Fate/reverse alternative 作:アンドリュースプーン
夜が更け日は落ちた。
文字通り『日常』は退散し『非日常』が闊歩する夜の時間となった。聖杯戦争の刻限である。
ウェイバーとライダーはアサシンの案内に従い柳洞寺までやってきた。
「……これが円蔵山」
見上げてみると一目でこのお山が人ならざる者が支配する魔境へと姿を変えている事が分かる。
この先にセイバーとキャスターがいるのだ。
ウェイバーはチラリと隣に佇むアサシンを見やる。この暗殺者らしからぬ暗殺者のサーヴァント、どうにも底が知れない。得体が知れないと言い換えてもいい。
果たして信用できるのか。もしも裏切って後ろから切りかかってきたらどうしようか。
(だ、大丈夫だ……なにを土壇場になってぶるってるんだ僕……。心を平静にして考えるんだ…こんな時どうするか……2… 3 5… 7… 落ち着くんだ…『素数』を数えて落ち着くんだ…『素数』は1と自分の数でしか割ることのできない孤独な数字……僕に勇気を与えてくれる)
やたらテンプレートなネタで気分を平静にして改めてウェイバーはライダーを伺う。
目隠しで覆われ表情は上手く読み取れないが「大丈夫です」と言ってくれているような気がした。
変なものだ。それだけでウェイバーの心は嵐が過ぎ去った後の野原のように穏やかなものになっていたのだから。
「さて心の準備は出来たかな。では赴くとしようか」
こちらの心を見透かしたようにアサシンが言うと柳洞寺の石段を登っていく。
どこか慣れた足取りだ。まるで通り慣れているような。
そんな訳ないと首を振る。サーヴァントは戦場となる冬木市の知識を与えられている。しかしそれは『知識』であって『経験』ではないのだから。
疑問を振り払うようにウェイバーはアサシンに話しかける。
「馬鹿正直に山門から? どうせなら裏から奇襲した方がいいんじゃないか。表はあっちも警戒しているだろうし」
「それは――――」
「無理ですウェイバー」
アサシンが答える前にライダーが言う。
「この柳洞寺には元々結界が張られています」
「元々? キャスターのじゃないのかよ」
「はい。サーヴァントによるものとは方式が異なる。それにアサシンの言葉を信じるのならキャスターはギリシャの英霊。この円蔵山のそれはギリシャではなくこの国古来のものですから」
アサシンは含み笑いをしたまま黙っている。ライダーの発言が正しいから口を挟む余地はないのだろう。
「この結界はただの人間にはさして影響はないでしょうが、霊体である私達は正しい通り道以外の方法で寺に侵入しようとすればステータス低下を受けます。キャスターの牙城でステータスを低下させるのは命取りになるでしょう。避けるのが賢明です」
「そうか」
認めたくない事だが……本当に認めたくない事だが。
ライダーはマスターからの魔力供給が不足しているせいで幾分かステータスが落ちている。これで更にステータスが低下することがあれば最弱のキャスターにさえ劣ってしまうようになるかもしれない。
ならばやはり馬鹿正直に山門を目指すのが一番ベターだろう。
「そうそう。ライダーとそのマスターよ、一つ事前に言っておかなければならぬことがあった」
勿体ぶった様にアサシンが切り出す。
無愛想ながらもウェイバーは「なんだよ」と先を促した。
「構えずとも良い。ただのつまらぬ確認作業……セイバーは私が担当しよう。お前達は奥の魔術師を討伐しに行け」
「いいのかよ。セイバーは最優のサーヴァントなんだぞ」
「だからこそ、だ。生憎と聖杯にかける望みなどない身でな。私にとっての望みとは極上の剣と果たしあうことのみ」
「聖杯に、興味ない? どういうことだよ。サーヴァントっていうのは皆聖杯が欲しくて聖杯戦争に参加してるんだろ。なのに望みがないって――――」
「他の者がどうだか知らぬが、どう言われようと私には望みなどない。そも私は聖杯が欲しいから召喚に応じたのではない。ふと気づけば現世に迷い出て、いつのまにやらアサシンというクラスと仮初の主君が与えられていた。ただそれだけのこと」
「…………」
ウェイバーにはアサシンの考えが理解できない。
もしアサシンが自分の意志に反して聖杯戦争に参加してしまったのだとしても、聖杯はあらゆる願いを叶える万能の釡だ。もし手に入れる機会があるのならば手に入れたいと思うのが感情というものではないのか。
(ってただ正当な評価が欲しくて参加してる僕が言えたことでもないのかもしれないけど)
それでもウェイバーとて聖杯は欲しい。
聖杯戦争の勝者として聖杯を掴んだその時、どういう願いをそれに託そうかと考えたことは何度もある。
なにせ聖杯が真実万能ならば死者蘇生、不老不死、億万長者と人間が望むであろう夢を叶え放題なのだから。
しかしそんな万人が望むであろう奇跡をこのアサシンは興味ないと言い切って見せた。
嘘偽りのようにも思えない。
アサシンが特別なのか、英霊という存在がウェイバーの想像の埒外にあるのか。判断に困るところだ。
「まぁいいよ。そっちがセイバーを相手にしてくれるんなら願ったりだ」
最優よりは最弱を。嘗ての聖杯戦争で必ず最後まで残ったと言うお墨付きよりかは最弱という烙印を押された方を相手に取る方がいい。
油断する気はないが、やはりいきなり至上へと挑むのはやや緊張する。
勿論こんな情けない心中はアサシンやライダーには死んでも明かせないが。
「上々。実のところ私は剣以外に能のない男でな。魔術師を相手しろと命じられてもやり方が分からん」
「へぇ」
俯いたように顔をアサシンから隠しニヤリと笑う。
剣以外に能はない。つまりアサシンは剣術だけのサーヴァント。ならば宝具も恐らくは剣術か剣なのだろう。
(剣が宝具ならたぶん対人宝具……ライダーの『魔眼』と『宝具』があれば近付かずにいれば……いける)
得られた情報を整理するウェイバー。
キャスターとセイバーという共通の敵を打倒するため、こうして共同戦線を張っているがそもそもサーヴァントは全員が敵。
円蔵山を陥落されれば通常通りアサシンも敵へと戻るのだ。
敵の敵は味方ではない。また別の敵。今は停戦しているだけなのだから。
「止まれ。門番だ」
「……!」
アサシンの視線が向いている先を見ると――――そこに、いた。
全身を包み込んだ白銀の戦装束。夜の闇にあってなお輝く金色の髪。
理屈ではなく直感で理解できた。彼女こそがセイバー。聖杯戦争にあって最優のサーヴァントとして招聘されし者。
「久しいなセイバー。あの時、別れ際にお前が言った言葉を覚えているぞ。再び私はお前と見えた。ならば」
アサシンが背中から剣を抜く。
やはり長い。こうして近くで見ると長さが一目瞭然だ。五尺余り。素人目だが、とてもではないが戦いに適した長さとは思えない。
これでは果物ナイフの方が実戦的ではないかとすら邪推してしまう。
しかし久しいなという台詞からしてアサシンは一度セイバーと対面したことがあるのだろう。
「アサシン。貴様がこうして現世で形を保っているということは新たな憑代を見つけたか。それともあの死は偽装だったのか――――?」
「さてな。どちらであろうとも構わぬであろう。唯一つ確かなことは私は此処にいてお前がそこにいるという一点のみ」
「……して、如何する気だアサシン? お前はもう一人、サーヴァントを連れてきているようだが?」
「この者達には手出しはさせん。ライダーとそのマスター、先の言葉通りだ。お前達はこの先にいるキャスターを任せよう。……ああ、もしお前達が私とライダーとでセイバーを倒そうと提案するのであれば、この共闘は無しとさせて貰うが?」
「それはいいけど、僕達がキャスターのところへ行こうにもセイバーがいちゃ」
セイバーの顔を伺う。傍目からも綺麗に整った顔立ちをしていると分かったが、その瞳に爛々と宿る闘志が顔に見とれるなどとふぬけることを許さない。
もしも隙を見せればあの剣は一瞬で首級をかりとるだろう。
やがてセイバーが口を開いた。
「……私のマスターの許可が出た。ライダーとそのマスターはここを通れば良い。私は手を出さないとセイバーの名にかけて誓おう。私のマスターが直々に相手をするそうだ」
「マスター? ライダーの相手をマスターがするのか?」
「…………それ以上は答えられない。行け」
ウェイバーはライダーを見るとコクリと頷いた。
ここはセイバーとアサシンに従いセイバーを無視して山門を通るのが吉だろう。
「ライダー、頼む」
「はい」
ウェイバーがライダーの肩につかまる。するとライダーは人ならざる脚力で一っ跳びで山門を飛び越えた。
柳洞寺の中に入ると同時、後ろで剣戟が響いてくる。アサシンとセイバーも戦闘に入ったのだろう。
「こうしちゃいられない。ライダー、キャスターの居場所は分かるか?」
「魔術でジャミングされているのか正確な居場所はどうにも掴みがたいですが、肌を焦がす感覚……敵は近くにいます。気を付けて、私から離れない様に」
「……変なことするなよ?」
「安心して下さい。私もこんな時にふざけたりはしません」
こうして見渡すと円蔵山の頂上――――柳洞寺は中々の敷地をもっている。
聖杯戦争開催地で最大の霊格を供えているだけあり魔術師の工房としてはうってつけだ。
「…………」
警戒を最大限を超えた最大限に引き上げる。
いつ何時キャスターがこちらに攻撃を加えて来るか分からない。いや明確な攻撃という形をとってくるかすら不明瞭だ。
魔術師の英霊ならばウェイバーの心を直接壊すような魔術をもっていたとしても不思議ではないのだから。
『ようこそ。私の神殿に。ライダーとそのマスターさん』
「――――!」
境内に響く女の声。甘い響きがしながらもどこか毒々しい。男を壊す魔女の声だった。
緊張と恐怖からウェイバーの身が強張る。それをライダーが守るように前に出た。
「姿を見せなさいキャスター。それともこのまま隠れ潜むつもりですか? それなら私は貴女の神殿を私の色で染め上げるのみです」
『それは困るわ。貴女の他者封印・鮮血神殿(ブラッドフォート・アンドロメダ)なんて発動されたら折角溜めた私の魔力が奪われてしまいますもの。勿論そんな隙を与えるつもりはありませんけどね』
「私の真名を……!?」
いきなりライダーの宝具(真名)を言い当てたということはキャスターはただのギリシャの英霊ではなくギリシャ神話のサーヴァントということだ。
それも形なき島にいたライダーの宝具を知る当たり、かなり深い知識をもった者。
「ライダー、キャスターの真名に心当たりはあるか?」
「……申し訳ありません。同郷出身というだけでは流石に」
『そうでしょうねぇ。貴女は人間に怯え姉二人と惨めに穴倉に篭っていたんですもの。その果てに神の寵愛を受けた未熟な英雄の卵に打ち取られたというのは同情はしますけど。だって余りにも惨めですものね』
「安い挑発ですねキャスター。ですが少しは分かりました。その喋り方、口調。どうやら貴女も真っ当な英霊ではないようですね。ならば本来は英霊によって討たれるべき反英雄……もしくは魔女といったところでしょうか?」
『髪が蛇に化けた怪物に魔女呼ばわりされたくないわよ。デカブツ』
「……おや癇に障りましたか? ああ、図星だったんですね。本当のことを言われて」
『………………』
「………………」
沈黙が続く。恐い。とんでもなく恐い。
ライダーから漂う無言の殺意と柳洞寺から漂う無言の殺意。本音を吐露すればウェイバーは今すぐ逃げ出したかった。
『ふっ。いいわ、私にはセイバーがいますもの。貴女のような可愛げのないデカ女は必要ない。死になさい!』
気付けばウェイバーはライダーに掴まれて飛んでいた。
瞬間、ウェイバーのいた場所を無数の光弾が襲った。地面が抉られ土が舞う。まるで爆弾でも投下されたかのようだ。
光弾が落ちてきた方向。つまり上空を見上げるとそこにキャスターと思わしき魔女はいた。
ライダーとキャスター、二騎のサーヴァントの戦いが始まった。
「始まったか」
アーチャーは四体のサーヴァントが集った柳洞寺を見て言う。
彼の居る場所は柳洞寺から1kmほど離れた所だったがアーチャーのサーヴァントにとって大した距離ではない。……といってもアーチャーの『千里眼』ではキャスターの魔術を透視することはできないので、実際の戦闘風景は掴めないのだが。
「お手並み拝見というところだが。やれやれキャスターめ、随分と魔力を溜めこんだようだ」
アーチャーは苦笑してしまう。アーチャーも多くの魔術師の工房を見て来たし破壊してもきたが、あれほど魔力を溜めこんだ『神殿』は早々お目に掛かれない。
キャスターが現代の魔術師では及びもつかないほどの『魔術師』である証左だ。
(対魔力Bのライダーなら並みの魔術師の英霊は相手にもならんだろうし、アサシンの剣技なら十分セイバーとも互角以上に戦えるだろうが……さて)
時臣にアーチャーが命じられたのは後詰だ。
もしもアサシンとライダーが攻勢ならば待機。危機に陥ったのならばアサシンと共闘して攻め込む。そうすれば数の上では3対2となり有利となる。必勝を期すための保険、それがアーチャーだ。
だからこうしてアーチャーは柳洞寺から遠すぎず近すぎもしない位置にいるのだ。アサシンと言峰綺礼を介して、マスターから伝えられる出陣命令を受けて直ぐに戦場に駆けつけられるように。
(だが……)
時臣には話していないが、アーチャーが警戒しているのはキャスターやセイバー、それにウェイバー・ベルベットではない。
彼が眼前の敵以上に警戒しているのはアサシン。もっといえば言峰綺礼だ。
「アサシンがもしも不穏な動きをしたのならば」
容赦なくカラドボルグの一撃によりアサシンを抹殺する。そして機会があれば言峰綺礼を早めに始末する。
己がマスターにすら心境を明かさぬ弓兵は、己がマスターの必勝のために戦場俯瞰を続行した。