Fate/reverse alternative 作:アンドリュースプーン
――――彼女の夢を見ている。
国は市民、兵士、騎士に至るまでが大騒ぎだった。それはプラスの意味における騒ぎではない。マイナスの要素における騒がしさ『恐怖』や『憎悪』を源流とする不安の氾濫だった。
先日の敵軍を見事に撃退してからまだそう日が経っていない。だというのにまた新たに海より蛮族が侵攻してきたのだ。
ホッとしたのも束の間。再び彼の国は戦乱に呑まれようとしていた。
敵が攻めてきたのなら国は臣民を守るために迎撃部隊を派遣しなければならない。
だが一つ問題があった。
そもそも"ブリテン"という国は酷く貧しい国家である。最下層の民衆は元より王侯貴族すら裕福とは程と言い暮らしを強いられていた。
古来から戦争というのは非常に金がかかるものだ。
別に金をかければ戦争に勝てるという訳ではないが、金がなければ満足に武器も揃えられないし食糧物資の調達すらままならない。
腹が減っては戦は出来ぬという諺の通り、飢えたる獅子は肥えた狼に劣る。如何に屈強な兵士だろうと、練度の高い兵士だろうと『飢え』と『武器の不足』の二重苦を前にしては老兵のそれだ。
そして少し前に侵攻を受けたばかりのブリテンは、連続して迫った蛮族の侵攻を撃退するに悲しいまでに蓄えがたらなかった。
しかし騎士達の士気は低くはなかった。蛮族との戦に敗北するということは即ちブリテンが滅ぶということ。
負ければ死ぬ。勝たなくては生き残れない。
引く事ができぬ背水の陣。故に騎士達の士気は高まらざるをえなかったのだ。
騎士達は命懸けで戦う覚悟を決め、自分達の主君へと視線を向ける。
今まであらゆる戦いで連戦連勝、敗北を知らず老いることもない少年王――――アーサー・ペンドラゴンへと。
「王よ。蛮族共は今まさに我らが領土へと迫っています。どうか我等に敵を討てとご命令を!」
威勢の良い騎士の一人が前に出て宣言する。何人かの騎士は「そうだ」と強く頷いた。
だが円卓で最も王に近い位置にいる湖を冠した黒騎士と太陽を冠した白騎士は、じっと黙って王の言葉を待っている。王が騎士達の望みに沿わない言葉を返すことが分かっているかのように。
やがてアーサーが重い口を開く。
「南南西の森の側にある村を焼き払い、そこから資金物資を徴用する」
しん、と円卓が静まった。
何人かの騎士は信じられないと顔を見合わせると一転、円卓が喧騒にと包まれる。
「お言葉ですが王よ! あそこは我々の領土、そこに住まう村人達もまた我々の守るべき領民。守るべき民から物資を略奪など許せることではない」
「そうです! どうかお考え直しを! 蛮族共は必ずや我々の力で撃退せしめます!」
他の騎士達も同じように王の意見に否と言う。
しかし彼等の進言は王の心を僅かも揺らすことはない。やはり王は強く決意と限りない冷徹さを秘めた目で。
「では卿等には無から有を生む術があると。兵士達を飢えさせない食糧を生み出し、足りない武器をも作り出すことができると。もしもそれが出来る者がいるのならば申し出るが良い。先の言葉は改めよう」
「――――――――」
途端に円卓が静まった。
彼女の言葉に是と返す者がいなかったというのもあるだろうし、彼女自身のもつ威厳に圧されたというのもある。
なにもない"虚無"より"実"を生む。これはもはやアーサーの後見人たる大魔術師をもってしても不可能な奇跡である。大魔術師に出来ぬことが彼等騎士達にできるわけがない。
「いないようだな。ならば――――」
「し、しかし!」
尚も食い下がる騎士にアーサーは朗々と告げる。
「先の蛮族を撃退したおりに国庫は既に限界へと達している。卿等の言う通りこのまま迎撃に赴いたとしよう。しかし飢え満足な武器もない兵士たちを率いていては敗北は必至。そうなれば戦いの火は国全土へと広がるだろう。ならば一つの村を干上がらせ軍を万全な状態へとするべきだ。村一つと国全て……比べるまでもないだろう」
王の言葉は冷徹だった。それ以上に一部の隙もなく完璧であった。士気や騎士道だけで戦には勝てない。勝つためには然るべき物資が必要。そのために村一つを干上がらせることみなろうと国を守れるのなら安いものだ。
そんな理屈は誰もが分かっている。だが騎士達にとって犠牲にしても良いのは蛮族だけであり、自分達の領民や同胞が傷つくなどあってはならないことだった。不満は徐々に徐々に騎士達の胸に宿っていく。
妙な話だ。騎士達は王に誰よりも完璧であることを求めながら、いざ王が完璧な態度をとれば不満を抱くのだから。
「話は以上だ。サー・ランスロット、先の私の命を実行せよ。お前が帰還次第、我々は蛮族の迎撃へと赴く」
「……はっ」
王の側に控えていた黒騎士は恭しく頭を垂れると王命を実行するために円卓を出て行った。その顔を見せぬままに。
結果を見れば彼女の決断は正しかった。満足な食糧物資を得た軍勢はアーサーという優れた指揮官のもと速やかに蛮族を撃滅してみせた。彼女もまた軍団を指揮しながらも自ら前線へと赴き多くの首級をあげたのだ。
自軍の犠牲はたかが村一つと数えられるだけの兵士と騎士のみ。正に大勝利、戦前の喧騒が嘘のような華やかで晴れ晴れとした勝利だった。
しかしその裏で不満という塵は山となっていく。
アーサーはこれからも同じように戦い続けた。
十を救うために少数の一を切り捨てる。
国を守るために犠牲を良しとし、その犠牲をもって蛮族の血を大地へと流す。
「――――――」
冬木市内にあるホテルの一室で切嗣は目覚める。
カーテンの隙間から暖かな日差しが差し込んでいる。もう朝らしい。
一仕事終え体に休息を与える為に仮眠をとったのだが……こんなことが起きるのは想像していなかった。
「あれはセイバーの記憶、か」
契約のラインと結ばれているマスターとサーヴァントとの間にそういったことが起きると知識としては知っていた。
ならばあの王としての姿こそがアルトリア・ペンドラゴン……いやアーサーとしてのセイバーなのだろう。
「……なるほど。そういうことだったのか」
衛宮切嗣は事ここに至り自分の勘違いを認めた。
自分はこれまでアーサー王を華やかな武勇譚に彩られた勇猛果敢で騎士道精神旺盛な英雄だと、そういう風に思っていた。
だがそれはある意味で正しくある意味では不正解だ。
彼女はたしかに騎士道精神をもっているだろう。正々堂々と犠牲など出さずに国を守りたかっただろう。
けれど彼女は同時にリアリストだった。犠牲を出さずに勝利することが叶わないと、円卓の誰よりも知っていたからこそ犠牲を良しと許容した。
一を切り捨て十を救うという選択。
人間性という感情を排除し、ただのある一定の動作をする機械となる行動。その決意と行いはまるで魔術師殺しと恐れられた衛宮切嗣そのものだ。
二人に違いがあるとすれば立場だけだ。
切嗣は一を切り捨て十を救うために感情をもたぬ殺戮機械となった。
アルトリアは祖国を守るためになんら私欲をもたぬ完璧な王となった。
切嗣は暗殺者となり、アルトリアは王となった。
もしアルトリアが暗殺者ならば切嗣と同じ道を辿っただろうし、切嗣が王だったのならばやはりアルトリアと同じことをしただろう。
歩む道筋は違えど目指す到達点は同じ。
漸く切嗣はアルトリア・ペンドラゴンを自分と共に聖杯戦争を勝ち抜いてゆくためのサーヴァントとして認めた。
切嗣は携帯電話を取り出すと久宇舞弥の番号へとかける。
数秒の呼び出し音の後「はい」という女性の声がした。
「舞弥、昨日の戦果はどうだった?」
ここでいう『戦果』とは二つのものがある。
一つは舞弥とセイバーによる言峰綺礼の襲撃。もう一つが切嗣の行った冬木ハイアットホテルに宿泊していたケイネス・エルメロイの暗殺だ。
いや規模を考えると暗殺というよりはもはやテロとすら呼んでいい。なにせ切嗣がケイネス・エルメロイを抹殺するためにとった手段というのはホテルごと爆弾で吹っ飛ばすという悪逆非道かつ非道な手段だったのだから。
『残念ながら現状でケイネス・エルメロイの遺体が発見されたという情報はあがっていません。何分巻き込まれた人間が多いですから』
「そうか」
なにせハイアットホテルには言峰綺礼の宿泊していた安ホテルと違い多くの客が滞在していた。
その宿泊客一人一人の死亡確認をとるのは警察は元より教会の手の者でも困難だろう。
「肝心の魔術の隠蔽は?」
『問題ありません。爆破前にマスコミ各社にテロリストからの爆破予告を送ってありますから、犯行は恐らくそのテロリストの仕業ということで処理されるかと。それに今回の一件には魔術が使用されていませんから、そもそも魔術の隠蔽をする必要性すらありません』
「……分かった。ならば次は言峰綺礼についてだ」
ランサーのマスターとその所在については一先ず保留にしておく。
それよりも言峰綺礼のことこそが目下一番切嗣が気になるものだった。
『それが、なんでも言峰綺礼と思わしき者の遺体が発見されたという話です』
「本当なんだな」
『はい』
難敵と定めた男のあっさりとした死亡情報に切嗣の語彙が強まる。
『ですが私が直接確認したわけではありませんし、現場の状況が状況だけに誤った情報という線も考えられます。今の所はまだ警戒を解くべきではないかと』
「……話は以上だ。舞弥、お前も休んでおけ。人間ってやつは不便なもので三日間眠らないだけで性能が落ちるからね」
『了解しました』
電話が切られる。
言峰綺礼の死亡とケイネス・エルメロイの行方不明。もしも切嗣に幸運の女神が微笑んでいれば二人は既に脱落。サーヴァントは聖杯戦争開幕前に一人脱落しているので残る敵は三人ということになる。
だがそんな楽観を抱くほど切嗣は甘い男ではなかった。
最良は想像しない。するのは常に最悪。自分にとって最悪が起きているという前提で考え行動していれば不慮の事態というのはある程度避けられるものだ。
切嗣はケイネス・エルメロイとランサーは健在であり言峰綺礼もまた生存している。切嗣はそう考えて行動する。
特に根拠はないが言峰綺礼に関しては確信に近い予感があった。
こいつはそう安々とは死なない。
直接会った事は一度もないというのに、何故か切嗣にはそれが分かった。
「言峰、綺礼」
敵の名を口にする。
この男こそが衛宮切嗣の勝利を脅かす最悪のジョーカーなのかもしれない。
丁度同時刻。
ウェイバー・ベルベットは先日にライダーと話しあった通り冬木市内にある図書館に訪れていた。
冬木市の図書館は魔術師の名家が二つも根を降ろす場所だからか市の特色なのか中々の蔵書でそこはウェイバーを満足させるものだった。
今回は佐々木小次郎というサーヴァントについて調べるのが目的なので『日本史』のコーナーを重点的に探す。
「えーと佐々木小次郎……佐々木小次郎……って僕に分かるわけないじゃないか」
ガクッと肩を降ろすウェイバー。
ヨーロッパの魔術師であるウェイバーにとって東洋魔術は専門外である。よって日本語を喋ることもウェイバーは出来ないのだ。
喋れない日本語を読めることができるはずもなく、本棚の本のどれが『佐々木小次郎』の本なのか分からずウェイバーは右往左往していた。
だがそこへ救いの主が現れる。
「これではありませんかウェイバー、佐々木小次郎と書物のタイトル欄に書いてあります」
ウェイバーの隣からぬっと出てきたのはサーヴァント・ライダーだ。
といっても何時もの妖艶な姿ではなくこの冬木市の洋服屋で購入した現代的な姿だ。この図書館での調査に聖杯から与えられた知識で日本語の読み書きがノープロブレムなライダーの力が必要になるかも、と予想して現代の服まで着せて連れてきて正解だった。
ちなみに目を覆うのも眼帯ではなく眼鏡である。メドゥーサが召喚されると分かっていたので念のために魔眼殺しの眼鏡をくすねてきたのが幸いした。
幾ら現代の格好をさせてもあの眼帯をつけたまま街中を歩かせるわけにはいかない。余りにも怪しすぎる。
「…………」
「どうしましたか?」
ウェイバーの手の届かない場所に陳列されていた本を安々ととってみせたライダーにむっとする。
魔術師といってもウェイバーは男だ。よってなけなしの男のプライドというやつも少なからずあるわけで。サーヴァントとはいえ女性に身長で劣っているということに良い気分はしない。
しかしそのことをライダーに言うのもウェイバーのプライドが許さなかったので出来るだけに尊大そうに腕を組み「う、うむ!」と頷いてから偉そうにライダーから本を受け取る。
「…………これ、なんて読むんだ」
「……………」
そして再び立ち塞がる言語の壁。
佐々木小次郎の本が見つかっても中身の言語が読めないのでは話にならない。
もし佐々木小次郎がヨーロッパの英霊なら洋書のコーナーから探すのだが、佐々木小次郎は日本の英霊。洋書のコーナーにそれについての本があるかどうかは怪しいものだ。
「ウェイバー、頭をこちらに」
「えっ?」
ライダーがウェイバーの額に自分の額を合わせた。
いきなりライダーの美しすぎる顔が目の前にきたことにたじろぐウェイバーだが次の瞬間には別の驚愕がウェイバーを襲った。
読めるのだ。今まで意味不明だった文字の羅列がどんな内容なのか読み取ることができる。
「ライダー、これって」
「共有の魔術の一種です。これでも神代を生きた者ですから。キャスターのクラスで呼ばれるほどの適正はありませんがある程度は魔術を使うことはできます。私は聖杯によって与えられた現代の知識を一時的にマスターと共有しました。これならウェイバーにもこの書物の内容を読み解けるはずです」
「…………」
そのことは素直に有り難い。だが素直にお礼を言うことは出来ない。
ぎゅっと拳を握りしめる。
白状してしまえば悔しかった。ウェイバーにはライダーの使った様な高度な魔術は使えない。出来るのは一般人に軽い暗示をかけるくらいだ。
背丈だけではない、ライダーは魔術師(キャスター)のサーヴァントでもないというのに魔術師(メイガス)であるウェイバーよりも優れた魔術師だ。そのことがどうしようもなく悔しい。
「どうしましたかウェイバー? なにやら難しい顔をしていますが」
「な、なんでもない馬鹿! 僕はこれを見てるからお前はサーヴァントの警戒でもしてろ! 頼んでもないのに勝手になんでもかんでもするなよ!」
気付けばそんな言葉をサーヴァントに対してぶつけていた。
「――――ぁ」
言ってから後悔する。
ライダーは別にウェイバーに劣等感を与える為に共感の魔術をかけたのではない。ただウェイバーの為に魔術を行使してくれたのだ。だというのに礼を言うどころか逆に八つ当たりをしてしまった。
もしかして怒ってしまっただろうか。
ウェイバーは恐る恐るとライダーを見るが、
「……分かりました。では私は命令通り敵の警戒を行います」
実際にはより酷いことになっていた。口調こそ変わらないが声色は酷く冷たい。図書館に来る前は言葉の端々にあった友愛の感情はもはやなくなってしまっていた。
ウェイバーはその後、本を調べたが殆ど頭に入ることはなかった。
帰り道。結局、全部の資料を読むことは出来なかったので何冊かは借りてきた。
気付けば空も赤くなっている。随分と長居してしまったようだ。
「…………」
カツカツと規則正しい足音を鳴らして歩くのはライダー。
その横顔からは何を考えているのか読み取ることは出来ないが、少なくとも機嫌が良さそうには見えない。
(やっぱり謝らないと駄目だよな……でも、こんなところで謝るのも……ああもう、どうすればいいんだよ)
聖杯戦争に参加していてもウェイバーは人生の半分も生きていない若造。
謝りたいという気持ちはあっても気恥ずかしさやらなんやらで実行に移せないでいた。
それでもとウェイバーは身から絞り出すような思いで。
「……悪かったよ」
ぶっきらぼうにライダーに言った。
「なにがです?」
「だからさっきの図書館でのこと。僕が悪かったよ、お前には悪気がなかったのは分かってたのについ勢いであんなこと言って。お前がライダーなのに僕の出来ないような魔術を使うから、それで……」
「本当に申し訳ないと思っていますか?」
確認するようにライダーが訊く。
羞恥心で顔を赤くしながらもウェイバーは僅かにコクンと頭を上下する。
「なら謝意として今夜にでもウェイバー、貴方の血を貰いましょう」
艶然とライダーが口元を綻ばせる。
良かった。いつものライダーに戻った。ウェイバーは一息ついて、
「分かった分かった――――ってなんでそうなるんだよっ!」
華麗なるノリツッコミをした。
「何故と言われてもウェイバー、この国にはごめんで済んだら警察は要らないという格言があります。つまりこの国は謝るだけで謝意は示せないということです。ならば形あるものとして謝意を頂かなければ、安心して下さい。最初はチクリとしますが段々と慣れて気持ち良くなっていきますから」
「なってたまりますか、このアホ! やっぱお前は大馬鹿だ! 速く帰るぞライダー、この佐々木小次郎ってやつのことを調べないといけないんだからな!」
すっかりといつもの調子を取り戻したウェイバー、そしてライダーが帰路につく。
なんだかんだでこの二人は上手くやっていけそうだった。