SAO SS meet again,and……   作:森山 大太

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私に寄せられる依頼の九分九厘は、ギルド公式依頼というものだ。その名の通り、ギルド内の各部署が広報部を通して、公式な形で私に要請する依頼のことを指す。一口に依頼といっても内容は多岐にわたるもので、かつ仕事頻度も不規則極まりない。

 例えば朝一番で攻略組の昼食を調達したあと、午前中の内に会議室に様々な資料を運び込んで、軽食をつまみながらそれらを依頼主のギルド参謀部とともに整理、そして午後から夕刻までギルドお抱えの職人職プレイヤーへの仕事発注、品受け取りにアインクラッド中を駆け回る……といった目の回るスケジュールが一週間続くこともあれば、事務は緊急事態に備えて極力ギルドに詰めていること、という制約のせいで暇を持て余し、会議室の間取りを一人で弄繰り回して二週間が過ぎたこともある。

 一度あまりに不規則で自由の利かない職務を見かねたアスナがヒースクリフ団長への抗議を私に勧めてきたこともあったが、私は一笑して断った。実際のところ事務という職種自体がその遊撃性に有意性を見出した団長の一存によって設置されたものであり、その団長の気まぐれで今の私はギルドから給与をもらえてセレムブルクでの生活を保てている以上、団長に不平を言う権利は私にないと思う。

「さて……客がいないけど、営業中だよね」

 私は足を止め、目の前に建つ小さな商店の全景を改めて眺めた。鮮やかな原色で染め上げられた外装は周囲の商店街の中でもひときわ目立つ。押し窓の白枠が道路に沿った壁に三つほど浮いていて、その真ん中のものの上縁から屋根の高さまで延びた鉄パイプの先では服をかたどったピンクの看板が木枯しに揺れている。その中に彫り抜かれた、「Ashley」の筆記体を確認して、私はアスナからの依頼書を手に広げ、もう一度読む。

 ギルド公式依頼の他に時折舞い込む、個人的なお願いごと。それが個人依頼だ。これも内容は様々であるが、主には物品の代理受け取りである。仕事が殺到しがちな有名職人プレイヤーへのオーダーメイド注文は、完成までに時間がかかる場合が少なくない。するとその受け取り予定日が各層の中ボスやフロアボス攻略の時期に重なり、装備を新調してボス戦に出たいが攻略に忙しく受け取りに行けないということもまれに発生する。そういう場合、そのプレイヤーは「事務への依頼」欄にその旨を書き込み、私が代理で受け取りに行くことになる。ギルド公式依頼と違い依頼の受理は私の任意だが、賃金は発生しない。つまりはボランティアである。ただ、受け取りに際しくすねられる不安をぬぐいきれないのか、あるいは私なんかに装備を託すのが嫌なのか、私に近しい数人以外は個人依頼を出さないため、私もタダ働きなのは気にせず、個人依頼は極力受けるようにしている。

 アスナの個人依頼でアシュレイさんの呉服店に来るのは一か月ぶりだ。アシュレイさんはアインクラッド最速で裁縫スキルを完全習得した著名な女性プレイヤーであり、商品は高価であるが品質は際立って高く、攻略組女性プレイヤーの御用達になっている。そのためアスナのものの他にも何回か個人依頼で訪れたこともあり、私自身も以前懇意にしていたので、私とアシュレイさんとは比較的深い付き合いがある。

 依頼書をしまい、趣のただよう木造りの扉に手をかける。少し開けただけで、この店独特のアロマの匂いが鼻をつく。そういえばこのアロマは常連客の寄贈品らしいってアスナが言ってたっけ――と昨日の夕食の席で聴いた話が脳裏をよぎる。中に入り、後ろ手で扉をぴっちり閉め、ちらと店内を見回す。内装は外装と真逆、ベージュ一色の落ち着いた作りになっている。一か月前には半袖も多かった品ぞろえも、今では長袖とコートがほとんどである。夏物の服は申し訳程度に店の角に積まれているだけだ。

 ゆったりとした曲の流れる無人の店内をカウンターまで進む。普段ならアシュレイさんはこの奥で細かい裁縫作業を行っているのだが、見たところ今はいないようであった。

 そのさらに奥、アシュレイさんの居住スペースにつながる扉に向かって私は声を張った。

 「アシュレイさーん、いますかぁ!」

 するとすぐに、どたどたとあわただしい音が扉の奥から聞こえてくる。「その声はマコ? ちょっと待っててー」 私はコートを装備解除して待つ。

 少しして扉が開いた。

 「ごめんなさいね、待たせちゃって。久しぶり」

 アシュレイさんは右手の指に裁縫道具を付けたまま現れた。髪も作業用にまとめ上げられたままだ。

 「お久しぶりです。構いませんよアシュレイさん。忙しいんですか?」

 私が訊くと、アシュレイさんは重い息を吐いた。

 「そうなのよ。最近、攻略の方も佳境なのかしら。最前線用の装備の注文や修理の依頼がおおくてねえ。今も作業の真っ最中だったのよ。まったく、壁戦士の鎧の修繕まで、わざわざ私のところへ持ってこなくてもいいじゃないの……」アシュレイさんはしばらくぶつくさと不満を吐き出し続けて、「……って、ごめんなさいね、愚痴なんて。……それでマコ、今日はどうしたの?」

 アシュレイさんはうって変わってさっぱりした顔で、妙齢の女性らしい、整った眉を丸める。 「えーとですね……」 私はアスナからの依頼書をアシュレイさんに見せる。

 アスナからの依頼内容はオーダーメイドのマフラーの代理受け取りだ。私もよく知る、「狂戦士」時代と違って攻略以外のことにも――まあ言ってしまえば恋愛にも気を使う今のアスナは、私服では全身をアシュレイブランドで固めることに決めているらしい。費用総額は、私には想像しえない。訊こうにも、そのたびにアスナにもアシュレイさんにも乾いた笑顔で誤魔化される。

 「ああ、アスナのね。少し待ってて」アシュレイさんは合点し、カウンターの奥の棚を探り始めた。「確かこれだったはずだけど」 すぐに小奇麗な入れ物に入れられたマフラーを取出し、私の眼前に置く。

 「え……これ、ですか?」

 私はそのマフラーを思わず二度見し、ついでアシュレイさんに小さい声で尋ねた。

 「……ええ。これよ。……まあ、あなたの言いたいこともわかるけど。アスナの趣味じゃないわよね、こんな黒一色のマフラー」

 アシュレイさんもまた、はっきりしない声音で答えた。トレードウインドウを操作し作業を完了させたのち、二人して視線を合わせ、訝しむ。アシュレイさんの言うとおりだ。血盟騎士団の制服は紅白と決まっているし、無骨な黒一色のマフラーなんて……え、「黒」?

 「……アスナ……?」

 首をかしげるアシュレイさんをよそに、私は一人得心する。男へのプレゼントを取りに行かせるのにギルド事務を使うなんて、アスナ、後で覚えていなさい。

 「マコ? 何か心当たりでもあるの?」

 「……いえ」馬鹿らしくて答える気にもならない。「このマフラーだけですよね。確かに受け取りました。じゃあ、すみませんアシュレイさん、私はこれで」

 「何よマコ、もうすこしゆっくりしていけばいいのに。私も裁縫ばかりじゃ気が滅入っちゃうわ。奥でお茶でもしない?」

 アシュレイさんの提案に惹かれたのは否定できないけれど。

「いえ……すみません、私の方も結構立て込んでいるもので……」

 ははは、と、これからこなさなければならない五件の依頼を思い出して自虐気味に笑う。依頼は基本その日のうちに終わらせなければならないというのは、暗黙の了解として依頼主たちの間にある。ギルドの一員として彼らの期待を裏切るのは心苦しいものがあるし、何より仕事がたまっては事だ。無能の烙印が押されて解雇でもされたら私は路頭に迷うしかなくなる。

 「あら、残念。お茶ついでに少し手伝ってもらおうと思ってたのに」

 「……勘弁してくださいよ。私裁縫スキル皆無ですよ?」

 「もちろんわかってるわよ、そんなこと。……それじゃ、マコも頑張ってね」

 「アシュレイさんこそ」

 システム上一時的に私のものとなったマフラーをストレージにしまって、そそくさと店を出ようとした、その時だった。背後でアシュレイさんが、「そうだった、ちょっと待ってマコ」と、私を呼び止めた。

 「どうしたんですか?」

 私は振り向いてカウンターまで駆けた。アスナ、まさか代金を後払いにでもしていたのだろうか。そうだとすると少し面倒だ。

 私の想像とは違って、アシュレイさんはカウンターの脇から一通の封筒を取り出した。そして私にゆっくりと差し出す。

 「アスナが昨日の夜にここにきてね、マコにこれを渡してくれって」

 手紙だろうか……? 私はアシュレイさんに瞳で疑問符を投げかけた。するとアシュレイさんも首を横に振る。「詳しいことは分からないわ。ただ、明日マコがマフラーの受け取りに来るはずだから、その時に渡してくれって」

 「何時ごろですか?」

 「店を閉める直前だったから…… 多分、九時ごろじゃないかしら」

 九時というと、二人で夕ご飯を食べた後だ。いつもなら二人でセレムブルグまで一緒に帰るところを、昨日のアスナは、団長に用がある、と言って一人グランザムに戻って行ったはずだ。嘘までついて、直前まで会っていた私に手紙? わざわざアシュレイさんに頼んで? 腑に落ちないことだらけである。いつもなら、アスナの行動の意図はすぐに見え透くのだけれど。

 「……そうですか」私は封筒を受け取った。「とりあえず貰っておきます。じゃあアシュレイさん、また」

 別れの挨拶を残して、私は足早に出口に向かう。

「またお越しください。アスナによろしくね」

アシュレイさんの柔らかい言葉を背中に受けて。

 ……白い封筒を、ギュッと握りしめて。

 

 

その日は昼間になっても肌寒さがぬぐえない日だった。そして、私の事務経験においても屈指の量の仕事をこなすことになった日だった。私の予想以上に五件の依頼はどれも煩雑かつ多量のもので、アスナが残したという封筒の中にかかれた内容を気にしているような暇すらなかった。すべてが終わった時には、辺りはとっくに闇に沈んでいた。昼間は耐えることもなかった金属加工の甲高い音も、いつの間にかまばらに響いているだけだ。 

ギルドホームのバルコニーに一人座り、一杯の紅茶で一息つく。はるか上空にある漆黒の天蓋を仰ぎながら何分か呆けたのち、まだギルドに残っていた参謀職の幾人かに暇をつげ、とぼとぼと真っ黒に染まったグランザムの街を歩き出す。

転移門をくぐり、セレムブルグへ降り立つ。セレムブルグの街はほぼ上層プレイヤーのベッドタウンとしての役割しか担っていないため、こうも遅い時間には歩いていても人影はまず見当たらない。

吐く息は白く、コートの中で上半身が絶えず震えている。初冬のセレムブルグの夜は、湖に囲まれているせいか他の層よりかなり気温が低いのだ。まったく、そんな細かいところまで設定するな茅場晶彦、と愚痴りたくなる。帰ったら即、部屋を暖かくしてベッドに飛び込もうと決めた。夕食? 一日食べないからってまさか死ぬわけもない。

 「はあ……疲れたなあ……」

 我知らず虚空につぶやく。SAOでの体は電子データで構成されているので、当然だけれど肉体的疲労は蓄積しない。よってすじを痛めることや関節炎になることもないからそれ自体は歓迎すべきことだ。けれど、時としてうっとうしく感じることもある。今みたいに肉体と精神それぞれの健康状態があまりに乖離しすぎていると、なんというか、体の内側がむず痒くなってくるのだ。この浮遊城にとらわれておよそ一年半、私はいまだこの感覚に慣れ切れていない。

だから、というわけではないけれど、わたしはそもそもVRシステムに、本当の意味では適応しない――「VR世界に選ばれなかった」人間なのだろうと思う。逆に、どんな状況でも涼しい顔を崩さないヒースクリフ団長、あるいは迷宮区に一人こもり続け、密かに莫大なマップデータを提供してくれている「黒の剣士」……キリト氏は「VR世界における選ばれし」者の――そんな人がいるとしてだが――代表格と言えるのかもしれない。戦闘時の反応速度、状況対応力、洞察力、土壇場でものを言う、ゲーマーとしての勘。全てにおいて私と彼らの間には埋めようのない隔たりがあるのは、この一年半でまざまざと見せつけられた顕然たる事実である。

ならアスナは?

アスナ……あの凛と美しい剣筋と不器用な恋心を同時に併せ持つ彼女は、どちらなのだろう。私たち凡百の側か、いずれ現実世界へとその凡人たちを導く側か。

きっと誰もがアスナは後者だと言うだろう。

私が戦場で何度も見てきた、彼女の背中は大きく、強い。彼女は、その背中に何千何百もの視線を集め、その思いを背負って立てる人間だ。その彼女だから、血盟騎士団副団長として直面するはずの万難に打ち勝ち、攻略を安定したハイペースで保っていられる。見てくれや時折見せる素の表情から鑑みても、私と彼女の歳はきっとそう変わらないだろう。私の方が少し下くらいのはずだ。けれど彼女は私の手の遠く及ばないところで戦っている。私と違って、何物にも屈することなく、自分の魂すら、すり減らして。

 私はその姿を、紅白の閃光の剣舞を、近くでずっと見上げてきたのだ。

 でもだからこそ、私には、アスナは後者ではないとも思えるのだ。

 だってアスナは、泣いていたから。

全てが終わって全てが始まった、あの、始まりの日の真夜中に。

一人宿にこもって、呻いて、泣きじゃくって。壁を叩き、枕を投げ、地団駄を踏んで。窓のカーテンを閉めることも忘れ、眠ることができずに外を歩いていた私がたまたま覗いてしまったことにも気づかないくらい、取り乱していた。

あのアスナだって、私が知る彼女だから。

アスナは適応したのだ。自身の意志で、すべてを乗り越えて、この無慈悲な世界に。そして細剣を握った。やがて、数多のプレイヤーの道標となるまでに至った。

アスナはきっと、選ばれてはいなかった。けれど、ただただ、つよかった。

ねえ、アスナ。

 

「……マコ、おかえり」

 

いつか、また、あなたの、隣に――

 

「封筒の中身は、もう見ちゃった?」

「……アスナ」

 

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