艦隊これくしょん -艦これ- ~空を貫く月の光~   作:kasyopa

32 / 97
更新遅れましたあああああ!?
第九話後半のお話です。
ところで吹雪が招集されていないことに気付いた人はいるのだろうか……
そんなことより涼月の容体だ!


第二十七話『朔』

Side 吹雪

 

 

入渠ドックから緊急で泊地のある一室に運ばれた涼月さんは、

明石さんと妖精さんによる原因調査が行われていた。

 

そして私達は予備のドックでその報告を待っていた。

理由は食堂は爆撃によって破壊されて、

人が纏まって集まれる場所はここしかないとの事。

 

「涼月さん、大丈夫かな……」

「大丈夫に決まってるわ! あいつの事だしすぐに出てくるわよ!」

 

瑞鶴さんが励ましてくれる。

根拠のない自信ではあったけど、涼月さんと瑞鶴さんには見えない縁がある。

何があったのか解らないけど、いいライバルみたいな関係。

 

一方の加賀さんは深刻な表情を浮かべている。

何か言うわけでもなく、ただひたすらに待ち続けているような、祈っているような。

隣で金剛さんもいつもとは違う険しい表情になっている。

二人が浮かべるその表情は、戦場に立っている時その物だった。

 

更にその隣では大井さんが何かをぶつぶつぼやいていた。

あのまま死んだら許さないとか、なんだか不吉な言葉まで聞こえてくる。

それを北上さんがいつものマイペースで落ちつけていた。

 

トラック泊地の人達も全員ここに集まっている。

一人だけ見慣れない人がいたけれど、その人が一番落ち込んでいる為声は掛けなかった。

 

カーテンが開かれて明石さんが入ってくる。

その顔は金剛さんの様に険しい表情で、事態が深刻であることを物語っていた。

 

「明石さん、涼月さんは」

「なんとか一命はとりとめましたが……正直、良くありません」

 

大和さんの問いに首を横に振って答える明石さん。

一命は取り留めたという事に安堵を覚えるも、

良くないという言葉にその感情は止められる。

 

「後頭部の重度の打撲による脳挫傷。これが意識不明に繋がっていると思います」

 

脳挫傷? 初めて聞く言葉。でも脳という事は頭に何か原因があるという事は解る。

この場に居る皆が頭を傾げていたり、理解に困っていた。

私達はそこまで医学に詳しくはない。

そもそも入渠のお蔭でそういう場面に直面することは無いからだ。

 

「簡単に言いますと、頭部の強打によって内部の脳が衝撃を受けて損傷することです。

 涼月さんの場合、それが広範囲に及んでいる為相当危険な状態にあります」

 

脳の広範囲に損傷。脳について良く解らない私でも解る。

脳は内蔵の中でも本当に大事なところだと。

 

「脳内出血、頭蓋骨骨折共に無いのが幸いで、手術の必要はありません。

 ただ……」

 

そこで口ごもってしまう明石さん。何か気がかりなことがあるのかもしれない。

 

「その後の復帰も見込めない、と」

 

加賀さんの発言に皆の視線が集中する。

その後の復帰も見込めない? 手術の必要がないなら、

時間をかけて治せば大丈夫なんじゃ……

 

「その通りです。先ほども言いましたが涼月さんの場合広範囲に及んでいるので、

 もし意識を取り戻しても、戦闘はおろか今までの様に生活することは難しいでしょう」

 

その明石さんの言葉に、その場の空気が更に重い物になったのは言うまでも無かった。

 

 

Out side

 

 

涼月が意識不明の重体であるという事実は第五遊撃部隊と、

トラック島に所属する艦娘達によって厳重に隠蔽される事になる。

彼女は妖精達の必死の看病が続いていた。

 

広報しなかった理由として、

大規模反攻作戦の指揮に多大なる支障が及ぶからである。

ただし涼月と元々一緒であったトラック泊地の面々には、

どうしてこのような事になったのかを大和の口から知らされた。

 

上層部からは深海棲艦の大規模な敵機動部隊を叩いたことにより、

大和の出撃の件はお咎め無しとなった。

トラック島の僅かな被害状況を引き換えに敵の機動部隊を殲滅したという功績を、

大本営は高く評価していたが彼女達の納得を得られるものではない。

 

しかしこの結果によって脅威であった深海棲艦の機動戦力は大きく低下し、

これを機に近々大規模反攻作戦の核となるMI作戦の実行へと動き出していた。

 

 

 

第五遊撃部隊が呉に戻った後の泊地では重い空気が漂っている。

以前にも増して静まり返った泊地に、雨粒の地面を叩く音だけが木霊していた。

 

被害は城の様に建てられていた建物は半壊しただけで、

食糧庫や工廠は無事であった。

ただし食堂や艦娘達の部屋が破壊されてしまったため、

別の工廠でトラックにいる艦娘達は寝食を共にしている。

妖精さんによる復興作業が続いていたが、

ひどい雨のせいで工事に遅延が発生していた。

 

「雨、止みませんね」

 

野分がひとり呟いて空を見上げる。

その空はまるで皆の心を映しているようだった。

 

「そう簡単には止むまい。そういう季節なんだ」

 

磯風は至極当然とそれを返す。

いつも威勢に満ちた彼女ではあったが、その表情には影が映っていた。

 

「………」

 

舞風は野分の隣でただ何も言わず空を見上げている。

日課の踊りもここしばらくは休んでいるようだ。

 

明石は工廠で未だ装備開発に打ち込んでいるので、ここにはいない。

 

「皆さん。甘味が出来ましたよ」

 

落ち込んでしまっている彼女達を励ますように、大和が餡蜜を持ってくる。

甘味である理由は、呉で甘味所が人気だという話を夕立から聞いていたから。

彼女曰くどんな時でも甘いものがあれば頑張れる、だそうで。

 

「ありがとうございます」

「ありがとー、大和さん」

「いらんいらん。余計なバルジが増えてしまう」

 

野分と舞風は受け取ってたものの、磯風は断る。

餡蜜は寒天を使っている為比較的低カロリーではあるが、

最後の仕上げとばかりにかける蜜のカロリーが高い為、

そこまで低いというわけではない。

 

「そうですか……なら私が二ついただきますね」

 

それぞれがそれぞれの言葉を述べながらも一口。

しかし、舞風と野分は首をかしげた。

 

「あれ、これ……」

「あんまり甘くないね」

 

黒蜜がたっぷりかかった餡蜜ではあったが、それでもあまり甘くはなかった。

 

「今は物資の不足も考えていますからね。お砂糖は少なめです」

 

そうはいう大和であったが、二人はその餡蜜を眺める。

きれいな黒光りを放つ黒蜜を見ても、砂糖の量が少ないとは思えなかったのだ。

味覚がおかしくなってしまったのかともう一口食べるも、

やはりその舌は確かであまり甘くない。むしろ微かな塩辛さが感じられた。

 

「大和さん、これやっぱり甘くないよ」

「そうですか……流石に砂糖の量を減らしすぎましたかね」

「いえ、そうではないと思うんです。塩辛さもありますし」

「餡蜜の甘味を増させるために、お塩を少しだけ入れてみました」

 

それでもおいしそうに食べる大和を見て、舞風と野分は匙を動かすのをやめた。

 

「いらないんですか?」

「……はい。すみません。食べかけですけど」

「いいんですよ。でももったいないなぁ。こんなにおいしいのに」

 

二人は大和に餡蜜を返す。食べかけであったが躊躇はしなかった。

それを笑顔で受け取った大和はおいしそうに、ゆっくりと味わって食べている。

しかし二人はその表情が無理をしているものに見えたのだ。

 

おいしいおいしいと言って食べる大和の瞳から涙がこぼれる。

その涙はそのまま彼女の食べていた餡蜜に落ちた。

 

それを見てハッとする二人。

そこまで甘くないのにおいしいと言って食べる彼女。

料理に慣れた彼女が塩と砂糖の分量と間違えるわけがない。

 

あの塩辛さは甘さを増させる為のものではない。彼女の涙が流れ落ちたもの。

それが積み重なって、甘さを抑えていたのだ。

 

「大和さん……」

 

いつも以上に明るくふるまう彼女は、やはり何かに縛られている。

それに気付いた二人は無意識に哀れみのこもった視線を送っていた。

 

「そんな目しないでください。私は大丈夫ですよ」

「大丈夫なわけがあるか!」

 

横槍を刺すように磯風が声を荒げ、それに驚く三人。

 

「大和、お前も辛いんだろう。涼月の事が」

「………」

 

その問いかけに彼女は黙り込む。

既に食べ終えた餡蜜の容器に、一滴、また一滴と涙が零れ落ちていく。

 

「だって、仕方ないじゃないですか」

 

「あの人は退路を断たれてもなお果敢に戦ったんですから」

 

「彼女が敵を引き付けてくれたお蔭で、この基地は無事だったんですから」

 

「だから……私達は、あの人の為にもいずれ発動されるAF作戦を、

 必ず成功させなければいけません」

 

そう言う大和の顔には未だに憂いの表情が潜んでいた。

それを見た磯風は立ち上がり、その場を去っていく。

 

「磯風さんどこ行くの?」

「野暮用だ」

 

 

Side 大鳳

 

 

私が勝手に動かなければ。私が私の実力を過信していなければ。

最新鋭の装甲空母という事を持て余していなければ。

私が私自身の慢心に気付いていれば。

 

雨が降る中、私は演習場で戦っていた。

ただひたすらに艦戦を飛ばし、標的である的をひたすらに撃ち抜く。

 

得物であるボウガンを強引に振り回し、カートリッジにある矢を発射して。

放たれた矢は炎を纏いて艦戦となって更に的を撃ち抜く。

目に映る標的が目障りで、全てを破壊してしまいたいと思う。

 

「………」

 

あの日、私はあの崖の上で磯風さんと涼月さんに出会った。

私からすれば短い自己紹介を交わしただけの関係に過ぎなかった。

私にとってはそれだけで、彼女がどういった存在なのかは知らなかった。

 

でも今なら解る。涼月さんがどれだけ偉大な人だったか。

私を助けに来てくれた時、殿を務めて私と磯風さんを守ってくれた。

駆逐艦でありながらも果敢に深海棲艦に立ち向かっていった彼女。

その結果彼女は意識不明の重体に陥ったがトラックの被害が軽微に抑えられた。

 

でも、彼女はそうなってはいけない存在だった。

彼女はこうなるべき存在ではなかった。

何故私はあの時明石さんのいう事を聞いて待っていなかったのだろう。

そのままあの場所で大人しくしていれば、彼女はああなる事は無かったのだろう。

 

どれだけ空論を述べても変らない。

だから私は彼女の代わりに強くなる。彼女の代わりになれるように。

私は引き金を引く。強くなるために。敵を討つために。

 

不意に足音がして、無意識にその方向へボウガンを向け引き金を引く。

 

「精が出るな」

 

見知った艦娘。ボウガンは彼女の眉間へと向けられていて。

我に返って力を緩めるも、無意識と弾みの中にあるその指は止まらない。

 

カチリと空を切る引き金の音がその場に木霊した。

 

「……流石に肝が冷えるぞ」

 

朦朧としていた視界がはっきりして、しかと彼女を捉える。

そこに居たのはずぶ濡れの磯風さんだった。

 

「磯風さん! どうしてここに……それにどうしてずぶ濡れなんですか!」

「なに、私だって雨に濡れたい時もある」

 

その意味が良くは解らなかったけれど、それでは風邪をひいてしまう。

私が言える事ではなかったが、それでも気になってしまった。

 

「とりあえず、このままでは話も出来ない。ゆっくり風呂にでも入ろう」

「お風呂、ですか」

「ああ。爆撃の影響は少なかったからな。入渠施設はまだ残っている」

 

そう言って濡れた髪を翻す彼女の後を付いていくも、

初めて会った時とは違いその背中はとても小さなものに見えた。

 

 

 

温かいお湯が五臓六腑に沁み渡る。雨水で冷え切った体には丁度いい。

 

隣には頭にタオルを巻いて別人のようになった磯風さんが居る。

私はそもそも髪が短いのでそういうことをしなくてもいい。

今まで一人で入居は済ましてしたので、ある種新鮮な感覚を味わえた。

 

しかしあれだけ長い髪をうまく纏めてタオルの中にしまっているので、

磯風さんがいつもよりもはるかに小柄に、そして可愛らしく見えてしまう。

 

「私の髪が気になるのか?」

「あっ! いえ、そういうつもりではなくて」

 

いつの間にか凝視していたのだろうか。

磯風さんはこちらを向いて訊ねてくるも、私は首を横に振った。

 

「まぁ、私自身抜け毛であってもそのままの髪でも、

 湯船に髪が浮くのは好きではないからな」

「な、なるほど」

 

大雑把な性格なのかと思っていたが、意外とそういうことは気にするらしい。

私も一応もみあげが長いのでそこらへんは気にしたほうがいいのだろうか。

 

雨はまだ降り止んでいない。

呉の艦娘さん達が来ていたときはあんなにもいい天気だったのに、

涼月さんが意識を失ってからずっと雨続きだ。

 

私がもっと強くなれば、この雨雲を払う事ができるだろうか。

私が彼女の代わりに強くなれば、皆の心を晴らすことはできるだろうか。

 

「私が……もっと強ければ」

 

声が漏れる。自分の無力さ、不甲斐なさが露骨に表れている。

 

「悔やんでも、悲しんでも、結果が変わることは無い。

 過去に縛られるのは、よくないことだ」

 

磯風さんがそう答える。

それは彼女が薄情に見えて私は悲しみと怒りが少しだけあふれた。

 

「では、磯風さんは悲しくないんですか?

 大和さんも、舞風さんも、野分さんも、第五遊撃部隊の皆さんだって、

 あんなにも悲しんでいるのに、貴女は悲しくないというんですか!」

「悲しいに決まっているだろう!!」

 

彼女の一喝ともいえる声がドックに響き渡り、私はそれに驚き我に返る。

見ると彼女の瞳から涙があふれ、一筋の光となっていた。

磯風さんが泣いている。あんなにも強い人が、今ここで泣いている。

そして私と同じように後悔している。

 

「あの時私が殿を務めていれば、あの時私が涼月を無理矢理にでも連れていれば!

 あの時私が早く大和達を引き連れていれば!

 涼月はあんなことにならなかったかもしれない!」

 

涼月さんがあの出入口からの退去が不可能になった時、

彼女は真っ先に大和さん達の元へと駆けた。

そして彼女達を引き連れて真っ先に戦場に向かったのも彼女だ。

 

それでも救えなかった。守れなかった。

少し考えればわかる。この人が後悔していないわけがない。

 

「だが彼女が死の淵を彷徨っているという現実は変わらない。

 だから私達は進むしかないんだ。前にただひたすらに」

 

涙をぬぐった彼女の赤い瞳には、戸惑う私の顔が写っていた。




悲しみに暮れる者、自暴自棄になる者。
偉大な人は多くの物を残すが、それは良いものだけではない。
それだけ偉大ゆえに、人の心を惑わす存在にもなりえる。

というわけで涼月の居ない(厳密には生きてるけど)トラック泊地。
後は涼月が実質再起不能になっているので、全員の落ち込み具合は増させています。
Another思想なら完璧に死んでいた。
恐らくと言うか絶対に大和さんが一番精神的ダメージを受けてる。
執筆しててもその内部的な心情などは創造の範疇なので、
捉え方によっては色々変わりますし、明確な定義もしておりません。

今回の甘くない餡蜜ネタは、あの『少林サッカー』の一節より。
覚えてる人は俺と握手!(ぇ
真面目にWikiで調べましたが涙はそこまで汚い物ではない様子。
なおカロリーの話は本当です。磯風の時報ボイスを入れたかったのもあります。

大鳳も主人公ポジだと個人的に思ってます。
(フミカネ絵故に芳佳ポジになってるMMDがあったりする)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。