Fate/reverse alternative   作:アンドリュースプーン

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第34話  形なき夜明け、最愛のメドゥーサと共に

 時計塔で偶然にもライダーの触媒を発見できたことといい、つくづく自分は運に恵まれていると思う。

 思い立ったが吉日とばかりにライダーに師であるケイネスの居場所を調べさせてみれば、その日の夜にケイネスとそのサーヴァント・ランサーを発見できたのだ。これを僥倖といわず何というのか。

 

「ほう。まさか君がこの聖杯戦争に参加しているとはね。ウェイバーくん」

 

 ケイネスはウェイバーが聖杯戦争に参加していることに面食らっている様子だが、そこに純粋な驚きはあっても『恐怖』は微塵もなかった。

 ウェイバー・ベルベットなどとるに足らないと……そう高をくくっているのだろう。

 少し前のウェイバーならそのことに内心で怒りを燃やし、されど外に出すこともできずに黙り込んでいたかもしれない。

 しかし不思議とウェイバーは『それも仕方ないことだ』と客観的に事実を受け止めることができた。

 自分の魔術師としての技量がおざなりであり、ケイネスは魔術師として紛れもない天才だ。己とケイネスにはプランクトンと哺乳類ほどの差が横たわっている。

 

「……ケイネス先生」

 

 恐怖はある。なにせ相手はロード・エルメロイ。時計塔きっての神童だ。

 所詮は凡百に埋もれた凡人……否、時計塔において凡人未満の魔術師であるウェイバーではロード・エルメロイと正面から戦っては万に一つの勝ち目もない。

 だがその恐怖にウェイバーは打ち勝った。

 一度実戦を経験したからというのもあるし、ケイネスを超える威圧をもっていた衛宮切嗣と相対したからというのもある。

 なにより傍にいるライダーの存在がウェイバーに勇気を与えてくれていた。

 

「あぁ? 先生だ? ケイネス、まさかこの小僧とは師弟の間柄なのか?」

 

 真紅の魔槍をもった青い騎士がケイネスに問い掛ける。

 やけにフランクな口調だ。ライダーとは大違いである。しかしケイネスはそのことを咎める様子はなく頷いた。

 

「そうだ。時計塔での教え子の一人だよ。ウェイバー・ベルベット……伝統もなければ才能もない。私の教え子の中でも一際凡庸で凡俗で目のない弟子だったよ。それが身の程も弁えずに聖杯戦争のマスターだ。ふむふむ。曲がりなりにもサーヴァントの召喚させたのであれば降霊術の分野においてはほんの僅かに評価できる成果をあげたのかもしれんがねぇ」

 

「……ま、見たところ才能はなさそうだわな。魔力の波長も弱ぇし」

 

 ランサーはケイネスの言葉に頷く。ルーン魔術師であるランサーだ。ウェイバーの魔術師としての才能を見抜く程度は訳もないことである。

 しかしランサーとケイネスでは大きな差異がある。ケイネスがウェイバーのことを格下と舐めきっているのに対してランサーの方には油断がないということだ。

 

「けれどウェイバーくん。サーヴァントを召喚したのは良いが、この私に対して挑発行為を行うとは……それは蛮勇だ。マスターになったことで君如き三流魔術師がこの私に勝てるのだと、ほんのちょっぴりとでも考えているのだとすれば。それは自惚れだ」

 

「……じゃない」

 

「ん?」

 

 ウェイバーの小さく漏らした声にケイネスが反応する。

 そんなケイネスにウェイバーは精一杯に声を張り上げた。

 

「自惚れじゃない! 僕は……僕に才能がないことなんて知ってるし、僕の家なんて三代だけの新米だ。ましてや僕一人で先生に勝てるなんて思ってない!」

 

「ほほう。自らの部を弁えているのは感心するがね。ならばどうして私をここに呼び出したのかな。自らの不才を悟って私に降伏でもする気になったのか、私に取り入り聖杯のお零れに預かりたいということろかね」

 

「違う。僕は先生に勝つ為にライダーに頼んで先生をここに誘い込んだんだ。…………この誰もいない場所に」

 

「私に勝つ? ははははっ! 気でも狂ったのかね。君自身が先程私には勝てぬと発言したばかりで意見を翻すとは!」

 

「狂ってなんかない! 僕一人なら先生に勝てないけど僕にはライダーがいる。勝てるなんて言わない。でも―――――貴方という壁に命懸けでぶつかって初めて僕は漸く自分にちょっとは自信がもてるようになるんだ!!」

 

 今の今まで沈黙を貫いているライダーだったが、なんとなくウェイバーには彼女が自分を応援してくれている気がした。

 震えはない。武者震いもない。

 命が研ぎ澄まされていく。この戦場にあって不思議なほどウェイバーの頭は冷え切っていた。

 

「……おい、ケイネス。これはちっとばかし気合入れた方がいいかもしれんぞ」

 

 ランサーが興味深そうにウェイバーを観察しながら忠言した。

 

「貴様、なにを戯言を。遠坂時臣ならまだしも、彼のような未熟者に対して気合を入れる? そんな価値がどこにある?」

 

「俺の勘だ。こいつは経験則なんだがな。この小僧みてえな面構えした野郎は有名無名、天才無才に拘わらず仕留めるに手間取ったもんだぜ。普通なら槍の一振りで死んでいるはずの兵士が何故だか立ち上がったこともあったし、心臓を貫かれても動いて襲い掛かって来た野郎もいた。信じられねえだろうが、そいつらは伝説にも伝承にも名前を残してねえただの兵士だ。この小僧も『そう』なのかもしれねえ」

 

「眉唾もいいところだ。根性論とは古の英霊が持ちだしそうな幻想じゃないか。ランサーそれにウェイバーくん。忘れてるなら教えるがね。精神などという不確定な要素が魔術に作用することなどはないのだよ。それでも挑むというのであれば仕方ない。君には私自ら特別授業をしてあげよう。その幸運に歓喜したまえ」

 

「ライダー」

 

「はい」

 

 ウェイバーは小さくライダーに合図をした。

 啖呵をきったウェイバーだったがケイネスと戦っては確実に負けることなど承知している。ライダーとの視界共有で見たケイネスと時臣の魔術戦。あんなものをやる力はウェイバーにはない。

 だからこそウェイバーがケイネスに勝つにはライダーの力を必須。

 ウェイバーの見る限りライダーとランサーの力は五分五分。しかし魔力供給が潤沢の分、ランサーの方が優位だ。ならばまずその優位性を潰す。

 

「ライダー、令呪をもって命じる。この戦いに絶対に勝て!」

 

「了解しました。ウェイバー」

 

 令呪というのは単一の命令であればあるほどに効力は高まる。その観点からいってウェイバーの使った令呪は中間だ。

 この戦いに勝てという単純かつ単一の命令。されど一動作で完結するほど短くもない命令。ならば魔力供給不足により若干落ちたステータスをこの一戦においてのみ万全の状態にもっていくことも可能となる。

 

「まともに戦っても勝てぬと知り令呪で強化を測ったか! だがウェイバーくん、君は初歩的な戦術ミスを既にしているのだよ! 君が選んだここは人気はないが平地。平地であれば白兵戦特化の我がサーヴァント、ランサーの独壇場! やれランサー! 身の程知らずの弟子に現実を知らしめよ!」

 

「あいよ」

 

 ランサーが槍を構え向かってくる。

 しかしウェイバーとて敢えてこの平地を戦場に選んだのには理由がある。たしかに平地は槍兵にとっては最適の戦場だ。そして三次元での変則的な動きを活かした戦法を得意とするライダーにとってこの平地は不得手な戦場でもある。

 ただそれはライダーが普通に戦った場合の話だ。

 ここは既に普通ではない。ライダーのための異界を構築する準備は整っている。

 

「パート1だ。やれライダー!」

 

 ライダーは頷き、ケイネスと戦うために用意しておいたものを発動させた。

 公園中を覆い尽すドーム状の結界。優れた結界の第一条件である『張られたことが気付かれない』を度外視した強力無比な結界はライダーの三番目の宝具である。

 結界により空気までが紅く染まった鮮血の神殿。

 吸血鬼ではない吸血種であるメドゥーサが効率よく血を摂取するためのものであり、中に入った人間は融解し血液の形で魔力へと還元、ライダーが吸収する。ドーム状のそれはまるで巨大な眼球に取り込まれたようであった。

 これが対軍宝具。他者封印・鮮血神殿(ブラッドフォート・アンドロメダ)

 ウェイバーは発動するにあたり細心の注意を払っていたから一般人を巻き込んでいるという可能性はない。だがもしこれを街中で発動していれば、平和な街は一瞬にして地獄絵図となるだろう。

 

「これは!」

 

 ケイネスの表情が歪む。幾らケイネスが優れた魔術師であり上等な魔術回路をもっていようと、発動したのは神代の魔物が扱う結界だ。

 普通の人間と違い即座に気絶なんてことにはならないだろうが、自分から魔力がライダーに奪われていっていることは分かるだろう。

 この中にいて影響がないのは結界の発動者であるライダーと、ライダーと契約で繋がっているウェイバーだけだ。

 だがこれだけでは終わらせない。

 

「パート2だ!」

 

 再びライダーに指示を飛ばす。

 するとライダーは迷いなく己が魔眼を解放させた。

 

自己封印・暗黒神殿(ブレイカー・ゴルゴン)!」

 

「なっ!」

 

 眼帯が解け露わになるライダーの宝石の瞳。

 ギリシャ神話に名高き数ある魔眼でも最も有名なものの一つ、石化の魔眼――――キュベレイである。

 この魔眼自体がライダーの宝具という訳ではないが、その知名度を考えれば英霊メドゥーサの象徴とすらいっていいだろう。

 魔眼の眼光をモロに浴びたケイネスとランサーはダイレクトに魔眼の効果を受ける。魔力のランクがBのランサーだが持ち前の運の悪さのせいか、進行速度こそ遅いものの肌が石化を始めていた。

 一流とはいえサーヴァントではない魔術師であるケイネスもそれから逃れられる筈もなく、身体が石化し始めていた。

 

「人を融解させ魔力を奪う結界に石化の魔術……いいや魔眼!? まさかメドゥーサをサーヴァントとして召喚するとは。だがまだだ! ランサー!」

 

「おうよ」

 

 ランサーがケイネスの指示に従い空中にルーンを描く。するとランサーとケイネスの石化の進行がストップした。

 ウェイバーも何度か見た事がある。ランサーの使用したのはルーン魔術だ。しかしライダーの石化の魔眼を防御するほどのルーン魔術。もしやあの槍兵はキャスターにも該当するのではなかろうか。

 しかし石化効果こそ防げただろうがランクを落とす重圧はかけられる。その隙にライダーは準備を終えていた。

 

「これがパート3だ」

 

 鮮血が地面を染めている。これはライダーの血だ。だが別に敵からの攻撃を受けたのではない。

 ライダーは自らの短剣で自らの首を突き刺しているのだ。

 

――――神話によれば。

 

 ペルセウスの切り落としたメドゥーサの首からは一頭の天馬が誕生したという。

 その天馬こそが現代においても多くのお伽噺にも登場するペガサスである。

 

「ウェイバー、捕まって!」

 

 反射的に頷くとウェイバーはライダーが召喚したソレに飛び乗る。しかし掴む場所がなかったので、仕方なくライダーの体にしがみ付く。……戦闘中でありながら少し緊張したのは秘密だ。

 召喚された天馬は目にも留まらぬ速度で空中へと上昇していく。ランサーは優れた動体視力でその光を見る事ができたようだが飛行宝具をもたぬランサーには天馬を追う術はない。

 

「はは、はははははははっ!! こりゃ驚いたぜ! 真っ当な英霊じゃねえとは思っていたが石化の魔眼の次は天馬ときたか。いいぜ。こちとら魔獣退治はお手の物ってね。ケイネス、お前はちょいと下がってな。お前も空にいるペガサスを撃ち落とすような魔術は使えんだろ」

 

「チッ。止むを得んか。断じて不覚をとるなよランサー」

 

 ケイネスも流石にペガサスには勝てぬとまでは思っていなかったようでランサーの諫言に従い退いた。

 ランサーの判断は正解である。

 本来ならば天馬はそれほど優れた魔獣ではない。サーヴァントを前にすれば遥か格下の幻想である。

 だがライダーのペガサスは別格だ。数百年の歳月を生きた神代の天馬は幻想種でも最上位とされる龍種にすら比肩するだろう。

 

「しっかり捕まっていて下さい。少し荒っぽいですよ」

 

 そうウェイバーに言ってから、ライダーは己が愛馬に命じて急降下させる。天から落ちる流星のようだ。天馬は一筋の光となってランサーへと襲い掛かる。

 音速に迫る……否、同等以上の巨大質量の突進である。ダンブカーの追突など比ではない。言うなれば戦闘機の特攻にも等しい破壊力だ。

 

「はん――――っ!」

 

 が、ランサーとて数多くの戦場を己が身一つで駆け抜けてきた英霊中の英霊。アイルランドにその名を轟かせし大英雄である。

 超音速の突進とはいえ稀代の槍使いはどうにか回避してみせた。

 

「まだです」

 

 そう一度躱されたくらいでは終わらない。一度回避されたといってもペガサスは死んではいないのだ。空中に戻り再びランサーの居る場所をロックオンすると二度目の突進を仕掛けた。

 次はさっき以上の速度で。ランサーが回避することを前提とした突進。もしランサーが馬鹿正直に回避行動をとれば今度こそは仕留められるように。

 しかしランサーもさるもの。ランサーはルーン魔術で己が四肢を強化して一時的に身体能力をブーストすると、ペガサスの突進を左に躱して。

 

「はぁぁぁぁ―――――ッ!!」

 

 横から天馬の額目掛けて真紅の魔槍を放った。超音速のペガサスへとジャストのタイミングで放たれた刺突。ライダーは咄嗟に忍ばせていた短剣を槍の切っ先にあて軌道を逸らした。

 槍はペガサスの頭部を霞めたが、掠っただけでペガサスほどの神秘を破壊できるはずもなく。

 

「ぐっ!」

 

 逆にランサーの方が突進の余波によりその体を吹っ飛ばされた。

 空中で体を回せながらも体勢を整えて着地したランサーは苦渋と驚嘆が入り混じった視線を眼上へと向ける。

 

「……埒が明かんな。これは」

 

 石化の魔眼はランサーがルーンによって防御しているが、完全に防御しきてているわけではない。

 それにライダーの鮮血神殿は刻一刻とランサーとケイネスの魔力を奪っていっているのだ。このまま戦いが長引けばライダーは有利となり、ランサーが不利となる。

 せめて鮮血神殿だけでも破壊しなければ。

 

「ランサー! あれを攻撃しろ!」

 

「――――――!」

 

 ランサーは失念していた。己以外の戦力を。

 ケイネスはドーム状の結界のある一点を指差していた。ランサーがそこを凝視すれば他とは違う歪があった。

 家にしろなんにしろ土台がなければ完成はしない。結界も同じだ。結界を維持する中心、基点が必ずどこかにあるものだ。

 あれを破壊すれば鮮血神殿が解けるかもしれない。

 

「させません」

 

 だがそれをライダーが安々と許すはずもない。

 鮮血神殿を破壊しようとすればライダーは無防備なケイネスを狙い、かといって鮮血神殿の破壊を諦めたとしてもジリ貧。

 

「面白ぇ! 荒っぽいのは馬だけじゃねえぞライダー!」

 

「ら、ランサー!?」

 

 意見も聞かずランサーは強引にケイネスの首根っこを掴んで背負った。

 ケイネスがなにやら騒いでいるが無視だ。話している時間も惜しい。

 天馬がランサーの跳躍を遮らんと迫る。だがそれよりも早くランサーはルーンで即席の足場を生み出すと、一気に基点のある場所まで飛んだ。

 

「押し通すぜ!」

 

 真紅の魔槍が神殿の基点に巨大な穴をぶち空ける。

 すると皹の入ったダムのように鮮血神殿のあちこちに亀裂が奔り、天馬がぶわりと地面すれすれに停止した瞬間に幻想のように砕け散った。

 だがライダーは鮮血神殿が破壊されたことを気にも留めず天馬でランサーに突進してきた。

 

「ちっ!」

 

 ランサーは舌打ちする。幾ら太陽神ルーの子であろうろランサーには飛行能力などない。空中で自在に回避行動はできないのだ。

 ルーンの足場を使い空中での跳躍を実現しようとするが――――間に合うか。

 

月霊髄液(ヴォールメン・ハイドログラム)ッ!」

 

 ライダーの天馬がランサーを蹂躙するよりも早く、ランサーがルーンを描き終わるよりも素早くケイネスが己の礼装を発動させた。

 まさかライダーやランサーと同時に動いての成果ではないだろう。ケイネスはこうなることを予測し事前に礼装の準備を整えていたのだ。

 ヴォールメン・ハイドログラムの水銀は紐のようにランサーの足に絡みつき、ゴムのように伸びて地面に突き刺さっている。その水銀を一気に縮めればどうなるか。

 結果はこの通り。

 ランサーとケイネスは水銀の力で地面に引っ張られ天馬の突進を回避した。

 

「御手柄だぜケイネス」

 

「貴様の独断で行動するなら回避くらい考えておけ」

 

 同時にランサーは歴戦の戦士の本能で悟る。

 並みの攻撃ではペガサスを倒せない。ならば並みではない攻撃をするしかないだろう。

 ランサーは己が魔槍に大気中の魔力を集め始めた。

 その様子をペガサスにライダーと共に騎乗していたウェイバーも目撃した。

 

「ライダー、決めるぞ」

 

 ウェイバーは覚悟を秘め腕に刻まれた令呪に魔力を込める。

 鮮血神殿が破壊された今状況はややケイネスとランサーに傾いた。鮮血神殿があったからこそ持久戦になればウェイバーとライダーの有利だったが、それがなくなった今、持久戦は魔力においてウェイバーを上回るケイネス側の有利に働く。

 天馬の力もあり宝具なしの戦いで今はライダーが優勢だが、サーヴァント同士の戦いにおいてそんなものは前哨戦に過ぎない。サーヴァントの真価とは宝具。つまり互いが宝具を使用したその時こそが真の勝負なのだ。

 

「任せてくださいウェイバー。私の宝具は誰にも負けません」

 

 ライダーが黄金の鞭と手綱を手から出現させた。この黄金の手綱こそがライダーがライダーたる所以。

 単体ではなんの役にも立たないが、あらゆる乗り物を御しその力を上昇させる効果をもつ。

 そもそもペガサスとは心優しく争いをこのまない生き物だ。龍種としての力をもちながらも、その優しさにより本来の力を出し切れないのだ。だがライダーの『宝具』を使えばその限りではない。

 

「…………」

 

 その力の真価を晒し、更にステータスを上昇させたペガサス。

 ランサーはその力の程を想像し苦い顔をした。ランサーは愚かではない。自分の魔槍を対軍宝具として使用しルーン魔術により強化したとしてもライダーの宝具と正面からぶつかり合えば勝てないという予感があった。

 故にランサーは力に対して力で受けはしない。対軍宝具を使うライダーに対して、ランサーは対人の構えをとった。

 

「令呪をもって命じる。ライダー! 宝具でランサーを倒せ!!」

 

 ウェイバーの手から二画目の令呪が失われた。最初のものとは違い一つの動作に集約された単純明快にして単一の命令。

 それは確かにライダーの宝具に力を与えた。

 この聖杯戦争で初めて開帳するライダーの宝具。

 強力な宝具をもつライダーのクラスに相応強い一撃必殺の対軍宝具が解放される。

 

「―――――騎英の手綱(ベルレフォーン)!!」

 

 限界を取っ払い時速500kmの速度でペガサスがランサーに突撃していく。

 もはや流星のような、ではなく流星そのものだ。眩い白い流星が幻想的な光を放ちながらただ一人の敵兵を討ち滅ぼすために堕ちていく。

 それを合図にランサーもまた構えた。対軍宝具のゲイボルクのためではない。

 ランサーの槍ではライダーの天馬には勝てない。これは令呪によるバックアップを受けようと動かしようのないことである。

 

刺し穿つ(ゲイ)

 

 故にランサーが狙うのは『天馬』ではなく騎乗手であるライダーのみだ。

 騎英の手綱がどのような宝具であれ、ペガサスによる突進がどれだけの威力だとはいえ。ライダーの天馬にはランサーのゲイボルクのような因果逆転の呪いはありはしない。

 騎乗手であるライダーを倒してしまえば騎英の手綱は無力化できる。

 それは完全にギャンブルだ。しかも分が悪い。時速500kmの天馬の攻撃を避けて、そこに乗るライダーの心臓を穿つ。そんな神業、英霊と呼ばれる槍兵でも不可能だ。槍の英霊にあって三本の指に入るクーフーリンをもっても出来るかどうか。しかしやらなければならない。やらなければ死ぬ。ランサーが生き残るにはそうするしかないのだ。

 天馬が目の前に迫る。ランサーは身体をしならせ騎乗手へと狙いを定めた。

 

(やべ。駄目だな、こりゃ)

 

 勝負が終わる寸前、ランサーは悟ってしまった。自分の敗北を。

 ライダーの天馬はランサー諸共ゲイボルクを木端微塵に破壊するだろう。これは必至だ。

 ここにきてランサーとライダーの幸運値の差が出たのかもしれない。ライダーの幸運はA+でありランサーはE。ギャンブルならばライダーが勝つのは目に見えている。なにせライダーには令呪によるサポートまであったのだから。

 

――――故に奇跡があるとすればここからだ。

 

「ランサー! 宝具をもってライダーの心臓を破壊せよ!」

 

 あれほどウェイバー・ベルベットを舐めきり、自らの勝利を疑わなかったケイネスが令呪をもってランサーをサポートしたのである。

 ケイネスの魔力量はその才能に相応しく並はずれている。よって令呪の効力もウェイバーの令呪以上の効果を発揮した。

 必至であった敗北の運命を、この戦いにて築き上げた魔術師と槍兵の絆が打ち砕く。

 

死棘の槍(ボルク)!!」

 

 赤い魔槍が英霊メドゥーサの心臓を穿った。騎乗手を穿たれた天馬は体勢を崩し地面へと叩きつけられる。

 龍種に迫る神秘を内蔵する天馬が地面に叩きつけられた程度で死ぬはずがない。だが心臓を穿たれたライダーと、共に天馬にのっていたウェイバーはそうではなかろう。

 ランサーは死んだか、と確認のため目をやると。

 

「まだ……ここでは……!」

 

 驚いた事にライダーはまだ死んでいなかった。

 心臓を貫かれ血を吐きながらもライダーにはまだ息があったのだ。そしてマスターであるウェイバーをその両手に抱えている。

 あの刹那でライダーはマスターの身をも助け出していたのだろう。 

 が、もはやライダーにランサーと戦うだけの余力など残っていない。

 ライダーはランサーとの交戦を諦めると、ペガサスを操り最高速度で空中へと上昇していく。

 天馬が再びこちらへ向かってくる様子はない。逃げたのだろう。

 

「おいランサー! なにをしている! 速く追わぬか!」

 

「いやその必要はねえよ」

 

 自分で突きだした魔槍だ。誰よりもランサーが分かる。

 

「幸運値の影響だろうな。心臓を一撃で破壊ってわけにはいかなかったが……あの傷は致命傷だ。即死じゃなかったが死は免れん。追わなくても直に消える」

 

 ランサーの冷酷なる断定は冷たい夜に溶けていった。

 じわりとランサーの腕には嫌な感触が残っている。幾ら魔物とはいえやはり女を殺すのは好きではなかった。

 

 

 

 

 ウェイバーの目の前には血濡れのライダーが横たわっている。

 ランサーの言う通り因果逆転の魔槍は高い幸運値のおかげでライダーの心臓を僅かに逸れて命中した。そしてライダーが致命傷を受けたのも事実だった。

 刻一刻と薄れていくライダーの体。現実感が希薄となっていく。

 これから彼女はこの世からいなくなるんだ、と否応なく吐きつけられる。

 

「ライダー! ごめん……やっぱり僕がもっと魔術師の才能さえあれば……こうはならなかったのに!」

 

 見栄も外聞もなく涙を瞳に溜めながらライダーに泣き縋る。

 最後の一瞬。もしもウェイバー・ベルベットにケイネスの足元に及ぶくらいの才能さえあれば、ケイネスが令呪でランサーをバックアップしようと騎英の手綱でランサーを倒すことができただろう。

 だがやはり、ウェイバーはウェイバーだった。

 最後の最期で才能という石に躓いて転んだのだ。

 

「悲しまないで下さい。……いいえ、自分を卑下しないで下さい」

 

 ライダーが優しくウェイバーの頬を撫でる。

 

「……ずっと形なき島に閉じこもっていた私には分かりませんが……いえ、貴方は命を懸けて己の才能という壁にぶつかったのです。ずっと形なき島での平穏を甘受し現状を変えようとしてこなかった私より……貴方はずっと立派ですウェイバー。貴方は立派に戦ったのです」

 

「そんなことない! 僕だけじゃ、とてもケイネス先生と戦うなんて出来なかった!」

 

 この聖杯戦争、何度ライダーに助けられたことか。もし召喚したのがライダーでなければ自分なんて早々に脱落していたかもしれない。

 

「だから、僕はもっとお前と――――」

 

「ふふふ。いいのですよ、心も在り方も失い魔物として死んだ私には過ぎた終わりです。こうして誰かに看取られて逝くなど……まるで私が本当の英霊のようではありませんか」

 

「何言ってるんだよ! メドゥーサ! お前は紛れもない英霊(人間)だ! お前が化物だったなら僕を守ろうとなんかするもんか! 誰が認めなくても、僕にとってライダーは他の奴等なんて目じゃない程の最高の英霊だ!」

 

「――――人間、ですか。いえ、お礼を言うのはこちらの方です。貴方と過ごした十日間、まるで幸せだったあの頃に戻れたかのようでした。私は貴方に召喚されて良かった」

 

 そう言ってライダーは妖艶さなどない心からの天真爛漫な笑顔を浮かべて。ウェイバーの口に自らの口を合わせた。

 深いものではなく接触するだけの接吻。そうして陽炎のように英霊メドゥーサは消えていった。

 

「……なにが、僕に召喚されて良かっただよ。この馬鹿」

 

 それを言うのは自分の方だ。

 メドゥーサという英霊を召喚したこと。そのことがウェイバー・ベルベットにとって最上の幸運だったのだと、ライダーを失って初めて自覚した。

 涙を拭い顔を上げる。

 胸には悔しさはあったが後悔はない。自分は出来る限りのことをやった。自分の意志で命を懸けてケイネス・エルメロイという壁にぶつかっていったのだ。

 敗北の悔しさはあれど、どこか晴れ晴れとした気持ちだった。

 ウェイバー・ベルベットの聖杯戦争はここに終結する。だがそれは彼の人生の終結を意味しない。

 最高の従者であり初恋の女性を思い出として胸に刻み、ウェイバーは歩きだす。

 明日を目指して。

 

 

【ウェイバー・ベルベット 脱落】

【ライダー 脱落】

【残りサーヴァント:4騎】

 


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