Fate/reverse alternative   作:アンドリュースプーン

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第25話  狂人を導きし聖人

 時臣にとっても綺礼が『聖杯』を確保したことは想定外だった。

 といっても聖杯戦争開幕前から悩まされている悪い想定外ではなく良い想定外だったが。

 遠坂邸の地下工房、そのテーブルに『聖杯』ことアイリスフィール・フォン・アインツベルンは寝かされている。否、それが既に息をしてないということを鑑みれば置かれているという表現が正しいかもしれない。

 物となったアイリスフィールの隣には彼女から摘出された黄金の杯があった。

 

「綺礼、今宵はご苦労だった。一番の懸念事項であったキャスターは死に、こうして『聖杯』を手に入れることもできた。上々の上々の結果だ」

 

 当初の計画よりは遅れているもののアサシンによって他の陣営の情報は集まってきている。

 そして逆に多くのイレギュラーに見舞われながらもアーチャーの情報を漏洩することを抑える事にも成功していた。

 唯一アーチャーの力を知るのはケイネス・エルメロイだが、こちらは彼がこちらを知る以上に彼の陣営の情報を掴んでいる。条件は五分どころかこちらが優位だ。

 

「いえ。導師、差し出がましいことをしました」

 

 綺礼は小さく会釈する。部屋が暗いので上手く表情が読めない。

 そんな綺礼の一挙一動を注意深く見て――――睨んでいるのはアーチャーだ。時臣にもどうしてか分からないがアーチャーは綺礼を嫌っているような、或いは警戒しているような節がある。

 アーチャーに言わせれば「仮にも敵マスターなのだから敵意をもつのは当然」らしいが、大切な協力者の綺礼にそこまで警戒するのはどうなのかと思わないでもない。

 ただアーチャーが自分の為にしていることだということも理解はしていたので、言葉に出して批難することはないが。

 

「しかしやはり憂慮すべきは衛宮切嗣。戦いのおり衛宮切嗣とセイバーがキャスターを裏切り仕留めたというのは本当なのか?」

 

「はい。といっても明確なる根拠はなくセイバーの口調や状況を鑑みた上でのアサシンの推測、ですが」

 

「君はどう思うのだね?」

 

「今回の件に関してましては私もアサシンと同意見です。アサシンがセイバーを倒さず、ライダーもキャスターを倒せずにいながらキャスターが脱落しセイバーが生き残ったという結果は、セイバー陣営がキャスターを裏切ったという根拠でしょう」

 

「同感だな。……もしかしたら最悪、私達は衛宮切嗣の掌で踊っていたのやもしれん」

 

 綺礼にもアーチャーにも見られぬようきつく拳を握りしめる。

 完璧なる布陣を整え、完璧なる戦略で挑み必勝を誓った聖杯戦争。その己が衛宮切嗣という外道にいいように利用されたという可能性は酷く不快かつ屈辱的であった。

 饒舌につくし難い敗北感。久方ぶりに感じる苦い味だ。

 

「時臣師。私はこれから教会へ行こうと思います」

 

「教会へ?」

 

「ええ。監督役である父の残していた仕事や引き継ぎのこともありますので」

 

「……そうだな。監督役不在のままでは神秘の隠蔽にも支障をきたす。かといって璃正さんほどの人材はそうはいない。私の知る限り璃正さんと同じ程度に聖杯戦争を運営していけるだけの才幹を持つのは私の目の前にいる人物だけだ」

 

「恐縮です」

 

「君が諜報の任を終えたその時、君には次の監督役に就任して貰おう。そのために教会で準備をするのは構わないが怪我は大丈夫なのか?」

 

「八割方完治しています。これならば戦闘には支障ありません」

 

 聖杯戦争二日目のセイバー襲撃。それにより綺礼は少なくないダメージを受けていた。

 だが遠坂邸という冬木市において第二位の霊格をもつ土地で休養したことと、言峰綺礼自身の治癒魔術によって万全に近い力を取り戻していた。

 元とは言え腕利きの代行者である綺礼ならば並大抵の敵に襲われようと生還できるだろう。

 それはセイバー(衛宮切嗣)に襲撃され生還したことが証明している。

 弟子の力を知る時臣はあっさりと許可を出した。

 

「いいだろう。だが気を付けたまえ。キャスターは脱落したが未だこの街には三騎のサーヴァントと三人のマスターが潜んでいるのだから」

 

「では私はこれで――――」

 

「待て」

 

 部屋を出ようとする綺礼をアーチャーが鋭く呼び止めた。

 鷹の眼光が言峰綺礼を射抜く。

 

「言峰綺礼、君は『聖杯』を柳洞寺での戦闘で偶発的に発見しこの屋敷に連れ帰ったと証言したが相違ないか?」

 

「相違ないが、なにかなアーチャー。私が『聖杯』を連れ帰った事が気に入らないのかね」

 

「いいや。そうは言わんさ。ただお前はアイリスフィール・フォン・アインツベルンを柳洞寺から運ぶ際、何故山の裏から出た。私のいる位置から死角となる場所から」

 

「…………」

 

「もしも私の視界内にある山門から出れば、もしもの場合は時臣を通じ私も援護射撃をすることも出来ただろう。だがお前はその優位を捨て、敢えて山門の裏からアサシンを逃がした。その理由を聞きたい」

 

 アーチャーの眼光には敵意と僅かな殺意すら籠っている。

 もし嘘偽りを抜かせばこの場で切って捨てる。そう視線が語っていた。時臣がアーチャーを咎める前に堂々とした綺礼が口を開く。

 

「私とて意味なくアサシンを山門の裏から逃したのではない。私は山門から出るよりも裏から出る場合の方が逃亡が成功する可能性は高いと判断したまでだ。貴様も知っての通り柳洞寺には霊体に対して効果を発揮する結界が敷かれている。私のアサシンは正統なるアサシンではないが故に気配遮断のスキルが低い。だが柳洞寺の結界に紛れてしまえば力こそ落ちるが気配を感知されにくくすることは可能だ。『聖杯』を抱えたまま戦闘することなど不可能だからな。絶対的に戦闘を回避するために私はアサシンを誰にも視認すら叶わぬように撤退させたのだ。それにアサシンは生前から柳洞寺によく通ったという。円蔵山のことは我々よりも詳しい」

 

「アーチャー。綺礼もそう言っている。これで納得したか?」

 

 時臣は弟子の説明に満足に頷くとアーチャーへ言う。

 これ以上なにかを言う必要はないと判断したのかアーチャーは軽く肩を竦めて黙り込んだ。 

 その視線はどうしてか知らないが『聖杯』――――アイリスフィールを見つめている。まるで浸るように。

 

「…………」

 

 綺礼を見送りながら思う。

 アーチャーとは一体どんな英霊なのか。

 願いの有無もある。

 聖杯を欲するのはマスターだけではなく、サーヴァントも同様。故にサーヴァントにも等しく聖杯を求める理由がある。だから願いが無いというアーチャーは変なサーヴァントということだ。

 尤もこのことは時臣としても余り気にはしていない。

 彼等サーヴァントからすれば死者蘇生により蘇ったようなものだ。これで普通の人間なら一度死んでしまったのならば今度こそは幸せな人生を、と求めるだろう。

 霊体のサーヴァントとはいえその精神は生前のそれと同じだ。サーヴァントが能力は兎も角、その内面が『人間』なら一度経験した死を恐れるはずだ。

 そして二度目だろうと最初だろうと関係なく、死なないよう生きるために戦う。聖杯の中身を飲んで受肉するために。

 だが――――実際に過去の聖杯戦争の例をみても『第二の生』を求めたサーヴァントは驚くほどに少ない。

 サーヴァントがもう十分に生前に満足していたということもあるだろう。けれどそれ以上にサーヴァントは根本的に普通の人間とは違うのだ。能力以上にその中身が。

 自分の命以上に守るべきもの。己が生命と比しても重いもの。唯人では有り得ぬ強靭なる精神性。それがあるからこそ英霊は英霊たりえる。

 英霊が弱い人間の身でありながら精霊の頂きにまで上り詰めた人間の極限だというのなら、その精神もまた人間の極限であるのは道理。

 故にサーヴァントは自らの命を求めない。命以上に大切なものを持つ彼等は命よりも優先すべきものを持ち、それは生前からもそうだったのだろう。

 外面上の強さや能力以上に、中身もまた彼等は『英雄』なのだ。

 そしてアーチャーである。

 無銘の英霊、正義の味方という概念そのもの。名前に意味などなく名乗る必要もない。

 召喚された日、自分の宝具や能力に交えてアーチャーはそう時臣に言った。

 だが英霊としてのアーチャーが無銘であれ、本当に名前がないというわけではあるまい。

 時臣がラインを通じて垣間見たアーチャーの過去はどれも戦場だった。そしてその中には――――明らかに近代兵器と呼ばれるものすら混じっていた。

 それはアーチャーが近代兵器が存在する時代を生きた英霊だという証左。しかし近代の英霊など数が限られている。時臣も近代を生きた人物で宝具を投影する能力をもった者がいないかどうか探したが終ぞその人物を見つけることは出来なかった。

 この歴史にアーチャーは刻まれていない。無銘だけあり歴史にも名を刻まれずに終わったのか、それとも。

 

(英霊というのは過去現在未来において不変となったもの。時間という枠組みにもない彼等は未来・平行世界からだろうと呼ばれることすらある。もしかしたら――――)

 

 もしもそうなら歴史にアーチャーの名が刻まれていないことにも説明がつく。

 それに衛宮切嗣という名前を耳にした時の微妙な表情の変化。

 

(……まさか、そんな筈がない。あってはならない。そんなことは)

 

 抱いた下らない推測を振り払う。そんなことを考えるよりも今は先ず聖杯戦争だ。

 綺礼を抜けば残るマスターはケイネス・エルメロイ、ウェイバー・ベルベット、そして衛宮切嗣の三人。

 これは確信だ。

 衛宮切嗣を打倒したその瞬間、遠坂時臣の勝利は確定する。

 時計の針が午前0時を差した。

 

 

 遠坂邸を後にした言峰はアサシンを伴い夜の冬木を歩いていた。

 ごくごく自然体で歩いている言峰だが同時に警戒は緩めてはいない。ケイネスや一時的同盟者だったウェイバーはまだしも、衛宮切嗣にとって暗殺こそが本領。

 もしかしたらこうして歩いている言峰をどこか遠くから狙撃スコープ越しに見ているのかもしれないのだから。

 

『狸め。よくも師の前で平然とあれだけある事ない事を捲し立てられたものだ』

 

 霊体化し隣を歩くアサシンが皮肉ってくる。

 

「私は確かに令呪をもって山門の裏からお前を令呪で転移させ逃がした。山門からお前を転移させればアーチャーに令呪の使用を目撃されることになる。そうなれば奴はこちらを警戒し逃亡の可能性も少なくなるだろう? 柳洞寺の結界やお前が円蔵山の地形に詳しいことを説明しはしたが、だから裏から逃げしたとは私は一言も言ってはいない。それに私は師やアーチャーを含めたサーヴァントとの戦闘を回避するために、誰にも目視が叶わぬよう令呪をもってお前を逃がしたのだ。そら、どこも嘘など吐いてはいないだろう?」

 

 言峰綺礼は歪んでいるが同時に揺るぎない信仰心を持ち合わせている。

 だから言峰は誰に対しても嘘は言わない。ただ本当のことを喋らないだけだ。

 

『むっ』

 

 アサシンがなにかに気付き足を止める。一拍遅れて言峰もソレに気付いた。こちらへ近づいてくる者がいる。

 時刻は午前0時過ぎ。普通の人間は寝静まっている時刻だが、それも全員ではない。仕事帰りのサラリーマンや夜中まで遊び歩いている不良などがこの時刻に帰宅するというのは有り得ることだ。

 しかし近付いてくる気配は一般人のものではない。

 脆弱だが魔力を感じる。

 

(サーヴァントにしては弱すぎる。となると魔術師……マスターか)

 

 聖杯戦争中に聖杯戦争とは関係のない魔術師がいるとは考えにくいので十中八九マスターだろう。

 しかし残るマスターは自分と師を除き三人。そのうちケイネスや衛宮切嗣はこれほど脆弱な魔力ではない。となればウェイバー・ベルベット。いや魔力を隠した切嗣かケイネスというのも有り得る。

 けれど予想に反して言峰の前にぬらりと姿を見せたのはそのどれでもなかった。

 

「……が、はぁ……し、神父……」

 

 髪の色は色素が生気ごと抜け落ちた白髪。顔の半分は奇怪に歪み変形し、どうにか人間らしさを留めた右半分の目もまるで死人のようだ。

 写真越しだが見た事がある。

 この男は間桐雁夜。間桐からの参加者であったはずの魔術師で、召喚早々にサーヴァントの維持に失敗し参加することすら出来なかった敗北者だ。

 雁夜は死に体であった。切断されたらしく片腕がなく留めなく血が流れ続けている。常人ならとっくに出血多量で死んでいただろうが、どうにか雁夜をぎりぎり生者で留めているのは切断面から覗く蟲の力だろう。

 間桐の魔術属性は水。特に使い魔にかけて優れるという。あの蟲は間桐雁夜の使い魔であり魔術とでもいったところか。

 それでも限界が近い。

 このままなら後数分もしないうちに間桐雁夜は絶命するだろう。あの蟲は命を僅かに延命する力はあっても、間桐雁夜を死の淵から救うほどの力はない。

 

(失われている腕……半死半生……。そうか、なるほど。キャスターのマスターは間桐雁夜で衛宮切嗣かセイバーにでも令呪の宿った腕を切断されたといったところか)

 

 どうしてバーサーカーを召喚した間桐雁夜がキャスターと召喚していたかは知らない。大方間桐の頭首の虚言か、サーヴァントを失った後に再契約でもしたのだろう。

 雁夜は言葉にならない嗚咽を漏らしながら地面に倒れる。もって後三分といったところか。

 敵対者としては脆弱過ぎ、障害にも相応しくなく、かといってマスターですらない間桐雁夜。

 わざわざ手を下す必要性もない男だが、

 

「問おう、間桐雁夜。――――お前にはまだ戦う意志は残っているのか?」

 

 神託を授ける聖人のように言峰は雁夜に告げた。

 雁夜には言峰綺礼の顔すら上手く認識できていないだろう。だがそれでも僅かに残った意志でコクリと首を上下させる。

 

「良かろう。ならばもう暫く生きるといい。その願い、その祈りを私は祝福しよう」

 

 間桐雁夜の心臓と切断面に手を当てる。

 体内にある魔術回路が起動した。魔力が流れ間桐雁夜の顔色が良くなっていく。

 切断面は塞がれ、これ以上血を流すことはなくなり――――残り三分しか寿命のなかった間桐雁夜はその長さを数日まで伸ばした。

 雁夜の治療を済ませると用は済んだとばかりに立ち去る。

 

(刻限はきた。導師は情報を揃えつつあり、衛宮切嗣もまたキャスターを殺した)

 

 これから局面は激動の展開を迎えるだろう。

 一度動き出した岩石はなにかにぶつかるまで坂を転げ落ちていく。

 その運命を止める術は誰にもない。言峰綺礼や衛宮切嗣でも運命の流れにだけは逆らえないのだから。出来るのは運命の流れを読んで波に乗るだけ。

 聖杯戦争八日目はこうして終わり、聖杯戦争九日目はこうして始まった。


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