「だけど……どうやって」
御坂美琴は満身創痍であった。肋骨は数本折れ、最大出力の放電とレールガンを叩き込んでいるからだ。
それでも倒れない長身の女性は、酸素量が半分程度で御坂と同等……いやそれ以上の戦いを繰り広げていた。
絶体絶命かと思われた御坂の前に現れたのは、超能力者の第二位、垣根帝督であった――
「俺の能力はお前や第四位のようにガンガン攻撃できるほど単純なもんじゃねえ」
「確か、この世に存在しない物質を作り出す……だっけ」
「そうだ。基本的に俺の能力を使う上でやらないといけないのが、相手の情報を出来る限り集めること」
この能力は一見万能に見えるが、ゴリ押しというものができなかったりする。
特に目の前の女のように、普通の人間とは逸脱した力を持っているにもかかわらず、その正体が何一つわかっていない場合など、垣根帝督が最も苦手とするものである。
あの女の力は単純に身体能力が馬鹿みたいに向上させるというもの。しかしそれ以上でもそれ以下でもない。
遠距離攻撃には弱く、更には御坂の攻撃でかなり体力を消耗しているようだ。
「そうとわかれば」
背中に生えた六枚の翼を大きく広げ、羽ばたかせては宙に浮く。
垣根はとある攻撃方法を思いついた。それは、地球上に常時降り続ける『宇宙線』を利用することであった。
宇宙線は主に陽子であり、アルファ粒子、ベリリウム、リチウム、ホウ素や鉄などの原子核を包含している。
高エネルギーの宇宙線は大気に入射する場合、大気中の原子核と相互作用し高エネルギーの二次粒子が発生するという。
生じた二次粒子のエネルギーも高いため、さらに粒子を生成する。このような反応が連鎖的に発生することを『空気シャワー』と呼ぶ。
二次粒子から連鎖的に発生する粒子はいずれエネルギーが小さくなり、空気シャワーは減衰する。
寿命の短いものは崩壊し、残ったガンマ線、電子、ミュー粒子、核子などの粒子が地表に複数同時に到来する。
垣根が回折したのは、降り注ぐ『核子』と『電子』である。核子は陽子と中性子の総称であり、電子を持たない。
垣根の創りだした粒子が電子と核子を繋ぐ役割をすることで、核子を原子核へと変化させる。
しかし適当にくっつけられた電子と核子は安定せず、不安定核……つまりは重原子核となってしまう。
『ウラン』や『プルトニウム』のような核分裂性物質を用意することで、重原子核は重荷電粒子線と中性子を放出し、他の核分裂性物質が中性を吸収する。
この連鎖反応を引き起こすことで、大量の熱を発生させる。これが一般的な原子爆弾の仕組みである。
垣根がやろうとしているのは核分裂性物質の代替品を用意することで、威力の低い核爆発を発生させることだ。
過程で放射能が発生することはわかっている。が、それすらも能力で対処可能である。
この世の法則に従わない、新たな法則性。これが『
垣根は手のひらに核子と電子を集約させ、結合する。そして――
「アンタ、それは一体……」
「核爆発だよ」
「核……ッ!? 電子と核子を無理矢理結合させて、不安定核を作り出すってこと!?」
「流石超電磁砲だな。俺がなにをやっているか理解できるらしい」
「そんなことしたら学園都市が放射能で死の町になるわ!」
「俺を誰だと思ってる。この世に存在しない粒子を作り出せるんだぞ? 放射能など、無害な物質に変えることなど造作もないこと」
長身の女は勘でマズい状況だということを理解していた。
抜くつもりのなかった日本刀に手をかけ、突然現れた謎の男の動向を注視する。
そして、一撃で決めると『七天七刀』を抜こうとしたそのときにはもう、女は核爆発によって吹き飛んでいた。
威力が低いのか、半径100メートル圏内が吹き飛んだだけで済んだが、その中心部に居た女はひとたまりもないはず。
羽によって爆発をしのいだ垣根は、圏内の放射性物質や放射能を全て無害化するため、上空から白い羽を撒いた。
垣根によって守られた御坂は黒煙のなかから、ゆらゆらと立ち上がる影を見て、その場にへたりこんだ。
まだ、まだ倒せていないなんて。核爆発でも死なないあの女を倒す方法は無いんじゃないかと、絶望してしまう。
垣根もそれは同じようで、あれだけの攻撃をもろともしていないとは、第二位とはいえ勝てる保証は無くなってきた。
打つ手が無いわけでもないが、あまりにも情報が少なすぎる。
「ふぅ……今のは、なかなか効きました」
「……化け物ね、ホント」
黒煙より姿を現した女は、思いの外ダメージを受けているようで、すでに立っていることすらままならないようだ。
全身傷だらけで、しかし未だ闘志は下がってはいない。
垣根もあのタフさには相当驚いたらしく、「マジかよ」と唖然としていた。
第三位と第二位が束になって攻撃しても、相手は倒れてくれない。本当はゾンビかなんかなのではないのかと疑いたくなる。
呆気にとられた二人に向かって、まるで聖母のような笑みを浮かべて、
「Salvare000」
その言葉が耳に到達したのは、垣根帝督の腹部が『七天七刀』によって切り開かれたあとであった。
彼女の持つ、最強かつ最速の抜刀術。常人の反射神経では捉えきれない速度で放たれる刃は、コンクリートさえも真っ二つに切断する。
彼女は酸素供給量が半分のなか10億ボルトの放電とレールガン、それに威力が低いとはいえ核爆発を受けてなお、垣根をノックダウンさせるだけの余力を残していたのだ。
「『唯閃』。これだけは使いたくなかったのですが」
「あ……ぐっ……、ち、ちくしょ……う。不意打ち、か」
「不意打ちですか。そう言われては言い返せませんが、しかし私にもやらなければならないことがある。今、あの子を失うわけにはいかないのです」
勝てない。どう考えても、この女には勝てない。
御坂は生まれて初めて、圧倒的な敗北というものを味わった。努力とか、根性とかの世界では通用しない。圧倒的な才能の差に。
しかし、垣根は諦めない。斬られた腹の出血を一時的に抑え、自分の頭の電気信号を弄くることで痛みを消す。
六枚の翼をもう一度振るい、再び『七天七刀』に手をかけた女と対峙する
御坂は垣根の諦めない、負けたくないというプライドに感銘を受け、そして感化される。
「待ちなさいよ……私だって、まだ、負けてないんだからああああああ!!!」
先ほどの核爆発で廃ビルが倒壊し、その瓦礫の中に埋もれていた鉄骨の塊に手をかける。
彼女が飛ばせるものは、なにもコインだけではない。最後の力を振り絞って、鉄骨の塊をレールガンとして一気に発射。
一発、二発、三発……と。
相互作用してしまう可能性があるので同時に撃つことはできないが、連続で撃つことはできないこともない。
『唯閃』という技にもリスクがあるのか、それともこれまでのダメージが足にきたのか、ふらりとバランスを崩し、御坂の超電磁砲が直撃する。
数十メートル吹き飛んでなお体勢を立て直し、そして『唯閃』を放とうとしたその時、
「今よ!!」
「任せろッッ!!」
先ほど超電磁砲から退避するために上空に上がった垣根が、グライダーのように急降下する。
六枚の翼は『唯閃』を放とうとする女の体を透過し、その直後、女は数メートル先まで吹き飛ばされる。
翼と女の体には磁石のようなSとNが設定されており、『斥力』を発生させて攻撃したという。
事切れたかのように、起き上がってこない女を見てようやく勝ったんだと、そう確信させてくれた。
御坂の人生の中で、これほど長い喧嘩もなかっただろう。
辺りは瓦礫の山であった。じきに風紀委員や警備員が何事かと集まってくるだろう。
そうなれば厄介なことになる。垣根と御坂は顔を見合わせて、互いに頷いた。
ガッシリと固い握手を交わして、二人は宵闇の街へと消えていく。
*
「派手にやられたね、神裂」
「……全く、死ぬかと思いました」
「君がそう言うなら、そうとう苦戦したんだろう」
そう言いながら、タバコを瓦礫の山に捨てる。
神裂と呼ばれた女は、瓦礫の山に転がっていた『七天七刀』を握りしめ立ち上がる。
黒煙はやがて晴れて、美しい月夜が現れる。
あと一週間。あと一週間で、全てが終わる。それまで、あの子を死守せねばならない。
「行きましょう、ステイル」
「……怪我は大丈夫なのかい?」
「問題ありません。すぐに治ります」
7月20日はあと2話ほど続きます。