SAO SS meet again,and……   作:森山 大太

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こういう連載形式での投稿は初めてになります。
週一更新をノルマにやっていきたいと思うので、お付き合いいただければ幸いです。


プロローグ

「ねえ……アスナはさ、聞いたことある? 『永遠の犯罪者(エターナル・オレンジ)』の話」

 そう言って、私は唇に付いていたミートソースを舌でなめた。アスナはアスナでテーブルの脇に置かれた紙のナプキンに手を伸ばし、口元をさっと拭う。その一連の動作のかしこに彼女の育ちの良さが透けて見え、そのアインクラッド一と言っても差し支えない端麗な顔立ちと相まって、私は同性としてアスナが羨ましく、一種の憧憬の念すら覚えて、そのはしばみ色の瞳に思わず見入ってしまう。

 「……ちょっとマコ、どうしたの?」

 「あ、ううん、なんでもないよ」私は我に返り、慌てて頭を振る。「……もしかしてマコ、好きな人でもできたの? そういえば頬も少し赤いし……」「ちがうよ! ……アスナじゃないんだから」アスナに聞こえないようにぼそっと呟く。本当に、この、『浮遊城の女神』でも言うべき美女の想いを一身に受けるかの『黒の剣士』は罰当たりだと思わざるを得ない。

 グラスに汲まれた赤ワインもどきを少し呷り、私は口を開く。

 「……それで、話を戻すけど。知ってる? 『永遠の犯罪者(エターナル・オレンジ)』」

 「えー、と……」アスナは頤に手を添え、考え込む素振りを見せる。「訊いたことないかな。なんなの? その……えーと……」

 「『永遠の犯罪者(エターナル・オレンジ)』、だよ」

 「そう。……エターナル・オレンジ、だから……耐久値無限の蜜柑、とか?」

「まさか。そんなほんわかしたものじゃないよ」私は少し、声のトーンを低くする。「ここ最近、下層を中心に広まってる噂話らしくて、私も今日、買い出しに行った店先で訊いたんだけどね。……PKer――人殺しの、話」

PKer――レッドプレイヤー。かつてアインクラッドでその名を、恐怖とともに広めたギルド『笑う棺桶(ラフィン・コフィン)』。危険すぎるその思想と拡大し続けるその被害は看過できぬと、苦渋の上に実行された討伐戦はそう昔のことではない。本来モンスターに向けるべき剣先を狂った犯罪者の澱んだ瞳に向けた代償は大きく、攻略組が万全の準備を整えていたにもかかわらず、双方に多くの死者を出してしまった。この世界の絶対のルール――決して死者を出してはならない――は、あるいはそれを守ろうとする気概は、何かが致命的に歪んでいたあの戦場では何の役にも立たなかった。私が、この身で痛感したこと。

まあ広義で言うならば、私もその「死者」の内の一人なのかもしれない。あくまで、広義で言うならば、だけれど。

「マコ。その話、詳しく聞かせてくれる?」

アスナの声で、私の思考は実世界に引き戻された。アスナはいつの間にか食べかけのスパゲティの乗った皿をどかせて、テーブルに身を乗り出していた。その瞳に宿る光は鋭く、昔戦場で見た時のそれと瓜二つだった。

「……詳しくって言われても」私は背もたれに体をあずける。「さっきも言ったけど、私だって今日、小耳にはさんだだけの話だから。詳しいことは分からないんだよ」

尻すぼみな声で言うと、アスナは小さく息を吐いて、腰をゆっくりと椅子に落ち着けた。脇の皿を体の正面にすべらせ、フォークにスパゲティをからめ、一口に食べ、嚥下する。「じゃあ、マコが知ってる限りでいいから、教えてくれる?」 柔い笑顔とともに。

私は少し、思慮をめぐらせる。

「……一言でいうなら、オレンジプレイヤーの無差別殺人者、なんだって」

アスナは一瞬呆けたような顔をして、目を瞬かせた。けれどそこは、さすが『血盟騎士団』副団長にして、かつての『攻略の鬼』。すぐに思考を回転させ、きれいな眉をひそめて私に問う。

「それは……オレンジプレイヤーを、見つけたそばから――殺していく人、ってこと?」

「そう。……そう、らしいんだ。別に、脅してレアアイテムを奪おうとするのでもなく、ただその剣筋で、一方的にオレンジを……虐殺、していく」

「グリーン……普通のプレイヤーには、一切手を出さないの?」

「出さないんだって。それどころか、何のかかわりも持とうとしないらしいんだ。中層の迷宮区で、オレンジギルドに襲われてたところを助けられた人も多いらしいんだけど、その中のだれも、その人と話して――というか、目すら、合わせてないんだって。だから、もちろん名前も分かってない。……ただ、なぜかわかんないけど、カーソルはいつもオレンジ」

一息に言い終えると、アスナは「ふう……」と、おそらく平素からため込んでいるのだろう何か重いものを吐き出した。私もつられて息を吐く。二つの白い吐息が肌寒い夜の空気に溶ける。

「……なんか、よく分からない話だね。オレンジプレイヤーだけを、監獄送りにせずその場で……なのにカーソルはオレンジ……だから、『永遠の犯罪者(エターナル・オレンジ)』か。本当にいる……ことはいるんだよね、助けられた人もいるみたいだから。ねえマコ、他に何か、分かることは……?」

私は自嘲気味に笑って、首を振った。

「ゴメンアスナ。私が聞けたのはこれだけ。立ち聞きだったからさ……。あとは、情報屋のアルゴさんに聞いてみたら?」

アスナは聡い人間だから。多分、私の真意をくみ取ってくれたと思う。

「……うん。そうしてみる。場合によっては……直接会って、止めないといけないかもしれないね」

――『笑う棺桶(ラフィン・コフィン)』討伐隊の、責任者として。

アスナは神妙な面持ちでそう一人ごちた。私は小さくうなずいて、ずいぶん冷えてしまった食べかけの料理に手を伸ばす。

本来ならきっと、『永遠の犯罪者(エターナル・オレンジ)』の調査、そしてPK行為の制止は攻略に忙しいアスナでなく、噂を聞いた私自身が、早急にかつ全力で取り組むべきものだろう。攻略組は迷宮区踏破に集中するあまり、中層以下のゆゆしき問題――オレンジギルドの跋扈を放置してきたという過去がある。ある意味その不関心が生み出したのが『笑う棺桶(ラフィン・コフィン)』でもある、というある中層プレイヤーの指摘は無視できないあの悲劇の側面であり、その脅威が去った今、同じ轍を踏んでまたオレンジプレイヤーを増長させることは許されない。いくら斬っている相手が同じ犯罪者であると言っても、だ。この浮遊城でPKは、いかな理由があろうと許されるべきものではないのだ。

それに、そんな理屈は抜きにしても――なによりその人だって、心の中ではきっと泣いていて、誰かに止めてほしいはずだと、私は思うから。人間は人を一人殺すたびに、それがたとえどんな動機によるものだとしても、自分の中の何か大切なものを星の数ほど失ってしまう生き物なんだって、少し前に気付いたのはアスナでも他の誰でもない、この私だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……でも。

今の私には、できない。

剣を握ることすらできなくなった、

今の私には――

 

 

 

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