊する得物をもち、疲れも知らないというのだからね。まるで性質の悪い悪夢だ。吸血鬼の居城の方が幾分か慎みがあるというものだ』
「まさか苦戦したのか、サーヴァントである君が」
『それこそまさか。確かに筋力だけはサーヴァントと張り合えるだろうが肝心の技量がおざなりだ。馬鹿力だけが能の木偶など恐くもない。何体か破壊したが衛宮切嗣とセイバーはいないようなのでね。撤退したよ』
「適切な判断だ。戦闘用ホムンクルスなど衛宮切嗣にとっては使い捨ての駒……そんなものに一々構うことはない」
『衛宮切嗣は居城の頑強さよりも隠匿性を重要視したのだろう。森から帰還し冬木市を調査してみたが衛宮切嗣を視界に収めることは終ぞ叶わなかったよ』
「そうか。……衛宮切嗣の所在調査は徒労に終わってしまった、か」
『やれやれ。その決断を下すには早計ではないかね。私はまだ話を終えてないというのに』
「では、見つけたのか?」
『その話をする前に二番目の案件についてだな。最近冬木市を賑わしているガス漏れ事件……いや、サーヴァントの魂食い。いくらキャスターでも冬木市全土から魔力を奪うなど並大抵のことではない。ならば奴がいるのは冬木市全土の龍脈の行き着く先たる柳洞寺だと目星をつけたのだが……そこに驚天動地のサーヴァントがいた』
「……? キャスターではなかったのか。柳洞寺に陣取るサーヴァントは」
広範囲へと根を張ったことから、ガス漏れ事件を引き起こしているサーヴァントはキャスターだと確信に近い予感があった時臣は呆気に囚われる。
「キャスターではない。となると強力な宝具をもっているライダーあたりか。アサシンより聞き及んだ性格から可能性は少ないと思うがルーン魔術に秀でたクーフーリンもありうる。イレギュラークラスのサーヴァントということも……」
「残念ながら、どれも不正解だ時臣。柳洞寺にいたのはセイバーだ」
「……ッ! 馬鹿な」
歴代の聖杯戦争で必ず最後まで残った実績をもち、最優のサーヴァントとも言われるセイバーは魔力以外のステータスが水準以上でなければ該当しないクラスだ。
そう、魔力以外である。まさか此度のセイバーは白兵戦のみならず魔術にも特化したサーヴァントというのか。
「セイバーが魂食いの犯人……なのか。だが……それよりも考えられるのは、まさかセイバーは」
『ふむ。セイバーが一連の黒幕というよりもセイバーとキャスターが手を組み陣取った、と読むのが正解だろう。柳洞寺の結界のせいでサーヴァントは山道を通ってでしかあそこに侵入できんが、その山門はあのセイバーが守っている。キャスターのサーヴァントと衛宮切嗣は柳洞寺の中だろう』
「……面倒な」
前衛に特化したサーヴァントと後衛に特化したサーヴァント。
直接戦闘のプロフェッショナルと補助のプロフェッショナル。
最優の剣士と最高の魔術師。考え得る限り最悪の組み合わせだ。
「アーチャー、もし柳洞寺に挑んだとして勝算は?」
『マスターが勝てと命じるのなら、サーヴァントとしてはその期待に応じるまでだ。だがお勧めはしない。私単独でセイバーと挑んでもがら空きの背中をキャスターに狙われる。万全を期すならアサシンと共同戦線を張るしかないな』
「むぅ」
単独で柳洞寺の攻略は困難。攻略しようとするならアサシンをも動員しなければならない。
だが魔術師の工房とは魔窟。キャスターのサーヴァントの構築した工房ともなれば、遠坂邸のトラップの軽く十倍は凶悪なものがあると考えていいだろう。
「どうしたものか」
『―――――っと、マスター。衛宮切嗣とキャスターにばかり構ってもいられなくなったようだぞ。来客だ、それも物騒な』
「……どのサーヴァントだ?」
『ロード・エルメロイと……あれはランサーだな。歩く方向からしてまず間違いなく君の屋敷へと向かっている。さて、どうする?』
衛宮切嗣とキャスターは討たなければならない。だが挑んでくる相手に背を向けることもまた出来ない。
ロード・エルメロイとランサーが遠坂時臣に挑むというのなら迎え撃つだけだ。
しかしアーチャーは弓兵。ランサーのように白兵戦闘をし、マスターはそれを傍観という訳にもいかない。
「アーチャー、ロード・エルメロイとランサーに対し狙撃を行え。ロード・エルメロイは兎も角、ランサーは我が屋敷へと近づけるな。魔術師相手ならまだしも、私もサーヴァントを相手するのは御免蒙るのでね。サーヴァントは君に任せよう」
『屋敷にはアサシンがいるだろう?』
「私と綺礼が水面下で共闘していることは出来れば最後まで隠し通しておきたいことだ。もしロード・エルメロイに知られれば面倒なことになる」
『了解した。では期待に応えるとしよう』
アーチャーとの通信が切れる。ケイネスとランサーの迎撃行動に移ったのだろう。
くいと時臣が指を動かすと手元にルビーを先端に埋め込まれた杖が飛んでくる。アーチャーの迎撃が成功すれば良し、しかし失敗したら時臣自身も戦わなければならない局面に至る可能性は高い。
「綺礼にも伝えねばな」
匿っていることが知られない為にも綺礼は地下で傷の静養に努めている。けれど万が一の場合はアサシンの力を貸して貰わなければならないかもしれない。
ランサーの真名はクーフーリン。クランの猛犬、生涯において負けなしのアイルランドの大英雄。その魔槍は心臓を問答無用で穿つ因果逆転の力をもっている。
けれどアーチャーの狙撃なら槍の範囲外から一方的に攻撃することができるだろう。それなら因果逆転も怖くはない。
「――――ままならないものだ」
達観したように薄く苦笑すると、時臣は杖をもち部屋を出る。
キャスターの対策を考える前に目の前の敵を打破しなければなるまい。
「なんたることだ。遠坂時臣に合い見える前にこのような邪魔を受けるとは……!」
ケイネスは数キロ離れた場所から狙撃してくるアーチャーに対して愚痴る。だが文句を言ったところでアーチャーが狙撃を止めてくれるはずもない。
硬いコンクリートの大地には既に三本の矢がランサーによって叩き落とされ転がっている。サーヴァントの武装だけありそれなりの魔力が篭っていることが伺えるが『宝具』といえるほどのものではない。
「いいや。余りにもタイミングが良すぎる、遠坂時臣のとこに行こうとしたら偶然にアーチャーに目ェつけられたってより、遠坂時臣のとこに行こうとしたからアーチャーに目をつけられたって見る方が正解だろ」
「……ぬっ。それは、そうかもしれん」
サーヴァントの諫言を正しいとするのは癪に障るがその考察に一理あるのは認めざるをえない。
アーチャーが遠坂時臣のもとへ行こうとする自分とランサーを狙撃して妨害した。そしてアーチャーは白兵戦は不得手とするクラス。
そこから導き出せる解は遠坂時臣のサーヴァントがアーチャーであるということに他ならない。
「ちっ! こっちが黙って防御してりゃいい気になって撃ちまくりやがって。これだから弓兵風情は気に食わねえ」
ランサーが四度目の矢を叩き落とす。
亜音速で向かってくる矢を当然の如く槍で弾くランサーの技量は驚嘆するものだが、このままではどうにも埒が明かない。
槍兵の戦場とは正面きっての果し合い。しかしランサーとアーチャーとの距離が離れすぎている。これでは弓兵の独壇場だ。
「ああ、またきやがったか! しかも三連発か、そら――――ッ!」
同時にきた三本の矢を神速の三連突きで破壊するランサー。
唇をかむ。
もし此処にいるのがランサーだけならば如何様にもアーチャーへ接近を試みることができただろう。ランサーには矢避けの加護がある。どれほどの距離があろうと矢を避け叩き落としながら接近するのは難しいことではない。
だがそれを出来ないでしているのは他ならぬ自分のせいだ。
ランサーが単独でアーチャーに向かっていけば、アーチャーの狙いはランサーからケイネスへと向くだろう。
ケイネスの頼りとする礼装はビルの倒壊からも術者を守り通す防御力をもつが、流石にアーチャーの螺旋剣を防げるほどのものではない。ランサーがケイネスから離れればアーチャーは待ってましたと言わんばかりに螺旋剣でケイネスを抹殺してくる。
時計塔で最年少の講師となり神童と謳われた自分がサーヴァントの足手まといになっている、その事実がどうしようもなく許し難い。
(しかし奴はどうして単なる矢しか撃ってこない。アサシンとの戦いに横やりを入れて来たときは宝具を……奇妙な螺旋剣を矢として撃っていた。だが今は宝具未満の矢だけ)
そのことを疑問に感じたケイネスだったが、ふと辺りの街並みを視界に収めた事で理解する。
アーチャーは宝具の出し惜しみをしているのではない。宝具を出せないでいるのだ。
ケイネスとランサーがいるのは市街地だ。人気がなくがらんとしているが、それでも少し行けば人家など幾らでもある。
そしてケイネスが見た螺旋剣の破壊力をこの辺り一帯を丸ごと吹っ飛ばすには十分すぎる威力をもっていた。そうなれば騒ぎにもなる。
遠坂時臣は神秘の漏洩を防ぐ
これは光明が差したかもしれない。
(これが正しいならば……! これならばいける。遠坂時臣、聖杯戦争中であろうと一般人に神秘を漏洩させまいとする心構えは賞賛に値しよう。だが容赦はすまい)
自信というものが戻ってきた。応戦するランサーに声をはりあげる。
「ランサー! 一通りの多い場所だ! 人気が出来るだけ多い場所を通りアーチャーへの接近を試みる」
「ん、ああそういうことか」
「アーチャーは人気の多い場所で宝具を使うことを躊躇っている。ならば奴は私達が人気の多い場所にいけばいくほどに派手な攻撃ができなくなる」
それこそ新都にでも出てしまえば、アーチャーはその弓を納めることになるだろう。
正道な魔術師のサーヴァントとして召喚されたお陰で魔力供給に不足はないだろうが、正道な魔術師のサーヴァントであるが故に道を外れた行動ができない。
敵対者の弱点に付け込むこの手のやり方はケイネスの美学に反する行為なのだが仕方ない。これも敵マスターの首級をあげソラウに自分を認めさせる為なのだと思えば我慢もできる。
「……だがそうは問屋がおろしてくれねえようだぜ。奴め、お前の狙いを読んで切り札を出してきやがった」
大気を鳴動させながら黒塗りの剣が雷光の速度で迫ってくる。帯電する赤い紫電のようなものはオーバーフローする魔力の発露。
ケイネスの魔術師としての眼力と知識がそれが『宝具』であることを教えてくれた。前に見た螺旋剣とは形状もなにもかもが違う。
しかし所詮は雷光。神速の魔槍で打破できぬものではない。
青い髪をなびかせ、ランサーが槍を一線。黒塗りの剣を弾き飛ばした。
宝具を出したといっても、やはり神秘の隠蔽に気を遣ったのか大した威力ではない。学校の校庭一帯を抉り取った螺旋剣と比べれば雲泥の差だ。
さっきまでの矢より威力は強くとも迎撃することは難しくない。
これで宝具の第一射は攻略した。このまま第二射と第三射と撃退しながら距離を詰めていく。そうしてアーチャーに近付ききれば後はランサーの独壇場だ。
接近された狙撃手ほど脆いものはないのだから。勝利は貰ったも同然である。
だがここでケイネスにとっても、ランサーにとっても理解の外の事態が起きた。
ランサーの魔槍に弾き飛ばされあらぬ方向へと飛んでいったはずの黒塗りの剣。それが意志があるかのように空中でクルリと再びケイネスとランサーを向くと、再び二人に襲い掛かったのだ。
ランサーのゲイボルクのような因果逆転の呪いはないため、射手を殺せばこの剣もまた役を終える。しかし逆に言えば射手を倒さない限りこの魔弾は止まらない。
「威力は大した事ねえが、また面倒なもんを!」
逸早くこれに気付いたランサーが渾身の力を込め魔弾に槍を振り落す。
クランの猛犬の一薙ぎを受けた魔弾は粉々に砕け散った。これならばもう追尾はできない。
しかしこれで終わったということではなかった。
ケイネスは目に強化をかけ数キロ先にいるアーチャーを視認する。既にアーチャーは二射目の赤原猟犬を装填していた。
そして第一射目以上の魔力が込められた魔弾が放たれる。
ケイネスは勘違いをしていた。アーチャーは人気がない場所では満足に宝具を出せない為、仕方なくただの矢で攻撃していたと、そう思っていた。だがアーチャーは確認していただけなのだ。どの程度なら神秘を漏洩せずに自分の『宝具』を使えるかどうか。そのギリギリの境界線を探していた、それだけだった。
(今はまだランサーで迎撃できる威力だが、もしもこれが段々と威力を増していけば……)
最悪、ランサーは死に自分も死ぬ。アーチャーはそれだけの力をもっている。
どうする? ここは一旦退却して体制を整えるか。
アーチャーの赤原猟犬も一通りの多い新都にでも出ればアーチャー自身が追尾を止めさせるだろう。ランサーの敏捷性ならば難しいことではない。
だが、敵を前にして尻尾撒いて逃げるなどケイネスのプライドが許さない。
立ち向かってくる相手は自らの才気をもって圧倒する。それがケイネス・エルメロイの人生そのものの指針。
こんな極東の島国でその指針を曲げてなるものか。
(このままではジリ貧。退却もできん。これはケイネス・エルメロイの闘争なのだ! 私は逃走をしにきたのではない。闘争をしにきたのだ! 闘い争いにきたのだ! 逃げ走るためにきたのではないッ!)
自分の持つカード、そしてランサーの性能と宝具とスキル。アーチャーのもつ奇妙な力。
それらをひっくるめて並べ考える。この窮地を乗り越える策を。
「……ランサー、お前のゲイボルクの投擲はアーチャーまで届くか?」
「あン。ま、届くには届くだろうが……あの得体の知れねえアーチャーがゲイボルクの威力を相殺するに足るだけの宝具をもっていれば俺は一旦得物を失うぞ。遠距離へ投擲した槍は都合よく瞬時に俺の手元に戻ってきたりはしねえからな。そこを狙われりゃ」
「問題ない。槍が届く、その言葉だけ聞ければ良かった。次のアーチャーの射撃に合わせてゲイボルクを使う。準備しろ」
「策があるみてえだな。いいだろう。俺の命、この一時お前に預けよう」
「グッド」
数キロ先でアーチャーが次弾を装填していた。遠目からでも相当量の魔力が込められていると一目で看過できる。
あれだけの魔力だ。宝具のランクを数値化すればBランクはあるだろう。
魔術師だけではない。人間を超えた神秘の塊たるサーヴァントでもアレの直撃を喰らえば死は免れない。
しかし――――ケイネスには確信がある。
あの赤原猟犬は強力なれど、ランサーの魔槍には劣るという。
「ランサー!」
アーチャーが矢を放ったと同時、ケイネスが強く叫ぶ。ランサーは了解、と腰を沈め飛んだ。
自らの四肢を槍を投げるためだけの装置とするその動作はランサーが対軍宝具を解放するという兆し。
「
地上へと堕ちる猟犬と、天上へと昇る真紅の魔槍。
因果逆転の呪いを秘めし真紅は赤い弓兵を穿つその前に、自らの主の喉元を食い破らんと欲する猟犬へ誅罰を下すため疾駆する。
けれどこれだけでは終わらない。
「ケイネス・エルメロイの名の下に令呪をもって我が従僕たる槍兵に命じる。ランサーよ、跳躍せよ!」
令呪の使用による爆発的なサーヴァントのブースト。
魔術では有り得ぬ奇跡すら実現する三度の絶対命令権は、ケイネス・エルメロイの膨大な魔力を注ぎ込まれスペック以上の爆発力を生み出す。
青い魔力をジェットエンジンのように噴射させランサーが魔槍の後を飛ぶ。
その直後、魔槍は黒塗りの猟犬の胴体を穿いて砕き弓兵へと殺到していた。
猟犬との接触により多少破壊力を削がれたとはいえ未だ因果逆転は健在。ただ真っ直ぐにアーチャーの心臓目掛けて飛ぶ。
されど――――
「
ランサーが英霊ならばアーチャーもまた英霊。
目を閉じ素早く自己へと埋没したアーチャーは自分の『――――』に貯蔵される最も頼りとする防具を引き出していく。
「
アーチャーの前面に展開された七つの花弁が槍の進撃を食い止める。
誰が知ろうか。この花弁こそがアイアス。トロイア戦争においてヘラクレスに匹敵しうる彼の大英雄の投擲を唯一防いだ盾である。
その防御性は花弁の一枚一枚が古の城塞に匹敵しよう。こと投擲攻撃に対する防御という事ならこれに並ぶ盾はそうはない。
しかしゲイボルクもさるもの。
スカサハ直伝の魔槍は接触したその瞬間に花弁の三つを破壊したが、やはり赤原猟犬とのぶつかり合いが大きかったようでそれ以上は破壊することが出来ず弾かれた。
けれどその弾かれた槍をケイネスの令呪により飛んできたランサーが軽快に掴み取る。
ランサーが降り立ったのはアーチャーから10m離れた位置。
今、立場は逆転した。
弓兵の独壇場が遠距離からの狙撃ならば、槍兵の独壇場とは近距離での白兵に他ならない。
ランサーは魔槍をアーチャーへと向け言い放った。
「漸く面見れたなアーチャー。こっからはやられた分はしっかりやり返すとするかねぇ。っと、よもや事ここに至り逃げ出す、ということはなかろうな」
「クッ――――まさか、もう勝った気になっているのかね? 気の早いものだ。私はまだ両手を挙げたつもりはないのだが」
「抜かせ弓兵」
青い槍兵と赤い弓兵。青と赤のサーヴァント。
二騎はまるで互いが倒すべき因縁の怨敵だったかのように睨み合った。