艦隊これくしょん -艦これ- ~空を貫く月の光~   作:kasyopa

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第三話。
お話的には第一章の第一話を更に煮詰めた感じのお話になります。
果たしてこの提督府の秘書艦は誰なのか……

※あとがきに、今後のアニメモブ艦娘の扱いを追記しました。
 外伝に関する重要事項なので、出来る限り読んで頂けると幸いです。


第三話『月に叢雲花に風』

Side 涼月

 

 

夜遅く警備府ならぬ提督府に辿り着いた私は彼女特製の握り飯を食べて腹を満たし、

秋月さんと同じ部屋で睡眠を取って翌日提督室にまでやってきていた。

実際は部屋は個室になっているのだが、私の部屋はまだ用意されていなかったらしく、

秋月さんの部屋を半分借りる形になったのだ。

 

ただ呉とは違い相部屋ではなかったので、

他の艦娘に迷惑を掛けずに済んだのは良かった。

 

「本日付で着任となった秋月型駆逐艦三番艦、涼月です。よろしくお願いします」

 

前方には顎に髭を蓄えた老人、つまり大湊の提督がこちらを向いていた。

その風格は呉の鎮守府を軽く上回っており、いかにも歴戦の勇士であったかを物語っている。

 

隣には白い髪を腰のあたりまで伸ばした一人の少女が立っている。

恐らく彼女がここの秘書艦なのだろう。しかしその体格からどう見ても駆逐艦だ。

その顔はかなり大人びており、その身長に似つかぬ物ではあったが、

頭の上にある耳の様なパーツが差異を生みどうも緊張感をなくしていた。

 

「うむ。まぁ立っていては辛いだろう。座りたまえ」

 

複数人の妖精さんがえっちらおっちら椅子を持って来てくれる。

私は僭越ながらその言葉に甘える事にした。

 

「はるばる呉からよくこんな辺境の地まで足を運んでくれたね。

 対した持て成しもできないが、此処を自分の家だと思ってくれると嬉しい」

「自分の家、ですか」

 

私が目覚めたのもある工廠で、そこからすぐにトラック泊地に異動したので、

私の本当の家と言うものは解らない。

それでもこういう場所を家と呼べるのならば、私にとっての家はトラック泊地なのだろう。

 

「すみません。私には別に帰る所がありますので」

「そうか、君は確か元々トラックの所属だったね。失礼した」

「いえ。私の方こそ申し訳ありません。折角のお誘いを蹴る形になってしまって」

「いや構わないさ。っとそのことで君を呼び出したわけではないんだ。

 君には、涼月には少しばかり知ってもらいたい事がある」

 

真剣なまなざしと声が私に向けられた影響か、体が座りながらにしてこわばった。

怒っているような、そうでないような。それでも一種の恐怖を感じたのは事実。

 

「この大湊にはいくつかの決まりがある。それを守ってほしいんだ」

 

トラック泊地でも呉鎮守府でも、決まりらしい決まりはなく、

暗黙の了解と言う人間性に関わる決まりだけであった。

しかし着任して早々伝えるという事は相当重要な決まりなのだろう。

 

私は恐怖の念を何とか取り除いて提督の目を見た。

 

「まず一つ目。自分の身は自分で守ってほしい」

 

その一つ目はとても単純な物であった。

しかし改めて言うとという事は何か裏があるのかもしれない。

 

「大湊警備府がいくら国の物とは言え、そこまで住宅と隔離されているわけではない。

 こんな辺境でもこの戦時中強盗などの凶暴な犯行に及ぶ者もいる。

 自衛の為に基本此処に所属している艦娘には、

 銃を主にした武器を携帯する事を義務付けているんだよ」

 

そう言って提督は机の上に一丁の銃を置く。

オートマチック式の銃だというのは解るがそれ以上の事は解らなかった。

 

「一応君にはこれを持っていてほしい。別に武器があるならばそれでもかまわないが、

 何も持っていないという状況だけは避けてくれ」

 

引き金を引いたことはあるが、それは深海棲艦に向けてだけで、

この提督の言う自衛に関する相手は人間も該当する。

当然深海棲艦も艦娘も死が存在する。

それが轟沈と言う形であるのが典型であるが、

恐らく寿命も存在するし外傷による死も存在する。

その『引き金』となる武器を私に常備せよという決まりがここに存在する。

 

一応艦娘の身体能力は駆逐艦と言えど成人男性並みかそれ以上の物がある。

格闘術の心得がある艦娘であれば一対一の争いにおいて負ける事はほぼほぼない。

それでも彼が布いたこの決まりは、それを踏まえたものなのか、そうでないのか。

 

「一つご質問宜しいでしょうか」

「ああ。何でも言ってくれ」

「それは、私達を艦娘と知っての命令なのでしょうか」

「銃を突き付けられた場合、心得の無い者であれば必ず生命の危機と捉え恐怖する。

 それは艦娘であろうとなかろうと、それを武器と知る人間であるならば当然の反応だ」

 

私は鎮守府正面海域を解放する作戦で、

吹雪さんが敵駆逐艦に襲われそうになっていた事を思い出す。

あの時の彼女は不意を突かれていたとはいえ絶望に等しい表情を浮かべていた。

私もトラック泊地で退路が断たれた時に、絶望と倦怠というものを知った。

 

この提督のいう事は御尤もであり、何よりその手の事に関して経験済みな気がした。

 

「解りました。その銃、受け取らせて頂きます」

「理解してくれてうれしいよ。さて二つ目だが、勝手に提督室には入らない事」

 

二つ目も当たり前のようで何か違う物であった。

まるで絶対に入らないように強要しているも、

それを隠す為に態々そう言った言葉を付け加えないような。

オブラートに包むとはこの事か。

 

「呉やトラックでどうだったかは知らないが、元からこの部屋は最高司令室だからね。

 君達を信用していないわけではないが、もしもの事があってはいけない」

 

一度だけオリョール海の海図を持って提督室にノックもせず入ったことがあるが、

ああいったことは回避してほしいとのこと。

ここは態々尋ねるのは流石に不味いだろう。

 

「私に何か用がある時は秘書艦である叢雲か、工廠に居る朝日に伝えてくれ。

 どんな些細な事であっても構わない」

「……で、アンタはどこまで私を無視し続けるのかしら?」

 

提督の隣でずっと立ち続けていた一人の少女が、不機嫌そうに頬を膨らませている。

彼女は最初からここに居るがその紹介を全く受けていなかった。

彼女の言うように無視していたというわけではないのだろうが、

暫く彼女の紹介が無いのも少しばかり気がかりであった。

 

「おお、すまないな。合わせて紹介しておこう。秘書艦の叢雲だ」

「吹雪型駆逐艦五番艦『叢雲』よ。提督への伝言はまず私に伝えなさい。解った?」

「はい、解りました。よろしくお願いします叢雲さん」

 

『はい! 特型駆逐艦、『吹雪』であります! よろしくお願いします!』

 

吹雪型と聞いて吹雪さんの事が頭をよぎる。

少なくとも彼女の姉妹艦であることは確実ではあるが、雰囲気がまるで違った。

 

「そんな畏まらなくてもいいわ。どうせ呼び捨てでも構わないし」

「いえ。こればかりは私の性格ですのでどうしようもありません」

「へぇ、根っからの真面目な子って訳ね。骨のある子が入って来たじゃない? 司令官」

「骨があるかどうかは、既にお前も知っているだろう。そこらの判断はお前に任せるが」

 

一体彼女達は何のことについて話しているのだろうか。

私のことなのだろうが、骨のあるなど少しばかり自らでは判断に困る単語ばかりだった。

 

「さて話を戻すが、基本この二つを厳守した上でなら自由に振舞ってもらっても構わない。

 呉よりも窮屈かもしれないが、ゆっくりしていくといい」

「ありがとうございます」

「最後に君から何か聞きたいことはあるかね?」

 

特にないと思ったが、一つ艤装の事で尋ねなければ。

昨日の夜に秋月さんが言っていたが実際どうなのかは提督の判断による。

 

「では二つほどよろしいでしょうか」

 

今ここを出てしまえば、提督に対して何かを聞く事も難しくなるだろう。

その為に二つという条件を出したのだ。

 

「ああ。何でも聞いてくれ」

「まずは私の艤装についてですが……」

「それであれば既に朝日に連絡済だ。

 同じ秋月型、同じ艤装であればそこまで問題はないだろう」

「ありがとうございます」

 

さて、あともう一つだが何か聞くべきことはあるだろうか。

一応選択肢を増やしたつもりだが何を聞くかははっきり決めていない。

食事や入渠については施設案内の際に入るだろうし、部屋割りについては特に聞くまでも無い。

ここに所属している艦娘、私の所属艦隊も後々必然的に発表されるだろう。

 

『いい返事だ。ではすぐに大湊警備府に向かってもらいたい』

 

大本営に言われた事を思い出す。あの時は私が質問することすら許されなかったからだ。

封殺も同じ状況で有った為、と言うのが大きい。

ならこの提督に聞いてみるのも手かもしれない。

 

「ではもう一つですが、私を大湊に呼び寄せたのは提督ですか?」

「ふむ。生憎ながら私の判断ではなく大本営の独断だよ。

 全く老人達の気まぐれには困った物さ」

「司令官だって老人って言っても差支えないじゃない」

「私はまだまだ現役のつもりだよ。叢雲」

 

確かに提督は老人ではあるが、ただ年老いているという気配は感じさせない。

寧ろ長い時間の中で培った何かの方が多くにじみ出ている。

その顎に蓄えられた髭もそう言った貫禄を感じさせる物があった。

 

思えばこの質問はする必要はなかったのかもしれない。

私は大本営と通じてここまでやってきた。

大本営側もこの提督が私を呼んだ等それに関する事は全く言わなかった。

ならば大本営の決定による異動であるのは少し考えればわかる事だ。

 

「まだ質問があれば答えるが、どうだろうか?」

「いえ、これ以上は特にありません。お気遣いありがとうございます」

「そうか。では叢雲、彼女を工廠まで案内してやってくれ」

「解ったわ。こっちよ、ついてらっしゃい」

「それでは、失礼します」

 

席を立ち一礼してから提督室を出て叢雲さんについていく。

彼女は私のペースに合わせることなく、また手を引くわけでもなく、

自らのペースで提督府の中を歩いていた。

追い付けないわけではないので問題ないが、先程の提督に対しての口の利き方といい、

非常に我の強い人なのだろう。

提督もそれに対して何も言っていないので問題はないのだろうが、

少しばかり失礼ではないかと思う。

 

「叢雲さん、貴女は秘書艦ですしもう少し口調を丁寧にしてはどうでしょうか」

「アイツにはこれくらいがちょうどいいのよ。

 私はこれを変えるつもりもないし、アイツも変える必要はないって思ってる」

「ですが……」

「それに何も知らないアンタに言われる筋合いも無いわ」

 

そこまで言われて私は口を噤む。確かに私はここに来て日が浅い。

浅いという問題ではない。昨日の深夜にやってきた程度だ。

私も当然ながらこの提督府に所属する艦娘ですら、私の名を知らない艦娘もいるだろう。

 

建物の外に出てから港の付近まで案内され、そこには工廠ドックが一つだけ存在していた。

扉は換気の為か大きく開け放たれている。

 

「朝日さん。例の新人、連れて来たわよ」

 

ドックの奥では、遮光面を付けてアーク溶接を行っている長い銀髪の人が。

叢雲さんの声に気付いて作業を留め、周りの妖精さんに指示を出してこちらに歩いてきた。

 

「どうも、ここで工作艦を務めさせて頂いてる、『朝日』です」

「本日付で着任した涼月です。よろしくお願いします」

 

整った顔に紅瞳の人で外国人の様に見えた。

その外見に少しばかり良くない言葉が脳裏をよぎった。

 

「朝日さんはアルビノなんですか?」

「いえ、良く言われますが私は違います」

「あ、申し訳ありません」

「いえ。ところで明石は元気にしていますか?」

「明石さん……ですか?」

「昔の同僚でしてね。私は今戦線を退きここ大湊で工作艦として働いていますが、

 明石はトラックで働いていて、この間空襲を受けたと聞いたので」

 

戦線を退いてもまだ戦場に近い所に身を置く艦娘。鳳翔さんの様な存在なのだろう。

そんな彼女に対して少しばかり失礼な事を言ってしまったかもしれない。

とにかく今は彼女の質問を答える事が優先するべき事だ。

 

「明石さんには非常にお世話になりました。今でも元気に呉で頑張っていますよ」

「そうですか。呉……また会いたいものです」

「はいはい昔話はそれくらいにして。頼んでいたの出来た?」

「はい。整備は既に済み、長10cm砲も量産が完了しています。いつでも出撃は可能です」

「朝日さん、ありがとうございます」

 

私は頭を下げながらも、

どうして叢雲さんが急かすように話題を切り替えたのかよく解らなかった。

何故彼女は私の艤装を自分の事の様に考えているのだろうか。

 

「叢雲さん、そんなに急かす必要はないのでは……」

「これからアンタと演習をするっていう大事な用があるからよ」

「演習、ですか」

 

提督はそのようなことは言っていなかった気がする。

しかし彼女は何を言っているのと言った表情でこちらを見ていた。

 

「だからアンタは艤装の最終チェックして準備しなさい。

 秋月と同型って言っても細かい所は違うだろうし」

 

……どうやらこの大湊という地で、慰安は早々にさせてくれなさそうだった。




老将と秘書艦の叢雲。そして古参艦である朝日という工作艦の登場。

鎮守府や警備府、提督府と言っても場所が違えば体制も大きく違うので、
慰安目的で大本営から移されたといえど、その体制には従わねばなりません。

???「郷にいては郷に従えっていうけれど、どうなのかなって」

そしていきなりの演習の申し込み。しかも拒否権が無い。
とりあえず艤装を手に入れた涼月ですが、
ここから先、やって行けるのでしょうか……


オリキャラ紹介

名前:朝日
艦種:工作艦
武装:艦艇修理施設

明石とは別の工作艦。
元々は別の艦種であったが、ある時をきっかけに戦線を離脱。
現在は大湊の工作艦と言うよりは、提督の側近としての工作艦として、
大湊に身を置いている。


今後のモブ艦娘の扱いについて

現在外伝で開始されいる『大湊編』では、
アニメ第一期でのモブ(通行人、群衆)艦娘を使わない様にプロットを進めていましたが、
本編開始時点で作者が見つけられない艦娘が既に混じって居た為、
このルールを『取りやめる』事にしました。

なので、この作品中に登場した艦娘、アニメ内で喋った艦娘、
第十三話:築かれた石垣にて夕立が公言した艦娘、トラック泊地追加艦娘および鳳翔以外は、
一部の艦娘のみ外伝に登場します(断言)

「艦これアニメの二次創作とは一体うごご・・・」と思われるかもしれませんが、
ゲシュタルト崩壊だけはしないように努力してまいります。


P.S.

実はアニメでも、第二話で那珂ちゃんの立ち見客(?)で、
『加古』・『青葉』・『衣笠』が登場しているにも関わらず、
第七話で『他の鎮守府から』、
祥鳳・『青葉』・古鷹・『加古』・『衣笠』・天龍・龍田が出撃しているという。

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