Fate/reverse alternative   作:アンドリュースプーン

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第7話  騎士王の誓い

 セイバーのマスターは衛宮切嗣であるがセイバー自身は切嗣と話したことはない。

 それは道具とは喋らないという切嗣自身の戦いのやり方というのもあるが、一番の理由は話す必要がないからだ。

 不満が欠片もないといえば嘘になるが、セイバーはこの聖杯戦争にマスターと友情や信頼を育むためにきたのではない。戦って聖杯を掴む為だけに来たのだ。

 切嗣もまたこの聖杯戦争に勝つことだけを考え、そのための戦術や戦略を組み立てている。ならばセイバーにも否はない。マスターが勝利の為にセイバーを道具として扱うならば、この身は一時ただの感情なき剣となるだけだ。

 そこまで考えセイバーは表情を崩さないまま自嘲する。

 感情を見せない剣、言えて妙なものだ。感情なき王として振る舞った己がサーヴァントとなったら感情なき剣とは。

 どうやらどこまでも自分は人間的ではないらしい。

 もしも自分が人の感情をもちながらも完璧な王たりえたのならば、彼の騎士は円卓を去ることはなかったのだろうか。

 

「――聖杯より与えられた知識では知ってはいましたが、貴方はこんなにも姿を変えてしまったのですね」

 

 僅かな寂しさを込めセイバーは言う。

 誰に対してのものではない。強いて言えば――――この世界そのものに。

 自分の治世よりも遥かな未来。現代は随分と様変わりしていた。世界を埋め尽くす『科学』という魔道に依らぬ万人が等しく扱える技術。

 なによりも歴史より姿を消してしまった自らの治めし国。

 分かってはいた。自分が君臨し自分が守り自分が生きたブリテンはカムランの丘で滅んだのだと。

 だからこそ今際の際に『王の選定は誤りであったのではないか』『もしも自分より相応しい者が王であったのならば』と思いサーヴァントとしてこの世に迷い出たのだ。しかしこうして『圧倒的な現実』と直面すると一抹の寂しさを感じずにはいられなかった。

 少数は多数に呑まれる。この冷酷なる掟はこの現代にも残っている。

 アイリスフィールは衛宮切嗣の願いは『恒久平和』だと言った。もし彼の祈りが叶ったのならば、そんな冷たい掟も世界から消え去るのだろうか。

 

「――――っ」

 

 その時、契約で繋がったラインに力が灯る。マスターである切嗣のものではない。

 久宇舞弥。切嗣の部下である女性で、切嗣の指示を切嗣にかわってセイバーに伝える役目をおっているのも彼女だ。

 その際に指示の伝達を円滑に行うためにアイリスフィールの魔術によってサーヴァントとマスターとの間に出来るものと似たラインを形成して貰っている。故に舞弥はマスターでないにも拘らずマスターのようにセイバーに遠方から指示を伝えることができるのだ。

 

『セイバー、切嗣よりの指示を伝えます』

 

「……はい」

 

 上司に似たのか彼女もまた余計な物を省き本題のみを淡々と告げる。

 アイリスフィールのなににも一喜一憂する様子を見ていると、どうして切嗣と彼女が夫婦の間柄になったのかセイバーにとっては一つのミステリーだった。

 

『深山町チープトリックホテル三階の303号室に敵マスターが宿泊しています。これから貴女はそこを襲撃して下さい』

 

「チープトリックホテルですね。分かりました」

 

 舞弥の――間接的には切嗣の――――指示でセイバーはこの冬木市の地形を粗方頭に叩き込んでいる。

 そのためチープトリックホテルがどのような場所にあるのか、どうやって行けば一番近いのかなどを簡単に頭に描きだすことができた。

 

『滞在しているマスターは言峰綺礼、元代行者で多くの封印指定の魔術師を殺してきた男です。マスター相手とて油断はしないで下さい』

 

「無用な心配です舞弥。相手が例え剣をもっているだけの少年だったとしても私は油断などする気はない。それは命を賭している相手にも失礼だ」

 

『………………』

 

「舞弥?」

 

 セイバーの言葉に思う事があったのか舞弥が黙り込む。

 しかし直ぐに元の事務的な口調に戻ると、

 

『襲撃の方法などは追って伝えますが、もしも戦いが長引くのであれば撤退しろというのが切嗣の指示です』

 

 序盤で手札を切り過ぎるなということだろうか。切嗣の思考を予想しながらもセイバーは頷く。

 

『言峰綺礼を殺せるのが理想ですが、もし敵サーヴァントによりそれが阻まれたとしても出来るだけ言峰をホテルの外には出さないよう留意して下さい』

 

「はっ。それは構いませんが……何故?」

 

 生前のセイバーは広い大地を駆け廻り、時に馬に騎乗し戦った騎士。

 そのため敵マスターが屋外へ逃げ戦場が移るのは寧ろ好ましいことなのだが舞弥はそうするなと言う。

 舞弥(切嗣)に限って何の理由もなくそんな指示を出すはずがない。

 

『理由を説明している時間はありませんし貴女なら問題はないでしょう。私は後三分で準備は完了しますが貴女はどれくらい要しますか?』

 

「…………」

 

 舞弥の意図は図りかねる……が、それが切嗣からの命令であるなら従うだけだ。

 

「道なりに行けば二十分はかかるでしょう。ですが建築物の上を跳んでいけば五分とはかかりません」

 

 自分は他のサーヴァントと違い霊体化ができないが、それでもそんな常識外の移動の仕方をして良いだろうか? そう遠まわしに尋ねる。

 果たして舞弥の返答はあっさりとした是の意志だった。

 

『分かりました。では後の指示は移動中に伝えます。ご武運を』

 

 ラインから舞弥の思念が消える。通信を遮断したのだ。

 舞弥の口振りからして時間が押している様子。貴婦人に対しては非礼だろうがアイリスフィールにこのことを伝えている時間はない。

 セイバーは一っ跳びで塀を跳躍すると真っ直ぐに言峰綺礼の滞在するホテルへと向かった。

 

 

 

 

『綺礼、今宵はご苦労だった。アサシンが負傷したこともある。暫くは休んでくれ』

 

 通信礼装から発せられる時臣からの労い。

 言峰は「いえ」と言葉を返すと、

 

「……本来ならば未だ様子見に徹するはずだったアーチャーまで動員する事態になり申し訳ありません」

 

 手の甲に刻まれた三画の令呪は今や二画となってしまっている。

 サーヴァントを従えるため最後の一角は残しておかないとならないため令呪を使用できるのは後一回だけだ。

 

『戦場にイレギュラーは付き物だよ。それにその程度のことならイレギュラーとは言わん』

 

 時臣からしたら言峰の令呪が一角消費されても、それでランサーの宝具と真名が知れたのだから上々なのだろう。

 アーチャーを動員したといっても遠距離からの狙撃だったため姿は視認されていない上に、アーチャーはその真の宝具の本の一欠けらを晒しただけに過ぎないのだから。

 だが言峰綺礼にとってはそうではない。

 衛宮切嗣と邂逅し彼の得た解を聞きだすためにもアサシンと令呪は失ってはいけない戦力だった。

 

『バーサーカーは早々に脱落したとはいえ聖杯戦争はまだ第一戦が行われたばかり。これから激しさを増していくだろう。綺礼、君にはこれからも助けて貰わねばならない。十分に英気を養っておいてくれ』

 

 時臣は言峰綺礼が私欲なく自分を助けるために聖杯戦争に参加していると信じて疑っていないだろう。

 しかし既に言峰綺礼の目的は『遠坂時臣』を聖杯戦争の勝利者にするという聖堂教会や父の意向とは掛け離れたものになっていた。勿論このことは誰にも喋ることはないが。

 それでも時がくるまでは忠実なる弟子であらなければならない。

 

「分かりました。それと」

 

 言峰はランサー戦以外にもアサシンの諜報で得た情報を話そうと口を開き、

 

「―――――――…………ッ!」

 

 数多くの戦いを熟してきた感覚が尋常ならざる気配の接近を告げた。

 隠しても隠し切れぬ清廉なる闘気。身を焦がすエネルギー量。張りつめた緊張で心臓がドクンッとその存在を大きく主張する。

 ここにサーヴァントが来ようとしている。アサシンでもアーチャーでもなく、もっと英霊らしい英霊が。否、英霊の中にあって最上位に位置する者が来ようとしている。

 

「申し訳ありません導師、やはり二画目の令呪を使用することになりそうです」

 

 通信礼装にそれだけ言うと言峰は立ち上がった。

 敵はもう目の前に迫っていた。窓の向こう、隣のビルより跳躍しこの部屋の窓に今まさに飛び込まんとしている。

 月光を受けて光る金砂の髪。全身を包む白銀の戦化粧は無骨なれど、それを着こんだ彼女の美しさは欠片も衰えていない。いや鎧までもが彼女に合わせて澄み切ったものへとなってしまったかのようだった。

 

――――そんな彼女を汚したいと思ってしまうのも、言峰綺礼が異端であるからこそなのだろう。

 

 あの闘気がキャスターのものである筈がない。となれば恐らくはセイバーのサーヴァント。

 如何に代行者であるとはいえ言峰は人間だ。剣の英霊と立ち合えば一瞬にしてこの身を両断されるであろうことは想像に難しくない。

 二画目の令呪を必要とするのは惜しい。

 だが使用しなければ言峰綺礼はここで死ぬ。数年前のあの時ならばただ死を受け入れただろうが、今や衛宮切嗣より答えを聞きだすまでは絶対に死ぬわけにはいかない。

 令呪は惜しい。しかし命は更に惜しい。

 ならばとるべき手段は一つだ。

 

「令呪をもって命じる。来い、アサシン!」

 

 二画目の令呪が消え、空間が割れた様にアサシンがそこに空間跳躍してくるのとセイバーが窓を突き破り部屋に侵入してきたのはほぼ同時だった。

 セイバーはその手に携えた不可視のなにかを振るい、アサシンは五尺余りの物干し竿を振るう。不可視と得物がカンッと金属音を響かせ、サーヴァントとサーヴァントは互いに相対した。

 しかし驚嘆すべきはアサシンの技量。

 如何なる宝具か魔術か、セイバーの得物は風の結界により不可視となっている。その剣を初見で受け流すなど言峰には到底不可能だろう。

 

「クッ――――よもや一夜にして二度目、それも我が念願であったセイバーのサーヴァントと合い見えることができようとは。これは幸先が良いものだ」

 

 ランサーとの戦いで受けた傷は未だ完治していない。

 それでも尚この余裕。セイバーの技量を軽んじているのではなくアサシン自身がこういう性分なのだろう。

 

「先の一合でどうしてセイバーと判断する? 私は自分をセイバーだと名乗った覚えはないが」

 

「ククッ。なに我が刀とお主の刃が触れあった刹那の感触でなんとなくの予想はついた。刃渡りまで完全に理解できたわけではないが……その得物には私の物干し竿にも似たものがあったのでな。フム。刀とは違う叩き斬るという手法。西洋の剣とはそのようなものか」

 

「………………」

 

 セイバーは答えずアサシンの動きを注意深く観察する。

 あの一合で相手の情報を知ったのはアサシンだけではない。セイバーもだ。得物は違えど同じ剣士として『この相手は危険だ』と感じ取ったのだろう。

 

「どうやらお前の目的は私のマスターのようだが、仮にも私もサーヴァント。マスターを殺そうというのなら我が屍を超えていってからにして貰おう」

 

「いいでしょうアサシン――――押し通させてもらおう」

 

 それはアサシンを打倒し言峰綺礼をも殺すという決意に他ならなかった。

 

「綺礼、お前は下がっているといい。極上の剣士を前にし今宵の私は些か以上に昂ぶっている。そこにいてはお前の首まで切ってしまうやもしれんぞ」

 

「…………」

 

 セイバーの真名も宝具も分からないが、二人の戦いに巻き込まれて無事に済む道理はない。

 ここはアサシンの進言に従った方が正解だろう。

 

「任せたぞアサシン」

 

 アサシンにその場を任せ言峰自身はゆっくりと部屋から出ていく。セイバーは追う様子がない。

 いや追えないのだろう。もしもセイバーが少しでも言峰に気を向ければ、その瞬間にアサシンの刃が首を落とすであろうことを知っているが故に。

 

「は――――っ!」

 

 セイバーとアサシンが戦いを始める。

 アサシンがセイバーの足止めしているうちに自分は一刻も早く、

 

(……待て)

 

 心臓がさっき以上に鼓動を強める。

 ランサーはケイネス・エルメロイ、アーチャーは時臣、アサシンは自分が召喚している。

 バーサーカーは脱落しているので残ったサーヴァントは三騎。 

 マスターの中で誰が最優のセイバーのマスターである可能性が高いか。それは言うまでもなくアインツベルンに雇われた衛宮切嗣だろう。必勝を期すならアインツベルンは必ずや切嗣にセイバーのサーヴァントを召喚させたはずだ。

 セイバーのマスターが衛宮切嗣だとしたら、これから奴がとる戦術とは。

 

「いかん!」

 

 言峰が衛宮切嗣の狙いを察し動き出すと同時にどこかでカチンという音がする。

 瞬間、光が爆ぜ全ての音が消えた。

 ホテルそのものがガラガラと倒壊していく。ビルごと爆破するという大凡魔術師らしからぬ戦法。

 これこそが衛宮切嗣の戦い方だった。

 

 

 

 衛宮切嗣が魔術師殺しという忌み名で恐れられる所以は彼が多くの魔術師を殺めてきたという実績以上に、彼のとる戦術に由来するところが大きい。

 魔術師と魔術師の戦いというのは本来互いの研究成果の競い合いであるべきだ。何故ならば魔術とは手段でも武器でもなく学問であり、攻撃魔術というのも学問の一分野に他ならないのだから。

 もっといえば『根源』への到達こそ魔術師の至上命題であり、それ以外の俗世など興味を示さずにいるのが正しい魔術師の有り方なのだが――――権力争いと派閥争いが渦巻く今の時計塔に建前は兎も角、本気で『根源』を目指している者は残念ながら少ないだろう。

 あの魔法使いの姉であり当代最高峰の人形師の友人関係であったアグリッパの末裔すら『根源』の到達を本気で目指していないのだ。彼に劣る才能の持ち主が『根源』よりも目先の権力に憑りつかれてしまうのも自然といえばそうなのかもしれない。

 話を戻そう。

 衛宮切嗣が忌み嫌われる理由は至極単純。彼が魔術師らしからぬ方法で、魔術師らしい合理性のもと、魔術師の認識外の方法で、魔術師を抹殺するからだ。

 学問である魔術をただの戦う道具として扱うことすら正道の魔術師からは許し難い行為であるというのに、切嗣は魔道の対極たる科学を平然と使うのだ。これが魔術師に嫌われないはずもない。

 魔術ではなくより分かり易い例えでいうならば岩石を破壊するために作ったダイナマイトを戦争に利用されたノーベルの心境にも近いだろう。

 一方で魔術協会の方は感情はさておき有能性は認めているので切嗣のことを敢えて黙認し、使い潰しても構わない便利な駒として利用していたのであるが。

 今回の作戦もその一つだった。

 舞弥はセイバーが言峰綺礼の部屋を襲撃する前に如何なる方法を使ったのか予め爆発物をセットしておいた。

 そのまま起爆スイッチを押すという手も舞弥にはあったがそれでは確実性に欠ける。セイバーが襲撃する前の時点では未だ言峰綺礼のサーヴァントがなんであるかを舞弥(切嗣)は知り得なかった。故にもし爆弾を爆発させたとしても、言峰綺礼のサーヴァントが言峰を爆発から救ってしまうという可能性を捨てられなかった。

 爆発した建築物から人一人を救出させるなど魔術師であろうと不可能だが、人の身を超えたサーヴァントなら人の身には出来ないこともやってのけるが道理。

 では、どうするか?

 簡単である。サーヴァントが言峰綺礼を抹殺する上でネックとなるならばサーヴァントとマスターを引き離してしまえばいい。そしてサーヴァントに対抗するにはサーヴァントをもって。言峰綺礼のサーヴァントにはこちらもセイバーをぶつける。

 もしセイバーが首尾よく言峰綺礼を一刀のもとに斬り伏せられたのなら上々。叶わずともサーヴァントとマスターを引き離しさえすれば後はボタン一つで済む。

 だからこそ舞弥はセイバーに『言峰綺礼をホテルから出すな』という指令を付け加えたのだ。確実に言峰綺礼を殺すために。

 

「――――――それが貴方の策ですか、マスター」

 

 倒壊したホテルの瓦礫より飛び出しセイバーは此処にいないマスターに問いを投げる。

 常勝の王たるセイバーをもってしても人間性や道徳観を無視するのならば、この作戦の有効性は認めざるを得ない。

 事情が特殊故に霊体化こそ出来ないとはいえセイバーはサーヴァント。なんの魔力や神秘の宿っていない攻撃ではそれこそ核兵器だろうとセイバーに傷一つ負わせることはできない。

 倒壊するホテルの中にいようとダメージは皆無だ。アサシンとて同じだ。だがマスターはそうではない。魔力があろうとなかろうとミサイルの直撃でも受ければ死は免れないし足に穴が空いただけでも然るべき処置をしなければ死ぬ。

 そしてマスターを失ったサーヴァントというのは驚くほど脆弱だ。単独行動スキルをもつアーチャーならまだしも、元々さして霊格の高くないアサシンなら一瞬のうちにそこいらの悪霊と見分けがつかなくなるだろう。

 

「……………」

 

 セイバーの視線は倒壊したビルの更に奥に向けられている。

 このホテルの中にいたのは敵マスターである言峰綺礼だけではない。聖杯戦争など知らぬ一般人も多く宿泊していた。宿泊客の世話をする従業員もまたここにはいた。

 それが死んだ。

 無慈悲かつ冷酷に殺し尽くされた。他ならぬ自分のマスターの手によって。

 

「この行いの片棒を担いだ私が彼等の死を悼もうというのは恥知らずの行為なのでしょうね」

 

 だが忘れない。自分が祖国のために犠牲にしてしまった命を忘れてはならない。失ったものがあるのならば、それ以上のものがなければ嘘だ。

 漸く実感をもってセイバーにも衛宮切嗣という男の人間性が分かってきた。

 衛宮切嗣も同じ考えのはずだ。死を悼みつつも、それ以上の救いのために新たな流血を続ける。

 十を救うために一を殺す。殺した一の死を無為にしないために、より多くの十を救い続ける。

 それはアルトリア・ペンドラゴンが……アーサー・ペンドラゴンとしてブリテン国を治めていた時と全く同じことだった。

 彼は止まらないだろう。

 喪ってきた命を超える成果を――――恒久的世界平和を為すためには。六十億の命を救うため、彼はこの冬木……いやこの日本という国そのものを血で埋め尽くす覚悟をとうに済ませているのだ。

 

「なるほど。貴方は私を担うに相応しいマスターだ。ならば私も貴方を私のマスターとして真に認めましょう」

 

「これより我が剣は貴方と共にあり、我が運命は貴方と共にある」

 

 切嗣はセイバーの言葉など聞いていないだろう。

 セイバーが配下である騎士達に必要なこと以外の言葉をかけなかったように。切嗣も道具であるセイバーに必要なこと以外の言葉をかけないはずだ。

 だが、それでもいい。

 これはセイバー自身の誓いだ。

 

「――――ここに契約は完了した」

 

 そう、契約は完了した。

 この身が彼を使い手と誓ったように。

 きっと彼も、自分を道具として最大限に使いこなすことを選んだのだろう。

 

「それはそれは良きこと。私としては勧めんのだが可憐な華が選ぶ主君だ。風情を解する者であることを祈りたいものよ」

 

「貴方はっ!」

 

 瓦礫の中より群青の陣羽織を着こんだ侍が姿を見せる。

 だが驚いたのは彼が姿を見せたことではない。マスターを今しがた失ったはずなのに、彼の体を魔力が満たしていることこそに驚いたのだ。

 この短期間に新しいマスターを見つけたとは思えない。となると言峰綺礼はまだ生きている?

 

「そうだ。言峰綺礼は……我がマスターはまだ存命だ。どうにも土壇場でお前のマスターの姦策を察したようでな。刹那の隙に向かいの部屋の窓より飛び出していたらしい」

 

 アサシンがセイバーの思考を読んだように淀みなく答える。

 

「――――――」

 

 不可視の剣を構える。

 マスターは殺せなかったとはいえアサシンはランサー戦での傷が回復していない。ここで殺るか。

 

「やめておけ。お前との決着は私も望むところではあるが、この場は些か以上に風情に欠けるというものだ。そら、どうやら珍妙な術で人払いをしているらしいがこれだけの騒ぎだ。それとて長くは続くまい。そうなれば戦いどころではなかろう」

 

「…………」

 

「追いはせんよ。脱出したとはいえ我がマスターも無傷では済まなかった。サーヴァントならば今はお前を討つよりもマスターの安全を確保することに努めねばなるまい」

 

 どこまで本気なのか。

 サーヴァントらしからぬアサシンは、そんなサーヴァントらしい事を言った。

 

「――――――」

 

 そこでセイバーは戦いが長引きそうならば退却しろ、と言づけられていたことを思い出す。

 アレはもしこうなったらそれ以上は戦わずに一旦退却しろという意味だったのだろう。

 

「分かりました。では決着はいずれ」

 

 これ以上ここに留まる理由はない。

 言峰綺礼もアサシンも討つことは出来なかったが、言峰綺礼に傷を負わせ令呪を一角使用させた。今はこれで十分な成果と思っておこう。欲を張れば身を滅ぼすのだから。

 セイバーはアサシンを警戒しながらも地面を蹴り、そのままアイリスフィールが待つであろう拠点へ退却していった。

 

 

 

 

 時臣が言峰より報告を受けたのはセイバーの襲撃より一時間が経っての事だった。

 

『――――報告は以上です。申し訳ありません導師』

 

 言峰の声が聞こえてくるのは今日中世話になっていた通信用礼装ではなく何の変哲もない固定電話からだった。

 礼装は爆発に巻き込まれ無残にも破壊されてしまったのである。

 

「……そう気に病むな。あの衛宮切嗣の襲撃に合い君は生きていた。それだけで令呪の一画の消耗などどうでも良くなる程に幸いだったのだから」

 

『恐縮です』

 

「謙遜するな。もしも私が君ならば或いは奴の手に掛かり死んでしまっていたかもしれないのだ。しかし衛宮切嗣め……魔術師殺しの異名、伊達ではないか」

 

 アーチャーの言う通りだ。序盤で上手く事が運んだからと油断した結果がこれだ。しかし自分のサーヴァント諸共爆弾で吹っ飛ばすなど時臣のみならず魔術師ならば絶対に思いつかない方法である。

 今回は言峰綺礼が代行者出身であり高い身体能力をもっていたこと。言峰がギリギリでホテルから飛び出たことが功を制して大事には至らなかったが凡百の魔術師ならば必殺となったであろう戦術。

 時臣は切嗣のことを許し難い相手と認識しつつも、同時に一切の油断もしてはならない強敵だと心に刻む。

 

「……今回の件で璃正さんに衛宮切嗣へペナルティを科すことができれば良いのだがな」

 

 ポツリとそう言う。

 すると電話越しの言峰はどこか焦った様に捲し立ててくる。

 

『それは不可能でしょう導師。教会が罰則を科すことが出来る条件は大別すれば「悪戯に神秘の漏洩を行う」「監督役たる教会への敵対行動」の二つです。衛宮切嗣はホテルを爆破するという派手な行為こそ働きましたが、神秘の漏洩には最大限に努めています。また教会への敵対行動も行っておらず、彼に罰則を科すのは道理に合わないと愚考しますが』

 

「……冗談のつもりだったのだが、やけに真剣に衛宮切嗣に罰則を科すことを否と言うのだな。そんなに衛宮切嗣に脱落して欲しくないのかな?」

 

 冗談交じりに尋ねる。

 

『いえ。私自身も深手を負いましたので。……衛宮切嗣は私の手で、と考えたまでです』

 

「そうかね。代行者のプライドというものかな。ところで綺礼、拠点としていたホテルは残念なことになったが今君はどこにいるんだね?」

 

『足を負傷したので、アサシンに運ばせ海浜公園の公衆電話よりかけています』

 

「では一時私の家に来たまえ。アサシンも負傷、君も負傷、令呪も残り一画。しかも衛宮切嗣は健在とあっては君の為にも君を一人にさせておくわけにはいかない」

 

『しかし私達は表向きには決別したということになっています。私が導師の家にいれば何かと問題になるのでは?』

 

「聖杯戦争でマスター間で同盟が結ばれるのは難しくない。対外向けには他のマスターを駆逐するまで共闘関係を結んだということにしておこう。それにサーヴァントを失っていない以上は璃正さんに保護されるわけにもいくまい」

 

『分かりました。ではこれより向かいます』

 

 電話が切れる。

 時臣は「やれやれ」と受話器を置いた。やはり科学というものは慣れない。

 魔術というのが科学とは逆に過去へ疾走する技術というのもあるが、時臣は生粋の機械音痴でもあるのだ。固定電話程度ならどうにかなるが、携帯電話辺りになると微妙と言わざるをえなかった。

 

「にしても初戦からしてこれほどの騒ぎになるとはな。これが聖杯戦争か」

 

 七騎の英霊が招かれての殺し合い、というだけで桁外れの大儀礼だとは認識していたが実際に体験してみると別格だった。

 だが聖杯戦争はまだ始まったばかり。

 

(衛宮切嗣、か。綺礼の手前ああ言ったが此度の非道……冬木のセカンドオーナーとして許し難い)

 

 いずれ奴とは戦う事になるだろう。時臣には奇妙な予感があった。

 もし切嗣が来なくとも、全てのサーヴァントとマスターの情報が出揃えば時臣から切嗣の打倒へと赴くだろう。

 聖杯戦争第一戦の夜はこうして更けていった。

 


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