艦隊これくしょん -艦これ- ~空を貫く月の光~   作:kasyopa

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意味

物事の細部に気を取られ、全体を見失う事。


※スノーバスターとスノウバスターで表記ゆれが起きていたので、
スノーバスターで統一しました


第十話『木を見て森を見ず』前編

Side 涼月

 

 

深雪さん達との合同練習をしながらも、観艦式を翌日に控えた夜。

観艦式開催に向けての準備を終えて、私はいつもの様に外に出て月を見上げていた。

 

恐らく明日は朝から忙しくなる。

そうなれば日課とも言える朝の散歩の時間も無くなってしまうだろう。

だから私はこうして少し早いが夜に気持ちの整理を付けてしまおうと思ったのだ。

こうやって一人静かに考え事をして、気持ちの整理をするのは私には必要な事。

そうしてやっと私は新しい一日を迎えられるといっても変わりない。

 

『涼月ー、不安?』

「(大丈夫ですよ。ここの皆さんも素敵な方ばかりですから)」

 

第三艦隊の浦風さん・浜風さん・谷風さん。

第二艦隊の白雪さん・初雪さん・深雪さん・由良さん・秋月さん。

工廠に居る朝日さんも、ここの提督だって、素敵な人達だ。

 

そこまで思い出して少しばかり戸惑う。

そう。叢雲さんがどうしても何かある様にしか見えないのだ。

 

あの口ぶりでは最初から提督の秘書艦のようにしか思えない。

そこからずっと提督の傍に居て、呉に居た時に何かが起こり、

そして今のような性格になってしまったのだ。あの様な我の強すぎる駆逐艦として。

 

『それに何も知らないアンタに言われる筋合いも無いわ』

 

『それにいつまでも人は子供のままじゃいられないのよ。生きるって、そういう事よ』

 

そう。私は彼女の事を何一つとして知らない。

だからと言って引き下がる訳にもいかず何か聞き出す為にも何かと言葉を連ねてきた。

 

しかし呉の長門さんもそうだったように、

秘書艦と言うものはその立場から作戦立案や軍の機密にに係わる事もあるだろう。

そういう意味で考えてみればあそこまで自分の考えを捻じ曲げず他言を許さない彼女は、

非常に優秀な存在だと思う。

 

「……全て言い方次第、ですかね」

 

私は懐からあの日渡された拳銃を取り出す。

 

一つの物を善と捉えるのも悪と捉えるのも、その人の考え次第だ。

提督が渡してくれたこの拳銃も、相手に対しての抑止力と考えれば必要な物。

だがこれを例えば提督に向けて引き金を引けば殺すことも出来る。

彼はそれを重々承知でこれを渡したのだろう。

 

「(それでも私はあまり良い事とは思えませんね)」

 

駆逐艦だから、とか艦種による外見や年齢によるものではない。

それで許されるのであればあまりに理不尽な理由付けだ。

 

しかしそれでも私は彼女が裏に何か深い思いがある様に思えるのだ。

それはトラック泊地で赤城さんの告白を受けた時の様に。

そういったことが原因で調子を崩したり、戦場で何かあっては遅いのだ。

言ってしまえば、あのMI作戦で既にそう言ったことが起こりえた可能性があるのだが。

 

「(しかし……解決しようにも情報が少なすぎますね)」

『だねー。私達が調査してあげたいけど出来ないし』

「(あの吹雪さん達につけられていた時ですね。それは仕方ありません)」

 

この子達がまだ妖精さん一個人として存在していれば、調査を依頼していただろう。

それは今では叶わない。でも私は別に構わない。

この子達のお蔭で命を繋ぐことが出来たのだから。

 

「(これからは、3人で調査していきましょうか)」

『『はーい!』』

 

この提督府には私のまだ知らない何かが隠されている。

それを知る為にも一人独自に調査することを心に決めたのだった。

 

 

Outside

 

 

その翌日。大湊李提督府は朝からかなり忙しい様子。それもその筈。

今日は観艦式と呼ばれる提督府上げての一大イベントが行われるからである。

それに加えて第一艦隊が総出の為、人員も多少ながら削られていた。

 

本来なら主力艦隊である筈の第一艦隊が居ない状態での観艦式など、

あまりするべきではないのかもしれない。

だが観艦式の存在は既に地元の住民だけでなく、

その周辺の都道府県からもこぞって参加する者までいるので、

ある程度早めに開催日が発表される。

 

今回は上からの命令による大規模な出撃の為第一艦隊が出払う形になってしまったが、

予定通り行われたのは提督によるそういった人への配慮なのだろう。

出撃も大切な事ではあるが、

この提督府にとって観艦式はそれと同じぐらい大切な行事なのだ。

 

ここで観艦式について少し触れておこう。

観艦式とは基本的には艦娘と深海棲艦のヒストリーを展示し、

国民に対して正しい艦娘の知識を持ってもらおうというのが本来の目的である。

しかしそれだけでは人も集まらない為、簡易的な祭りとして出店も開かれる。

 

勿論人員の少ない大湊李提督府である為出店を出すのは艦娘。

今回は第三艦隊がそれを担う役目になっていた。

また幼い子供達にも艦娘と言うものを知ってもらおうと、

深雪が企画したヒーローショーを第二艦隊がほぼ総出で行われる。

また、観艦式と銘打たれるだけあって第一艦隊による行進が行われるのだが、

今回は不在の為中止となっていた。

 

その為第二艦隊主催のヒーローショーではいつも以上の人でにぎわっている。

そして今まさに、第二艦隊によるヒーローショーが始まろうとしていた。

 

 

 

「さーて。今日はスノーバスターの姿も見えないし、

 会場の子供達に思う存分悪戯が出来るわね。

 さあ、どの子から悪戯してあげましょうか」

 

そう言ってステージの左から現れたのは、深海棲艦を模した着ぐるみを着こんだ秋月。

当然見ている観客からは中で誰が演じているかなど解らない。

艦娘そのままの姿で出てきてしまっては、その姿がネットなどに拡散されてしまい、

個人の特定などにつながってしまうと言うのがあるのと、

深海棲艦側っぽさが失われてしまうという理由であった。

 

一方の出店で働く第三艦隊の艦娘はそう言った事は行わないのだが、

偽名を使用したりと涼月が大湊に来るまでに使った物と同じ手段が使われる。

閑話休題。

 

秋月が会場の子供達を選ぶためにステージを徘徊した、その時である。

 

「そこまでだ! 駆逐棲鬼!」

「何っ!?」

 

ステージ全体に響き渡る声。いかにも特撮戦隊と言った感じの曲がステージに鳴り響く。

それに合わせて観客の子供達が沸き立つ。

会場の盛り上がりに応じるようにステージの右から姿を現したのは……

 

「雪まで解かす赤い魂! スノーレッド!」

「雪を携う青い魂! スノーブルー!」

「雪でもたぶん負けない黄色の魂、スノーイエロー」

 

「「「三人そろって、スノーバスター!」」」

 

盛大な効果音と共にそう名乗ったのは上から順に深雪・白雪・初雪であった。

彼女達も特別性のスーツとヘルメットを着込んでいる為誰かは解らない。

それでも観客の子供達からは待ってましたとばかりの歓声が上がる。

深雪が心配していたよりも、マンネリ化は起こっていないようであった。

 

「現れたわね、スノーバスター!

 今度という今度はコテンパンに叩きのめしてやるわ!」

「こっちこそ、二度と悪さできないようにしてやる!」

 

こうして戦いの火ぶたは切られた。

戦闘は艦娘とは言えど特撮物なので基本的に格闘戦が繰り広げられる。

しかし実際殴りあったり蹴ったりするわけではなく、

それっぽく見せかけた殴りや蹴りをしなくてはならない。

実際に当たっているわけではないので、逆に演技の面で高度な技術が必要となるが、

彼女達は何年もこれを続けているからか非常に慣れた様子でそれを披露していた。

 

スノーレッドのパンチを受け止め逆に殴り返そうとする駆逐棲鬼。

それをさせまいと横からスノーブルーが蹴りを繰り出す。

両腕を既に使ってしまっている駆逐棲鬼はあっけなくその蹴りを貰い後ろにたじろぐ。

その隙をついてスノーイエローが背後に回り、膝カックンをして相手の体勢を崩した。

そこにスノーレッドの蹴りが腹部に入って大きく後ろに引き下がる駆逐棲鬼。

 

スノーレッド・スノーブルーは正統な戦いを相手に挑むが、

スノーイエローは演じているのが初雪という事もあり、

基本的に自分が疲れる事はしない。

その代わりと言えばなんだが、タチの悪い技で敵を翻弄する傾向にあるのだ。

それでも子供達からの歓声は止むことを知らない。

正義の味方が優勢であることには変わりないからだ。

 

「くぅ、流石は私の宿敵。でも、今回の私には奥の手があるのよ!」

 

「来なさい! 私の仲間!」

 

その言葉に会場で見ていた観客達がざわめく。

それもその筈。相手は今までずっと秋月、もとい駆逐棲鬼のみだったからである。

制作側も悪役が一人しかいなかった為仕方のない事ではあるのだが。

 

その観客の不安を掻き立てる様に重く不穏な曲が流れ始める。

そしてステージの左から現れたのは駆逐棲鬼とそっくりの着ぐるみを着た人物。

中身は言わずもがな涼月である。

 

「私を呼びましたか。姉上」

 

今までの駆逐棲鬼と違って冷静な声に会場の不安が高まる。

そして何より今まで一体で三人と戦ってきた敵と、ほぼ同じ敵がもう一体現れたのだ。

それが何よりも不安にさせる要因であった。

 

「なっ……!?」

「お初にお目にかかります。駆逐棲鬼、その妹で同じく駆逐棲鬼と申します」

「まさか、駆逐棲鬼がもう一人いたなんて……」

「軽くムリゲーだしこれ……」

「さあ我が妹よ! 私と一緒にスノーバスターを倒すのよ!」

「はい、姉上」

 

こうして再び始まった戦闘。

最初こそ善戦していたスノーバスターであったが、

一人増えたことで連携が潰されてしまったり、

一対一では実力的に分が悪い事もあって、

段々を追い詰められていき体勢を崩していった。

 

「ぐっ……このスノーレッドが膝をつくとはなぁ……」

「見たかスノーバスター! これが私達姉妹の実力だ!」

「1+1が2でない事は私達も同じです。お解かり頂けましたか」

 

息も絶え絶えなスノーバスターに対して平然とした様子の駆逐棲鬼姉妹。

練習ではここで深雪がよく間違えていたが、新しい台本では台詞が無い。

対抗意識が強い彼女だからこそ、

以前の台本に存在していた台詞を間違って言ってしまう事が多かったのだ。

 

「さて、これで邪魔者は居なくなったわ。

 我が妹よ、私と一緒に会場の子供を一人ずつ連れて来てつるし上げるのよ!」

「解りました」

 

どこからかステージに現れたロープと高台。

今から行われるのはその対象のなる子供選び。

 

吊し上げと言ってもワイヤーアクションの様に、

ロープを専用のハーネスの金具にひっかけるタイプなので、

実際吊し上げられても痛くはない。

しかし選ばれた子供にはそれを着せるというシュールな光景を拝むことになるのだが。

 

こうして、二人の駆逐棲鬼によって会場の子供を選ぶ作業が始まった。

 

 

Side 涼月

 

 

ここまでは順調の一途を辿り、何とか会場の子供達を選ぶ所までやってきた。

大切なのはここで変な事を起こしかねない子を選ばないことだ。

変にテンションの高い子を選ぶと失敗する可能性がある。

逆にこちらを拒否している子を選んでもかえって時間を取ってしまう。

そのさじ加減が非常に難しい所であった。

 

秋月さんとは別の方向に向かう私は辺りの子供達の様子をうかがうも、

周りの子供達は少し間を取る様に離れていってしまう。

私は初めて出てきた敵側の役なのであまり歓迎と言う目で見られていないようだ。

一方の秋月さんは皆が見慣れた様子で黄色い声まで聞こえてくる始末。

この完全に向かい風ともいえる状況で子供を一人選ぶのは、正直辛かった。

 

冷やかな視線の中半ば必死になって探す。

 

「(……ん?)」

 

そんな冷ややかな視線の中に、一人だけ別の視線を向けている子供がいる事に気付く。

私の事が気になるような、興味を示しているような。

始めて見る顔だからこその興味。そんな雰囲気を醸し出している少年が一人。

 

「(少し賭けてみてもいいかもしれませんね)」

 

そう思い私はその少年の傍によって、手を差し伸べた。

 

「貴方、私と一緒に来てもらえませんか」

「………」

 

驚いたような眼で私の顔を見る彼。まさか選ばれるとは、と思っているのだろう。

そして状況を理解したのか、みるみるその表情が明るくなっていく。

 

「うん!」

 

そう言って私の手を取った彼は、私と一緒にステージに上がるのだった。




後編は完成次第投稿。あとがきはまとめて更新します。

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