艦隊これくしょん -艦これ- ~空を貫く月の光~   作:kasyopa

60 / 97
意味

知らない人とたまたま袖が触れ合う程度でも、前世から深い縁があるという事。

8/16 活動報告のキャラ紹介(大湊編)を更新しました。


第十二話『袖触れ合うも多生の縁』前編

Side 涼月

 

 

日が沈み空が赤く染まる頃。

お客さんはもう帰り屋台などの片付けもほとんど終わった。

 

結果から言えば観艦式は無事大成功を収める事が出来た。

あのヒーローショーもイレギュラーな出来事があったけれどお客さんにはかなり好評で、

売店の方も非常に忙しかったもののその分売上を上げる事が出来、

売り上げの一部は大本営の開発担当に送られるらしい。

上もそのことを承諾している為問題はないそうだ。

 

そして私は今港の防波堤の端で頭の整理をしていた。

 

私の選んだ一人の少年。彼は何故か叢雲さんの事を知っていた。

あの人を知っているという事はあのヒーローショーで常連という可能性がある。

いや、それでも顔の見えないぬいぐるみの状態でどうやって判別するのだろうか。

例え何かの間違いで見たとしても、名前まで特定する事が出来るわけがない。

 

それにもしも彼が叢雲さんの事を知っていたとしても、

叢雲さんが彼を知らなければあのように参戦することはない筈だ。

 

しかもあれほど我の強い彼女がどうして一人の少年の為に、あそこまでするのだろうか。

深雪さんの強引なお願いを蹴ってお子ちゃまの遊びと称していたのに。

 

「………」

 

考えれば考える程解らなくなる。

あんな状況になりえるのは普通、

互いが互いを知り得て信頼関係を築いていなければ有りえない。

艦娘と一般人が。提督ではなく普通の人間に対してだ。

 

『もう少し大局的に考えてみて。私達が何の為に戦っているかを』

 

秋月さんが言った言葉の意味も見いだせず過ごす今、

それを理解するのが大切な事なのだろう。

 

私はトラック泊地で大和さんと出会い、彼女の護衛艦と成る為に強くなってきた。

最初はそれだけだったけれど、今では呉で出会った大切な人達、

トラックの皆を守りたいと思っている。勿論自分の出来る範囲で、だ。

 

「私には解りません……命を預ける相手以外に信頼を置くなど……」

 

同じ釜の飯を食べ、同じ戦場で戦う者以外の誰かを思うなど、私には出来ない。

しないのではない。そこまで余裕が無いのだ。

自分が強くなって、自分の信頼出来る人が増えて、自分の出来る事が増えて。

それだけで手一杯なのだ。

それにトラックでも呉でも、他の人達と隔離された生活を送っていたからこそ、

そう思えなくなってしまったのだろう。

 

「………」

 

私は私が工廠で目を覚ますまでの記憶がないが、元々は一般人で普通の生活をしていたんだ。

私は何か大切な事を忘れていたのかもしれない。

いや、忘れるというのはおかしい話だ。

 

―――そもそも私はどうして人間の時の記憶が無いのか?―――

 

「おねーちゃん」

 

ある一つの疑問は、背後からの声でかき消された。

聞き覚えのある声だ。

振り返ってみると、あの時私が舞台に上げた少年がそこに立っていた。

改めて見ると小さい。小学生四年生くらいだ。

何故この子がここに居るのか、そんな疑問が浮かぶ前に、

もうすぐ日が暮れてしまう事を気にした私は口を開いた。

 

「子供がこんな遅くにここに居てはいけませんよ。

 早く帰らないとお父さんやお母さんが心配しますからね」

 

腰を下ろして視線を合わせ出来る限り丁寧にゆっくりと。

こんな少年が最前線ともいえる場所に居ては本当の意味で命に係わる。

まだここに来てからの出撃は対潜哨戒を行っただけだが、

確実に脅威には晒されていのだ。

それこそ迷子であれば出口を教えて早く家に帰さなければならない。

 

「その口調、駆逐棲鬼の妹の方のおねーちゃんでしょ?」

「えっ、そうですが……あっ!」

「当たった当たった!」

 

しかし彼の口に乗ってしまい自分の正体を明かしてしまう。

私としたことが相手が子供だからといって、何か気持ちが緩んでいたのかもしれない。

覆水盆に返らずとはこの事か。

 

「あの、この事は御内密に……」

「解ってるよ。『ぐんじきみつ』って言うんでしょ?」

「………」

 

この子は一体何者なのだろうか。

もしや何かのスパイか何かなのだろうか。となるとこの鎌をかける会話術も頷ける。

 

「おじいちゃんから教えてもらったんだ。

 艦娘の事はあんまり他の人に話しちゃ駄目だって」

 

おじいちゃん? 祖父の事だ。しかしこの子の祖父が艦娘の事を良く知っている?

艦娘の事を他の人に話してはいけないという事を知っているという事は、

この子の祖父は軍に関する人なのだろうか。

しかしある程度聞いてみれば口は軽いようだ。

となるとスパイと言う可能性も自ずと薄くなる。機密を守ってこそのスパイだからだ。

 

「貴女の祖父、おじいちゃんは誰ですか?」

「えっとね。ここのお偉いさんで、たしか「(あきら)!」あ、おじいちゃん!」

 

少年が口を開こうとしたところで、男性が声を掛ける。

明というのは少年の名前らしい。少年が男性に向かってかけていく。

良かった。ちゃんと迎えが来たらしい。

そう思って視線を上げると、予想外の光景が私の目に飛び込んできた。

 

「いやはや。明が提督府を案内して欲しいと言うから案内していたんだが、

 急に走り出してしまってね」

 

そこに立っていたのは、提督その人。

 

「て、提督!?」

 

私は反射的に敬礼をする。

 

最後に会ったのはこの提督府に配属された時に訪れた提督室の中。

護身用の銃を態々艦娘に渡すという警戒心の高い彼が、

こんなにあっさりと外に出て来ていいのだろうか。

 

「ああ涼月、堅苦しいのは無しにしてくれ。今日は所謂無礼講というものだからな」

「無礼講、ですか」

「観艦式を終えてからは艦娘同士の親睦を深める為に食事会を開いているんだ。

 勿論部外者は入らないが、時々孫がそれに参加するんだ」

 

提督にお孫さんが居たことも含めて、それは知らなかった。

しかしそれではかなりこの子には失礼な事をしてしまった。

ヒーローショーで舞台に上げて、怖い思いをさせてしまったことだろう。

 

「あの、すみません。今回のヒーローショーの件ではとんだご無礼を」

「何を言っているんだ。この子は十分楽しんでいたよ」

「えっ……?」

「むしろ今まで舞台に上がれなくてよく文句を言われていてね。

 これだけは私でも秋月でもどうにもならない事だから参っていたんだ」

 

確かにヒーローショーでのお客さん選びは提督にどうにかできる問題でもないし、

秋月さんにもどうか出来る問題ではない。

あらかじめ顔を覚えておき、

その子を探したとしてもそれはやらせになってしまう。

直ぐ見つける事が出来れば自然と誘導できるだろうが、

露骨に探しては不審がられてしまう。なので手の施しようがないのだろう。

 

そして今回、偶然にも私が選んだ少年が提督のお孫さんで、ショーを楽しむ事が出来た。

それは提督にとってもこのお孫さんにとっても嬉しい事だったのかもしれない。

 

「だから私から感謝させてくれ。ありがとう」

「い、いえそんな! 私の選んだ子が提督のお孫さんだっただけで……」

「嘘だー。絶対僕の事見て選んでたでしょー」

「そ、それは貴方が嫌がらなかったというか、そう言う感じだったので」

 

新人の私を怖がることなくただ見つめるだけの彼を選んだ事を彼は知っていた。

興味を示していた事に気付いたことを、彼は知っていたのだ。

彼もまた提督である祖父に似て、そう言う資質を持っているのかもしれない。

 

「まぁ、この話は無しにしよう。さあ涼月も来なさい。

 折角の宴なんだ。人が欠けては面白みに欠けるというものさ」

「はい。解りました」

 

こうして私は、提督に連れられて食堂へと向かうのだった。

 

 

「ねえお姉ちゃん」

「どうかされましたか?」

「スカート短いからパンツ見えてるよ」

「なっ?!」

 

提督のお孫さんは子供らしいのかそうでないのか、解らない子であった。

 

 

/////////////////////

 

 

食堂に着くと第三艦隊と第二艦隊の皆が料理の準備をしていた。

勿論作っているのは浦風さん・浜風さん・谷風さん・白雪さん・由良さんの五人で、

他の人達は飲み物を配っていたりのんびりしていたりと自由にしている。

叢雲さんの姿が見えないが、おそらくもう少ししてから来るのだろう。

 

「お、提督とそのお孫さん、そして涼月の登場だー!」

 

ただ入って来たというだけなのに、

いかにも有名人が出て来たかのように盛り上げる深雪さん。

その隣で秋月さんと初雪さんが拍手をしている。

 

そんな中私は第三艦隊でありながらも料理の手伝いをしていない事に気付き、

急いで厨房に駈け込んだ。

 

「すみません浦風さん。このような事があるとも知らず」

「知らんかったならせやぁーない。料理出来てるから運んでぇなー」

「はい」

 

手伝おうとしたもののほとんどの料理が出来上がっており、

後は配膳のみとなっていた。

申し訳なく思いながらも私は大人しく配膳をしようと料理に目を向けた。

 

浦風さん達の作っている料理はバイキングの様に大きなお皿に盛られている。

一方白雪さん達が作る料理は小皿に分けられていてどう見ても一人分の量しかない。

しかもそれが複数あるわけでもない。

互いに作っている料理が同じなのに、

どうしてこんなにも面倒な事をしているのだろうか。

 

「涼月さん。浦風さん達の料理は皆のテーブルに、

 白雪さんの料理は私達に任せてもらえませんか?」

 

疑問に思っているのを見透かしたように、由良さんがそう告げた。

私は何故と問いかける前に首を縦に振り浦風さん達の料理から配膳することにした。

 

料理を運び出すのを見て他の人達が我先にと料理を取りに行く。

それだけ早く料理にありつきたいのだろう。

それでも白雪さん達の料理には手も付けず、浦風さん達の料理を配膳していく。

一方で提督とそのお孫さんは席に座って話に花を咲かせていた。

 

「それでねー、本当に叢雲お姉ちゃんが助けに来てくれたんだよー」

「ほうほぅ、あの叢雲が……」

「やっぱり叢雲お姉ちゃんは僕のヒーローだよ!」

 

どうやら今日のヒーローショーの話のようだ。

 

提督やそのお孫さんより先に料理を配るという事に、

少し無礼ではないかと思ってしまうが由良さんの言葉を信じて配膳を続ける。

 

配膳をするのも私一人では無い為あっという間に料理で埋まってしまった。

和洋中の様々な料理が並ぶ中、二人の料理がまだ配膳されていない。

流石に気まずくなったところで、ようやく白雪さんと由良さんが厨房から出てきた。

 

「申し訳ありません提督、少しお時間がかかってしまいました」

「気にすることは無い。その分楽しみが増すという物さ」

「白雪お姉ちゃんの料理おいしいもんねー」

 

提督のお孫さんはどうやら白雪さんの事も知っているようだ。

当然といえば当然か。叢雲さんとほぼ同期であり、時折食事会にも参加しているのだ。

でも毎回こんなふうに白雪さんの料理だけを食べているのだろうか。

 

「ねーねー、深雪お姉ちゃん、後でまたスノーバスターごっこしよ!」

「おう! 久々だから新技を見せてやるぜ!」

「やったー!」

 

男勝りな深雪さんとも仲が良い様子。不思議と愛される子なのかもしれない。

 

「さて、後は叢雲が来ていないだけか」

「そうですね。いつもなら必ず着てるはずなんですが……」

「多分叢雲お姉ちゃん、恥ずかしいんだよ」

「どうしてそう言えるんですか?」

「だってヒーローショーであんな台詞皆の前で堂々と言っちゃったから」

 

本当にそうだろうか。私はそうとは思えない。

彼女の台詞はほとんど元々の叢雲さんに限りなく近い台詞だった。

それが以前の台本に沿っているものかどうかは解らないが、

いつもの口調で皆の前に立っているのだから、恥ずかしがる理由が見当たらないのだ。

 

「でも叢雲が来ねえと始めらんねぇよ」

「料理も冷めるし……早く来ないかな」

「何か理由があって遅れてるだけで、すぐ来ますよ」

 

深雪さん・初雪さん・白雪さんが思い思いの言葉を告げる。

 

「どうしてそんなことが言えるのかしら、白雪」

「あ、叢雲お姉ちゃん!」

 

白雪さんの言葉に応える様に食堂の扉が開かれて、

そこから姿を現したのは叢雲さんだった。

その姿を見るや否や提督のお孫さんは彼女に駆け寄る。まるで母親に甘える子供の様に。

 

「はいはい。いつまでも甘えてちゃいけないわよ。それに他のお客を待たせてるんだから」

 

対する叢雲さんは優しい笑みで彼の頭を撫でて、席に座らせる。

他のお客……部外者を入れないというのに、一体誰だというのだろうか。

 

「ああ、ついに帰って来たか」

 

それを聴いて提督は何かを理解したのか首を縦に振る。

 

「そうよ。第一主力艦隊、『勝利の乙女達』がね」

 

叢雲さんの後ろには五人の艦娘が佇んでいた。




頭の固い真面目な涼月には、まだまだ難しいお話かもしれません。
そして少しばかり気まずい状況に。

ここで主要キャラの新キャラが登場。ショタ要員(?)。
というわけでほんのり見えてきた叢雲の本性と新しく出てきた提督府の謎。

そして第一主力艦隊の帰還。
新たな息吹が吹き込まれる提督府に、涼月は何を見出すのか。

次回、後編。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。