Fate/reverse alternative   作:アンドリュースプーン

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第4話  月下の死合

「アサシンのサーヴァント。佐々木小次郎」

 

 邂逅して早々に真名を名乗ったサーヴァント――――アサシンにさしものランサーも驚き目を見開いた。

 サーヴァントにとって真名とは最も隠蔽すべきものである。

 何故ならば信仰により英霊となったサーヴァントはその偉業と功績だけではなく『弱点』をも自らの伝説に刻んでしまっているからだ。仮にもしも真名がジークフリートということが敵に知られたとしよう。するとその真名から宝具が世界最強の魔剣であることや無敵の肉体のこと、そして背中が弱点であることまでが暴かれてしまうのだ。

 そのため聖杯戦争ではサーヴァントはクラス名で真名を隠蔽する。宝具という必殺の一撃で相手の命を刈り取るまで絶対に真名を明かさないのだ。味方である己がマスター以外には。

 だがその鉄則をアサシンは事もなげに破って見せた。

 まさかこちらを欺くための嘘だろうか。ランサーは訝しむ。

 

(佐々木小次郎……源流島で宮本武蔵に敗れた剣士だったか)

 

 ランサーは佐々木小次郎の生きた時代よりも遥か前の英霊であるが、彼等英霊は通常の時間軸を超えた英霊の座にいるもの。故に自分よりも後に生まれた英霊の名も知っている。そのため佐々木小次郎という侍の名前にも心当たりがあった。

 

「その長柄の獲物からして、貴様はランサーのサーヴァントのようだな」

 

 物干し竿をぶらりと構えたままアサシンが問う。

 

「本命は私と同じ剣使い、セイバーの英霊であったのだが……槍と刀、兵法の理に背き斃してみるのも一興、か」

 

 夜空より降り注ぐ月光を浴びながらアサシンが笑う。

 掴み所がない男だ。殺気を送ってみても狼狽える様子もないし、アサシンから放たれるそれは殺気というよりも単に今の戦いを楽しもうとする涼しい喜びだけだ。

 喜び勇んで挑発にのったは良いが、どうにもこのアサシンは苦手だ。

 それでもランサーとて最速を冠したサーヴァント。得体の知れない暗殺者のサーヴァントに微塵も恐怖することなく。

 

「暗殺者が槍兵に真っ向勝負を挑むたぁな。正気かテメエ」

 

 暗殺者の名の通りアサシンのクラスは隠密行動とマスター殺しに特化している。だがこのアサシンはあろうことか全サーヴァントの中でセイバーと並び最も白兵戦等が長けたランサーに真っ向勝負を挑んできているときた。

 これではアサシンなのだかセイバーなのか分かったものではない。

 

「コレは異なことを。暗殺者とて必要があれば弓もとろう刀もとろう。否、そもそもこの私は生まれてこのかた暗殺などしたこともない」

 

「…………なんだって? 暗殺者のサーヴァントが暗殺してねえなんざ意味が分からねえぞ」

 

「おっと喋り過ぎたようだな。私のマスターめ、いきなり私が名乗ったことでかなり腹を立てているらしい。これ以上はなにも情報を喋るなと口喧しく言ってきている」

 

「……………………………」

 

 どうやらこのアサシンの自由奔放さにマスターの方はノータッチだったらしい。

 真名を名乗ったのも暗殺者のクラスでありながら暗殺などしたことがないと発言したのも、マスターの許しがあってのことではなったのだろう。

 今頃アサシンのマスターは腰を抜かしているかもしれない。

 

(ランサー。なにをゴタゴタと敵サーヴァントと話している。敵がアサシンというのなら後患の憂いを断つためにも一刻も早くアサシンを始末せよ)

 

「へいへい」

 

 自分のマスターからの命令に肩を竦ませる。どうやら口喧しいのはアサシンのマスターだけではなかったらしい。

 しかしマスター……ケイネスの言うことも尤もだ。

 自分はサーヴァント、アサシンもサーヴァント。ならばとやかく問答をするなど愚の骨頂。

 サーヴァントであれば語るのは言葉ではなく己が得物をもってするべきだ。

 

「いいぜアサシン、構えな」

 

 真紅の魔槍の切っ先をアサシンに向けて言う。

 

「構え、か。生憎と私には構えなど一つしかないのでな。このまま相手しよう」

 

 ランサーは舌打ちをしそうになるのを寸でで堪える。アサシンは五尺もある物干し竿をぶらりと下げたまま自然体で立ったままだ。

 一流の武芸者が見れば何処から見ようと隙だらけ。容易く討ち取れると誰もが確信するだろう。

 しかし超一流を更に超越したところに君臨した槍の英霊は違った。

 隙だらけのように見えてその実、全くといっていいほど隙がない。これは戦士としての直感だが、どこに槍を突こうとあのアサシンは全てを受け流してしまうだろうという予感があった。

 

「――――たっく、本当にやり難い相手だアサシン」

 

 剣士とはそれこそ山ほど相手にし、その屍の山すら築いたランサーだがアサシンのような剣士とはお目に掛かった事が無い。

 だがそれで怯むようならランサーは英雄となど呼ばれてはいない。

 ランサーは指でルーンを刻む。すると周囲にいた鳥などの使い魔の悉くが破壊され学校を覆う様に結界が張られた。

 魔術師ならば誰もが知る最も歴史が長い魔術の一つ、ルーン魔術である。

 ランサーは槍兵だが同時にキャスターのクラスで召喚されても遜色ないほどのルーン魔術の使い手なのだ。

 

「これでもう要らん邪魔は入らんし覗き見する不届き者も現れん。そんじゃま、やるとしますかね――――ッ!」

 

 死闘の開幕を告げたのは稲妻の如き魔槍の一突きだった。

 突きとは槍という武器における基本にして最強の一撃。どこまでも単純で、小手先の技法のどれよりも速くそれ故に対処が難しい。

 だがその稲妻を払うは円を描く一陣の風。本来なら風では稲妻を払うことなどできない。

 もしまともに打ち合えばアサシンの物干し竿は魔槍と打ち合った途端に粉々に破壊されてしまうだろう。それだけランサーとアサシンの膂力と武器の性能そのものには違いがある。

 けれどまともに打ち合えば、の話だ。正面から打ち合えないのであれば流してしまえばいい。なにも十の力を十で受ける必要はないのだ。一の力でも十の力の向きを逸らすことくらいは出来る。

 アサシンがやったのはそれだった。

 受け流された槍はアサシンの頭部の左を通る。

 

「そら――――せいっ」

 

 アサシンが一歩踏み込む。通常の刀ならまだ間合いには届かないが、アサシンの物干し竿は日本刀にしては五尺という長すぎる得物。

 この槍兵のものであるはずの距離ですらアサシンの距離となりえる。

 風が振るわれた。それが向かう先はランサーの首の付け根。

 

「チッ。いきなり首か」

 

 突き以上の速度で槍が戻される。風を槍で防ぐと、今度はランサーがアサシンとの間合いを詰める。

 槍は剣の三倍強いとは言うが、もしも距離をつめられれば最後その長さが災いし剣には勝てない。故に槍と刀との戦いの場合、槍兵は槍の間合いであり剣の間合いではない微妙な立ち位置を維持するのが上策なのだが敢えてランサーはそれを捨てる。

 このアサシンの剣技は異常だ。

 直線ならまだしもアサシンの剣の軌道は円である。その円の軌道が直線軌道を穿つ槍と同等の速度で繰り出されるのである。しかもアサシンの相手しているのは最速の英霊たるランサーなのだ。これを異常と言わずに何と言う。

 しかも厄介なのは。

 

(こいつ首ばかりを……!)

 

 円を描く軌道はその全てがランサーの首だけを狙っている。

 もしこれが腕や足などにも向くのであれば所謂肉を切らせて骨を断つという戦術も通用するのだが首ではそうもいかない。首を落とさせて骨を断っても意味などないのだから。

 風と稲妻が舞い狂う。昼間は学生たちが日常を過ごす校庭の中心で非日常たる闘演が行われる。

 演者はどちらも至高の武技をもつ達人を超えた超人。

 常人では気が遠くなる悠久の鍛錬を積み重ねようと届かぬ頂き。人間が抱く理想。人間の限界を更に超えたその先に至った者達。

 そんな者達が覇を競いあうという異様。これこそが聖杯戦争。そこにただの魔術師が交わる余地などあるはずもない。

 これは必然だ。もしもこの聖杯戦争に参加したマスターの誰でもがこの演舞に交われば、その瞬間に稲妻に肢体を貫かれ風により首を落とされるだろう。

 

「はぁぁぁああッ!」

 

 百獣の王すら怯む怒号。

 ランサーの目視不可能な速さの連続突きがアサシンを襲った。

 

「ふ――――!」

 

 ランサーの怒号をアサシンは柳のように受けて流す。

 そして連続突きを同じ数の刃で迎撃した。

 

「せぇぇいいッ!」

 

「はっ――――!」

 

 ランサーとアサシン。

 この聖杯戦争で恐らくは最も高い敏捷性をもった二騎の戦いは撃ちあう度にスピードを増していく。

 もっと早く。もっと速く。より疾く。

 相手よりも刹那よりも速く動かんと槍兵と暗殺者らしからぬ魔剣士は狂い斬り合う。

 その壮絶なる果し合いは、

 

「ふっ」

 

 カンッ、という地面を叩く音で一旦終わりを迎えた。

 ランサーは一っ跳びで二十メートル以上もの距離を話すと今しがた斬り合った魔剣士を睨む。

 

「解せんな。それほどの技量を持ちながら貴様には英雄としての誇りが微塵も感じられん。貴様――――本当に英霊か?」

 

 偉業を成し遂げた者には相応の威厳や威容、またはオーラというべきものを自然と纏うものだ。

 しかしながら剣の英霊をも上回りかねない剣技をもったこのアサシンにはそういったものが欠片も感じ取れない。

 まるでそこいらの一般人が刀をもって英霊以上の剣技を繰り出してきたような錯覚を覚える。

 

「クッ、流石は槍の英霊というべきか。中々に冴えている。お前のその推理は間違ってはいないぞランサー。私には英霊としての誇りなどない。……っと、話し過ぎたな。私のマスターがまた五月蠅く小言を言ってきている」

 

 苦笑しながらもアサシンは構えた。

 

「……ッ!」

 

 そう。構えたのだ。

 今までのランサーとの激しい攻防で一度たりとも構えらしい構えをとらなかったアサシンが初めて構えたのだ。

 つまりは。構えをとる必要がある攻撃を繰り出そうとしているということ。宝具発動前の独特の緊張感をランサーは嗅ぎ取った。

 アサシンに動く様子はない。であればあの構えから繰り出されるものは対人宝具の可能性が高いだろう。

 

「良いだろう。テメエは気に入らん剣を使うが、お前が自らの秘奥を見せようってなら俺もまた見せよう。俺がランサーたる所以を」

 

 大気中の魔力が真紅の魔槍に集まっていく。ドクンッと槍が脈動した。 

 空気が凍てつく。

 アサシンは対人魔剣で待ち構えている。ならばわざわざ敵の懐に潜る必然性はない。こういう手合いは遠くから攻めるに限る。そしてランサーにはその為の手段があった。

 光の御子たる己の本気の本気を暴き出した魔剣士の技量に敬意を払い、影の国の女王より譲り受けた魔槍の真価を晒す。

 

「この一撃、手向けと受け取れ――――!」

 

 ランサーが一足飛びの跳躍する。そして上空へと飛び上がったランサーはその体を弓のように反らした。

 伝承に曰く、彼の槍は元々は突くものではなく投擲するためのもの。

 一度投げれば如何なる防御をも突破し、30の鏃となって降り注ぎ敵を屠ったという。

 彼の槍には対人・対軍の二つの使用法がありこれは対軍用のものだ。

 だがどちらも因果逆転の呪いによる『必中』の効果は健在だ。

 真名を唱えたが最後、因果を歪ませ『心臓を穿つ』という結果を作り上げてから『槍を放つ』という動作を行うために如何に敏捷性が高かろうと絶対にこの魔槍を回避することは出来ない。

 

突き穿つ(ゲイ)――――」

 

 そう。それこそが、

 

「――――死翔の槍(ボルク)ッ!」

 

 アイルランド最大の大英雄、光神ルーの血をひくクー・フーリンが影の女王スカサハより譲られた魔槍ゲイボルクの力だ。

 一度解き放たれた魔槍は敵の心臓を穿つまで止まることはない。仮にランサーを殺害したとしても、仮に地球の裏まで逃れようと『必中効果』をもつこの槍から逃れることは不可能なのだ。

 もし槍の呪縛を回避するとすれば槍の破壊力を上回る防御力で相殺するか、因果逆転の呪いを覆すほどの幸運が必要となる。

 アサシンの幸運値は数値にしてA。対人用のゲイボルクなら本人の敏捷性もあって或いは紙一重で回避できたかもしれない。

 しかしランサーは対軍用のゲイボルクを使った。対軍用ゲイボルクの破壊力の前では紙一重の回避では意味を為さない。対人用と違い威力を重視しているため、心臓への命中は避けれるだろう。だが掠りさえすれば事足りる。低い耐久力のアサシンではゲイボルクの炸裂の余波で致命傷となるのだ。

 英霊を超える剣技をもつ魔剣士の弱点がそれだった。彼は剣技ならば最強クラスであるが逆に言えば剣技しかない。

 技量が物を言う白兵でこそ難敵だが、戦場が火力のぶつけ合いとなった途端にその脆弱性を露呈してしまう。

 アサシンにはゲイボルクを回避することは絶対的に無理なのだ。天地が引っ繰り返ろうと単独でゲイボルクを打破する術はない。アサシン一人だけならば。

 

『我がサーヴァント、アサシンに令呪をもって命じる』

 

 ここではない何処か。

 戦場から遠く離れた一室よりアサシンのマスターが令呪を輝かせる。

 学校の周囲には結界が張られていて外部の人間には誰にも見えないが二つの例外がある。それはランサーとラインで結ばれているランサーのマスターであり、もう一人がアサシンのマスターだ。サーヴァントといえど使い魔。その視線をマスターと共有するのは問題なく可能なのだ。

 

『躱せ』

 

 そして令呪の一画が消費され、それがアサシンに力を与える。

 令呪とはサーヴァントの行動を縛るだけではなく増幅装置だ。命令には絶対服従、真面目になれ、などという広義の命令は効果が薄いが、それが単一でありサーヴァントの意志とも合致したものであった場合、魔法の如き奇跡の行使すら可能となる。

 

「了解したぞ、マスター」

 

 令呪の魔力がアサシンに力を与える。

 躱せという単純にしてシンプルな命令はアサシンの意志と寸分の違いなく合致していた。

 魔槍が着弾する。

 校庭は爆炎に包まれた。


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