Fate/reverse alternative   作:アンドリュースプーン

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第38話  降霊前夜

 時計の針が頂点のゼロを超え、十二日が始まる。冬木教会の私室に座っていた言峰は卓上におかれた『小聖杯』を見ていてニヤリと笑った。

 11日目。この小聖杯が二度、普通にはない反応をした。言峰は知識と推論でこれが聖杯がサーヴァントを取り込んだ兆項であることを察知していた。

 

(小聖杯に反応があったのは二回。……十一日目にして一気に二体のサーヴァントが脱落したということとなる)

 

 そして今は言峰のサーヴァントとなっているアーチャーの鷹の目はしかとロード・エルメロイと衛宮切嗣の戦闘を視ていた。

 残ったのはやはりというべきか衛宮切嗣とセイバー。ロード・エルメロイとウェイバー・ベルベットは脱落した。

 

(しかもエクスカリバーか。セイバーの真名までも分かったのは誤算だ。彼の聖剣をもつ騎士となれば真名はアーサー王しかあるまい。女性とは思わなかったが些細なことだ)

 

 切嗣のサーヴァントの真名は知れた。だが切嗣の側はアサシンは兎も角、アーチャーの真名を知らない。もしアーチャーが宝具を晒したとしても、この時代の人間にアーチャーの真名がばれる心配はないという確信すらある。 

 ここにきて亡き遠坂時臣の戦略は成就したといえるだろう。

 残った全てのサーヴァントの真名と宝具の情報を掴み、こちらのサーヴァントの力は出来る限り隠蔽し、しかるのち打って出る。

 小聖杯をも手中にしているとなれば戦略以上の結果ともいえる。ただ一点。遠坂時臣が死んだということを除けばの話だが。

 

「アサシン」

 

 短く己がサーヴァントを呼ぶ。すると待っていたかのように群青色の陣羽織を着た侍が姿を現した。

 

「何の用だ綺礼。……まぁ、お前のことだ。碌でもないことを言うつもりなのだろうが」

 

「良い推理だ。お前はこの盤上をどう見る?」

 

 チェス盤を指して尋ねる。

 

「さぁ。元より私は貧しい生まれでな。文字も知らぬし、チェスとかいったか? そういった遊戯にも嗜んだことはない」

 

「チェスのことではない。今の状況だ」

 

「……それならば大方、貴様の思い通りだろう」

 

 そうだ。全部が全部、言峰綺礼の思い通りに局面は進んでいる。

 衛宮切嗣に答えを聞く際に邪魔となる他のマスターとサーヴァントは悉く排除され、残るマスターは言峰綺礼と衛宮切嗣のみ。そして切嗣の情報をも入手し、こちらにはアサシンとアーチャーがいる。

 しかし――――。

 

「遠坂時臣ほどの魔術師なら別なのだろうがな。魔術師としては数年たらずの付け焼刃でしかない私に二体のサーヴァントを維持する力はない。無理に維持しようとすれば二体のステータスを著しく低下させることになるだろう。それは好ましくない。衛宮切嗣とセイバーのペアは難敵だ。これほど恐ろしいペアはない。そんな相手に兵力分散をして挑むのは愚の骨頂だ」

 

「貴様、狸とは思っていたが……?」

 

「さて、アサシン。現状で貴様とアーチャー、どちらの駒を残すべきかと思うかね?」

 

 アサシンの真名と必殺剣はセイバーに知られている。第一セイバーにはあの聖剣があるのだ。アサシンの間合いに入らずとも、遠距離から聖剣を繰り出されればアサシンは為す術なく敗北する。

 対してアーチャーならばあの聖剣にも或いは対抗できる……かもしれない。

 特殊性の高い宝具と広い汎用性。

 究極の一をもつが故に他には何もないアサシンと、究極の一をもたないが故に多くを修めたアーチャー。

 この最終局面においてどちらの駒を選ぶべきか……そんなものは考えるまでもない。

 

「兎死して猟犬煮られる……といったところか?」

 

「悲観することはないアサシン。別に私は今ここで貴様を自害させようとは考えていない。だがお前の良い処理方法はないかと考え、そして思いついたのだ」

 

 言峰はアサシンに大粒の宝石を投げ渡す。

 それを掴むとアサシンは訝しげに言峰を見る。

 

「これは?」

 

「時臣の遺品だ。衛宮切嗣との戦いで持っていかずに残った唯一つの宝石。それにはランクB相当の魔術行使を可能とするだけの魔力がある。サーヴァントであるお前にとっては下手な人間を喰い尽すよりも効率よく魔力を得ることができるだろう」

 

「…………」

 

「貴様にはこれをやろう。そして私は貴様との視界供給などのラインを除いて、あらゆる干渉を停止する。無論、魔力供給もだ。お前は残った魔力で柳洞寺へ赴き待機するといい」

 

「柳洞寺だと? セイバーがそこへ現れると」

 

「勘が良いな。そうだ、可能性はある。なにせあそこは冬木市でも最高の霊地だからな。今回の降霊地があそこである確率は高い。お前はそこが此度の降霊地なのかという調査を行え。そしてもしもセイバーがきたのならば存分に殺し合い給え。なんなら討ち取ってしまっても構わん。私にとって重要なのは衛宮切嗣だけだからな」

 

「やはりお主はとんだ生臭坊主よな。私の第一印象は間違いではいなかった……か。まぁ良かろう。天に運を任せるのも一興。セイバーがこなければ、元より私には巡り合わせがなかったのだろう」

 

 アサシンはもう語ることはない、と姿を消す。

 霊体化して柳洞寺へと向かったのだろう。自分が召喚された土地であり、自分の生きた時代を残す唯一の場所へと。

 

「――――――」

 

 アサシンを行かせてから、想起する。衛宮切嗣。あらゆる行動に『虚無』しか宿らず、その癖、聖杯を求めようとするあの男。

 己はあの男こそ自分が長年抱いていた疑問を解決する『解答者』と思っていた。だがもし衛宮切嗣が『解答者』であるならばどうして聖杯を求めるというのだ。

 不快な違和感が拭えない。アイリスフィール・フォン・アインツベルンを殺した時の確信による歓喜を超える不快感がある。

 

(令呪によりアーチャーに話させた衛宮切嗣という男。そしてこの衛宮切嗣の行動原理。あらゆる戦場に赴き、メリットとデメリットが釣り合わぬ死線に身を置く虚無的願望)

 

 一つの推論が言峰綺礼にはある。

 自分と同類であり、自分では出せない答えを見出した者と思い込んでいた衛宮切嗣。あれはもしかしたら。

 

「お前は私と同じなのではなく、貴様は――――」

 

 その疑問はロウソクの蝋に溶け込み消える。

 ロウソクの火が一つ掻き消えた。

 

 

 

 キャスター襲撃より四日目の今日。切嗣とセイバーは八日ぶりに日本邸宅の門を潜っていた。

 当然落ち着いた拠点で羽休みしようなどという生易しい考えではなく、今後についての作戦会議を行う為だ。リビングには切嗣とセイバー以外に久宇舞弥の姿もある。

 

「……最初に何某かのサーヴァントが脱落し、僕達の知る限りキャスター、ランサー、ライダーが脱落した。となると残るはアーチャーとアサシンとみていいだろう」

 

 切嗣の話を二人は黙って聞いている。二人にも異論はないのだろう。

 

「聖杯戦争に勝利するためにはこの二体を始末しなければならないが……それよりも確保しておかなければならないのが、聖杯の降霊地だ」

 

 冬木市の地図に切嗣は赤鉛筆で四つの地点に丸を記す。

 

「一つは言わずと知れた円蔵山だ。冬木においては最上位の霊地、最初の聖杯降霊の土地であるし一番確率が高いのはここだろうね。そして二番目が遠坂邸、三番目が冬木教会、四番目が新都にある霊脈加工によって後天的に霊地と化した場所だ」

 

 セイバーと舞弥は赤い丸で囲まれたポイントを脳裏に焼き付ける。

 切嗣がそんな二人を一拍待ってから先を続けた。

 

「聖杯戦争はサーヴァントが脱落し終わりに近づくにつれて、このうち一つの霊地に僕達が用意せずとも聖杯降霊のための『力場』が生まれる。アイリスフィールが持っていた聖杯は今はアサシンのマスターの手にある。だから僕達は他の者より先に『降霊地点』を確保しなければならない。頃合いから見て既に『力場』は出来上がっているだろう。聖杯降霊の霊地は第一回から順々に回っていく。第一回目の降霊場所は柳洞寺、二回目は遠坂邸、三回目は冬木教会。順々にいけば次は四番目のここなんだが……なにせ後天的な霊地だ。確証はないし霊格は最低だ。決めつけることはできないだろう。現状で最も可能性が高いのは柳洞寺だろうね。新造の霊地は二番候補といったところか」

 

「ですがマスター。聖杯の降霊場所は四つですが、こちらには舞弥とマスターを含めても三人しかいません。四つの地点は距離があって同時に二つを確保するのは困難でしょう。どうするのですか?」

 

 セイバーの的確な指摘に頷く。それは切嗣も考えていた。

 いっそ暗示を施した一般人やアインツベルンのホムンクルスを狩りだそうかとも考えたが、それでは正確ではない。

 この最終局面はやはり信頼できる道具を使った方が良いだろう。

 

「四つの霊地で最も可能性が高い柳洞寺、そこにはお前が行けセイバー。もし残りのサーヴァントが集結していようとお前ならば離脱できるだろう。舞弥は四番目の霊地を、僕は遠坂邸へ行く」

 

「二番目に可能性の高い霊地を舞弥に? 差し出がましい発言ですが、切嗣ご自身が向かった方が良いのでは?」

 

 単純な役割分担の不平等故にセイバーが言った。

 セイバーが柳洞寺にいくのは妥当だ。一番確率の高い霊地だからこそ一番生存力の高いセイバーを向かわせる。その考えに誤りはない。

 それならば二番目の候補たる新造霊地には二番目に生存力の高い切嗣が行って然るべきだろう。だが切嗣は首を振る。

 

「三番目の候補の遠坂邸は多くの魔術的トラップが敷かれているだろう。舞弥もそれなりの性能はあるが、一流の魔術師の工房を突破できるほどは高くない。魔術師としては素人に毛が生えた程度のものだからね」

 

 久宇舞弥は切嗣のパーツともいえる人物であり、数多くの戦場を切嗣と共にした熟練の兵士だ。だが所詮はただの兵士。魔術回路があるため魔術を使うことはできるが、それは使い魔の使役などの初歩的なものに限られる。

 切嗣のように魔術師の工房にあるトラップを解除してそこへ乗り込むなんていうのは難しいのだ。

 

「そして万が一どの霊地にも『力場』がなかった場合、残る候補地は冬木教会だけだ。……役割分担はこれで終わりだ。質問は?」

 

「「…………」」

 

 沈黙は質問はないという意味だと切嗣は受け取る。

 そして切嗣が「終わりだ」と言うと先ずはセイバーが柳洞寺へと向かっていった。舞弥と切嗣がそこに残される。

 

「舞弥」

 

 切嗣は懐からあるものを取り出すと舞弥に手渡す。

 

「これは?」

 

 舞弥がアイリスフィールに渡した発信機にも似た機械。だがよく見ると細部が異なるのが分かる。

 機械ある赤と青のボタンが目に付いた。

 

「アイリに渡したのと似たものだが……舞弥、もしお前が退却困難で新造霊地に『力場』があれば青のボタンを、『力場』がなければ赤を押せ。そうすれば合図が僕や拠点にある機械に届くことになっている。これはボタンを押して十五秒で爆発するようになっているから処分する必要はない」

 

 遠まわしに『もし死ぬとしても情報だけは伝えろ』と切嗣は言っていた。

 だがそれに不快感一つみせることなく舞弥は機械的に頷く。

 

「分かりました。ではご武運を」

 

 飾り気のない言葉。だがどうしてだろうか。切嗣にはこれが舞弥と会う最後の機会のような気がした。

 ナタリアやシャーレイ、そしてアイリスフィールを喪った時の光景がフラッシュバックする。

 自分は小を切り捨て大を救う過程で彼女達を殺してきた。舞弥もまたその時がやってきたのかもしれない。

 妻ではなく愛情を与えてもいない相手とはいえ、長年共にいた女が死ぬかもしれないという予感があるというのに切嗣には舞弥を戦場に投入することに対する忌避感はまるでない。

 そう今はそれでいいのだ。自分を正義だと名乗る気は毛頭ない。その行いが善であると驕ってはいない。自分はただの薄汚れた殺人者の悪だ。その自覚はある。

 だが目的を達成する為ならばどこまでも人でなしの悪にも染まろう。

 やがて全てが終われば、断罪の刃から背を向けはすまい。己の行いが原因となり死んだ者の仇を討とうとする復讐者が現れれば、甘んじてその刃を受けよう。死者への哀悼も涙も終わってからすればいい。

 舞弥を見る切嗣は顔色を変えることはなく、

 

「ああ。君もね」

 

 簡素な相槌をうつと準備のために戻る。

 それが結果的に舞弥と交わした最後のやり取りとなった。


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