Fate/reverse alternative   作:アンドリュースプーン

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第30話  父の生き様

 遠坂時臣と衛宮切嗣。二人の戦いは合図もなく始まった。

 鼓膜を叩く銃声が鳴り雹のように切嗣のサブマシンガンから弾丸がばら撒かれる。

 サブマシンガンの掃射。魔術でいうならガント撃ちにも似ているだろうか。だがガントの魔術は所詮はただの呪い。物質的破壊力はなきに等しい。ガントに物的破壊力を持たせられるのは余程優れた魔術回路をもつ――――凛のような人間くらいだ。凡才である遠坂時臣にガントは使えても、一工程ではとてもそんな真似はできない。

 だが衛宮切嗣にとって物的破壊力をもつガントと同じ破壊力を再現するなど実に容易い。

 魔術を生きるものとしては認めたくないことかもしれないが、こうして近代兵器を使うだけで人間はあっさりと魔術を追い抜くことができる。

 

「――――――Anfang(セット)

 

 魔術を尊重し、科学を蔑視する一方で時臣は科学に対して一切の油断もしてはいなかった。

 科学とは未来へと疾走し、魔術は過去へと疾走する。魔道の根源が原初の過去ならば、未来の根源とは最果ての未来に他ならない。

 魔道も科学も行きつくところは同じ。

 そして発達した科学は多くの『魔法』を『魔術』に堕としてみせた。もはや現代に――――魔術協会が認知しているものでは――――『魔法』は五つしか残っていない。そして『魔法』を扱う『魔法使い』も数人だけだ。

 遠坂時臣ではとてもではないが『魔法』に手が届くどころか指を掠めもしない。時臣が二十年魔力を込め続けた宝石だろうと、大量生産されたミサイル一つ分の破壊力もないのだ。

 真実科学では実現不可能な奇跡の担い手――――魔法使いは時臣が名を知る限りでは大師父の宝石翁と「ミス・ブルー」「人間ミサイルランチャー」などと渾名される蒼崎青子くらいである。

 

Intensive Einascherung(我が敵の火葬は苛烈なるべし)

 

 故に時臣は慢心しない。こちらが魔術を使い、衛宮切嗣が近代兵器を扱おうと、どちらも魔術級の力を扱うという意味ならば立ち位置は同じなのだから。

 高速で飛ぶ弾丸とはいえ所詮は鉛の塊。時臣の操る高火力の炎ならば容易く焼き尽くすことができる。

 

Verbrennung(燃えろ)!」

 

 弾丸の悉くを焼き尽くすと、蛇のように動く炎が次に衛宮切嗣へと向かう。

 

Time alter(固有時制御) triple accel(三倍速)!」

 

 しかし衛宮切嗣が慣れ親しんだ詠唱を唱えると、切嗣は人間離れした速度で炎の蛇を回避してしまった。

 そしてお返しとばかりのマシンガンの掃射。時臣は迎撃の為に炎蛇を消し炎の壁で己を守る。

 

(身体能力の『強化』か、いや……そうではない)

 

 英語の詠唱。Time alterは時間を変える。それに三……加速。

 衛宮切嗣の速度と詠唱から推測するに衛宮切嗣は己の体内時間を加速させたとみるべきだろう。

 

(なんて男だ。時間操作……大規模な術式を必要とするために戦闘には不向きな魔術をあそこまで戦闘用に仕上げるとは)

 

 三倍の速度で動き三倍の動きで戦う殺しのプロフェッショナル。恐ろしい組み合わせだ。もし普通の殺し屋が五十mの距離を六秒で走破するとしたら、衛宮切嗣は僅か二秒で五十mを走破する。

 だが衛宮切嗣の武器は体内時間の加速だけではない。

 

Starting(起動)

 

 ボツリと誰にも聞こえないよう囁かれた一言。

 それがトリガーだったのか。公園のあちこちから弾丸や手榴弾が飛び出し遠坂時臣に殺到した。

 衛宮切嗣はサブマシンガンを投げ捨て、かわりにアンティークな銃を――――トンプソン・コンテンダーを取り出した。

 今まさに自分に襲い掛かる猛威が魔術的な仕掛けか科学的な仕掛けは……どうでも良い。

 問題は四方八方からそれらが殺到しているということだ。

 人間の視界はどうあったって360°を見渡せはしない。どれだけ視界が広い者でも精々180°が限界である。

 時臣の目ではどうあったって自らに迫りくる脅威を全て見る事は叶わない。

 ならば全身を炎の壁で覆えば、とも考えるがそれも無理だろう。炎は弾丸を焼くつくすことはできても、手榴弾の爆風までは避けられないし、衛宮切嗣がそのことを予想していないはずがないのだ。

 まさか衛宮切嗣が遠坂時臣のことを知らずに戦いを挑む、なんてことはないだろう。

 素人ならいざ知れず切嗣は戦いのプロ。情報の大切さなど身に染みて理解しているはずだ。その切嗣が時計塔などから遠坂時臣の得意とする魔術などを調べないはずがない。つまり切嗣は弾丸という鉛玉では炎を操る時臣には不利と知っておきながら、この弾丸と手榴弾を360°から殺到させているのだ。

 

(奴は徹底的な合理主義者。奴のとる行動には無駄がない。必ず意味がある。それを探るのだ)

 

 切嗣は最初にマシンガンを掃射した。時臣には通用しないと知った上でのつまらぬ射撃。

 それに意味があるとしたら?

 遠坂時臣には弾丸を焼き尽くせても手榴弾による爆風は焼き尽くせない。炎では守りきれないのだ。

 しかし手榴弾が投擲された速度は弾速と比べるまでもない。よって弾丸が先に遠坂時臣を襲い、一拍遅れて手榴弾が時臣を襲うことになる。

 普通に考えれば弾丸を時臣が防いでいるうちに、本命の手榴弾で時臣を殺すための二段構えと思う。だが衛宮切嗣がそんなチャチな指し手(プレイヤー)であるはずがない。

 推測だが本命であろう手榴弾こそが囮。本命は弾丸なのだ。

 炎では爆風を防げない。確かにそうだ。だが炎では防げないが魔術で防げないかといえばそうではない。切嗣の狙いとは時臣に手榴弾は兎も角、弾丸は恐れるに足らないものと思い込ませることにある。

 

(となれば奴は弾丸に雁夜と同じ炎対策の魔術でも刻み込んでいるとみた! それで私を蜂の巣にする算段なのだろう。しかし)

 

 目を閉じる。視力では決して360°から迫りくる猛威を視認することはできない。

 それならば目など使う必要はない。時臣には己の体以上に自在に操れる魔道がある。道を究めし剣士にとって剣が己の体と同じように、遠坂時臣にとって魔術は己が一部も同然。

 炎による熱源探査。それが時臣を中心とした360°の猛威の位置情報を正確に教えてくれる。

 

Acht(八番)……! Ein KOrper ist ein KOrper(塵は塵に、灰は灰に)―――!」

 

 この聖杯戦争のため準備してきた十数個の宝石。そのうち炎と親和性の高いルビーを使う。

 宝石魔術における宝石はケイネスの水銀のような単一能力しかもたぬ限定礼装とは違い、術者の力を増幅させる力をもった補助礼装。

 ルビーに込められた魔力が時臣の地力に上乗せされ、

 

Es brennt ab.(焼き払え)Flamme schwert(炎の剣)――――!

 

 物的破壊力すら備えた炎剣が時臣の右手に顕現し、それをぐるりと一閃し手榴弾と弾丸の悉くを消滅させた。

 正に切り札をきった必殺の一撃。ランクAのそれは急所に当たればサーヴァントの命すら刈り取るだろう。弾丸や手榴弾如き対抗できようはずもない。

 だがこれは宝石を用いての一時的ブーストである。時臣の魔力では炎剣をいつまでも顕現させていることはできず、徐々に炎はその火力を弱めていった。

 その時であった。切嗣が挑発するように言ったのは。

 

「あの程度の罠じゃ無理か。それなら……タンクローリーだッ!」

 

「なッ!」

 

 馬鹿な、とはこのことだ。

 熱源を感知し頭上を見上げてみれば、そこに圧倒的質量をもった鉄の塊が隕石の如く落ちてこようとしていたのだから。

 言われずとも一目で分かる。固体・液体・気体を運搬するための特種用途自動車。その総重量は見た限りでは20t以上。

 それを衛宮切嗣は如何なる手法を使ったのか。宙に浮かべ、それを遠坂時臣の頭上に落としてきたのだ。

 弾丸なら容易く焼き尽くす炎も流石にタンクローリーを焼き尽くすなど到底不可能である。こんなものが落ちれば時臣の肉体など跡形もなく潰れて血の池を作ることになるだろう。

 

「空からタンクローリーだとッ! 正気か貴様は!!」

 

 奇想天外かつ奇天烈なる奇襲。しかし有効なのも確かだ。タンクローリーという巨大質量による圧殺は魔術師でも如何ともし難いものである。

 時臣の地力でもやはりこれほどの攻撃を防ぎきるのは無理だろう。

 だが時臣には宝石がある。数限られた数しかない宝石であるが、衛宮切嗣もそう湯水のごとくタンクローリーを降らせるなど出来ないはずだ。

  

Es brennt ab.(焼き払え)Flamme schwert(炎の剣)――――!

 

 先程と同じ炎剣を再び顕現される。

 

「はぁ!」

 

 炎でありながら炎を逸脱した性能を誇るそれはタンクローリーという巨大質量を真っ二つに両断してみせた。

 だが時臣は失念していた。タンクローリーというのは固体・液体・気体を運搬するための自動車。

 切嗣が敵へミサイルとして放つそれの中身を空っぽにしているわけがない。時臣の炎がタンクローリーに詰まりに詰まった爆薬が炸裂した。

 

「まだだ――――――!」

 

 自分のミスは自分で取り返す。

 遠坂時臣の魔術特性は炎で、爆発の属性も炎。そして魔術師は自らの力だけでなく、外部の力を利用することに長けた者。それがなんであれ炎であるのならば操ってみせよう。

 宝石を消費しながら自らの魔力でタンクローリーの爆発を染め上げて、自分のものとしていく。

 

「はっ!」

 

 タンクローリーの大爆発。コンクリートブロックを粉微塵に破壊するほどの爆発の制御に時臣は成功する。

 爆発は遠坂時臣の立っていた周囲の地面を北欧の巨人が天の雷でも落としたかのように抉ってしまったが、遠坂時臣の立った地点だけは無傷だった。

 しかしそこで気付く。

 

(衛宮切嗣がこれで終わるわけがない)

 

 宝石のブーストがあればタンクローリーによる一撃でも時臣を殺し切れない可能性など、切嗣は考慮できていたはずなのだ。

 それならばタンクローリーはより強力な一撃を加える為の布石。

 時臣は見た。切断したタンクローリーの向こう側。衛宮切嗣がトンプソン・コンテンダーの銃口を真っ直ぐに向けている。

 解析の魔術を使用したところ装弾数は1発、非常にシンプルな構造の銃だ。だがそれだけではなく魔術的改造も施されている。

 反射的に悟る。遠坂時臣にとって宝石が切り札のように、あの銃こそが衛宮切嗣にとって信頼するに足る切り札なのだと。

 タンクローリーを迎撃したせいで、時臣には僅かな隙ができている。それ以上にもし普通の者ならロードローラーという目に見える圧倒的脅威を排除できたことで安心してしまっていただろう。それは致命的な隙となりうる。

 

「しかしっ!」

 

 あの銃から放たれる弾丸は並大抵のものではないだろう。タンクローリーを布石にするようなものだ。 

 軽い気持ちで防げるものではない。これを防ぐなら遠坂時臣も全霊をもって一瞬へとかけるべきだ。

 

「起源弾」

 

 鋭い銃声と同時、銃口から一発の魔弾が弾けでる。

 時臣はトパーズの宝石を使い、

 

Boden(大地よ) bedienung(我が意のままに).Es ist ein Wall(それは城壁なりや)!」

 

 炎ではなく土。公園の地面が下から巨人の槌で叩かれたように隆起する。

 そこに更に宝石の魔力が補強した。魔術の詠唱通りそれは城壁そのもの。アーチャーのアイアスの盾とは比べるべくもないが、あのロード・エルメロイの水銀にも迫りうる防壁である。

 

「Schaltung abfangen」

 

 更に何事かの詠唱を呟いた瞬間、壁と魔弾とがぶつかる。

 拮抗は目にも留まらぬ一瞬。あろうことか弾丸は城壁を食い破るとそのまま遠坂時臣の左肩へと命中した。

 

「が、あ――――!」

 

 弾丸の威力に押されたのか、そのまま時臣は足を地から離して背中から落ちた。切嗣はそれを確認し今度は普通の銃を取り出す。

 切嗣にとってもこの結果は予想外である。遠坂時臣の魔術は見事にトンプソン・コンテンダーの弾丸を防いでくれるものと思っていた。

 トンプソン・コンテンダーは拳銃として携行できる銃では最大火力のものだ。個人装備ならグレードⅣクラスの防弾装備がなければ防げえぬ代物。故に魔術師はこの魔弾に対し強力な魔術で迎え撃つしかないのだ。それこそが切嗣の狙いとも知らずに。

 しかし遠坂時臣の魔術は意外にもコンテンダーを防ぐことはできなかった。時臣のミスなのか、それとも偶然なのかは分からない。だが相手が強力な魔術で迎撃すればするほどに威力を増す起源弾にとって、起源弾の威力が相手の魔術の防御を上回るというのは良くない結果だ。

 だが些細な問題である。時臣がこうして倒れた以上、あとは止めを加えるだけでいいのだから。

 意識なき魔術師など銃弾どころかナイフ一本……否、指一つでも絶命することができる。

 切嗣は銃口を時臣へ向け、

 

「……ッ!」

 

 その瞬間、銃は炎により跡形もなく燃やされた。炎が銃の火薬に引火し爆発する。

 固有時制御で三倍の速度を得ていない切嗣であれば、或いは腕を無残なものにされていたかもしれない。

 けれどそれよりも衛宮切嗣はソレに対して鋭い視線を向けた。

 

「遠坂、時臣」

 

 時臣は左肩から血を流しながらも、優雅さを損ねないまま左手にもっていた杖を右手に持ちかえる。

 

「そんなに私が無事でいることが意外かね……魔術師殺し」

 

 言うと時臣は穴の開いた左肩に指を突っ込み、くちゅくちゅと動かすとそこから一発の弾丸を摘出した。無論、それこそ切嗣の魔術礼装たる起源弾である。

 

「ほう。これは骨……それも人骨だな。お前と似た魔力の波長もある。となればお前の骨か。どの部位かは知らないが、自身の骨を摘出し弾丸にしたというところか。詳しく調べぬことには分からぬが、どうやら接触した魔術の強さに応じて術者に威力を返す類の魔術礼装だな」

 

「…………」

 

 切嗣は表面こそ平静であれ内心では驚いていた。

 聖杯戦争参加以前より37発を消費し一発の無駄もなく確実に三十七人の魔術師の命を奪った起源弾。それを防がれたばかりか、その効果をも看過されたのは衛宮切嗣の人生で初めてのことである。

 

「クールを装っているが貴様の焦りが分かるぞ。実は私はチェスを嗜んでいてね。そしてチェスで大切なのは相手の立場となって相手の思考を読み取ることだ。衛宮切嗣……貴様は合理的な男だ。お前の行動には一切の余分も無駄もなく、目的を達成するためだけの機械そのものだ。なるほど。認めたくはないが貴様ほど魔術師らしい男もいなかろう。

 だが、だからこそ読み易い。私はお前の立場となって、最もお前にとって合理的な行動はなんなのか推測すれば良いのだからな。最も合理的な決断とお前の行動は常にイコールの関係にある。貴様の弱点だ衛宮切嗣。解析の魔術を駆使してその銃の大まかな威力はどうにか掴んだが、それはどう考えてもタンクローリー以下の切り札のようではない。ならばなにか仕掛けがある。……もしも私が貴様がそれとなく私に強力な魔術でその銃を防御させようとしていることに気付かなければ危なかったな。

 私は宝石により並大抵の弾丸なら容易く弾き返す防壁を用意した。だが防壁が誕生した瞬間、私は自らの魔術回路を全て閉じていた。貴様の魔術礼装が相手の魔術回路に流れる魔力によって決定するのであれば、魔術回路に流れていた魔力がゼロの私のダメージは皆無! 弾丸によるダメージはあるが……それだけだ」

 

 序盤は本のように、中盤は奇術師のように、終盤は機械のように。

 衛宮切嗣は最初から最後まで常に機械であり続けた。人情をもたず心を解さず、ただ効率のみを優先した戦術。だからこそ切嗣はこれまで多くの魔術師を狩り続ける事ができたのだろう。

 しかしそれが機械の限界でもある。

 機械は所詮ただの機械。時臣は本のように展開し、奇術師のように振る舞い、機械のように思考した。それが未だ超えられぬ機械と人間との間に横たわる壁である。

 

「――――貴様の手の内の底を見たぞ。もはや恐れるものは何もない」

 

「貴様に言うことは一つだけだ。――――"覚悟"しろ」

 

 機械として完成した以降、常に魔術師に対してのジョーカー。対魔術師との戦いにおいて最強であり続けた孤高の魔術師殺し。

 特別な素養もない一人の魔術師が、果て無き研鑽の果てに天才と同じ頂きへと上り詰め、今また最強の魔術師殺しに対して反撃の狼煙を告げる。

 

Time alter(固有時制御) square accel(四倍速)ッ!」

 

 詠唱に偽りはなく衛宮切嗣の体内時間が四倍まで加速する。死徒でもないというのにアレだけ体内時間を加速させて身体の負荷は相当のものだろう。

 しかし速くなろうとも時臣の目は誤魔化せない。相手がアサシンと思って対処すればお釣りがくるというものだ。

 切嗣のばら撒く銃弾を最小限の魔力消費で炎で溶かし接近していく。

 

Verbrennung(燃えろ)!」

 

 炎が衛宮切嗣の居る場所に着弾する。が、切嗣もさるもの。その速度を活かし炎の軌道を先読みするとあっさりと回避してしまう。

 それならば、と。時臣は杖に尋常ならざる魔力を注ぎ込み、

 

「Verbrennung! Verbrennung! Verbrennung! Verbrennung! Verbrennung! Verbrennung! Verbrennung! Verbrennung! Verbrennung! Verbrennung! Verbrennung! Verbrennung! Verbrennung! Verbrennung! Verbrennung! Verbrennung!」

 

 ひたすら連打する。されど無規則かつ無計画のものではない。

 一撃一撃が衛宮切嗣の退路を絞り、逃げ場を塞いでいく。

 

「くっ……!」

 

 切嗣が素早く次弾を装填し起源弾を放つ。

 

「Öffnen Sie sich!」

 

 だが炎は起源弾を避けるように、その軌道上に穴を空けて避けてしまう。その軌道の延長線にいる時臣も真っ向から受けることはせず、自身の脚力を強化し回避する。

 簡単なようでいて炎による熱源感知と強化された動体視力と運動能力、更にタイミングの選定。その三つがあってこその神業だった。

 そして遂に――――。

 

「そこだッ!」

 

 衛宮切嗣の逃げ場を完全に塞ぐ。切嗣がトンプソン・コンテンダーに次弾を装填するよりも速く時臣の魔術回路が起動した。

 如何に切嗣が四倍速で動こうと、事前に時臣の側が準備していれば初動にかかる時間は0。切嗣の四倍を超えることができる。

 時臣は最後にとっておきの宝石を取り出すと。

 

Funf,Drei,Vier……(五番、四番、三番)! Der Riese und brennt das ein Ende(終局、炎の剣、相乗)――――!」

 

 とっておきの宝石に相応しいとっておきの魔術で衛宮切嗣を吹っ飛ばした。

 それでも衛宮切嗣は健在。鋼鉄の精神を秘めた両眼は未だ健在。あれだけの宝石を使って倒せないのであれば、衛宮切嗣の度肝を抜かす攻撃をしてやらねばなるまい。

 

「喜べ。趣味ではないが貴様に私のとっておきを見せてやろう――――!」

 

 最後に残った四つのうちの一つの宝石を使い尽す。 

 その利用法は居住区を焼き払う炎でも、鋼を貫く閃光でもない。ただの単純にしてシンプルな肉体のブースト。更に二つ目の宝石による爆裂な踏込により時臣はまるで瞬間移動したかのように切嗣との距離を詰めた。

 

「魔術師が接近戦――――!?」

 

 衛宮切嗣の魔術師殺しとしての生涯でも、自分と戦っている魔術師が最後の手段に肉弾戦闘を挑んでくることなどは埒外のことだったのだろう。顔が驚愕に染まった。

 

「だから私の趣味ではない。だが大師父の魔導書(グリモア)の中で、宝石による近接格闘礼装全種がある。遠坂の後継者として極めているのは至極同然」

 

 肉体のブーストは一時的なものだ。十数秒で効果は切れる。

 もしも効果が切れてしまえば時臣には四倍速で動く衛宮切嗣と互角に戦う事は出来ない。もしここで攻めきれなければ時臣は確実に敗北する。

 

「征くぞ! Würfel! Würfel! Würfel! Würfel! Würfel! Würfel! Würfel! Würfel!」

 

 ハリケーンが如き拳打。衛宮切嗣の鋼鉄の精神を力ずくで破壊し尽くす勢いで激しく両の腕を動かす時臣。

 

「余裕をもって優雅に……飛んで逝けッ! Stark――――解放」

 

 持ちこんだ宝石でも随一の魔力を込められた宝石。

 爆弾とすれば重戦車を跡形もなく消滅させ、閃光にすれば千里も先にまで届くであろう切り札が遠坂時臣の右手に宿る。

 

「覇ァァァァァァアアアアアアアアアアアア!!」

 

 叫びと共に繰り出されるは純粋にして単純な突き。されどシンプルであるからこそ最強の一撃。

 ミサイルでも落ちてきたのかと見間違わんばかりの破壊。遠坂時臣の放った一撃は衛宮切嗣の五臓六腑を破壊し尽くし、完全に心臓の鼓動を停止させた。

 切嗣の体が浮き、壁に叩きつけられる。そのまま重力に引っ張られ衛宮切嗣だったものが地面に転がった。

 心臓は止まり、胴体は抉られている。確実に死んでいた。

 固有時制御の速度で回避に全力を費やしたせいか、跡形もなく消滅することは免れているが、腹を抉られ心臓を破壊された人間が生きている道理はない。絶対的に衛宮切嗣は死んでいた。

 

「……やれやれ。一人の敵を、倒すのに我ながら大盤振る舞いをしたものだ」

 

 時臣秘蔵の宝石はもはや1個しか残っていない。

 だが大盤振る舞いをした価値はあったと時臣は考えている。衛宮切嗣という最大の難敵を仕留めることができたのだから。

 それに消費した宝石の何億倍も価値あるものを時臣は取り戻したのだ。

 

「すまなかったな桜、遅れた」

 

 すやすやと激闘を子守歌にして眠る桜の頬を撫でる。一年ぶりになる我が子との触れ合いだった。

 ついでとばかりに時臣は魔術で地面に置かれていた黄金の杯を自分の手元に持ってくる。聖杯を取り敢えず傍に置くと、桜の容体を確認する。

 やはり後遺症になりそうな呪詛や傷の類は見当たらない。

 眠りの魔術で眠らされている以外は健康そのものだ。

 時臣はそっと胸をなでおろす。

 

――――それが致命的な隙となっていた。

 

「――――衛宮ッ! 貴様まだ生きて!」

 

 理屈は分からない。衛宮切嗣は完全に絶命した筈だった。

 しかしその切嗣がどんな『魔法』を用いたのか蘇生を果たし、今またトンプソン・コンテンダーの銃口を桜へと向けている。

 衛宮切嗣が桜に危害を加えられないのは交換完了後まで。小聖杯と桜の交換が完了した今、衛宮切嗣は桜に危害を加えることができる。

 時臣だけなら或いは躱せたかもしれない。残った1つの宝石で自分を強化すれば回避できたかもしれない。

 だがそれは桜の命を見捨てるというのと同じ意味だった。

 

Einsatz(展開)!  !Die Mauer einer Flamme《炎の壁》!」

 

 人生最後となるやもしれない選択肢。

 最後の最期で時臣は己の命ではなく養子にだした我が子の命を選んだ。

 銃声が公園に木霊する。魔弾と炎とが激突する。そして――――


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