Fate/reverse alternative   作:アンドリュースプーン

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第22話  逆転する剣戟

 月下のもと古の騎士たちの王と無名の侍が剣を交える。

 響く音は剣戟。透き通った風が吹く中で、風以上に澄んだ剣が踊り舞う。

 

「せっ、は―――――」

 

 アサシンが涼やかな顔のまま今という時間を全身全霊で興じながら刀を振るう。

 体勢としてはアサシンが不利。山門を守る騎士王は上段にあり、アサシンは下段にある。セイバーは重力や自重を剣にのせ武器へと変えることができるが、アサシンにはその二つが敵へと回るのだ。

 しかし一生をただ刀にのみ費やしたアサシンはそんな不利で動じたりはしない。

 五尺余りという刀にしては長すぎるソレを自分の手以上に巧みに操りセイバーの首を狙っていく。

 

「はぁぁぁッ!」

 

 セイバーが刀身の見えぬ剣を渾身で振り落としてくる。

 防ぐことはできない。アサシンの物干し竿ではセイバーの宝剣を受けた途端に砕け散ってしまう。

 ならば、と。アサシンはランサーの魔槍にしたのと同じように剣の腹に撫でるよう己が刀を触れてやると、やんわりとその向きをずらす。

 得物の不利を補うほどの超絶技。だがこの無名にして稀代の剣士の力はそれだけに留まらなかった。

 

「ほう。以前は完全に全貌を知ることは叶わなかったが…………もはや忘れぬ。刀身の長さ、比重は読んで取ったぞセイバー」

 

「……ッ! あれだけの接触で我が剣を見切ったか。アサシン」

 

 有名過ぎる己が宝具を隠すためセイバーの剣の刀身は風の結界に覆われ不可視となっている。

 万軍を焼く力も、必殺の呪いもないが『不可視』とは厄介なものだ。回避しようにも長さが分からぬ故にどれほど避ければいいのか分からず、どのような得物を持つ者が自分の敵なのかも分からない。

 けれどアサシンは風に隠蔽された剣を一瞬のうちに刀身の長さや比重に至るまで見破ってしまった。ただ自らの剣を触れさせただけで。

 

「それほどの技量――――――貴方はその剣に至るまでにどれほど」

 

 どれほどの修練を重ねたというのか。

 セイバーをもってしても断言できる。この聖杯戦争、否、歴代の聖杯戦争を見渡してもこの侍に比肩しうる技量の持ち主はおるまい。

 剣の英霊として剣に絶対の自信をもつセイバーだからこそそれが分かる。勿論セイバーに招かれし英霊がそこに悔しさを覚えないはずがない。だが屈辱感はなかった。ただ自分以上の使い手に対しての敬意だけがある。

 恐らく共に戦場を駆けた湖の騎士や太陽の騎士もこの剣士と技量で競えば劣るだろう。

 

「なぁに。そう誉められたことではない。お前たちのような正道の英霊と違い私には他にやることがなかったのでな。春夏秋冬、巡りめく月日をただ剣を振り続けただけの話だ」

 

 言葉を交えるより剣を、と言わんばかりにアサシンの刃がセイバーを襲った。

 狙うのは無論、セイバーの首級。一撃必殺となる首のみを狙う。邪剣使いのアサシンに正しい『道』や『術』はない。あるのは我流で極めたものだけ。

 とはいえ此度に限ってはアサシンが邪剣使いであること以上に首を狙わねばならぬ理由があった。

 セイバーは魔力放出スキルで全身を白銀の甲冑で覆っている。

 アサシンの研ぎ澄まされた刀は斬鉄をも可能とするが、流石にセイバーの鎧ほどの神秘を斬ることはできない。

 高ランクの宝具や人外染みた膂力があれば別だが、生憎とアサシンには剣技しかなかった。

 

「――――――はっ」

 

 しかしセイバーとて剣の英霊としての矜持がある。如何な魔剣士とはいえ早々に敗れる道理はない。

 アサシンが柳のように受け流し疾風の如く斬るのならば、セイバーは山門にあって山のように構え城砦のように守る。

 迫る刃を直感で回避すると暴風雨めいた剣でアサシンを襲う。

 

「ちっ―――しゃ」

 

 アサシンの剣が必殺ならばセイバーの剣も必殺。

 溢れんばかりの魔力を込めた一撃は限界まで凝縮された嵐そのものだ。神域に剣を高めたアサシンも体は人間。セイバーの剣を一撃でも受ければその身は無残に破壊されるだろう。

 それをさせない為にはアサシンもまた暴風雨を全霊をもって迎撃する他なかった。

 暴風を疾風が流していく。そしてアサシンは更に一歩、セイバーへと踏み込もうとして。

 

「っ!」

 

 唐突に後ろへと後退した。セイバーは警戒を緩めることなくアサシンを見る。

 訝しむセイバーだったが、やがてアサシンが口を開いた。

 

「セイバー。貴様、なんのつもりだ?」

 

「なんのつもり、とは?」

 

「お前の剣には本気がない。いいやその言い方は間違えだな。こう言い換えるべきだろう。お前には私を倒そうとする意思がない」

 

「…………」

 

「沈黙は肯定と、受け取って良いのかな」

 

 あの暴風雨のような剣戟にしてもそうだ。あれはアサシンに迎撃するためのものだった。

 防御のための攻撃であって、目の前の敵を倒そうという攻撃のための攻撃ではなかった。

 ステータスに裏づけされている訳ではない、ただの武芸者としてのアサシンの勘だがセイバーは自分の生存こそを第一としていて戦う意思に欠けているように思える。

 

「私が"マスター"から命じられているのは山門の守護だ。そして私の生存でもある。私はただその命を全霊をもって遂行しているに過ぎない」

 

「そうか。であれば……お前の『本気』を引き出させるとしようか――――?」

 

 アサシンが構えた。……二人の居るのは段差のある階段に非ず。激しい剣戟の中でアサシンとセイバーの立ち位置は平らな石段へと変わっていた。

 ランサーとの戦いでは結局披露できず仕舞いで終わった必殺剣。

 アサシンでも佐々木小次郎でもない無名の剣士が己が生涯をかけた辿り着いた究極の一。

 

「――――秘剣」

 

 宝具をもたぬアサシンがもつ宝具に比肩しうる純粋な剣技。

 

「――――燕返し」

 

 二本に分身した刃が同時にセイバーに迫る。

 そう。分身したのは"二本"だけだった。

 

 

 息をひそめる。舞弥がいるのは柳洞寺から程近い建物の影だった。

 流石にここまで戦場の気配は匂ってくることはないが、少し離れた場所にある柳洞寺は今や四体ものサーヴァントが一堂に集結し殺しあう戦場となっている。

 これほどの数のサーヴァントが同じ場所で戦うなど過去の聖杯戦争にも余り例はないことだろう。

 だがこれは決して偶発的に起きたのではない。総ては思うが儘だ。久宇舞弥は物影に息を潜みながら双眼鏡を使い柳洞寺を伺う。

 この局面に持ち込んだのは舞弥の――――ひいては衛宮切嗣の戦略の一貫である。とはいえここまで早く策が成功するのは舞弥にとっても嬉しい誤算だった。

 やはりキャスターによる言峰璃正の殺害が事態を大きく動かしたのだろう。本来なら中立であるはずの監督役の死。それはマスター達にある種の焦りを生むのに十分以上の効果があった。

 しかも言峰璃正の死は不明だったキャスターのマスターの正体についての情報まで舞弥に与えてくれた。

 認めよう。

 この聖杯戦争に集った参加者にあって、衛宮切嗣は至弱である。サーヴァントを失い令呪までも失ったマスター。切嗣がどれだけの強さをもっていようと関係ない。魔術師を震撼させた衛宮切嗣とてサーヴァントと比べれば吹かれれば飛んでいくようなか弱い存在に過ぎないのだ。

 だが至弱が至強に勝てない道理はない。

 素の戦闘力で劣るのであれば、戦闘力以外のもので優位を確保すればいいだけだ。

 それが『情報』だ。『情報』は決して敵を討つ刃にも弾丸にもなりはしないが……上手く使えば戦わずに敵を討つことすら出来るのだから。

 

(……そろそろ時間か)

 

 切嗣と打ち合わせた時間は後少しだ。

 生憎とキャスターのサーヴァントとなっているセイバーと打ち合わせることはできなかったが。それは大した問題ではない。

 セイバーは召喚されて以来、ただ見張りばかりをしていたわけではないのだ。

 切嗣はセイバーを効果的に活用する上で優位となる地形や地理情報は勿論、敵に見破られない『暗号』などを覚えさせている。この『暗号』は謂わばモールス信号のように光の点滅を使ったもので、作ったのは切嗣で暗号の読み方を知るのはこの世に切嗣と舞弥だけだ。

 それなりに複雑な暗号だったのだが、幸いセイバーは頭の回転も速く一時間ほどで暗号を全て暗記しきってしまった。騎士王の面目躍如といっていいだろう。

 この暗号の便利なことは傍受される心配がないということだ。というより例え見られたとしても暗号の読み方を知らなければただの意味不明な光の点滅に過ぎない。それは英霊とて同様だ。

 暗号の解読に特化したサーヴァントならば分からないが、そんなサーヴァントが召喚されている可能性は低い。

 情報の優位を確保するために念を入れてのセイバーへの暗号の教授。石橋を叩いて渡る慎重さが功を制したといったところだろう。

 

(柳洞寺の結界、それにキャスターの手も加えているのか遠方からでは柳洞寺の状況を目視することは叶わない。しかし)

 

 外から内を見れなくても、内から外を見る事が出来る。それでも少し不鮮明であろうが、光の点滅くらいならば問題なく視認できるだろう。

 舞弥はケータイの番号を押し通話ボタンを押す。

 すると舞弥から離れたビルの屋上から黄色い光が何度か点滅する。

 

「…………」

 

 それで取り敢えず舞弥のやるべきことは終わった。

 舞弥は自分の分は弁えている。自分はただの脇役、サポートだ。戦いの主演は自らの担い手とサーヴァントに任せるべきだろう。

 

 

 

 時間にしては一秒に満たぬ刹那。その刹那の判断がセイバーの命を救った。

 セイバーは驚愕、感嘆、怪奇。多くの驚きの入り混じった目をアサシンへと向ける。

 

「アサシン……先程の技は」

 

 セイバーをもってしても信じ難い。今こうしてアサシンの秘奥を目の当たりにして尚、嘘か真か幻かと納得できずにいる。

 アサシンの放った秘剣『燕返し』。宝具を解放する予兆が欠片もなかった為、最初セイバーはそれをただの剣技だと思っていた。アサシンという武芸者の辿り着いた最強の奥義、そう思い自分が信じる最高の剣をもって迎撃しようとしていた。

 しかしそれは正解であって間違いだった。

 アサシンの秘剣は剣技ではあってもただの剣技ではなかった。

 息をのむ。思い出すだけで身震いするほどに凄まじい。アサシンの剣はなんと二つに分身して同時にセイバーを襲ったのだ。

 

(そんなことが有り得るのか)

 

 剣技とて極めれば魔法のような事を再現することはできる。

 それこそ目にもとまらぬ速度で剣を振るえば九つの剣を生む事も不可視とすることもできるだろう。

 だが所詮それは魔法もどきだ。

 如何な超高速九連撃だろうと実際に刀が九つに分身しているわけではない。

 如何な超高速の居合だろうと実際に刀が消えるわけではない。

 前者はただ残像を生み九つに見えるだけで別に刀が九つに増えたわけではなく、後者は目にも留まらぬ速度の剣先なだけで別に不可視となったわけではないのだ。

 けれどもアサシンの秘剣はどちらとも異なる。

 アサシンの剣技は魔法のような剣技ではない。魔法そのものだったのだ。

 多重次元屈折現象。分身した刃による完全同時攻撃。如何な事象によってか招聘された平行世界の刃がアサシンの振るった刃と共にセイバーへと迫ったのだ。

 あの刹那。もしもセイバーが直感をもって危険を悟り全身全霊で後退しなければ己が首は落ちていただろう。

 

「アサシン、今の剣技は……貴方の宝具によるものか?」

 

 聖杯戦争だ。情報を漏らすまいとは思っていても訊かずにはいられなかった。それだけアサシンの剣技は異常に過ぎた。

 しかしセイバーの予想に反してあっさりとアサシンは明かす。

 

「否。私は生前から聖剣・妖刀の類は一切所持してはおらなかった。私がもつのはこの物干し竿と我流で磨いた邪剣のみよ。燕を切るために生み出した秘剣だが堪能して頂けたかなセイバー?」

 

 なんという出鱈目。宝具や魔術をもってして刀を分身させたというのならば納得もできよう。 

 だがあろう事かこの稀代の剣士はただ剣技のみをもってして英霊の宝具と同じ頂きにまで上り詰めたのだ。人の身にありながら神域へと踏み込む所業。人間であり人間としての技術をもって魔人の業をもつもの。

 一切の宝具をもたず剣技のみで宝具に比肩する剣技を披露する剣士。これほどのイレギュラーがあろうか。

 

「とはいっても我が秘剣は不都合がなければ刃は三となるのだがな。やれやれ足場と負傷に引っ張られるとは私も修行が足りなかったということか。二つでは天を自在に泳ぐ燕には届かぬ」

 

 つうっとセイバーの首筋から血が流れる。躱し切れずにその首の薄皮を切られていたのだ。

 

「だが可憐なる華に触れるのみはできたらしい。お前のような華の血を吸うとは我が剣も中々に畏れ多い」

 

「謙遜を。もし貴方に偽りがないのであれば、三つ目の刃が私の首を落としていたでしょう」

 

 これは確信であり絶対だ。

 アサシンの刃が二つだけだったからこそセイバーは後ろという場所に逃げることができた。だがもし三つ目の刃があるのなら、それはセイバーの逃げ道を完全に塞いでいただろう。

 ランサーの因果逆転とは別の意味における必殺必中の業。それが秘剣『燕返し』。

 

「……アサシン。貴方の秘剣の正体は分かりました。ですが――――ここまでのようです。ここを通りたければ通ると良い。もう私は貴方の道を封じはしない。その義務も終わった」

 

 セイバーは既に見ていた。柳洞寺から離れた場所で点滅する黄色い光を。そして今のマスターの監視が敵の迎撃のせいで向いてないことも承知していた。

 戻らなければならない。自分のマスターのところへ。

 つまらぬ腹芸は終わりだ。しかし兄とのやり取りが思わぬ所で役に立った。

 

「道理で私を倒す気に欠けると思ったがそういうことか。セイバー」

 

 アサシンの投げかけた問いにセイバーは答えぬまま地面を蹴る。

 稀代の魔剣士の目的とはセイバーとの尋常なる果し合いのみ。故にその背中に斬りかかることはなく、

 

「むっ。綺礼か? …………ほう。また面妖な」

 

 自身もまた霊体化して夜の闇に消える。

 柳洞寺は喧騒がうそだったように静まっていた。


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