Fate/reverse alternative   作:アンドリュースプーン

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第17話  マーキュリー&ウゥルカーヌス

 戦いは音もなく始まった。

 眼前の敵へと疾駆する青い槍使い。それを迎え撃つは赤い弓使い。

 アーチャーはその両手に陰と陽の夫婦剣を出現させ深紅の魔槍を受ける。

 

「―――――クッ」

 

 小さく苦笑をこぼしながら神速の一撃を見事に受け流して見せた。

 初撃、戦いにおける最初の峰をどうにか乗り越える。

 青い槍使い。クーフーリンはステータスと白兵戦闘力においてアーチャーの上をいっている。もしアーチャーとランサーの条件が真実同じであればアーチャーは最初の一撃で致命傷を受けていただろう。

 そうはならなかった理由はひとつ、情報における優位だ。

 アーチャーはアサシン、言峰、時臣の視覚情報を経由することによりアサシンとランサーの戦いを見ている。そこで視て確認したランサーの戦闘スタイル、そしてアーチャーがもつという『心眼』スキルが弓兵の身でランサーと打ち合うことを許していた。

 

「はぁぁぁ――――ッ!」

 

 されどランサーとて甘い相手ではない。生涯無敗の英傑は七騎の豪傑が集まるこの聖杯戦争においても随一の知名度と勇名をもった人物だ。

 目にも留まらぬ、ではなく目視の適わぬ神速の連続突きがアーチャーの心臓、腕、足、頭をほぼ同時に狙ってくる。

 

「せいっ――――!」

 

 気合一閃、アーチャーが吼える。

 ランサーは平然と放っているが、その刺突は『天才』と称された武人が一生かけても辿り着けるか辿り着けないかも分からぬ絶技だ。その絶技でさえ槍の英霊にはただの刺突でしかない。

 対してアーチャーはランサーとは違いどこまでも『凡才』だ。弓においてはランサーを上回ろうが槍と剣においては才能など一切ない。

 そのアーチャーにこの神速の四連突きを受けきることはできない。

 陰と陽。白と黒の夫婦剣、干将・莫耶。丈夫さにかけては折り紙つきの双剣だが双つでは四つの死には及ばない。

 

「投影――――」

 

 されど、この身は。

 

「――――開始!」

 

 ただの弓兵に非ず。

 アーチャーはアーチャーであって弓兵ではなく魔術師。そして初歩的な魔術さえ満足に会得できないでいたアーチャーが特化していた魔術こそ『投影魔術』に他ならない。

 グラデーション・エア。本来は足りないものを一時的に補う代用品を生むことにしか使えぬ余りにも不効率な魔術。

 しかしアーチャーの投影は英霊の奥の手たる『宝具』の模倣すら可能とする。

 アーチャーに双つの剣で四の刺突を受ける技量はない。

 ならば簡単だ。魔術師は足りぬものがあれば他から持ってきて補うもの。

 双つの刃で止められぬのであれば、四の刃を用意してやればいい。

 空中に新たに投影された二つの刃。それは一時の盾としてランサーの刺突を受け止める。

 

「ちっ!」

 

 刺突が防がれたのであれば払いで。

 下から突き上げるように弧を描き赤い槍が振るわれた。筋力でもランサーはアーチャーの上をいく。正面から止めれば力負けして吹っ飛ばされかねない。

 故にアーチャーは一歩、一歩だけ後ろに後退し槍の最先端に自分の莫耶を当てる。

 小学生でも知る梃子の原理だ。重心から離れれば離れるほどに錘は重くなる。そしてランサーの槍を止めると、アーチャーは前進し干将を振り落とした。

 

「弓兵が、やるじゃねえか。だが」

 

 槍使いが槍のみを武器とする道理はない。真の戦士にとって武器とは自分の体の一部でしかない。槍を振るうというのは立つ、触れる、歩くなどといった人間にとっての当たり前の運動と同じなのだ。

 そのランサーは槍ではなく足という武器でアーチャーの腹を蹴り飛ばした。

 

「ぬっ!」

 

 鎧のお陰で大きなダメージはなかったが、それでもアーチャーはほんの一瞬怯む。

 その一瞬、ランサーが槍を突き出していた。

 

「ままならないものだ」

 

 暴露すればアーチャーはランサーとの戦いに全力を尽くせないでいる。

 それは別にランサーの技量を軽んじているということではない。アーチャーが本気の本気を出せないのは他ならぬランサーの宝具の警戒のためだ。

 英霊の座と伝承での知識が確かならランサーのゲイボルクには対軍宝具として以外に対人宝具としての側面がある。

 因果逆転、必殺必滅の槍。その真名を開放されれば幸運がAのアサシンなら分からないがランクEのアーチャーでは敗北は必至。

 だが因果逆転の槍を打ち破るのはなにも幸運だけではない。アーチャーの考える限り槍を打ち破る方法はもう二つ。

 一つは大威力の一撃をもってゲイボルクを粉微塵に破壊してしまうこと。ランサーを殺しても心臓を穿つことを止めない魔槍も、槍さえ破壊してしまえば槍に秘められた因果逆転の呪いも消滅する。

 しかしその術をアーチャーはもたない。伝説に伝わる魔槍を破壊するとなればA++相当の宝具が必要だ。けれどアーチャーをもってしてもランクA++の『■■■■■■■■■』の投影は不可能だ。

 あの輝き、あの光を、こんな薄汚れた己がどうして創造できるものか。出来るとすれば相当に劣化した紛い物程度。そんな紛い物の光では魔槍を砕くには足らない。

 もう一つの方法は槍の破壊力を超える防壁を用意すること。

 アーチャーがもつ槍を防ぐ術はこちらだ。

 大英雄の投擲をも防いだ槍。あの盾ならば対軍仕様のものはギリギリだろうが、対人としての魔槍も防げる……かもしれない。確証はないのでもし発動されそうになれば全力で槍の射程距離外にまで後退するのがベターだが、ランサーの高い敏捷性ならばそれが叶わないという可能性は十分にある。そのための盾だった。

 だが剣ならぬ宝具を投影するとなればアーチャーにも時間が必要だ。そのため常にアーチャーは魔術回路に『盾』をセットしておかなければならず、真の『宝具』を見せられないのだ。

 アーチャーの『宝具』は展開するのにかなりの時間がかかる。そんな時間をかけていればランサーの魔槍は確実にアーチャーの命を奪い去る。

 

「――――――」

 

 それでも戦わなければならない。

 本命は此度ではなく十年後だが、もしも『運命』を変えれるのならばという思いはこの胸にあるのだから。

 アーチャーは夫婦剣を構えランサーと打ち合った。

 

 

 

 時臣は屋敷を出て、来るであろう来訪者を待つ。

 アンティークな古時計がチクタクと時を刻む。時間にして三分もなかっただろう。されど那由多の如き感覚の後。

 来訪者は遠坂邸の門を開けた。

 

「アーチボルト家九代目当主、ケイネス・エルメロイがここに推参仕る。遠坂の魔術師よ、己が大師父の名にかけて尋常に立ち会うが良い」

 

 いっそ清々しいまでの名乗りと堂々とした入場。

 それを慢心とも自己顕示とも受け取りはすまい。ロード・エルメロイにはその名乗りを許すだけの実力がある。優れた魔道の力がある。

 ロード・エルメロイは暫し歩き庭にて杖をもち優雅に待つ時臣を視認すると足を止めた。

 

「ようこそ我が屋敷へ、ロード・エルメロイ。礼節に則り貴公が名乗ったのであれば私もまた名乗りを返そう。魔道元帥シュバインオーグが末裔、遠坂家五代目当主・遠坂時臣。時計塔に名高きロードと見えることが出来たのは私にとっても嬉しい」

 

 敵マスターを前にしようと"余裕をもって優雅たれ"という遠坂の家訓を常に実践してきた男は優雅さを崩しはしない。いや才能に恵まれぬ身でありながら時計塔の怪物たちと対等以上に渡り合い、終ぞ遠坂の名を知らしめた時臣の精神力はサーヴァントを前にしようと動じることはなかった。

 一方のケイネスは尊大そうに振る舞っているものの警戒心は一切解いてはいなかった。

 ケイネスは一流の魔術師であるが故に魔術師の領地に侵入するというのがどういう意味なのかを熟知している。

 魔術師にとって『工房』とは要塞だ。自分の学んだ研究成果を決して他に漏らすまいとする冷徹なる牙城。至る所に罠があり人を惑わす幻惑があり魔が放たれている。

 ましてや今は聖杯戦争中だ。その工房の防御もより一層高められているのは間違いない。

 

「さて。ミスタ・エルメロイ、貴方は私にとって招かれざる客人だ。だが招かれざる客であろうと客人は客人。私には客人を持て成す用意がある。貴方は紅茶と杖のどちらをお望みで我が邸宅の門を潜ったのか……お聞かせ願いたい」

 

「問うまでもなかろう。貴様と私のサーヴァントが剣を交えているのであれば、マスターたる我等が卓を囲み興じる事はするまい」

 

 魔力の発露。ケイネスの足元に置かれている壺が鳴動する。

 まるで眠りについていた竜が目覚めたような悪寒を時臣は感じた。

 身構える。長年魔術師として研鑽を積んできた時臣には理屈よりも直感で理解できた。あの壺の中身――――そこに収められている魔術礼装は極上だ。

 

沸き立て、我が血潮(Fevor,mei,sanguis)

 

 ケイネスの詠唱に反応し壺の中身が波立つ。壺から出てきたのは液体だった。金属的な光沢の液体。

 時臣も魔術師として錬金術を齧っていた為にこの世にある貴金属は一通り把握している。だから一目で分かった。

 壺から溢れ出たのはただの液体ではない。これは水銀だ。

 

自立防御(Automatoportum defensio)自動索敵(Automatoportum quaerere)指定攻撃(Dilectus incursio)

 

 水銀に自身の魔力を通し操っているのだろう。そこには恐ろしいほどに難解かつ複雑な術式が積み重ねられているだろうが仕掛けとしては単純明快だ。

 つまりは自由自在に魔力の通う水銀を操る。それがケイネス・エルメロイの礼装の効力。

 

「礼装、月霊髄液(ヴォールメン・ハイドログラム)!!」

 

 水銀がケイネスの周りを守護するかのように固める。見たところ風と水の属性における流体操作、それを極端に発展させているものと見た。

 

「――――――Anfang(セット)

 

 されど時臣とて一流の魔術師。極上の礼装をみせられたのであれば、無限に積み重ねた研鑽にて迎え撃とう。

 先端にルビーの入った杖を構える。全身の魔術回路に魔力が行渡った。服の裏には魔力を込められた合計19の宝石。

 なによりここは遠坂時臣の本拠地。この土地の全てが遠坂時臣の味方だ。

 負けるわけにはいかない。

 

(Scalp)!!」

 

 ケイネスの発声と同時に戦端がきられる。水銀が鞭のようにしなり時臣へと殺到してきた。

 水銀は数ある貴金属の中でも一際重く固い物質である。そこにケイネスの魔力が込められ更にあれだけの量とあらば切れ味は現存するどんな刃物よりも鋭いだろう。

 レニウムやウルフラムであろうと或いは容易に切断してしまうかもしれない。

 時臣の得意とする魔術は"炎"。物理防御力に欠ける炎では水銀の刃を防ぐには足りないだろう。

 瞬時にそう判断した時臣は自分の"脚力"を強化し水銀の刃を躱した。

 

Kugel(呪詛) Gebühr(起動) Fegen mit Feuer(一斉掃射)!」

 

 時臣の詠唱を受け屋敷に仕掛けられたトラップの一つが起動する。ケイネスの背後からガトリングガンのように物的破壊力を秘めたガントが発射された。

 威力は正しくガトリングガン。人間に当たれば三秒でその者を蜂の巣の無残な死骸へと変貌させるだろう。

 しかしガントがケイネスへと近づいた瞬間、水銀が自動的にケイネスの背後に広く展開され弾いた。

 人を蜂の巣にするガントも水銀の壁を破壊することはできず北欧に伝わる呪詛は空しく雲散する。

 

「自動防御機能か――――!?」

 

「ご名答。良い推理だよ遠坂時臣。我が月霊髄液は我が意のままにただ従うだけの二流礼装とは訳が違う。私に対する干渉をオートでストップさせるのだよ。そんなガント程度ではこの私に傷一つつけることも出来ぬぞ」

 

 成程。優れた防御性だ。

 この礼装の力でケイネスはハイアットホテルの倒壊から生還することができたのだろう。

 ビルの倒壊から所有者を守りきるほどの防御力となればガントでは歯が立つわけがない。

 

「そのようだ。だが、Intensive Einascherung(我が敵の火葬は苛烈なるべし)

 

 ケイネスの月霊髄液が水銀を操るという単一の力しか持たぬ限定礼装ならば、時臣のもつ杖は術者の力を底上げする補助礼装。

 ルビーに灼熱の光が灯り、それが眩く苛烈な火柱を出現させた。

 

Luft(空気) ausschluss(除去)……」

 

 炎を操るものとは別の詠唱を唱えてから火柱を水銀へ叩きつけた。

 だが当然そんな単純な攻撃が水銀の盾を打ち破ることができるはずがなく、火柱はあっさりと水銀によって防御された。

 

Feuermacht(火力) anstieg(上昇)

 

 火は水銀に接触して尚も火力を上げ、やがて水銀が炎の熱で蒸発し始めた。

 蒸発により白煙があがる。もし時臣の魔力量が常人を遥かに超えていれば、そのまま火力を限界まで上げ続け水銀を蒸発し尽くすことが可能だったかもしれない。

 しかし時臣は凡才、魔力の精密動作性に置いて並ぶものはいなくとも魔力量はそこまで凄まじいというわけではない。ケイネスの操る水銀を蒸発し尽くすなど不可能だ。

 そして勿論、遠坂時臣はそんな力任せの火力に訴えるほど愚者ではない。時臣には別の狙いがあり火力をぶつけている。

 さて水銀が強い毒性をもっているのは誰でも知る一般常識だ。物が物ならば数滴触れただけで死に至ることもあるほどの猛毒だ。 

 彼の始皇帝が水銀を不老長寿の妙薬と信じ摂取し続け寿命を縮めたのは有名な話である。

 ケイネスの操る水銀は比較的安全な水銀であり魔力で制御されているので、水銀の毒素がケイネスや他の生物を襲うというのは先ず有り得ない。

 それでも例外はある。

 水銀が蒸発するということは水銀が気体となるということだ。

 そして気体となった水銀の毒は恐ろしい。肌を焼き肺に侵入し脳回路すら破壊する。

 時臣は事前に毒素を取り込まぬようにする魔術で防御しているが、もしもケイネスがこれに対して無警戒であれば彼は自分の礼装により死に至るだろう。

 

「――――面白いことを考える。水銀の毒で私を仕留めようという算段か」

 

 だがケイネスもまた瞬時に時臣の狙いを察知した。

 

「ならば甘いと言わせて貰おう。このケイネス・エルメロイ、水銀の礼装を作るに当たり水銀の性質を全て理解しているとも。そのような間抜けは踏みはせん!」

 

 ケイネスが時臣と同じように毒素から身を守る詠唱をする。

 策を看破された時臣だが焦りはなかった。元よりこの程度の策など読まれて当然のもの、もしも成功したら儲けものといった小策だ。

 

(Scalp)!!」

 

 水銀が意志もつ蛇のように時臣へ襲い掛かる。その雁首の数は八。

 日本神話における八岐大蛇を連想させる。

 

Meine burg invasion druck(我が城に踏み込みし外敵に制約を)

 

「ムッ――――」

 

 遠坂邸の幾多にも張り巡らせた結界がケイネス・エルメロイ唯一人を縛ろうと圧し掛かる。

 サーヴァントと違いマスターには対魔力はない。頑強な魔術結界の悪意を一身に受けたケイネスはその力をワンランク……否、ツーランクは落とした。

 八首の水銀もまたそれを受け動きが鈍る。

 

「ええぃ、これしきのことで……! (Scalp)!」

 

 それでもケイネスは渾身の魔力で水銀へと命じた。

 文字通り四方八方。躱すことができぬよう八首の水銀は八方向から遠坂時臣の首級を獲りにきた。されど動きは先程のそれに比べやや鈍重。結界の縛りは効いている。

 といっても人間の目は二つしかない。その二つの目で視認できるのは八つのうち三つだけ。残りの五つは時臣の死角から迫ってきている。

 

「同じ台詞を言わせて貰おうロード・エルメロイ。これしきのことで」

 

 目が見えなくとも時臣は生まれてこのかた黙々と鍛え上げてきた魔道がある。

 時臣の炎はしかと残る五つの首の熱源を感知していた。それで十分、位置情報は完全に掴んだ。

 得られた情報をもとに思考速度までをも強化して、時臣は八首の同時攻撃を掻い潜っていく。

 息を切らず、惨めを晒さず、醜態をみせず、どこまでも優雅に平然と――――その影に冷徹なる計算をもとに躱していった。

 だが躱すだけではない。この一連の行動は自らの攻撃へ向けての布石でもある。

 

(……どうやら水銀の防御力は水銀の『量』にも比例するようだ。ならば今、八首の水銀による同時攻撃を仕掛けたケイネス・エルメロイの防御性は低下している)

 

 それでもケイネス・エルメロイが脅えることなく落ち着いて立っているのは水銀の防御力を信じているからだろう。

 確かに幾ら防御性が低下したといっても、あの水銀の壁は炎では突破しきれない。時臣の渾身の魔術でも不可能だろう。

 しかし、だ。時臣の礼装は杖だけではない。

 時臣は懐にあった大粒のルビーを取り出す。十年以上の歳月を黙々と時臣自身の魔力を注いできた宝石。

 遠坂家が最も得意とする魔術とは宝石魔術。宝石に魔力が込められていればいるほどに魔術の力は増す。それこそ特上の宝石を用いれば術者以上の神秘を行使することもできる。

 

First release(一番、解放)!」

 

 ランクにしてA相当。サーヴァントさえも吹き飛ばすだけの破壊が一つの閃光となって真っ直ぐにケイネスへと向かっていった。

 ケイネスはその膨大な魔力の発露を察知し水銀を戻し全力を防御にむけようとするが間に合わない。

 閃光は水銀の壁を貫き、ケイネスの心臓――――ではなく肩を貫いた。

 

「ぐっ……よ、よもや私が一撃を貰い血を流すことになるとはな」

 

 肩から血を流しながらケイネスは時臣を睨む。けれど時臣も無傷ではなかった。礼装たる杖は真ん中で真っ二つに折れており時臣自身にも負傷がある。

 なによりも首筋からはツーと血が流れていた。もしも後少し水銀が深く切っていれば或いは時臣の首級はこの遠坂邸の庭に転がっていたかもしれない。

 

「だが見事、この私の最強の礼装をよもや正攻法で突破してこようとは。宝石翁の弟子とは名ばかりではなかったか」

 

 ケイネスは時臣に対して賞賛の言葉を送る。

 これは珍しい事だ。幼き頃より天才と称されてきたケイネスが人を褒めるなど滅多にすることではない。

 時臣はいや、と。

 

「賞賛に値するのは貴卿の方だ、ロード・エルメロイ。あの一瞬、水銀では防御しきれないと悟るや全魔術回路を防御ではなく閃光の向きを逸らすことのみに傾けるとは。心臓を穿つはずだったのだが予定が狂ってしまったよ」

 

 時臣もまたケイネスを褒め称える。嫌味や世辞などではない。

 ケイネスは真実強敵だった。偶然と幸運の巡り合わせにより時臣が先ずは一撃、ケイネスに与えたが。少し運命が狂っていれば立場は逆だっただろう。

 

「久々の心躍る魔術戦。遠坂時臣、その実力……我が栄光に添える華(武勲)となるに相応しい。討ち取らせて貰おうぞ」

 

「ふむ。そうですな、私としてもこの戦いに興じていたいのは山々だが……どうにも不埒な鼠がいるようだ」

 

 すっと時臣が遠坂邸の外。電柱の上を差す。

 連れられてケイネスが見ればそこには紫色の髪と眼帯をした女の影。圧倒的魔力の奔流、確実にサーヴァントだ。

 その正体不明のサーヴァントは自分の姿を察知されると知るや身を翻し消えてしまう。だが逃げたわけではないだろう。ただ潜んだだけだ。

 

「お分かり頂けたかな? このまま続けていれば、最悪あのサーヴァントに後ろから刺されかねない。我々の決着は先ずは邪魔な者を間引いてから……と、いうのでは如何かな?」

 

 時臣が提案する。序盤は情報収集に徹しておきたい時臣からすれば、この序盤で自分が自ら出陣する今の事態は好ましいものではなかった。

 ここで一つ軌道修正をしておかなければならない。

 だからといってタダではケイネスも引けないだろう。ケイネスはこの戦いのために令呪の一画を消費しているのだから。

 故に時臣は駄目押しをする。

 

「だが私も客人をただ追い返すほど礼儀知らずではないのでね。一つお土産話でもしよう。貴公の拠点、冬木ハイアットホテルを爆破解体せしめたマスターの名は衛宮切嗣。アインツベルンに雇われた魔術師殺しと渾名される男だ」

 

「衛宮、切嗣だと……? それに魔術師殺しとは」

 

 生粋の研究職であるケイネスは衛宮切嗣を知らないようだ。

 無理もない。衛宮切嗣が名を馳せたのは九年ほど前のこと。アインツベルンに雇われてからはその活躍は音を潜ませているのだから。

 

「魔術師殺しの衛宮切嗣。対魔術師戦のエキスパートの魔術使い。その辺りにアインツベルンも目をつけたのでしょうな。奴のやり方は御身も身に染みて理解していると思うが、奴は魔術師らしからぬ近代兵器を平然と使い魔術師の裏をかくことに特化している。奴は今、柳洞寺を拠点にしています。もし貴公が柳洞寺を落とそうというのならば、協力を確約することはできませんが貴公とそのサーヴァントには手を出さないことを誓いましょう」

 

「…………」

 

 ケイネスは暫し考え、

 

「……良かろう。貴様の首級をとったところで、そこを他の者に奪われたのでは何にもならん。帰還するぞランサー、今日はこれまでだ」

 

 魔術と魔術師の原則は等価交換。時臣側が衛宮切嗣の情報とその居場所を教えた以上、ケイネスもそれと等価のものを返さねばならない。

 更に令呪などなくとも自分は勝てるという自負とライダーという不確定要素が混ざりケイネスに仕切り直しを決断させた。

 ケイネスは踵を返して去っていく。ラインでアーチャーからもランサーが撤退したという報告がきた。

 

「――――――やれやれ。本当にこの聖杯戦争は計画通りにいかぬことばかりだ」

 

――――この日の夜、ガス漏れ事故で数名の死者が出たと報道された。


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