Fate/reverse alternative   作:アンドリュースプーン

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第32話  ちっぽけな願い

 認めなければならない。今回の戦いは衛宮切嗣の敗北だった。

 手を抜いたつもりはない。油断をしてもいない。

 遠坂時臣の使用する魔術や癖、弱点に至るまで全て調べ尽くしたしその為の対策もしてきた。だが遠坂時臣という魔術師は集めた情報ではどうあっても分からぬものを隠し持っていた。

 もしも『全て遠き理想郷』がなければ衛宮切嗣は聖杯を掴むこともなく脱落していたかもしれない。

 

「起源弾は確実に遠坂時臣の魔術回路を破壊した。もはやマスターとして十全の力を発揮することは不可能だ」

 

 しかし起源弾を喰らわせながらも時臣の逃走を許してしまった。

 更に人質である間桐桜も奪還され小聖杯も取り戻せずでは――――衛宮切嗣の敗北だと言わざるを得なかった。

 

「…………」

 

 切嗣はアイリスフィールに発信機をつけていた為、アイリスフィールが遠坂邸にいることを察知することができた。

 間桐雁夜のサーヴァントだったキャスターは魔術については現代の魔術師が及びもつかない程に高い位置に君臨していたが、発信機などという現代の精密機械などについては知らなかったようで取り除かれてはいなかったのだ。

 だからこそアサシンが向かった先が遠坂邸であることも分かったし、恐らく遠坂時臣が小聖杯を手に入れているであろうことも推理できた。

 もっとも遠坂時臣はキャスターよりかは慎重なのか、即座に発信機が破壊されてしまいこれ以上の探知は不可能となってしまっている。

 いやそもそも時臣の弁によればアイリスフィールの遺体はアインツベルンの城に送られ、小聖杯は摘出されていたので発信機の有無などはもはやどうでもいいことであるが。

 

「……時臣を狙うか」

 

 負傷した時臣を倒す。そうすれば小聖杯を奪い返すことができるかもしれない。

 だが今攻めたところで確実に時臣を殺せるかどうか。それが問題だ。

 

(言峰綺礼は死んだ。それが嘘か真かは怪しいが……少なくともアサシンは生きている。そしてアサシンと遠坂時臣は共闘関係にいる。遠坂時臣と再契約したのかアサシンと再契約したマスターが遠坂時臣と同盟したのか、それとも言峰綺礼が生きていて遠坂時臣と手を結んだのかはまだ決められないが)

 

 ランサーはロード・エルメロイのサーヴァントで、ライダーはウェイバー・ベルベットのサーヴァント。

 聖杯戦争開幕と同時に一体のサーヴァントが脱落し、キャスターは脱落済み。となれば消去法でアーチャーのマスターは遠坂時臣ということになる。舞弥が『挑戦状』を時臣に届けた際も時臣の屋敷にいるアーチャーの姿を視認しているのでほぼ確実だ。

 つまり遠坂邸にはアサシンとアーチャーの二体のサーヴァントがいる。

 切嗣のサーヴァントであるセイバーは最優だけあり、この聖杯戦争のサーヴァントでも随一の性能をもっている。一対一で戦えば大抵の英霊には勝てるだろう。

 だが相手が二体となれば難しい。

 セイバーの宝具は強力だが、サーヴァント同士の戦いは何が起こるか分からない。特にアーチャーの実力は未だ未知数なのだ。

 出来ればアーチャーの情報が欲しい。もしくはアサシンだけでも脱落させておきたいが。

 

(……今すぐには、厳しいが遠坂時臣には重傷を負わせた。経験上、時臣は放っておいても数日はもたないだろう。起源弾のダメージは霊媒治療や手術でどうにかなるものじゃない)

 

「ならば」

 

 切嗣にとって望ましくない状況というのは時臣が他のマスターと手を結ぶことだ。

 時臣は衛宮切嗣のスペックや起源弾のことを掴んでいる。もしもケイネスやウェイバーと時臣が同盟すれば、この情報を話し衛宮切嗣への包囲網を敷いてくるかもしれない。

 これをされないようにする一番良い方法は時臣を殺してしまうことだが、

 

(僕とセイバーなら二対一ならどうにかなる。しかし時臣、ケイネス、ウェイバー……三人が三人とも同盟をすれば)

 

 それを避けるために二人のうち一人は消しておくべきだ。

 ウェイバーとケイネス。どちらが難敵かなど考えるまでもないことだった。

 

 

 

 

 時計の針だけが忙しなく動く。

 ベッドの上で何をするでもなくゴロゴロと体を預けながら、ウェイバーは暗い顔で天井を見た。

 聖杯戦争開始より十日目が経とうとしている。過去の聖杯戦争の例かれみれば十日目ともなれば中盤も中盤。七騎のサーヴァントは脱落者を出し始めている頃だ。

 外では今も生存したマスターとサーヴァントたちが壮絶な殺し合いを繰り広げているのだろうか。

 ウェイバーは安全なこのマッケンジー邸で外を想う。

 

「僕は、なにやってるんだよ……!」

 

 苛立ちをこめてベッドを殴る。が、ベッドは殴るエネルギーを完全に吸収してしまい反動すらない。

 それが堪らなく空しくて、意味がないと知りながらもう一度殴った。

 

「この聖杯戦争で……僕は僕を馬鹿にした連中を……ケイネス先生を見返すんだろ。なのに、なんだよ」

 

 十日目になりながらウェイバーがした事といえばライダーに諜報を命じた事と、使い魔や図書館で情報を収集したことくらい。

 戦闘に至ってはキャスターとの一戦のみだ。

 まったくもって駄目駄目である。

 この聖杯戦争でウェイバーはなにも出来ていない。一体のサーヴァントも一人のマスターも倒せず、こうして日々を過ごしている。

 初戦は最弱のキャスターであったにも拘わらずだ。

 魔術師として正当な評価が欲しいだけだった。聖杯戦争という実力だけが物を言う闘争なら血筋や家柄など関係なく活躍できる。そんな思い違いをしていた。

 しかし現実とは非情にして平等なものである。

 ウェイバーは聖杯戦争でも変わらずにウェイバー・ベルベットであった。

 時計塔にいた頃となにも変わっていない。

 自分は時計塔にあっても有象無象の末端魔術師で、きっと聖杯戦争においても有象無象の脇役なのだろう。

 ライダーという優れたサーヴァントを引き当てておきながらこの様である。

 不甲斐なくて涙が出てきそうだ。泣くのはもっと情けないと思うから、そんなものは意地でも流してやらないが。

 

「ウェイバー」

 

 実体化したライダーが声を掛けてくる。

 今日はマッケンジー夫妻はガス漏れ事件のせいで病院に行っており、ライダーの姿が目撃される心配はない。

 

「……なんだよ。まさか僕を笑う気かよ」

 

「いいえ。ただ悩んでいるようでしたから」

 

「ああそうだよ! 情けないよ僕は! ……ライダー、お前は強いよ。魔眼なんか真祖の黄金以上のランクがあるし、対軍用の鮮血神殿に、場所が場所なら三騎士とだって戦える。切り札の宝具なんか最強だ。……そんなお前をサーヴァントにしてるっていうのに、僕はキャスター一人すら倒せなかったんだ……! あまつさえ気付けば良く分からない敵のマスターにキャスターを倒されて。アサシンもいなくなってて。訳が分からないうちに戦いは終わってた。最後まで僕は蚊帳の外じゃないか。マスター失格だよ」

 

「私が言っても気休めにもならないでしょう。ですがウェイバー、私の目から見ても貴方は懸命にやっています。貴方の魔術師としての技量が貴方の納得する位置にないのはそうなのでしょう。ですが貴方はサーヴァントを前にしても冷静さを失わず、私に適切な指示を与えた。貴方はマスターとしての役目を存分に果たしてくれている」

 

「でも魔力供給は? ……僕なんかがマスターになるより、もっと凄いケイネス先生みたいな魔術師がマスターなら、ライダーだって十全の力が使えたんだろ。お前がマックスの力を出し切れていたらキャスターだって」

 

「貴方の魔力供給が不十分であるということは否定はしません。紛れもない事実ですから。しかし私が十全の力を出し切れていればキャスターを倒せていたかという問いには首を傾けざるを得ない。負けた、とは言いませんが『勝てた』と断言することはできません。あのキャスターはキャスターの中でも最上位に位置する者。しかも私の真名を看破し対策をしていたような魔女です。私の切り札を使ったとしても……それに対するジョーカーがなかったとは思えませんし、私のもつ切り札も知っていたでしょう」

 

「…………」

 

 ライダーの指摘は的確だ。的確過ぎる。

 だからこそ否応なくウェイバーは自分の抱いていた本当の『劣等感』『敗北感』『屈辱感』の正体を確認させられた。

 その正体を明確に認識すると両の拳を握りしめて俯く。

 

「ああ、そうなんだよ。……僕が苛立ってるのは、この十日間大したことができてこなかったことでも。僕が魔術師として未熟だってことでもない。あいつだ……あいつを見たからなんだ」

 

 柳洞寺の奥でウェイバーは見た。一人の男を。

 果たしてそれは"人間"と呼んで良いものなのか。生物学上は人間なのだろう。魔術師であっても生物学的には人間に違いないのだから。

 だがウェイバーにはどうしてもその男が人間には見えなかった。

 飾り気のない錆びた鉄のような黒いコートと背広。髪の毛は几帳面とは程遠い伸び方をしており、身形を整えることには無頓着なのだと思わせる。

 いいや。きっとアレはそういう物なのだ。者ではなく物。

 アレは単一の目的を果たすためだけの物であり、それ以外には興味を示さない。インプットされた至上目的を完遂するまで動作をやめぬ機械。

 決して砕けぬ鉄の意志。人間でありながら己が心を機械へと装飾し改造する在り方。凡百には無意味であり無価値であることを至上命題とし、そこへと突き進む探究者。

 それは正に在りし日のウェイバーが追い求めた魔術師像そのものだった。

 魔術師とは『根源』を目指す探究者である。より深くいえば『根源』の探究以外には何も興味を示さぬ者だ。

 本当の魔術師というのは魔術を使うことなど二の次だ。魔術とは『根源』に至るための手段であり、『根源』というあらゆるものの"ゼロ"へ到達することだけが魔術師の目的なのだから。

 闘いになれば魔術を使うこともあるだろう。しかし本物の魔術師は魔術を使わざるを得ない状況にならない限りにおいて魔術は使わない。

 地位などはどうでもいい。名誉など欲しくもない。

 ありはしないもの――――『根源』という"ゼロ"に到達したい者。俗物的な我欲をもたず真理を知りたがる者。自分の為に魔術を学びながら、自分の為に魔術を使わぬ者。それこそが魔術師らしい魔術師というものであり、ウェイバーが憧憬を抱く魔術師なのだ。

 その意味においては自分どころかロード・エルメロイと持て囃されるケイネスですら魔術師らしい魔術師ではない。

 ケイネスは自身の栄光に武功を添えるためだけに聖杯戦争に参加している。これは明らかに名誉欲から端を為す願望だ。

 魔術師らしい魔術師ならば、そんな願いで聖杯戦争に参加したりはしない。もしケイネスが『魔術師』ならば聖杯戦争に参加するのは『根源』に至る手段でなければならないからだ。

 人のことは言えない。ウェイバーも同じだ。

 ケイネスと同じただの『名声』を求めて聖杯戦争に参加したウェイバーも、魔術師としては正しくともなんともない。

 それをあの男を見て強く自覚させられた。

 ウェイバーは男の名を知らない。その男が衛宮切嗣という魔術師殺しであり魔術師のジョーカーであることなど考えてすらいない。

 だからこそ、かもしれない。ウェイバーは衛宮切嗣に圧倒された。

 語らずとも話さずとも分かる。その鋼鉄の如き意志力と眼光に。

 魔術師らしい魔術師というのはああいう男をいうのだろう。

 

「なんなんだよ僕は……。なにが魔術師としての正当な評価だよ。そんな参加理由がそもそも魔術師失格じゃないか」

 

 そこへ考えが及んだ途端、ウェイバーは自分の抱く願いそのものがちっぽけで下らないものに思えてきたのだ。ちっぽけで下らぬ自己完結した俗物的な欲望。

 いいや真実として下らないのだろう。あの鋼鉄の意志をもった男と比べれば己の願いなどたかが知れている。

 こんなものに命を懸けて聖杯戦争に挑んでいるのだと思えば、ウェイバー・ベルベットという人間そのものが下らぬものに感じてしまう。

 

「それでは、止めますか?」

 

 ライダーはウェイバーの意を組んだのかあっさり諦めを口にした。

 

「えっ?」

 

「驚くことはないでしょう。貴方が聖杯にもはや価値を見いだせず戦う意思がないのなら……わざわざ命を懸けて戦う必要はない。この戦いは参加したら最後、逃れられないというものではありません。教会へ行き令呪を破棄すれば、その瞬間から貴方は聖杯戦争とは関係のない部外者になる。戦いから逃れられる」

 

「で、でもそれじゃお前はどうするんだよ! ライダーだって聖杯が欲しいから参加したのに、僕が途中で投げ出したら」

 

「ご心配は無用です。私には聖杯にかける望みなどありません。だから貴方が令呪を破棄しようと、私にはどうでもいいことです」

 

「だからって……」

 

 いつ聞いても聖杯が要らないというのはにわかに信じ難いが、ともすればウェイバーには逃げ場がはっきりと提示された。

 今ならば逃げる事ができる。これ以上、戦おうと得るものなど大したものではなく負ける可能性の方が遥かに高い。

 ならばここは令呪など捨てて逃げるというのが最善だ。そんなことは分かっている。だがウェイバーの頭とは別の所が叫ぶのだ。そんなことできるものか、と。

 

「僕は……」

 

 どうすればいいのか。自分の進むべき道すら定まらずウェイバーは迷う。

 

「ウェイバー、これはあくまで私の考えです。真っ当な英霊ではなく、英雄に倒されるべき存在である私の意見です。だから聞き流してくれても構いません」

 

「ライダー?」

 

「生前、私には大した願いなどありませんでした。世界に覇を為そうなど考えた事もありませんし、国や世界に平和を齎そうなど思った事もありません」

 

「私にあったのはたった一つの願いだけ。姉たちと平穏に暮らしたい。たったそれだけの……他の英雄が戦ってきた動機と比べれば取るに足らないものでしょう」

 

「英霊として召喚されたからこそ、私はまだ人間だった頃の姿として呼び出されていますが本来の私は魔物。英雄に倒されるべき人間の敵対者、絶対悪の怪物です。だからこそ私には他の英雄のように高潔な精神などはない。ウェイバー、貴方は一般人を殺すキャスターに対して義憤――――本当はより複雑な心境なのかもしれませんが――――して柳洞寺に戦いに赴きました。ですが生前の私は私の願いの為なら、それこそこの冬木市全土に鮮血神殿を展開することすら厭わなかったでしょう」

 

「……ッ」

 

 冬木市全土を覆う鮮血神殿。その規模の大きさに息をのむ。

 ライダーの鮮血神殿は中にあるものの魂を吸収する対軍宝具だ。そんなものが冬木市中に展開されれば一瞬にして平穏な街は生命を許さぬ煉獄と化すだろう。

 

「私は生前からそうだった。こうして人間の姿をしていた頃から、私の住む神殿に踏み込んだ勇者たちをなんの躊躇もなく殺し惨殺してきた。ある時は魔眼で石化させ、ある時は力のままに胴体を抉り取り、ある時は魂を喰い殺し……」

 

「でも、それはそいつらがライダーの領域に踏み込んできたからだろ。お前は襲撃してきた連中を殺しただけで、お前から殺したってわけじゃ」

 

「関係ないのですよウェイバー。私は数えきれないほど殺しましたし、殺すたびに醜悪な化け物へと反転していった。それが反転しきったのがゴルゴンであり私の末路。貴方は私の夢で見たかもしれませんね。私の反転した姿を」

 

 思わずウェイバーは蛇の怪物を思い出した。

 人間の姿だからライダーは人間……なんて都合の良い話はない。あの反転しきった怪物もまたライダーの一つの側面でありライダーそのものなのだ。

 そして英霊と怪物、二つの属性をもつ英霊メドゥーサはサーヴァントと召喚されながらも『怪物』へと反転する危険性を孕んでいる。

 

「そんな私だからこうも思います。願いに貴賤はない……と」

 

「貴賤は……ない?」

 

「はい。私は私の平穏を守るため。世界規模からみればちっぽけな願いのために、多くの願いをこの手で命諸共砕いてきました。殺した勇者の中には世界をより良いものにしたいという理想をもった者もいたでしょうし、親兄弟が待っていたという者もいたかもしれません。ですがそんなことはどうでも良かった。私は世界平和などどうでも良かったですし、英雄や大望にも憧憬など欠片もなかった。けれども私の願う姉たちとの平穏が彼等の願いに劣るから私は死ぬべきだ、などとは一度として考えた事はありません。あの男がどんな願いを持っているかは分かりません。もしかしたらその願いは個人のためではなく、世界に安寧を齎す類のものかもしれません。……しかし、だからなんなのですか? あの男の願いがなんであれ、それはあの男だけの願いです。そしてウェイバー、命を懸けて願いを叶えようとしているのなら貴方もあの男と変わりません。貴方達は同じ土台にたち同じように命を懸けている。能力に優劣はあれ、その願いに優劣はない」

 

「――――――」

 

 願いに貴賤はない。問題はどういう願いなのか、ではなく同じように命を懸けているかにあるという。

 ライダーのいうことは正しいのかもしれない。

 あの男がどんな願いを抱いていようと、それは所詮あの男だけの願いだ。

 人間とは一人一人が違う。似たような人間はいるとしても完全に同じ人間などは有り得ない。同じ願いを見て同じ場所を目指した仲間も、その心の内にある願いは若干の差異があるものなのだ。

 

(僕は……)

 

 ウェイバー・ベルベットには強い願いはない。命を懸けて戦っているなら同じステージに立っているとライダーは称えてくれた。しかしウェイバーが聖杯戦争に参加したのは衝動的なところが大きい。

 明確に己の命を懸けているという実感は……なかった。これは戦争。命と命の奪い合い。人の命など容易く失われ、命乞いなど無為の冷酷なる鉄火場。

 果たしてウェイバーには他人の願いを踏み躙り、他人の命を奪ってでも叶えたい願いがあるというのか。

 

「……僕には自分の命を懸けて叶えるような願いは、ない」

 

「そうですか」

 

「だけど僕はまだこの戦いを降りられない。降りちゃいけないんだ」

 

 魔術師にとって死は観念して然るべきもの。でありながら魔術師ウェイバーは一度も命を懸けてなにかを実践しようとはしてこなかった。

 師であるケイネスに見せた論文だって懸けたのは時間とプライドだけで『命』を懸けてはこなかった。

 それでも現状が認められず、今を変えたいとこの戦いに参加したのだ。

 なのにここで逃げ出せば、なにもかもが嘘になる。魔術師として認められたいというちっぽけな願いもプライドも全てに背を向けることになる。

 それだけはできない。ここで逃げ出したら待っているのはただ生きているだけの人生だ。死んでいるのと同じだ。

 戦わなければならない相手がいる。

 自分より遥かに卓越した技量をもち、才能の塊であり、家柄も優れた――――謂わば、ウェイバーにとっての壁。

 ケイネス・エルメロイ・アーチボルト。彼の者に挑まずしてウェイバーにとっての聖杯戦争は完結しないのだ。

 

「行くぞライダー。戦おう」

 

 覚悟は決まった。後は彼の者を見つけ出すだけだ。

 ライダーは黙ってうなずくと、

 

「しかしウェイバー。私は先日の戦闘でやや消耗しています」

 

「知ってる。僕の魔力供給が低いせいで完全には戻ってないんだろ。でも今から回復する手段なんてないぞ。魂喰いは許可しないからな」

 

「勿論です。私は魂喰いに抵抗はありませんが、ウェイバーに抵抗があるのなら私もする訳にはいきません。ですが魔力供給とはなにも魂喰いだけではないのですよ。魔術師の精を吸精することでも魔力供給にはなるのです」

 

 ペロリと妖しく舌で唇を舐めるとライダーがウェイバーへにじり寄ってくる。

 

「ら、ライダー……? あの僕は……その……」

 

「万全の状態で戦う為です。魔術師は目的のためにはつまらない手段なんて選ばないのでしょう。ならば拒否はありませんね」

 

「あ、あ」

 

「い た だ き ま す」

 

「アッーーーーーーーーーーーーー!!」

 

 その日、マッケンジー邸に少年ウェイバーのごにょごにょな叫びが響いた。

 これがウェイバー・ベルベットにとって色んな意味での少年時代の終わり。 

 


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