Fate/reverse alternative   作:アンドリュースプーン

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第5話  無名の侍、無銘の騎士

 爆煙が空ける。魔弾の着弾により地面は裂け、瓦礫は粉々に砕け散り転がっていた。

 原典である大神宣言(グングニル)すら超えたクー・フーリンのゲイボルクの一撃は着弾したその場所からあらゆる『命』を奪い去っていた。

 唯一人を除いては。

 

「クッ――――聖杯戦争、珍妙な祭事に招かれたとは思うていたが、よもやサーヴァントの宝具がここまで羅刹の如き威力をもつとは。まこと天災がこの身に降り注いだような衝撃であった」

 

 群青色の着物の左肩を血反吐で濡らし、真紅の血の河を地面に流しながらもアサシンは健在であった。

 佐々木小次郎と名乗った魔剣士は右足に力を込めると再びクー・フーリンと対峙する。

 

「しくじったぜ。奥の手を使った以上、必ずや必殺でなければならねえってのに」

 

 忌々しげにランサーは吐き捨てる。

 生涯で一度の敗北もなく、彼を英雄たらしめた宝具による一撃。放てば必ず一人以上の心臓を穿ち殺めたその魔槍を躱されたのだ。

 幾ら令呪の一画を使用したとはいえ、アサシンも無傷では済まなかったとはいえ、ランサーの憤怒たるや視線で人を殺せるほどである。

 

『ランサー、なにをモタモタしている。勝手に宝具を使用したことは後で言うが、アサシンはダメージを負っている。逃げられる前に早々に排除せよ』

 

 マスターであるケイネスからも怒りの通信が送られてくる。

 ふぅと溜息をつくが、ケイネスの言う事は尤もだ。宝具を知られたということは真名を知られた事も同じ。そして真名を知られた者は殺すのが聖杯戦争の鉄則だ。いきなり真名を名乗ったアサシンはどうだか知らないが。

 それにアサシンはゲイボルクによって左肩を負傷している。心臓を必ず穿つという呪いをもった魔槍はそれ故に『再生阻害』の呪いをも備えているのだ。

 この再生阻害の呪いを克服するには相当の幸運が必要であり、仮に克服できたとしても完治するのにはかなりの時間が掛かる。それが霊体であるサーヴァントであろうと同様だ。

 倒すのは今をおいて他にはない。 

 

「マスターからの注文もあることだ。アサシン、テメエはここで脱落しろ」

 

「それは困る。現世に迷い出たこの身、亡び花と散るのは構わぬが……その前にセイバーと死合わねば死ぬに死ねん」

 

「――――なら、諦めな」

 

 三画しかない令呪のうち二つを一晩で消費する度胸がアサシンのマスターにあればの話だが、モタモタしていれば令呪による空間転移でアサシンが逃走してしまう可能性もある。

 幾ら原初のルーンによる結界といえど流石に令呪の転移には無意味だ。

 故に勝負は一刻も早くつけねばならない。

 

「しゃ――――ッ!」

 

 青い稲妻が大地を駆けた。群青色の侍は負傷し衰えた風をもって稲妻を迎撃する。

 

 

 

「これは……不味い」

 

 ラインを通じての視界共有でアサシンとランサーの戦いを監視していた言峰はそう呟いた。

 アサシンとランサーの戦闘能力は宝具を抜きにすればアサシンにやや分があると言峰は見ている。しかしアサシンが左肩を負傷した今、その戦力比は崩れ去ってしまった。

 左肩が使えないということは左腕が使えないということ。剣士にとってこれは大きなハンデだ。邪剣使いのアサシンとて例外ではない。

 

「――――――――」

 

 言峰の脳裏にこの状況を打破する最も今後のリスクが高く最も確実性の高い方法が一つ浮かぶ。

 しかし流石にこの決定を下すには自分の師である導師の許可が必要だ。

 

「告げる(セット)」

 

 言峰は師の時臣より借り受けている通信用魔術礼装を起動させる。

 すると遠坂邸の時臣と連絡が繋がった。言峰としてはこんなものに頼らずとも電話でも使えばいいと思うのだが、時臣は本人の好み以上に電化製品にはめっぽう弱いので仕方ないといえば仕方ない。

 

『綺礼、問題かね?』

 

 時臣もアーチャーを使い戦場を監視はしていたのだが、ランサーの結界のせいで戦場を目視不可能となっている。

 そのため時臣はアサシンの危機についてなにも知らないのだ。

 

「はい。ランサーとの戦闘でランサーの真名がアイルランドの光の御子クー・フーリンであることは突きとめたのですが――――」

 

『フム。それは上々……と言いたいが、その様子だとそれだけではなさそうだ。彼の魔槍を受けアサシンが脱落したか、それとも負傷したかのどちらかかな?』

 

「後者の方です。令呪を一角消費しどうにか即死は免れましたがゲイボルクの投擲を受け左肩を負傷。このままでは後数分も持たぬやもしれません」

 

『そうか。……ランサーの真名こそ掴んだがアサシンはまだ使い潰すには惜しい戦力。なんとかしてそこから離脱させたいが……』

 

「令呪を使用しますか?」

 

『もしもの時は止むを得んが、サーヴァントを縛るに令呪が一角しかないのでは些か心許ない。とはいえ令呪を使い惜しみアサシンを失っては元も子もない』

 

 アサシンを失いたくない。令呪も失いたくない。二兎を追う物の強欲さが為に時臣は暫し言葉を詰まらせる。

 しかしその思考はその実ほんの三秒もなかっただろう。時臣は重々しく口を開いた。

 

『――――綺礼、通信用の礼装に手を置いてくれ』

 

「……? 分かりました」

 

 師の心意が掴めない言峰だったが取り敢えず師の言う通り礼装の上に手を置く。

 

『Feld der Sicht(視界) Anteil(同調).Ich bin Sie(私は貴方を解して貴方を見る)

 

 ぬっと礼装に置いた手から這い寄るものがあった。勿論実際に礼装からなにかが出てきた訳ではない。ただ誰かに触れられているという感覚が手から徐々に上に上がっていくのだ。

 そしてその感触は頭部に達し言峰の両眼に集まる。

 

『急を要する為に許可をとらずに済まない。今礼装を使い君の視界を私と共有した。余りこの手の魔術は使ったことがないので賭けだったが私は勝ったらしい。君の師として君の魔力の波長を解していたのも幸いだった』

 

「視界を共有して如何するのです? 私の視界などを見ても……いや、なるほど」

 

『そうだ。私は君の視界を見る為に視界共有を行ったのではない。君とラインで通じていて視界を共有しているアサシンの視界を見る為に視界を共有したのだ』

 

 これで言峰だけではなく時臣も戦場を見る事が可能となった。

 別にそれはどうせアサシンは死ぬのだからランサーの戦いを生で見ておこう、などという後ろ向きの考えではない。アサシンを生かし令呪を活かすための未来へと繋がる最上の策への布石だ。

 サーヴァントとの視界の共有。それは遠坂時臣にも同じことがいえる。遠坂時臣もまたアーチャーと視界を共有しているのだ。

 アサシンの見ている戦場風景は言峰に繋がり次に時臣へと繋がり、最後に時臣とラインで結ばれているアーチャーに繋がった。

 そしてアーチャーこそ七騎のサーヴァント中最も遠距離攻撃に特化したクラスだ。

 

『アーチャー、仕事だ』

 

 時臣が命じる。自身の傀儡たるサーヴァントに対して。

 あの自分のことを『無銘』と名乗った赤い外套の騎士に――――オーダーを与えた。

 

 

 

 

「了解したマスター」

 

 アーチャーは戦場である学校より数kmも離れた場所で弓を構えた。

 この距離。人間には戦場の様子など点としてしか見えないであろうが、アーチャーの千里眼があれば数キロ程度の距離ならばクッキリと視認することが可能だ。

 とはいえそれは通常の話。ランサーのルーンにより結界が張られている今、如何にアーチャーの千里眼だろうと戦場を目視することは不可能だ。

 もしもアーチャーの千里眼スキルがA以上もあれば『透視』の能力も付与されるため結界があろうと問題ないのだが、生憎とアーチャーの千里眼はそれほどのものではない。

 遠くの場所を見ることはできても、結界を無視して視ることは出来ないのだ。

 だがそれは克服された。

 他ならぬ彼自身のマスターによって。アーチャーはアサシンの視界を見ることで結果として戦場を視認することに成功したのだ。

 

『戦場を視認出来るようになったとはいえ、それはアサシンの視界を通してのもの。従来の狙撃とはなにもかもが異なるが……問題は?』

 

「ない。時臣、少しは自分の呼びだしたサーヴァントを信用して欲しいものだ。仮にも私は弓の英霊、これ以上に難易度の高い狙撃など生前幾らでも熟してきたさ」

 

『ふっ。ではいつかの発言がただの大言壮語なのか、それとも自身の実力を理解しての自負なのか今回の戦いで見定めさせて貰うとしよう』

 

 アーチャーは時臣に召喚された直後のことを思い出す。

 

「念のため確認するが。アーチャー、君の真名は英雄王ギルガメッシュではないのだな?」

 

「……生憎、どこかの国を治めた王であった記憶はない」

 

「そうか。触媒すらない召喚だったのだ。都合よく英雄王が召喚される道理はない、か。我ながら未練がましいことだ」

 

「ム。悪かったな。ギルガメッシュではなくて」

 

「いや。君が気にする事ではない。こちら側の不手際なのだから――――」

 

「ああ、どうせ彼の英雄王と比べ派手さに欠けるだろうよ。いいだろう、後で今の暴言を悔やませてやる。その時になって謝っても聞かないし許さないからな」

 

「…………ほう。癇に障ってしまったかな、アーチャー?」

 

「障った。見ていろ、必ず自分が幸運だったと思い知らせてやる」

 

「そうか。それなら必ず私を後悔させくれアーチャー。そうなったら素直に謝罪させて貰おう」

 

「ああ、忘れるなよマスター。己が召喚した者がどれほどの者か、知って感謝するがいい。もっとも、先ほど言った通りそう簡単には許しはしないがな」

 

 親子だけあり会話の内容は正史において遠坂凛とアーチャーとで交わされるそれに非常に似通っていた。

 アーチャーはアサシンの視界から二人の戦いを逐一観察する。

 下手に加減を間違えれても駄目だし余りにも過剰な破壊力を叩き込めばアサシン諸共消し飛ばしかねない。

 電子顕微鏡のような精密さが必要となる。

 

I am the bone of my sword(我が骨子は捻じれ狂う)

 

 アーチャーは目を閉じ自己へ埋没される詠唱を唱えた。

 するとアーチャーの手に握られているのは歪な螺旋を描いた一振りの剣。しかしアーチャーはそれを剣として使用するのではなく弓の矢として使う。

 

偽・螺旋剣(カラドボルグ)

 

 弓から螺旋の矢が放たれた。矢が向かう先は唯一つ。アサシンとランサーが剣と槍を交える戦場に他ならない。

 アーチャーは鷹の目で矢の動向を見守り、ふと口元に笑みを浮かべた。

 

 

 

『アサシン、これよりアーチャーからの援護射撃がくる。時臣と私とが協力関係であることが知られない為にもお前はギリギリまでランサーと戦い指示したタイミングでその時になって気付いたように回避行動をとれ』

 

(無理な注文をしてくれる)

 

 ランサーの槍を寸でのところで受け流しながらアサシンはぼやく。

 とはいえアサシンもセイバーと一度も剣を交えぬままに消えるのは些か以上に無念だ。ここは言峰に従うべきだろう。

 

「そらそらそらそらそらァ!」

 

「ふ――――っ」

 

 ランサーの猛攻は烈火の如し。

 万全の右手を使い最小の労力と最小の力でどうにか槍の軌道を逸らしているがそれも限界が近い。幾たびにもわたる魔槍との接触で物干し竿はその形を僅かに歪めアサシン自身も何度かかすり傷程度とはいえダメージを負っている。

 もはやいつアサシンの心臓に槍が突きたてられてもおかしくない。

 そんな時。

 

『今だ、回避しろ』

 

 言峰の命令と結界を突き破り螺旋の矢が突撃してくるのはほぼ同時だった。

 

「……ッ!」

 

 いかにも今しがたソレに気付いた……というような表情を浮かべアサシンは敏捷性をフル活用し全力で後退する。

 

「結界を超えて来るとは! チッ、アーチャーかっ!」

 

 狙撃に気付いたのはアサシンだけではなかった。ランサーもまた自身の結界を容易く突き破り侵入した矢に気付くと後退する。

 矢が着弾する。歪な螺旋剣はランサーのゲイボルクにも迫る破壊を齎すと巨大な炎をあげた。その炎がアサシンとランサーとを分断する。

 逃げるのならば今しかない。

 

「さらばだ、ランサー」

 

 小さく別れを告げるとアサシンは霊体化する。

 幸い結界はアーチャーの螺旋剣の一撃で破壊されているしランサーも状況確認に務めていてこちらに目が行っていない。

 アサシンは気配遮断のスキルを発動させ、その場から静かに姿を消した。


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