とある木原の幻想殺し   作:TinaTora

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2nd_Contact_『Judgment_girl』_(9/21)

上条は入所して三週間ほどが経過し、ようやく外出許可が降りたため、一人で街に繰り出していた。

あの頃はわけもわからずこの街を彷徨っていたが、今では定期的に会いに来る木原数多や、信頼できるお姉さんである麦野沈利のおかげで、なんとかやっていけている。

しかし四歳の子供が一人で外に出たところですることはないし、上条は近くの公園に立ち寄り、遊具で遊ぶ同じくらいの子どもたちを眺めていることにした。

しばらくぼーっとしていると、陽が落ちてきたために子どもたちが公園を立ち去っていったのを見て、帰るかと腰を上げたところで、声をかけられた。

 

「君、一人?」

 

高校生くらいのお姉さんだった。右腕には新緑色の腕章がつけられていて、風紀委員(ジャッジメント)だとわかる。

どうやら一人で、それも最終下校時刻間際に公園に居たところを見られ、風紀委員のお姉さんは心配になってやってきた。

 

「こんな時間まで外に居てちゃあぶないよ?」

「うん。ごめんなさい」

「これからは気をつけてね。えーっと、どこに住んでるのかな」

 

上条の入所している施設の、保育士から預けられたネームプレートを提示すると、風紀委員のお姉さんはしばらく固まって、それから笑顔を浮かべる。

その施設は『置き去り(チャイルドエラー)』を保護する有名な施設であり、お姉さんはこんな年で身寄りがないなんて、と若干哀れんだのだった。

お姉さんは、ポケットから小型の通信機を取り出して、詰所に居る仲間に少年を保護した旨を伝え、上条と一緒に施設へ戻る。

公園から施設は500メートルほどだったが、それでも四歳児の歩幅からすれば相当遠いことになるのだろう、とお姉さんは、上条をおんぶして、

 

「お姉さんが連れてってあげよう!」

「……?」

「え、嫌だったかな」

「ううん、ありがと!」

 

ぱぁっと笑顔を浮かべた上条の表情を見て、お姉さんもつられて笑顔を浮かべる。

 

「当麻くんかぁ。お姉さんの名前は、石織慧里(いしおりけいり)。よろしくね」

「お姉ちゃんは、……能力者なの?」

「空気使いだよ。まあでも、異能力者(レベル2)だけどね」

 

石織は自嘲する。それは能力至上主義のこの学園都市で、無能力者(レベル0)というのはある意味では、低能力者(レベル1)異能力者(レベル2)よりもまだマシだと言われる。

至上主義とはいえ、全体の六割は無能力者なわけで、逆に低能力者は異能力者は全体の四割の中の更に細かく分類される。

強能力者(レベル3)大能力者(レベル4)のように戦闘能力は希薄で、更にはそういった高位能力者にコンプレックスを抱き、全体数ではかなり少ない部類の低能力者や異能力者は、傷の舐め合いもままならない。

彼女もまた、そういったコンプレックスを抱きつつも、傷を舐めあえるような友達が少ないということで、悩んでいるのだ。

 

「当麻くんは、将来能力者になりたい?」

「うん! 超能力者(レベル5)になりたい!」

「そっかぁ。でもね、超能力者は、わずか六人しかいない(、、、、、、、、、、)んだよ? なるのは難しいよ~?」

 

学園都市に入ってきたばっかりの子供の、共通の憧れ。

二三〇万人の頂点(トップランカー)。超能力者。

かつては石織も、彼らを憧れた。だが、もう高校生になって、未だに能力値は異能力者。現実はそれほど甘くはない。

そんな事を考える彼女の顔に翳りが見えると、背負われている上条は、大丈夫?と声をかける。

石織は心配かけまいと、大丈夫だよ、と返答するが、その声に元気はなかった。

 

「あら、もうついちゃったね」

「お姉ちゃん、ありがと」

「ううん。私は風紀委員だから、当たり前だよ」

 

石織は、施設のインターフォンを押して、施設の者を呼んだが、誰も出てこなかった。

訝しげに思い、もう一度インターフォンを押すと、出てきたのは七歳くらいの少女であった。

七歳くらいの少女は妙に大人びた雰囲気を醸し出していて、腰を落として話しかけようとする石織に対して、

 

「何か用?」

「えっ。……ああ、保育士さん居ないかな?」

「……風紀委員。――今、みんな手が離せないみたいよ」

「そうなの。うーん、まあいいか。とりあえず、当麻くんを送りにきたから」

 

と、石織が言ったその時、施設の勝手口から男が飛び出してきた。

その様子を見ていた石織は怪訝そうに、その男の動向を注視していると、男は口から血を吐いてその場でのたうち回った。

明らかに雰囲気がおかしかった。

石織でも知っているぐらい有名な慈善団体の施設なはずが、まだ六時前だというのに誰もいない施設、勝手口から飛び出してきた男は血を吐きのたうち回る。

石織はその男に近づこうとするが、麦野は石織の手を掴んで首を振った。

もう助からない。そうわかっているかのように。

 

「でもっ!」

「お姉さん。この世には、知らないほうが幸せだってことの方が多いんだよ」

「駄目。私は風紀委員。こんな異常な事態を見逃せるわけがない」

 

そう言って、麦野を押しのけて、施設の中に入っていった。

施設の中は、まるで夜中の公園のような静けさだった。蛍光灯のウゥゥゥンという音が、妙に気味が悪く聞こえる。

知らない館に立ち入ると、ゾンビやら化け物やらが飛び出してくる……なんてホラー映画の定番だが、まさかそれを体験する日がくるとは思わなかった、と石織は警戒しながら進んでいく。

この建物は外から見れば一階建てだが、実は地下に階層があるらしく、エレベーターが設置されているのだが、エレベーターに電源が入っていない。

あの男は勝手口から出てきたが、この階は誰がどう見ても普通の保育園と同じで、あの男はこの階で何をやっていたのか。

 

「地下の入り口はエレベーターしかないの?」

 

そう呟くと、背後で物音がした。

慌てて振り向くと、そこにはキーカードをもった麦野と上条の姿があり、石織は心を撫で下ろす。

しかし、なぜ子供が地下階層の鍵を持っているのだろうか。入所した子供には全員配られているのか。

見た感じ、この階には寝室や台所もあるし、正直この階だけで生活する事ができるのだが。

 

「どうしても見たいんでしょ?」

「え……?」

「後悔、すると思うけど」

 

エレベーターにキーカードを押し当て、そして側面についてあった電子キーのボタンを押していくと、エレベーターに電源が入った。

エレベーターの階層を示すパネルを見る限り、ここは地下一一階まであるらしく、エレベーターは数十秒後に一階にやってきた。

三人は乗り込み、麦野は最下層である一一階のボタンを押すと、エレベーターは動き始める。

普通の孤児院のような施設とは、雰囲気が全く違う。そもそも、地下一一階まであること自体が本来おかしいのだが。

地下一一階につくと、そこに広がっていた光景に、石織は、驚愕した。

 

「な、によ、こ……れ」

 

口に手を当て、声を震わせる。

そこに広がっていたのは、子供たちの泣き叫ぶ声と、それを無慈悲に眺める大人たちの姿。

見たこともない計器や実験道具が広がり、巨大なビーカーの中には、無数の子どもたちが収容されている。

そこはまさに映画や漫画で見るような、悪の科学組織の人体実験場であった。

大人たちの一人は、麦野たちの姿を見つけて、駆け寄ってきた。

 

「麦野ちゃんに上条ちゃん。どうしたの、こんなところまで」

「ちょっと、これはどうなっているんですか……」

「ん? このカワイコちゃんはどなた? って……風紀委員?」

「これはどういうことか聞いているんですよ!!」

 

石織の剣幕が、この階層に広がった。大人たちはその声に反応し、泣き叫ぶ子どもたちを横目に三人のもとへやってくる。

決して、石織に怒ることがなく、まるで我儘をいう子供をあやすような口調で、どうしたんだい?という大人たちに、石織は、

 

「こ、こんなの。学園都市は、ゆ、許してくれませんよ」

「頭が硬いわねえ風紀委員ちゃんは。これは、学園都市主導の計画よ?」

「――は?」

 

信じ難い事実だった。学園都市、石織たちを面倒見ているこの組織が、こんな非道な実験を黙認して、あまつさえ協力しているとは。

石織は風紀委員の仲間に、正義感が凄いと評価を得るぐらいに、正義というものを誇りに生きている。

そんな石織でさえ、自分の正義がこんな巨大な悪に太刀打ちできないことを察して、何も言えなかった。

 

「なにを……しているんですか」

「『置き去り』を使った……。まあ、人工的に超能力者を作り上げる実験みたいなもんかな」

「人工的に……?」

「というか、なんで私があなたに何をしているか言ったかわかる?」

 

研究者は、これまで見た大人のなかで、一番怖い笑顔を浮かべて、

 

「あなたが何を言っても、結局はもみ消されるから」

 

石織は腰を抜かして、尻もちをついた。

怖かった。こんな顔をする人間を初めてみたから。石織は、風紀委員の腕章を握り締めて、かたかたと震えていた。

研究者たちは興味が失せたかのように、真顔に戻り、そして踵を返す。

麦野は、エレベーターで石織と上条を乗せ、一気に一階まで戻る。

 

「ねえ……あの階以外でも、あんなことが?」

「実験施設は地下一一階と地下七階だけ。他は空き部屋だったり、準備室だったり」

 

恐ろしかった。自分が知らない、この街の側面を知ってしまった。

未だにかたかたと震える石織は、もう情けなくて仕方がないと、軽く涙する。

施設を出た石織は、麦野と上条を置いて、ほぼ放心状態で詰所に戻っていった。

時刻は七時を回り、通信機には同僚からの電話が山ほど溜まっていたが、返す気力もなかったのだった。

 

                                     *

 

 

「駄目だった。あの子たちを置いていっちゃ」

 

石織は、翌日、またあの施設を訪れていた。

あの後、詰所に戻って、家に帰り、平静さを取り戻し考えたのだ。

あの子たちにも、ああいった実験が行われているのかもしれないと。

なぜ昨日、置いて帰ったのか、無理矢理にでも連れて帰るべきではなかったのかと、後悔しながらここまでやってきた。

今日は台風がやってきているらしく、朝から風で洗濯物が飛んで行ったり、一時的な停電が起こり電車がストップするなど、不運が重なっていた。

唯一幸いなのが、まだ雨が降っていなかったことだが、じきに降り出すに違いない。

 

意を決して、インターフォンを押すと、今度は一回で誰かが出てきた。

 

「お姉ちゃん!」

「当麻くん!」

 

上条が無事で、石織はほっと胸をなでおろした。

上条の背後からは明らかに寝起きであろう麦野が出てきて、麦野はつまらなそうな表情で、

 

「まだなにか」

「あなたたちをこんなところに置いてはおけない。保護します」

「……私たちは『特例』だから、あの実験に関わることはないよ」

「特例?」

「私は、第五位の超能力者。当麻は、この実験の主導者『木原幻生』の親戚」

「ええっ、超能力者!?」

 

まさかこんな子供が超能力者だとは思わなかったらしく、随分と驚いていた。

だが特例だからといって、いつ体を弄くられるかわからないし、やっぱり無事なうちに保護するのが一番だろう。

それに超能力者だというが、麦野はまだ六、七歳の小さな女の子だ。やはり判断力がないし、それに十分に能力が発揮できるとも限らない。

やはり連れて帰るしかないようだ、と石織は、

 

「でも駄目。こんなところにいたら、何をされるかわかんないよ」

「……沈利ちゃん。ぼく、お姉ちゃんのところに行きたい」

「当麻。数多に怒られるわよ」

「ええっ、でも……」

 

噂をすればなんとやら。偶然にも、学生鞄を持った木原数多がやってきた。

数多は、風紀委員の腕章をつけた石織に訝しげな表情を浮かべ、

 

「誰だ?」

「お姉ちゃん! とっても優しいの」

「初めまして。あなたが当麻くんと沈利ちゃんの保護者ですか」

「あん? 保護者……いや、まあ間違っちゃいねえが」

「ここで何が行われているか、知っていますか」

 

数多はやはり訝しげな表情で、首を横に振った。

ここはただの慈善団体の経営する、孤児院のような保護施設であり、それ以上でもそれ以下でもないはずだ。

しかし数多はこれでも、闇に近いところで生きている。麦野が開けっ放しの玄関から中の様子を見て、どこか違和感を覚えたらしく、中へと立ち入った。

この間来た時とは、大きく様子が違っていた。

他の子供たちの姿はなく、しかし遊具や玩具の場所は変わっていない。水道は出るし、電気もつく。

しかし、冷蔵庫の中には何もなかった。比喩ではなく、本当に空っぽなのだ。

 

「……?」

 

それにエレベーターなんてこの間まであったか?

ここに地下があるなんて話は聞いていない。

少し数多は考えると、全て合致がいったかのように、声を上げた。

 

「……そういうことかよ」

「どうしたんですか?」

 

いつの間にか隣にいた石織に少しびっくりしながら、数多は説明する。

最後に来たのは十日前。その時はエレベーターなどなく、子供たちも普通に遊んでいた。

施設の人間や保育士もちゃんといた。

しかしそれからしばらくして、その施設が潰れたという話を研究者仲間からきいた。

それに施設自体にきな臭い噂があったりしていたのだ。

例えば、この施設は置き去りを使った人体実験を行う施設だとか。

その話をきいた石織は自分が見た光景を、数多に話すと、

 

「やはりな」

「……人体実験場ですか」

「クソヤロウ。俺は知らなかった。知っていたら、こいつらをこんな所にやることもなかったってのによ」

「ですから、私は保護しに来たのです」

「……だが、お前の生命が危ねえぞ」

「大丈夫です。私、これでも能力者ですから」

 

数多の協力を得た石織は、二人をすぐに連れ出した。

この事はすぐにバレるだろうが、数多は石織を守る気でいた。

その証拠に石織の自宅では危険だと、数多の自宅へと石織を含めた三人を匿うことにしたのだ。

数多の家というのも、幻生にかかればすぐ解るだろうが、幻生は数多が関わっているとわかれば深追いしないであろう。

そう考えているからこその、数多の家であった。

 

「すぐにほとぼりは冷めるだろうよ」

「そう、ですかね」

「ああ、だから安心しろ」

 

 

                                   *

 

 

施設のある一室で、木原幻生ととある女と会っていた。

珍しく幻生にしては、余裕のない表情だった。対して、女はにやにやと、下卑た笑みを受けべている。

女の名前は木原病理。木原数多とは同年代の『木原』であり、『諦め』を司るとされる。

幻生はこの女が気に食わなかった。

幻生がタヌキなら、病理はメギツネ。

いわゆる、同族嫌悪というやつなのだが、病理のほうはすぐに熱くなる幻生に対して、少し見下しているような態度をとることもしばしばあった。

今回は――

 

「数多くんが回収したというなら、僕達が関わる問題じゃないと思うけど」

「幻生さん。違います、私はあんな超能力者なんてどうでもいいんですよ。問題は、『木原数式』」

「だからといって、『石織慧里』くんを殺す必要性が見当たらない」

「私は、真っ当な人生を送ろうとする、『木原数多』に『諦め』を覚えてほしいだけです」

「……」

「もう、手配しています」

 

そう言って、病理は退室する。

幻生は、ハッキリいえば、木原数式……上条当麻に『木原』を拡張させてはならないと考えている。『幻想殺し(イマジンブレイカー)』をもつ彼の性質と、『木原』の性質はそれぞれ相反するものである。

彼を誘拐したのも、彼から『闇』を離すために行ったことだった。

だが、結果的に、数多が『闇』に近い施設へ入所させ、上条の『木原』はどんどん拡張していっている。

幻生は――。

 

「……使いたくなかったけど」

 

そう言って、幻生もまたその部屋を出て行った。

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