Fate/reverse alternative   作:アンドリュースプーン

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第31話  下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり

 意識が朦朧とする。頭がもう休ませてくれと懇願している。その願いに応えれば、どれほど楽だろう。

 体を駆け巡る沸騰したような熱さ。眠ることでこの熱から逃れられるならば今すぐ眠りたい。

 だが時臣にはここで眠ってはならない理由があった。

 ブランド物であることが一目で分かるスーツは今やあちこちが破け切れている。

 左肩には穴が空いている。

 口元からは血が溢れている。

 魔術回路も上手く起動してくれない。

 

「――――――無様だな、私も」

 

 余裕をもって優雅たれ。家の家訓を実践してきておきながら、事ここに至り無様を晒している。

 しかし誰が彼を無様と笑えよう。

 時臣の腕の中には一人の子供がいた。桜である。

 切嗣の放った起源弾。それを防いだものの重傷を負った時臣は最後の力で宝石を炸裂させて目晦ましにすると、桜を連れてその場から離脱したのだ。

 だが対魔術師に特化した兵装たる起源弾を受けてはさしもの時臣とて一溜まりもない。

 全力の魔術行使をしていた訳ではないため『起源弾』によるダメージは低かった。低かったが……ダメージ・ゼロというわけにはいかない。こうして限界の臨界直前で歩く余力はあれど、戦闘など到底不可能だ。

 しかしこれは誇ってもいいことだろう。

 今まで衛宮切嗣と相対した数えきれないほどの魔術師。

 一体どれほどの魔術師が切嗣と戦い生還することができたであろう。一体どれほどの魔術師が起源弾を受けて絶命しなかったであろう。

 答えは"ゼロ"だ。衛宮切嗣と相対したが最期、全ての魔術師達は等しく死という地獄に突き落とされた。

 それを時臣は無傷でないながらもあの魔術師殺し衛宮切嗣と相対し、我が子を救い出して見せた。

 ゼロを時臣は覆したのである。0を1としたのだ。

 

「あれ……なんで……?」

 

 時臣の目が見開く。腕の中にいた我が子が――――桜が目を覚ましていた。

 桜の高い素養が眠りの魔術を破ったのか、それとも魔術の限界時間がきたのか。それは分からない。確かなことは桜が目を覚ましたということだ。

 

「…………体に異常はないか? 桜」

 

 こういう場面だというのに、自分から出たのは飾り気のない言葉だった。

 我ながら時計塔でも器用に立ち回って来たと思うが、やはり私人としてはまだまだ修行が足りない。

 

「どうして……"あなた"が?」

 

「――――――――」

 

 他人行儀な桜の声。それを非難はするまい。これは時臣の決断だ。時臣の決断が齎した当然の結果だ。

 桜を間桐の養子に出したその日から遠坂時臣は桜の父親ではなくなったのだ。

 

「お前は覚えていないのかもしれないがな。桜……お前は雁夜によって間桐家から連れ出され……いやあいつは恐らく救おうとしたのだろうな。認めるのは遺憾だが……感謝せねばならんのかもしれん」

 

「あの……」

 

「しかし雁夜は負けた。……それでお前は人質になったのだ。私を単身で誘き寄せるためのな」

 

「どうして私を助けたんですか?」

 

 聡い子だと思った。時臣が語った情報だけで自分が人質となり、それを時臣が助けたことまでを悟ったらしい。凛ほどの明快さや溌剌さはないが優れた才能の目を覗かせている。

 

「…………」

 

 どうして助けたか。一年前ならば考えるまでもなかった問い。だが今の父親ではない時臣にとってその問いは重く遠い。

 故に時臣は冷徹に言い放った。

 

「間桐の翁、臓硯さんより連絡を貰ってね。ある情報と引き換えにお前の捜索と救助を引き受けた」

 

「そうですか。分かりました」

 

 桜が口を閉ざす。父だった男の腕の中にいる少女は瞳を暗くさせたまま無表情だ。それで漸く雁夜の言葉が実感をもって時臣に浸透してきた。

 凛や自分と同じ黒かった髪は青みがかり、瞳の色も変質している。生来の属性を変え無理矢理に間桐の"水"属性へと変化させたせいだろう。

 生まれ持った属性を変えるというのは自らの誕生した色を否定するということ。その苦痛は想像を絶するものであろう。

 それが桜のような幼い年齢で、魔道に進む「覚悟」を抱いていないと言うのであれば猶更だ。

 

(雁夜の言葉が正しいのか、間桐臓硯が正しいのか……実際に真実を見ていない私には答えを導き出すことはできない)

 

 桜に問い掛けたところで意味はなかろう。

 もし前者ならば間桐臓硯は桜に時臣へ助けを求めないよう『教育』を施しているはずだ。尋ねても本当のことを教えてはくれない。後者だとすれば間桐臓硯は桜のために厳しくしているのであり時臣が口を挟むべきことではない。

 どちらにせよ既にして遠坂時臣は部外者だ。

 時臣は自嘲する。

 つくづく不甲斐ないものだ。魔術師として一流であらんとした結果、どうにも父親としてはおざなりになっている。

 

(それでも……)

 

 今の時臣は桜の父親ではない。けれど嘗ての時臣はそうではない。

 嘗ての遠坂時臣は我が子――――間桐桜に対して問うべき言葉を問うていなかった。すべきことをしていなかった。

 ならば嘗ての遠坂時臣が我が子に果たしていなかった義務をせねばなるまい。

 

「間桐桜……いいや遠坂桜」

 

 遠坂桜と時臣が口にした途端、桜がビクッと驚いたように肩を震わせた。

 

「お前はこれからの人生、魔道の道に進むか、それとも進まないか?」

 

「えっ」

 

「桜……私はお前に謝らなければならない。本来ならお前を間桐の家に養子に出す前にこの問いをするべきだった。私もかつて先代の頭首に魔道の道に進むか否かと提示され……私は是と返答したのだ。だからこそ今の私がある。魔道を進む『覚悟』を決めたからこそ、私はそれからの難行にも耐えてこれたのだ。だが私はお前の意志を確認せぬままに魔道の道へと進ませてしまった。だからこそ今決めてくれ。お前は魔道の道に進むのか、それとも魔道を棄て唯人として生きるのか」

 

「でもお爺様が」

 

「間桐臓硯のことは関係ない。私は嘗ての責任を果たすために問いを投げている。勝手な話だと憤慨するだろう。だが私はお前の父親だった私として、私の娘だったお前に問い掛けているのだ」

 

「お父さんは、私がどうすればいいと思うんですか」

 

「桜。それは私が決めることじゃない。お前が決める事だ。お前の人生はお前が決めるのだ。お前がどんな選択をしようと私は受け入れよう。その決断を尊重しよう」

 

「それじゃ私が魔術なんて嫌っていったら」

 

「お前を間桐から連れ戻す」

 

 即答であった。気付けば時臣は考えるよりも先に声が出ていた。

 

「間桐臓硯がその邪魔をするなら強引に口を塞がせる。葵と凛のもとにも帰そう。私もお前がただの人間として生きていくよう最大限努力する」

 

 だから答えを聞かせてくれ、と出来るだけ優しい口調で時臣は言った。

 

「私は……魔術なんて、好きじゃありません。……もし姉さんのところに帰れるなら、帰りたい、です」

 

 細々とした力無き声。それで十分だった。

 桜は時臣を遥かに凌ぐ才能をもちながら『魔道』ではなく、その才能を活かさぬ『人道』を選んだ。

 もしかしたらそれは魔道を進むよりも険しい道なのかもしれない。生まれながら人を逸脱した才能をもちながら人の道をゆく。それは己の宿命への反逆に等しい。

 

「……雁夜に、感謝せねばならんな。ならば帰ろう、桜。今は凛と葵は倫敦だから直ぐには会えんが、帰ったらすぐにお前も倫敦へ行けるよう手配しよう」

 

「お父さんは、来ないんですか?」

 

「すまんが私は『魔術師』だからな。魔術師としての責任をこの地で果たさなければならん。今はもう眠るといい。疲れただろう」

 

 桜はそれを聞いて安心したように目を閉じると規則正しい寝息を立て始めた。

 だが、なんということだろうか。

 もう時臣には我が子の感触がない。全身を焼く痛みが我が子の温もりを覆い尽してしまっている。

 

「時臣師、ご無事でしたか」

 

 その時、時臣の前に一つの影が現れた。

 警戒はなかった。その声色は訊きなれている。弟子の言峰綺礼だ。時臣の味方である。

 唯一つどうしてここにいるのかという疑問があったが直ぐに「どうでもよいことだ」と思考から外す。恐らくは決戦場には入れぬもののせめてギリギリの場所でと、応援にきてくれたのだろう。

 

「綺礼か。桜は取り戻したが、無事……とはいかなかったよ。ご覧の通りの様だ。衛宮切嗣の礼装のせいで魔術回路が滅茶苦茶だ。もう満足に魔術行使もままならない」

 

「……なるほど。それで私をまだ信用しておいでですか」

 

「?」

 

 おかしな言い回しをする。自分は元から綺礼に対して全幅の信頼を置いている。

 今更それを確認する必要などはない。

 

「すまないが、これを持っていてくれ。私では歩いている途中に落としてしまう」

 

 時臣は懐に隠しておいた聖杯の器――――小聖杯を言峰に渡した。

 

「これは?」

 

「生まれついての性というのは消えないらしいな。衛宮切嗣の礼装の魔弾を受けて尚、桜と一緒に小聖杯まで持って離脱するとは」

 

 黄金の杯。小聖杯、それに桜。

 衛宮切嗣は生きているだろうが、この二つをもって離脱した以上、衛宮切嗣と遠坂時臣の戦いは時臣の勝利といえるのかもしれなかった。

 

「……導師は、これからどうするので?」

 

「聖杯戦争を続けるさ。こんな様では十二分の力は発揮できんだろうがな。聖杯を手に入れるのは遠坂の悲願だ。私も遠坂の頭首として生きている限りは戦い抜かなければならん。勝算があろうとなかろうとな」

 

「随分と達観しておいでですね。私も魔術については多少の知識を得ました。だからこそ少しは分かる。導師の口振り、それは貴方が魔術師として死んだということではないのですか?」

 

「だろうな。幸い全ての魔術回路が駄目になったわけではないが、今の魔術師としての私の力は君以下かもしれん。魔術師として死んだと言い換えてもいいだろう。しかし私がどうしたというのだ? 私が魔術師として死のうと生命として死のうと、凛が遠坂を継ぐだろう。私の死で遠坂の魔道が凛へ正しく継承されるのであれば問題はないよ。そうだな。私が死んだら凛のことを頼む。才能はあるが、まだ幼い。六代目としてなじむまでには時間がかかろう。私の代わりに魔道を教えてやってくれ」

 

 自分の体のことは自分が一番分かっている。それになんとなくだが運命も悟った。

 恐らく自分は死ぬだろう。衛宮切嗣の『起源弾』により重傷を負ったからかもしれない。死に近づいたせいで死を感じやすくなっている。

 だからこそ後を頼んだのだ。時臣が誰よりも信頼する弟子へと。

 

「承りました」

 

「ありがとう。私は君という弟子を得て良かった。そうだ、もしかしたら使う時があるかもしれんと持ってきたのだがな。結局、使う事のなかった。これを君に送ろう」

 

 時臣は独特の衣装の施された短剣を言峰に差し出す。それは嘗て時臣が先代より譲り受けたものだった。

 

「これは?」

 

「儀礼用のアゾット剣だ。遠坂の魔道を修めたという証だよ。私が先代より譲り受けた品だ。受け取って欲しい。泣き言を言わせて貰えば家に帰るまで息をしているか自信がない。だから今のうちに」

 

「なにからなにまで痛み入ります」

 

 深々とお辞儀をして言峰がアゾット剣を受け取った。それを一通り観察すると言峰はアゾット剣をカソックの下にしまう。

 時臣は次いで桜のことを頼もうとして、その前に言峰が声を被せてきた。

 

「ああ導師、私も貴方という師を得られて幸いだった」

 

「――――――ッ!」

 

 余りのことに反応もできなかった。

 時臣の心臓にレイピアのように細い長剣が刺さっている。刺したのは弟子である言峰綺礼。言峰はなんとも嬉しそうな顔をしながら時臣を見ていた。

 

「綺礼、なにを……?」

 

「導師。貴方は私を信頼していたが、私を理解してはいなかった。そして貴方の信頼をこういう形で返せること、それが私の娯楽なのです」

 

 黒鍵が引き抜かれる。心臓から血が溢れ出て、急速に体から力が消えていく。

 皮肉なことだが魔術師としての冷徹さにより一流の魔術師に上り詰めた遠坂時臣は、最後に人間としての情を垣間見せ、魔術師らしい優しさにより弟子を疑うことが終ぞできず死んだ。

 

 

 

「…………」

 

 言峰が時臣の死体を見下ろす。さっきまで無残な姿でありながら優雅であった男はただの冷たい躯となっている。

 歓喜が言峰の心中を満たした。

 

「やっと殺せた! あの女も我が父上も私の手にかけることができなかった! だからこそ嬉しい。私は漸くこの手で愛する者を手に欠けることができた」

 

 人が幸福と思うことを幸福とは思えず。人の不幸にしか至福を見出せない生まれながらの破綻者。

 生まれながらの破綻者に漸く明確なる幸福を与えたのは、自分を信頼する師を裏切り殺すという背徳によってだった。

 

『呵呵呵呵呵呵! これはこれは奇怪なものよ。遠坂の子倅がどうするのかと眺めておれば、よもやその弟子に殺されるとはのう。やはり永人の代より変わらぬのう。遠坂は詰めが甘い。人を見る力は授からなんだ』

 

「っ! 貴様……」

 

 あちらこちらからグロテスクな蟲達が集まりだし、一つの人型を作り出す。

 肌のあちこちが皴がられ腐敗した胴体。間桐の支配者、間桐臓硯だ。

 

「だが礼を言おうかのう。貴様の裏切りで儂がこの男を殺す手間が省けたというもの。遠坂は詰めが甘いが、その底力は侮れんのでのう。大事な大事な孫娘をこうして取り戻すこともできたのじゃから」

 

 間桐臓硯が無言で命じると蟲達が時臣へ飛んでいった。だが蟲は時臣を襲わず、その腕に抱かれ眠る桜へと殺到する。

 どういう方法を使ったのか。声もなく間桐桜は虚ろな目で立ち上がると臓硯のところへ歩み寄っていく。

 

(蟲を利用しての……操作? マキリの属性は水。使い魔の使役に優れているときくが)

 

 臓硯の使った魔術を分析しながら自然と言峰は黒鍵を構えていた。

 

「呵? 綺礼よ。その黒鍵は儂に対しての殺意かの。ならやめておけやめておけ。儂はお前をどうこうするつもりはないし、遠坂の子倅の遺体にもなにもしはせんよ。これは貴様の玩具なのであろう?」

 

「口を閉じろ。貴様の放つ言葉は一々不快だ」

 

「そう怒るでない。今宵は儂も大切な孫娘を助けに来ただけ。代行者と一戦を交えては儂はいいが桜が危ないのでの。儂はここで失礼させてもらうとしよう。綺礼よ、遠坂の子倅は貴様にとって真実道化であったろうが、儂にとっては貴様も同じ貉よ。上手く儂の役にたってくれおった」

 

「……ッ!」

 

 言峰は黒鍵を投擲しようとするが、その時には臓硯の姿は忽然と消えていた。

 

「逃げられたか」

 

 師を殺した際の充足や幸福感はもうない。かわりに間桐臓硯に対する不快感だけがこびりついている。

 

「逃がしたか。だが」

 

 もし次に会う日があるのならば、今度こそ間桐臓硯は始末しよう。アレがこの世にいることはどうしようもなく不愉快だ。

 臓硯の去った場所から目を外すと言峰は時臣の腕にある令呪を綺麗に剥ぎ取り自分の手へ移植する。

 霊媒治療にかけては師すら超える術者である言峰だ。このくらいは雑作もない。

 自分の中にアサシンの他にもう一つのラインが繋がるのを感じた。笑みを隠そうともせず令呪を光らせ命じる。

 

「新しき我が傀儡よ。令呪にて命じる。主替えに賛同しろ。更に第二の令呪にて命じる。この場へと来い」

 

 空間が割れ赤い外套の騎士が言峰の前に召喚される。

 アーチャーは身を焦がす殺意を発しながらも、その両手の夫婦剣を振り下ろせないでいる。「主替えに賛同しろ」という令呪が効いているのだ。

 

「くくくっ。その様子ではアーチャー、貴様も無事ではないようだな」

 

 アーチャーの外套には所々傷が入っている。

 足止めのアサシンとの戦いで受けた傷だろう。

 

「貴様、時臣を殺したか――――!?」

 

「そうだ。元々そのつもりだったからな。私と衛宮切嗣の邂逅を邪魔する者は消えて貰う必要があった。ましてや私は遠坂時臣の願いになんの価値を見出す事も出来なかった。もし時臣が私を満たしてくれる願いをもっていたのならばこうはならなかったかもしれん。だが過ぎた話だ。遠坂時臣は死に、私は生き、お前も生きている。そして私はアーチャー、お前ならば聖杯を手に入れても良いと考えている」

 

「馬鹿な事を……! 私には聖杯にかけるような望みなどはない」

 

「ふっ。それはこれから分かることだ。第三の令呪にて命じる。アーチャーよ、己が心を我が目に晒せ」

 

「なッ!」

 

 第三の令呪が光り、アーチャーの魂を縛り付ける。

 アーチャーの口がアーチャーの意に反して動き始め、そして。

 

 

 

 桜が目覚めた時、そこはあの暗い蟲蔵の中だった。慣れ親しんだ蟲蔵。否、慣れさせられた蟲蔵。

 疑問が湧いた。

 自分はさっきまで父の腕の中にいたはず。なのにどうして、

 

「呵呵呵。桜や、起きたかのう」

 

 この蟲蔵の支配者の声が桜の耳に届く。

 反射的に桜は身を硬直させた。この人物に逆らってはいけないと文字通り体の髄まで教え込まれているのだ。

 

「桜よ。ちと面倒なことがあってのう。修練に空きがあいてしまった。遅れを取り戻さねばならん故、いつもよりも痛むかもしれんが、なにお前ならば耐えられよう。なにせお前は遠坂の子倅が太鼓判を押して儂に差し出したほどの胎盤なのじゃから」

 

「あの……お爺様。お父さんは……それにおじさんは……どこに」

 

「遠坂の子倅に雁夜の阿呆じゃと? 遠坂の子倅なら貴様のような捨て子など気にも留めず聖杯戦争に挑んでおる。雁夜の愚か者は勝手に野垂れ死におった。それがどうかしたかの?」

 

「で、でもお父さんが私を助けに来て――――」

 

「呵、呵呵呵呵呵呵呵呵!! これは傑作よ! 桜、主はこの儂を笑い殺すつもりかえ」

 

 しわがれた笑い声が蟲蔵に響く。蟲達がそれに呼応するようにざわめいた。

 

「桜よ。お主は夢を見ておったのじゃよ。貴様のような蟲に侵された小娘を救おうとする者など一人もおらぬし、貴様の父も母も姉も貴様のことなど気にも留めずに日々を謳歌していよう」

 

 間桐臓硯のその一言。それが駄目押しとなり切欠となった。

 

「――――――」

 

 悲鳴はない。叫びもない。そんな力は残っていない。

 全ては自分の都合の良い夢だった。自分を助けようとしてくれた父もおじさんは唯の幻想で、自分にとっての現実は誰も助けてくれない蟲蔵の中なのだ。

 間桐桜は心を完全に閉ざした

 彼女の心が開くのは――――これより数年後。ある一人の少年が彼女の前に現れた時である。

 

 

【遠坂時臣 死亡】

 


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