Fate/reverse alternative   作:アンドリュースプーン

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第36話  究極の一

 衛宮切嗣にとって戦いとは即ち作業だ。

 多くの戦士である英雄がそうであるように、死力を尽くした戦いに昂揚感などはもたない。

 国家を担う将軍がそうであるように、自らの戦果を誇り喜ぶこともない。

 工場で働く機械のように、敵を殺すという行動を黙々とこなす。

 機械と異なる点があるとすれば、切嗣は自分で思考し自分で考え自分で応用するというところだ。

 故に隙がない。

 遠坂時臣のような相手の思考を読み、その最善手を予測できるような例外中の例外を除けば誰にとっても衛宮切嗣は最悪の敵対者となりうる。

 人質をとりケイネスにランサーを自害させるという策は瓦解した。

 しかし切嗣にとってその程度のことは特に問題に値しないことだ。

 衛宮切嗣は大胆な行動とは裏腹に石橋をたたいて渡る慎重さも備えている。

 人質なんていう古典的かつチープな策略、これだけで必勝を誓うほど愚かではない。作戦が失敗した場合の作戦も考えている。

 ランサーのルーン魔術により焼けた肌がビデオの巻き戻しのように再生していった。『全て遠き理想郷』の本来の担い手であるセイバーが側にいるため回復速度も段違いだ。

 この分だと首を切断されても直ぐに傷口につければ再生することも出来るかもしれない。流石にこればっかりは実験することはできないが。

 

「マスター、私はランサーを担当しましょう。敵マスターの相手はお任せして宜しいですか?」

 

 セイバーが確認してくる。そう、これはただの確認作業だ。

 お互いに自分がやるべきことは理解しているし、そのことに疑問をもってもいない。

 切嗣は無言で頷きそれを『確認』とした。

 

「……ご武運を」

 

 セイバーは不可視の得物をもってランサーへ。切嗣は起源弾を装填したコンテンダーと通常の銃火器を潜ませケイネスと相対する。

 自分のターゲット以外のことを考える必要はない。切嗣はランサーを意識から外した。

 衛宮切嗣とセイバーの主従にとって会話は不要であった。ただ己が最善と信じる行動をとればそれでいい。

 故に切嗣はランサーのことを考える必要はないのだ。ランサーはセイバー、切嗣はケイネス。役割分担ははっきりしていて、お互いがその線を超えることはないのだから。

 無論敵対者にもその線を踏み越えさせる『余力』など与えない。

 ケイネスの方も自分の敵は自分で払うつもりなのだろう。ケイネスは自尊心が強い。自分の工房を破壊した下手人をサーヴァント任せにはしたくないのだ。その思考回路も切嗣は読んでいたが。

 

「どうした下郎。貴様お得意の絡め手は打ち止めかね? 今更になって降伏しても無駄だ。私はこれより――――」

 

 ケイネスが口上を言い切る前に切嗣は無言でマシンガンを掃射した。

 切嗣にとって殺しは作業でしかない。殺す相手とお喋りに興じる趣味などないし、会話する必要性もなかった。

 

月霊髄液(ヴォールメン・ハイドログラム)ッ!」

 

 オートで反応した水銀が壁となって銃弾を防ぐ。時臣の業火すらも容易く防ぐほどの壁だ。

 ただの銃弾では突破できる道理もなく全て弾かれる。

 

「下賎な猿が……つくづく礼儀を知らぬ者と見える。良かろう、ならば私もこれは決闘とは思うまい。貴様のような魔術師の面汚しはこの場で死刑にしてくれる!!」

 

 ケイネスの怒りがそのまま水銀に伝わり脈打つように鼓動した。

 月霊髄液というケイネスの礼装。恐ろしい性能だ。銃弾にオートで防壁をはる反応速度。時計塔最年少講師は伊達ではないということか。

 魔術師としての実力はあの遠坂時臣よりも上手だ。出し惜しみはしない。切嗣はアヴァロンがなければ禁断となる呪文を唱えた。

 

Time alter(固有時制御) triple accel(三倍速)ッ!」

 

「斬!」

 

 ケイネスが水銀に攻撃命令を下す。が、それより一拍速く切嗣は詠唱を完了している。

 人間どころかチータのような速度で鞭のようにしなり、風のような速度で振り落された水銀の刃を躱した。

 

「なッ! そのスピードは!? 貴様……どんな魔術を」

 

 切嗣の体内時間は三倍となっている。速度に限っていえばセイバーには及ばないものの中堅のサーヴァントに匹敵するだけとなっていた。ケイネスの驚きは当然のものといえる。

 そしてサーヴァント並みのスピードならば水銀の刃を回避することなど造作もない。

 目にも留まらぬ速度でケイネスの背後に回り込んだ切嗣は手榴弾をばら撒きつつフルオートでグロッグを放った。しかし背後からの攻撃だろうと水銀はやはりケイネスを守った。次いで手榴弾が爆発する。水銀のせいで爆風はケイネスに届かないが、その爆風と爆音とに紛れて切嗣は距離をとった。

 

(あの反応速度……死角からの一撃にもダイレクトに対応する防御。……水銀に自動防御機能があるのは確実だな)

 

 魔術回路以外はただの人間であるケイネスに弾丸を目視で捕え反応することなどできるはずがない。

 それが出来るとしたら完全に成りきった死徒かサーヴァントくらいだ。

 しかし遠坂時臣での戦いにおいて苦戦したため最初から三倍速をきったが、

 

(ペースを落とそう。水銀の速度、軌道、反応速度は見切った。これなら固有時制御二倍速でも十分だ。寧ろ三倍速に消費する魔力の方が痛い……いや固有時制御なしでもタイミングを違わねば躱せる)

 

 固有時制御を二倍速に戻す。瞬間三倍速分の振り戻しのダメージが切嗣を襲った。

 全身の肉体をバラバラに解体されたような激痛が襲うが……鋼鉄の意志力で表情を変えることなく堪える。

 

「ええぃ、ちょこまかと!」

 

 苛々としながらケイネスは水銀を切嗣へと殺到させる。しかし何度やろうと水銀は空を切り、切嗣には当たることがない。

 衛宮切嗣は優秀な魔術師殺しであり兵士だ。鋼の精神と駆け抜けてきた戦場により培われた戦闘技術は超一流のものである。

 既に水銀のパターンを読み取っていた。

 月霊髄液は確かに優れた礼装だろう。しかしそれを扱うのは人間である。

 防御や索敵をオートでやらせるだけのプログラムがあろうと、攻撃をさせるのはケイネスだ。

 ロード・エルメロイは優秀な魔術師だ。そして優秀な研究者でもあるかもしれないし、優れた才能をもっているのだろう。

 だが所詮は時計塔で研究に明け暮れていただけの人間。一流の魔術師であっても一流の戦士ではないのだ。

 他の魔術師との魔術戦くらいなら時計塔でも暇潰しや趣味感覚で興じることはあったかもしれないが、正真正銘のルール無用の殺し合いは初めてだろう。

 

(ケイネスは魔術は知っていても、近代兵器には無知だ。そして奴は自分の魔術の才能がなまじ優れ過ぎているせいで科学に目がいっていない。まずはその油断を―――)

 

 敢えてケイネスに接近していく。取り出したのは飾り気のないナイフ。勿論これはケイネスを殺すためのものではない。弾丸の速度をも防ぎきる水銀をナイフで突破できはしないのだから。

 これは勝利への布石の一つだ。

 

「――――っ! 貴様め!」

 

 真正面まで接近されたケイネスは顔を真っ赤にさせ四方八方から水銀を動かす。だがその水銀は切嗣へは向いていない。このままでは埒が明かないと思ったケイネスは思い切って水銀を牢獄のようにして切嗣を閉じ込めようというのだ。

 しかし無意味。ケイネスがそういう行動をとることは切嗣も了解していた。これ見よがしにナイフをケイネスに投擲すると、水銀が閉じきって逃げ場を防ぐよりも早くその場から離脱した。

 ケイネスの苛立ちがみるみる激しくなっていくのが分かる。怒りは時に力にもなるが、同時に冷静な思考を鈍らせてしまう。

 挑発行為はこれで十分だ。そろそろ次の行動に移ろう。

 

「斬!!」

 

 代わり映えしない水銀の一撃。やはり躱すのは簡単だ。けれどここで切嗣は敢えて足がガクリと止まったような演技をして、動きを一時止める。

 そして水銀が切嗣の肌を切り裂いた途端、ふたたび足が回復したような演技で動き始めた。

 服が切れ、そこから血が流れていく。ほんの僅かな接触だったというのに深い傷が刻まれていた。通常なら即座に治癒魔術なり応急処置などで手当てをしなければ大事にもなるダメージだが『全て遠き理想郷』のある切嗣には無用なものだ。

 深い傷は即座に塞がれる。

 

「ふふふ、ふははははははははは!! どうやら貴様のその魔術にも限界があるとみたぞ! それはそうだろう。貴様の使用しているのは自分の体内のみに限定してでの時間制御だ。だが世界は幻想を認めない! 時間制御が終われば振り戻しのダメージが貴様自身を襲う! お前の体はもう限界なのだろう! 速度が最初より衰えたのもそれが理由とみたぞ!」

 

 もし心に表情があれば切嗣は笑っていただろう。

 ケイネスの観察眼は確かなものだ。

 固有時制御にはケイネスのいうようなデメリットがある。だからこそ切嗣の演技には信憑性が宿るのだ。

 100%の嘘というのはどうしても真実味にかける。人を騙したければ嘘の中に真実を混ぜるのが最も良い。

 真の虚実とは虚と実が同梱するものなのだから。

 苛立ちが最高潮となり、切嗣を傷つけたのが自信となり慢心となる。

 徐々にだが準備は整ってきている。その上でケイネスの行動にある一定の『方針』を見定めた上で切嗣は行動を決定した。

 ケイネスが切嗣に止めを刺すべくより多い量の水銀を切嗣へと向けてきた。当然、攻撃に重きを向けた分、ケイネスを守る防御は薄くなる。

 切嗣は素早く通常の弾が装填された予備のコンテンダーを抜くとケイネスへ発砲した。

 通常弾丸ならば楽々ストップさせる水銀。しかしコンテンダーは実用性にかけるものの、携帯できる火器としては最大火力のものだ。しかもそれに魔術的処置も施されているので通常のものよりも威力は高い。

 もはやその火力は小規模な大砲だ。その一撃を受け水銀の防御は破壊され、奥にいるケイネスを貫いた。

 

「が、あ――――っ!」

 

 弾丸がケイネスの左脇腹を霞める。水銀が威力を相殺した為にそれで留まったが、もしもコンテンダーがカタログスペック通りの仕事をしたのならケイネスの腹をそのまま抉り取っていただろう。

 しかしこれで十分。ケイネスを怒りで忘我させるには。

 

「おのれ……。このようなもので! この私を! ロード・エルメロイをッ!!」

 

 時臣にやられた際のように、魔術により水銀を突破され傷を負ったのならケイネスとて怒りはしなかった。逆にそんな成果をなした敵を称えただろう。だが切嗣は魔術ではなく近代兵器をもってこれをやった。故にケイネスは激高する。

 切嗣は動じず予定通り最後の布石をうつ。懐にしまっておいた煙幕弾を炸裂させた。

 

「下衆な銃火器の次は煙だと? 小細工がッ! 私に効くか!!」

 

 勿論そのようなことは知っている。ケイネスの月霊髄液はケイネスの視界を塞いだところで意味などない。

 精々ほんのコンマ一秒ケイネスの動作を止めるしか役立ちはしない。切嗣は手榴弾からピンを抜くとある場所へと投げた。

 その投げた場所とは、

 

「そ、ソラウ――――!!」

 

 ソラウが隠れていた物影だ。ケイネスと同じようにソラウも戦闘の素人。魔術の才能がある他はただの気位が髙そうに演じている女性だ。

 手榴弾の爆発に驚き、その姿を物影から晒してしまった。

 ソラウ或いはケイネスは懸命な判断をしたといえるだろう。

 もしもソラウがケイネスの目の届かない場所まで逃げていれば、その時は舞弥が動く手筈になっていたのだから。

 だが近くにいるなら近くにいるでやりようはある。お蔭でこうしてケイネスの眼前で弱点を晒させることができた。

 切嗣は一切の躊躇なく予備ではない方のコンテンダーの銃口をソラウへと向けた。

 ケイネスは時臣と同じである。土壇場にあって『魔術師』を選べない。だからこそ同じ手が通じる。感情を捨てた衛宮切嗣には絶対に通用しない手がケイネスには意図も容易く通用する。

 人は情があるからこそ強くなるが、同時に情があるが故に弱点を抱えることとなるもの。

 弱いからこそ卑怯になる。正にその通りだ。

 衛宮切嗣はそれ単体では最強にはなれない。最強を名乗るには素養というものに欠けていた。

 感情を突き放してトリガーを引く素養とて世界規模でみれば精々が優良と堕ちよう。

 固有時制御という多少は特殊な魔術を扱う事は出来るがそれだけだ。別段飛び抜けた力がある訳でもない。

 だからこそ衛宮切嗣は誰よりも卑怯となる。足りないものを補う為にあらゆる手段をもって己を『最強』に染め上げているのだ。

 故に敵の弱点を徹底的に容赦なく断固として叩くのが切嗣の戦術である。

 

「月霊髄液ッ! ソラウを守れぇぇえええ!!」

 

 ケイネスの行動に一つだけあった規則性。それは衛宮切嗣をソラウのいる場所から遠ざけようとしていたことだ。それは彼が忘我状態に陥っていても変わることはなかった。それだけケイネスにとってソラウは大切な人間なのだろう。だからこそ狙う価値がある。

 婚約者の危機にケイネスは己の魔術回路を全開にさせ水銀を展開させる。先程コンテンダーの威力を身を持って知っているからこそ、水銀にありったけの魔力をケイネスは込めた。

 そこへ魔術師を殺す為だけの礼装――――起源弾が接触し、

 

「が、ぁああああああああああああああ!!」

 

 ロード・エルメロイの魔術回路を滅茶苦茶に切って嗣なぎ。魔術回路を破壊した。

 魔術回路の破壊により水銀が動きを止め、ただの魔力の通わぬものとなり地面へと落ちる。そこへ有無を言わさず通常の拳銃でケイネスの眉間を貫く。

 驚くほどあっさりとケイネス・エルメロイは切嗣によって殺害された。

 

 

 

 白銀の剣舞と青の槍舞。七騎のサーヴァントで最も英雄らしい二騎の戦いとは即ち聖杯戦争の華である。

 この両者の戦いほど英雄らしい戦いもないだろう。セイバーは己が剣技を、ランサーは己が槍術の総力で敵を殺す為に得物を振るう。

 

「チッ。卑怯者め! 己が武器を隠すとは何事か!」

 

 ランサーが野次を飛ばす。だがセイバーは答えず不可視の剣をランサーへと振り下ろした。

 セイバーの凄まじい魔力に裏付けされた一撃は火花をちらし、ランサーを後退させる。

 最優のサーヴァントは伊達ではない。剣の一振りに途方もないエネルギーが籠っている。

 神話に伝わる魔槍だからこそ受けていられるが、下手な得物なら即座に叩きおられるかもしれない。

 並みの英霊ではない。恐らくはセイバーのクラスにあって最上位に位置する英雄だ。ランサーはそう当たりをつけた。

 

「―――どうしたランサー。止まっていては槍兵の名が泣こう。そちらが来ないのなら、私が行くが」

 

 いけしゃあしゃあとセイバーが挑発してくる。

 安い挑発だがクランの猛犬として真っ向からの挑発を無視することもできない。

 

「は、わざわざ進んで死地に踏み込むか。それは構わんが、その前に一つだけ訊かせろ。貴様の宝具―――それは剣か?」

 

「―――さあどうかな。戦斧かも知れぬし、槍剣かも知れぬ。いや、もしや弓という事もあるかも知れんぞ、ランサー?」

 

 セイバーはひょうひょうと言った。

 

「く、ぬかせ剣使い(セイバー)

 

 人は見た目に依らないとは言うものだが、可憐な顔をしておいて中身はとんだ獅子だ。

 これほどの技量と魔力をもつ英雄の宝具がよもや透明な剣なんてチャチなものではないだろう。セイバーは戦いを優位に運ぶために剣を不可視としているのではない。

 なんらかの理由があって仕方なく剣を不可視の鞘で覆っているのだ。寧ろあの透明な鞘なんて無い方がセイバーは強い。

 

(気に入らねえ)

 

 つまりはセイバーは加減した状態で己と剣戟を交わしているということだ。

 その自尊心、その技量。英霊として打ち砕きたくなる。

 

「はぁぁぁあッ!」

 

 俊足を活かして目にも留まらぬ速度でセイバーに迫る。透明な刃と赤い槍がぶつかり合い火花を散らした。

 だが通常の切り合いでセイバーを倒せるなどと高をくくってはいない。

 セイバーを倒すのは自らの必殺をもってでなければならない。

 ランサーはセイバーと切り結びながら槍へ大気中の魔力を集中し始めた。魔槍ゲイボルク、その力をもってセイバーの心臓を穿つ。

 

「――――!」

 

 だがランサーがゲイボルグの真名を言う寸前、セイバーは全速力で後ろに後退する。

 その意図と考えを理解したランサーは舌打ちをした。

 

「その動き。貴様、俺の真名と俺の魔槍について知っているようだな。でなきゃこの槍の真価を晒すことを避けようとはしないだろうからな」

 

「ああそうだ。アイルランドに名高きクランの猛犬。貴方ほどの勇者がこの戦いに参戦しているとは思いませんでした」

 

「抜かせ、剣使い。そのクランの猛犬を平然に押してやがるのはどこのどいつだよ」

 

「ここが戦場ではないのなら尋常に果し合いたくもあるが――――ここは戦場。貴方はここで斃れろランサー!!」

 

「ほざけ!」

 

 槍と剣が何度目かに分からぬ剣戟を響かせる。しかし戦いながらもセイバーは決して真名解放の予兆に注意を払うのを忘れない。

 セイバーは一方的に知っている。

 ランサーの真名はクーフーリン。舞弥を通して得た情報だ。信憑性は高いだろう。

 そして彼の英雄がもつ槍はゲイボルク。因果逆転の呪いを秘めた必殺必中の槍である。

 ランサーがライダーの心臓を貫くその瞬間をセイバーは切嗣の視界を通して目撃した。

 あの槍の真名を解放されれば最後、幸運値の低いセイバーでは如何に技量と直感力に優れていようと死は避けられないだろう。

 セイバーが身を包む白銀の甲冑は並みの一撃ならば防御できるだけの耐久力をもつが流石に真名解放されたゲイボルクは防げない。

 故にセイバーがとれる槍への対抗術とはそもそもランサーに真名を解放させないということのみ。

 宝具の真価を使うには真名を解放しなければならない以上、その解放までには一定の時間がかかる。セイバーの敏捷性ならば真名が解放される前に槍の射程距離外に逃れるのは難しいことではない。

 その時だった。

 

「そ、ソラウ――――!!」

 

 ランサーのマスター、ケイネスが婚約者を呼ぶ焦りの声。自身のマスターの窮地にほんの刹那、ランサーの意識がそちらへと向く。

 

(ここだ!)

 

 その隙を見逃さずセイバーは自らの剣を覆う風王結界を解放し、それをランサーへと放つ。

 吹き荒れる風は暴風である。ランサーほどの英霊が風程度でどうこうするということはないが足止めには十分だ。

 そして風による仮初の鞘が解け、彼女のもつ剣の姿が初めて露わとなる。

 人の心を奪い憧憬の念を抱かずにはいられない眩い黄金の光。人の望みによって造られながら、人の意思に影響されず生まれるもの。

 騎士達の描きし夢。人々の幻想が星によって鍛えられた神造兵装。

 

「その剣は、まさかセイバー。貴様が――――!」

 

 ランサーは瞬時にセイバーの真名を悟る。

 風王結界は余りにも有名すぎるその形を隠す為にあった。英霊の座にまで祀り上げられた英雄豪傑ならば一目で看過するだろう。

 幾たびの戦場を超えて常勝無敗。常若の島にて傷を癒すために眠りについているとされ、イングランドが危機に陥った折に目覚め現世に現れるとされる『いつか蘇る王』。

 円卓を束ねた騎士達の王が振るいし剣の銘こそが、

 

約束された(エクス)――――」

 

「――――突き穿つ死翔の槍(ゲイボルク)!!」

 

 ランサーもまたルーン魔術の重ね掛けで槍を強化し、最強の聖剣を先んじることで迎え撃とうとする。

 しかしそれに如何程の力があろうが、セイバーの聖剣はその遥か上をいく。

 

勝利の剣(カリバー)――――!」

 

 黄金が炸裂した。星の光を集めし究極の斬撃が閃光となって刀身より放たれる。

 ライダーの騎英の手綱すら霞む最強の一撃は槍の呪いごとゲイボルクを粉々に消滅させてランサーへと直進していった。 

 光がランサーを覆い、そのまま川の水面に衝突する。星がそのまま落下してきたかのような水飛沫をあげながら水が蒸発していった。それでも光は止まることがなく停泊していた船をも切り裂く。

 これこそが彼のアーサー王が振るうとされるエクスカリバー。

 聖剣というカテゴリーにおいてこの剣の右に出る物はない究極の一である。

 漸く光が消える。幻想は幻のように。あれほどの眩い光は蛍のように儚くその残滓を残すのみだ。

 セイバーは剣の刀身を再び風の結界で覆うと、切嗣のもとへと戻った。


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