SAO SS meet again,and…… 作:森山 大太
アスナは、本人曰く「最前線で朝から晩まで行われていた」という攻略会議が一旦の閉幕を見たのち、すでに私がホームに戻っていると推測し、わざわざ転移結晶でグランザムにとんできたという。けれど私のホームを訪ねてみても留守のようだったので、近からず遠からずの距離にあるアスナ自身のホームに帰ることなく、私が帰ってくるまで軒先で待ってくれていた、ということだった。フレンド昨日の一つである「マッピング」を使ってずっと私の位置情報を把握しながらだったというのだから、少々恐れ入る。そこまでして私に会おうなんて、いったい何の用だろう? 昼間の封筒の件も引っかかる。
「ささ、とりあえず入って。寒いでしょ、そんなスカートじゃ」
私はアスナを一旦ドアの前で待たせ、散らかりかけていた部屋をざっと整理、ランプをつけてから、私は開け放ったドアの向こうに向かって声を張った。「お邪魔するね」と、アスナはそそくさと玄関に入り、ドアを閉めきる。流れ込んできていた冷たい風が遮断され、室内の空気が寒暖区切られた状態で小休止する。
その滞留をかき分けるように部屋に入ってきたアスナが目をより優しくして言う。
「なつかしいなあ。この部屋。最後に来たのは結構前だよねー。でも、家具も内装もほとんど変わってないみたいだし……」
部屋の中央の木製テーブルに腰掛けた私に背を向けて、アスナは何が面白いのだろう、部屋の検分を始めた。一人で家具を愛でてはぶつぶつと評価を下していくアスナに若干あきれつつも、私もアスナにつられて部屋全体をゆっくりと見回す。仮想世界では、家具などの置物型オブジェクトの見た目は一切風化することはない。耐久値の減少如何と外見とでは全く関連性はないのだ。つまり、まったく手入れをしなくてもポリゴン片となって消えるまでは購入当時のままの性能、外見を保つ。
部屋の中央に置かれた木製テーブル、インテリアとしてそこかしこにおいてあるプレイヤーメイドの彫刻品など、全てはこの部屋の購入時にそろえたものだ。だから、その少し後から私のホームを訪れることがめっきりなくなったアスナが、きっと彼女にセレムブルグのホーム購入の契機を与えたのだろうこの部屋の当時のまま変わらない状態に、大きな感銘を受けることも、まあ分からなくもないのだ。私にとっては、少しばかり、陰鬱だけれど。
棚からコップ二つと小型ケトルを引き出す。このケトルは便利な一品で、なんと十種類の飲み物を簡単な操作一つで出しわけられるものだ。一時期流行り、一部の商人が買占め裏のルートでオークションに流したため入手が非常に困難になったほどの代物である。まあ、料理家であるアスナが時折ぼやいているように、SAOにおけるこの手の調理器具類が総じて味気ないのは否定しない。現実世界では、豆のひき方、ティーカップの入れ方一つで、個人のこだわりの味というのを作ったものだ。それがケトルの上部をタップ、開いたウインドウから「coffee」や「tea」を選択するだけでよく、しかもいついかなる時も画一の味にしかならないというのであれば、現実で愛好者だった人達からすれば物足りないのも確かだろう。
ケトルの飲み物を設定。コップ二つに紅茶を入れる。VR世界での再現が難しいとされる液体オブジェクト。水面に少しラグが発生しているのを見ると、かの茅場晶彦も全能ではないのかな、と少しほっとするのは今も昔も変わらないちっぽけな私の性だ。
ケトルをテーブルの端に落ち着けると、ちょうどアスナが私の向かいの席にすわった。
「アスナ、ダージリンでよかった?」
私はコップを一つアスナの前に滑らせ、一つを自分の口に持っていった。熱い液体がのど元を通り、全身に熱がしみていく。舌に残るざらついた感覚がたまらなく好きだ。
「あ、ありがとねマコ」と、アスナはコップを手に取り、「じゃあ、いただきまーす……って、熱! マコ、こんなのよく平気で飲めるね……」
「アスナが猫舌なだけでしょ……ほら、温度パラメーター、グリーンだよ」
ケトルの設定ウインドウを可視化し、アスナに見せる。アスナは首を捻りつつ、「えー、絶対おかしいよ。私もそれもってるけど、そんな熱くならないもん」
頬を少しふくらませ、ふーふー、と息を吐きながら紅茶をちびちび飲んでいくアスナはとても可愛らしく、まるで小動物のようだ。
「実は、可視化する前に温度パラメーター、最高から標準に変えたんだけどね……」
うつむいて一人言葉を吐く。コップ中ほどまで下がった水面がどこかぎこちなさを残して波立つ。
「それで」と、私はアスナに声を掛けた。「どうしたの? こんな時間まで待ってるなんて」
アスナはおもむろにコップを置いた。そしてしばらく口を一文字にして何かを考え込んでいた。私は紅茶を飲みきって、二杯目を注いだ。そのまま、アスナのコップにもつぎ足す。
「……ええと、ね」アスナは、何処か固い様子で口を開いた。「マコ、アシュレイさんにもらった封筒を、まだ開いていないんだよね?」
予想できた話題であり、私は小さく「うん」とうなずいた。
「じゃあ、ここで、直接伝えます」
アスナの口調が急に張りつめた。私の背筋が一度小さく震えて、刹那、ぴっと伸びた。
「これは、血盟騎士団団長ヒースクリフの意向を受けて、副団長アスナが伝える正式な辞令です」
あっけにとられた私だったが、半ば無意識に、「はい」と返事をした。
アスナは一度下唇を強くかみしめた。
「血盟騎士団事務、マコはこれより、中層でPKを繰り返す、俗称『永遠の犯罪者』の行動内容の調査、また、これ以上の犯罪行為の抑止、拡大を防ぐために尽力すること。事務としての仕事は、無期限で凍結されます」
部屋の外が暗いと思った。部屋の中は明るいと思った。アスナは綺麗だった。私は哀れだった。そしてまったく、趣旨が理解できなかった。
アスナは苦い――本当に苦しそうな表情で、絞り出すように声を出した。
「……団員マコは、これより中層のPK行為の調査に当たること。了承の意を求めます」
「……待ってよ、アスナ、だって私は……」
了承も拒絶もあり得ず、私はアスナにすがろうとした。けれど、アスナの目元に光がきらと反射したのが目に入り、息がつまって言葉をつなげられなかった。
「……分かってる、よね。今更言わなくても」
私が自嘲の笑みとともに小さく溢すと、アスナはテーブルに両ひじを付けて、湯気の立たなくなった紅茶を少し口に含んだ。
「……ごめんね、で済まされるのかも分からないけど……ごめんね、マコ。……昨日、ご飯食べた後グランザムに行って、団長にマコがしてくれた話を報告したの。『笑う棺桶』の一件も鑑みて、早急に対処すべきではって言ったら、それならマコ君が適任だろうって……何度説得しても聞き入れてくれなくて……団長は一度決めたらまず曲げない人だし、こうなっちゃうと私にもどうにもできないわ。言いづらいことだけど、ギルドにはあなたの処遇に不満を持つ人も多いし……」
分かっているつもりだ。ギルドにおける私の異常性。最強ギルドの最古参メンバーでありながら、プレイヤーを一人殺してから剣を握れなくなった臆病者であり、団長の不平等なまでの庇護を受ける者であるということ。攻略に出ず、ただ雑務をこなしているだけなのにセレムブルグの一等地で快適な生活を送っていること。事務職としての安寧は、絶対的なカリスマであり、唯一のユニークスキル使い「神聖剣」として半ば神格化された団長の権威にのみ支えられた砂上の楼閣であるということ。
つまり、明らかに優遇されている私への不満が隠れたところで膨れ上がっていたこと。
団長が事務職を廃止すると言えば、血盟騎士団員の多くは諸手を挙げて賛成するだろう。そうなればアスナであっても、どうすることもできない。血盟騎士団の総会においては、団長以外の発言権はほぼ平等に保障されている。
そして私は、戦えない身で圏外に出るか、ギルドを抜けコルのあてをうしなって路頭に迷うかの二者択一を迫られる。
「……ごめんねなんて、言うのは私の方だよ、アスナ」私は努めて朗らかな声を出した。「いつもいつも、私なんかのことをかばってくれて。……これで、何回目だろうね。アスナに面倒をかけるのは……」
「面倒なんかじゃないよ」
アスナは毅然とした声で言った。その視線が少し痛かった。
「面倒なんかじゃない。……だって、マコは何にも間違ってないじゃない。ドロップ品はどう処理したって自由だし、一人、殺さなきゃいけない状況で殺して……強い信念で剣を振るって、人として正しく思いつめて……あの場で、剣を振るえなかった人だっていたし、そもそもプレイヤー同士の大規模戦闘なんてごめんだって、参加しない攻略プレイヤーだっていたんだよ? マコは、背負うべきものを背負って戦ったし、今だって戦ってる。あなたの仕事で、ギルドの運営が楽になってるのも確か。だから……それを全部わかっていながら支えてあげなかったら、私はマコの親友でいられない」
私は無意識のうちに両の拳を握りしめた。
親友、とアスナは言った。多分、初めてのことだと思う。アスナが私のことを、自分から親友と言ったのは。
随分、長かった。一層『はじまりの街』で、私が、親友になって一緒に戦おうと、泣きじゃくるアスナを膝に抱えて何回も言い聞かせた時から、一年と半年が経つ。アスナはあの時のことを覚えていないだろうし、今とは立場がまるで逆だけれど。
これ以上、アスナに迷惑はかけられない。私はアスナをまっすぐ見つめた。
「アスナ。ありがとう。……でも私、多分、大丈夫だから。その辞令、確かに承りました。私は明日から、中層におりて情報収集に専念します。場合によっては……というか、調査対象はオレンジだからまず間違いなく圏外に出なければいけないと思うけど……まあ、なんとかするよ。用心棒を雇う時の経費はギルドで落ちる?」
「用心棒の経費は落ちません。私が無料で雇われますから」
アスナは微笑んだ。私も思わずくすっと笑う。
「じゃあ、雇わせていただきます。……って、攻略は大丈夫なの? 今、佳境なんじゃ?」
昼間アシュレイさんに聞かされた愚痴を思い出し、アスナに尋ねる。
「うーん……」と、アスナはしばらく考え込んで、「佳境、というか……今の最前線には迷宮区に入る前に大きな森のフィールドが広がってるんだけど、そこが厄介でさ。道は曲がりくねってて分かりづらいし、なによりそこのmobモンスターが質、量の両方とも結構高くて、いつもより苦労してたのは事実だよ。けどそこの攻略は一昨日くらいに終わったの。今は……膠着状態、かな」
「膠着状態? どうして。迷宮区前のフィールドボスがそんな厄介なの?」
各フロアの端に存在しプレイヤーを待ち受けている迷宮区。そこへ入る門は一つだけであり、その前にはフィールドボスという、mobモンスターとフロアボスとの間ほどの強さを持つ大型モンスターがいるのが常だ。ただ、フロアボスが多用する広範囲攻撃や状態異常攻撃などをあまり行わないものが多く、これまでの層では軽い偵察、軽い作戦会議、総攻撃、と手こずることなく攻略できていたはずだ。
かつては不可能と思えた浮遊城攻略も残り三割強。ここへきて、モンスターのレベルも徐々に上がり始めているということだろうか。
「……厄介、と言えば、厄介かな……」アスナは重い息を吐いた。テーブルに突っ伏し、指先で私のコップを撫でる。「二体いるのよ。いつも通り門は一つだけなんだけど、その門を起点に左右対称になるように、少し離れた場所に」
二体? 私の脳裏に風神雷神の恐ろしい形相が浮かぶ。
「各個撃破は? まさか、強さも……?」
「ううん。強さ自体は、むしろ弱いくらい。だから、速攻で各個撃破しようとしたら……」
「しようとしたら?」
「一体を倒して二体目のところへ向かっている最中、突然一体目が復活したの。だから順番があるのか、ってことになってそのまま二体目を倒して一体目に戻ったら、その最中で二体目が復活して」
「……まさか、同時に倒さないといけないってこと?」
「そう!」と、アスナは強い声音とは対照的な力のこもっていない拳で私の胸を突いた。
「そのギミック自体には、すぐに気付けたの。だから、それぞれで連絡係を設けて、上手いこと同時に倒そうとしたんだけど、そこから先がさ……」
私も長らく攻略組に身を置いていた人間だから、事情は察せた。
「……レイド組み分けでもめてるってことだよね」
「うん……」アスナの返事に力がない。「各ギルドを均等に分けたらパーティ分けやラストアタック狙いとかでぎくしゃくするし、聖竜連合と血盟騎士団で強引に二分しても、ボス戦が競争みたいになるのは目に見えてるし、それで焦って死者が出る可能性も捨てきれないじゃない。今日の会議もほとんど、血盟騎士団と聖竜連合との折衷案探しでさ…… あまりにもめてるせいで、中小ギルドが攻略から抜けちゃう始末なんだよ。こんなこと言いたくないけど、本当の敵は身内にいた、って感じ」
「笑えない冗談だよ、それ」
「マコと二人の時くらい愚痴らせてよ」
アスナは背もたれに体をあずけ、深く息を吐いた。このままアスナの愚痴は続きそうな気がして、私は、はてさて今は何時だろうとウインドウを開き――
「あ、そうだアスナ。個人依頼のマフラー、今渡すよ」
私はウインドウを操作し、いかがわしいプレゼント――ならぬ、用途不明の黒いマフラーをアスナへのトレードウインドウに表示させる。
「ああ、マコ、ありがと」アスナはウインドウの突然の表示に驚いたのか体をぴくっとはねさせた。そして手早くトレードを完了させる。
「ねえ、アスナ。アシュレイさんとも話したんだけどさ。そのマフラー、アスナの趣味じゃないよね? 何に使うの?」
半ば答えの出ている問いを、わざと詰問調でぶつけてみる。
「え!? ああ、あのねマコ……」
「黒と言えばだけど、まさかあの方へのプレゼントなんかじゃ……」
アスナは目を瞬かせ、すぐにうつむく。頬がほんのり赤いのが答えだろう。
「個人的なプレゼントを人に取りに行かせるのはどうかと思うけどなー」
私はテーブルの上で手を組んでその上に顎を乗せる。さらに顔を傾けてアスナの顔を覗き込む。「こ、これはね、その……」と、しどろもどろに呟く声が微かに聞き取れる。
「……まあ、いいけどさ、別に。私も、アスナの恋は応援したいと思うし。……そういえば、最近そう言う話、めっきりしなくなったよねアスナ。話す機会自体が減ってるって言えばそれまでかもしれないけど、何かあったの? この間の……ほら、圏内PK疑惑の件、二人で解決した時とか、進展は?」
アスナはぶんぶんとかぶりを振った。
「別に…… だって、キリト君鈍感なんだもん。何が『よく似合ってますよ、それ』よ、まったくもう! だいたいキリト君は……」
私はある種の地雷を踏んだのかもしれない。アスナの『黒の剣士』に対する愚痴は延々と続き、止めるにもまるで悪酔いしているかのような状態のアスナはどうしようもなく、結局そのまま朝焼けを拝めることとなってしまった。
「ごめんねマコ、私……」
「いいって。私もなんだかんだ、楽しかったし。……じゃあ、『永遠の犯罪者』のこと、ある程度調べがついたら連絡するから」
「うん。……その時までに、フロアボスまで倒せてるといいけど」
私は玄関から一歩出て、朝焼けに向かって去っていくアスナを見送る。筆舌に尽くしがたいほど美しいセレムブルグの朝焼けの中に飲み込まれていく紅白のコンチェルト。
「アスナ!」
私は意を決して、声を張った。アスナは振り向いた。
「今回のことだけど、私、できるかぎり、頑張るから! 一人で、やって見せるから! いつか……いつかまた、あなたと一緒に戦場に立つための試練だと思ってさ。だから……今回のことがすべて終わったら、そしたら、また――」
アスナは黙ってきいてくれていた。
「また、私の家でパーティしよう。私がラストアタックボーナスを取った、あのボス戦の後みたいに、二人だけで」
朝焼けの光がいっそう強くなって、シルエットしか見えなかったけれど、きっとアスナは笑ってくれていたと思う。
昨日の今日で何なんですが、月二更新くらいになるかもです。