艦隊これくしょん -艦これ- ~空を貫く月の光~   作:kasyopa

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意味

自在に操れるまでに身に付いた技術や知識の事。
また、自分が自在に利用する事が出来る人や物の事。


第二十五話『自家薬籠中の物』

Side 涼月

 

 

翌日の明朝。

私は即急に提督室へと向かい、呉へと戻ってきたことを呉の提督に伝えに向かう。

数回ノックしてから入り、敬礼する。

 

「秋月型防空駆逐艦、涼月。只今帰還致しました」

 

そこでは秘書艦である長門さんとその補佐である陸奥さん、

そして椅子に腰を掛けた提督が居た。

 

「涼月……良く戻ってきてくれた」

 

提督が思い思いに口を開く。それは感嘆の声でもあり申し訳なさを含んだ声でもあった。

いつも物腰重く動じる事のない提督だったが故に、私は戸惑いを覚えた。

 

「ど、どうかされましたか提督」

「いや、すまない。横須賀の一件を先程聞いてね。君には本当に悪い事をした。

 仮にも君の提督である私が、君を守ってやれなかった。いつしか当たり前になっていたよ」

 

当たり前。

こうやって私達が生きていられるのも、誰かが傍にいるのも、

長い時間それを謳歌していればいつしか当たり前になって、有難味が欠けてしまう。

提督はいつしか私の存在が当たり前の物になっていたのだろう。

 

「君の活躍と謙虚な姿勢を見ていると、どうしても重要な案件を委ねたくなってしまった。

 だがそれは違う。君も一人の艦娘だという事をいつしか忘れていた」

 

この提督は恐らく、私の付け込まれた所を逆に良い様に捉えているのだろう。

私が一人の艦娘で、そこまで強い存在ではない。だからこそ敬うべきなのだと。

 

「一つ確認したい。君が英雄というのを嫌っていたのは、そこにあったのかい?」

「……はい。私は、私の出来る事をしてきただけ。それだけです」

 

『まぁ、今の君にそれを解れとは言わない。むしろ比喩表現するのは他人の勝手さ。

 それでも、他人から見ればそんな存在であることを頭の片隅には置いておいてくれ』

 

私は呉鎮守府を発つ前に提督が言っていた言葉を思い出す。

私も彼の言うように、英雄という言葉は単なる比喩表現なのかもしれない。

それを理解して軽くあしらうだけの心があれば、ここまで踊らされることも無かったはずだ。

寧ろ自ら踊れば相手に踊らされることも無い。これもまた一つの道化とも呼べるだろう。

 

「ですが、私も頑なになりすぎていました。

 提督の言うようにもう少し比喩表現の一種として捉えるべきでした」

「いや、もとはと言えば君をそこまで追い詰めたのは私が原因だ。本当にすまない」

「……提督、程ほどにしてくれませんか。このままでは埒があきません」

「おお、すまんな長門」

 

やれやれと言った表情を浮かべる長門さんの横やりによって会話が止まる。

確かにあのまま続けていれば、一向に終わりが見えなくなる可能性もあった。

 

「とにかく涼月ちゃんが無事帰って来た。それでいいじゃない?」

 

ポンと手を叩く陸奥さんが丸く話を纏める。

やはり秘書艦と言うものはこういう配慮も必要なのだろうか。

 

秘書艦と言えばあの時大和さんに桜の髪飾りについてまだ何も言っていない。

また会った時に少し訳を話しておこうと思うのだった。

 

 

 

提督室から出て何処に向かおうかと悩んでいると、砲撃音が響いて来た。

恐らく演習場からだろう。まだ食堂が開くには早い時間なので、私は足を演習場に向ける。

 

呉に戻ってきてからというもの、川内さんと大和さんにしか会っていない。

そんな何とも言えない寂しさを紛らわすためという理由もあった。

決して肩身が狭い訳ではない。決して。

 

演習場では一人の駆逐艦が的確に的を撃ち抜いている。

その制服から吹雪型の人だろう。といってもこの鎮守府で吹雪型の人は一人しかいないのだが。

私もうかうかしていられないなと思いつつ声を掛ける。

 

「朝から精が出ますね。吹雪さん」

「す、涼月さん!?」

 

彼女にとって思わぬ人物からの声かけだったのだろう。

まるで信じられないような物を見るかのように驚いていた。

その今でも変わらない初々しさが、改めて呉に戻って来た事を実感させた。

 

「いつ頃戻って来てたんですか?」

「昨日の深夜……と言っても今日かもしれませんね」

「そんな遅くに……ってあれ? もしかして川内さんが嬉しそうにしてたのって」

 

何か思い当たることがあるらしい。

今は解らないが川内さんと吹雪さんは同じ艦隊を共にした仲。

彼女の性質も良く知っているのだろう。

 

「あながちその読みは外れてませんよ」

「ええー! だったら川内さん、皆に教えてくれたら良かったのに……」

「恐らく川内型の方々にだけは広めていると思いますよ」

 

あの川内さんのことだ。

同型である身内には広げておいて、周りの知り合いには情報だけを流しているのだろう。

そしてその情報を元に動く様子を見て楽しむ、所謂影役者の様な立ち回りをする筈だ。

そう。まるで本当の忍者の様に。

 

川内さん、大和さんに続いて吹雪さん。

提督にはもう既に挨拶しに行ったことだから、次は誰に会いに行こうか。

いや、もういっその事会いに行かず、

そのままのんびりと過ごして皆を驚かせた方が面白いかもしれない。

 

「涼月さん! 良かったらこれから御飯食べに行きませんか?」

「いいですよ。お土産話もたくさんありますから」

 

特に同型である吹雪さんには話さなければいけないだろう。

叢雲さんを始めとした、大湊に属する彼女達の今を。

 

 

//////////////////////

 

 

食堂では既に早起きな艦娘達が食事を摂っていた。

大湊の何とも団らんとした雰囲気と違って、

仲の良い人達がグループを作って食事を摂っている様子を見ると、

本当にこの鎮守府に配属されている艦娘の数は多いのだなと思ってしまう。

 

「皆ー! 涼月さんが帰って来たよー!」

「ふ、吹雪さん!?」

 

この食堂に響き渡る位の大声で私が帰ってきた事を伝える吹雪さん。

思わぬ行動に慌てながらも必死に抑えようとするも、既に発された声は戻らない。

食事をしていた人達の視線が一気に集中する。

 

「涼月! 帰って来てたんだ!」

 

食事中なのを気にすることなくその金髪を翻し飛んで来たのは舞風さん。

可憐に舞う彼女の身体能力も、彼女の練度の高さが齎してくれている物なのか、果たして。

私の元に駆けこむとそのまま両手を取って踊り出す。

それに対してステップを踏んで何とか足元だけでもと付いて行こうとする。

 

「あれ? 涼月も乗り気?」

 

その問いに私は笑顔で応える。

開き直るのではない。彼女の愛情表現を真に受け止めるんだ。

こうやって一緒に踊るという楽しみと嬉しさを彼女を通して知る為にも。

 

その変化に気付いた舞風さんはいつもより激しめに踊る。

それでも彼女が導いてくれる。そして私に合わせてくれている。

頼るというのは、こんなにも温かいものなんだなぁ。

 

「舞風! 涼月さんも! 周りの事を考えてください!」

 

そこに野分さんのチョップが炸裂して思わず頭を押さえる。

彼女が私に対して手を上げたことはない。

しかしその痛みも所謂彼女の表現だと考えればこの痛みすら温かさに変わる。

顔を上げると同じく頭を押さえていた舞風さんと視線が合い、共に笑い合う。

 

「丸くなったな、涼月」

 

やれやれと言った表情で現れたのは磯風さん。

真っ赤な瞳と大人びたその口調から浜風さんの事が頭をよぎる。

 

「なんていうか、随分変わりましたね涼月さん」

「はい。今までの私はさよなら、ってことでお願いします」

 

野分さんの戸惑いに対しても私は笑顔で答える。

 

「まぁ、そっちの方がいいんじゃないか?」

「磯風さんもいっその事こうなった方が楽ではありませんか?」

「馬鹿を言うな。私はこれが本当の私なんだ」

「そうですか」

 

私の冗談染みた発言にも冷静に返す彼女。やはり彼女とそう言う人なんだろう。

 

 

 

かなり時間が早かったからか、食堂に居た私を良く知る人達はこの三人しかいなかった。

席についてのんびりとお土産話を語る私。

それに食い入るように聞く吹雪さんと舞風さん。

興味ありげながらも大人げないかなと思っているのか自重している野分さん。

昔の事を思い出している不敵な笑みを浮かべる磯風さん。

 

「という事で、秋月さんと私はヒーローショーで深海棲艦役になったんですよ」

「スノーバスターかー……いいなぁ、私も見に行きたいなぁ」

「吹雪ちゃんが見に行ったら逆に参加を強要されそうだけどね」

「しかし国民に対して艦娘への理解を深める、か。中々妙案ではあるが名案とも言えるな」

 

舞風さんの言うように吹雪さんがその場に赴けば即座に参加させられるだろう。

あの深雪さんのことだ。こんな鴨が葱を背負って来る様な事態を見逃すわけがない。

また磯風さんの言うようにヒーローショーとはいささか無理があるが、

その根本が国民に対しての艦娘の支持を得る物というのは中々に妙案だと思う。

 

「呉ではそう言った事を催しませんからね」

「だよねー。いっその事何かしたらいいのに」

「カレー大会があるけど……それは艦娘対抗だしね」

「でも流石に厳しいだろう。環境が違い過ぎる」

 

人口や艦娘が少ない大湊ではそこまで大規模にならず、

遠方から人が赴くと言っても地方のお祭りぐらいの規模である。

流石に呉という大きな場所で開催するとなると流石に厳しいだろう。

 

「それを考えると、涼月は良い所に飛ばされたな」

「そうかもしれませんね」

 

小規模故に自由に動けるのは組織も同じ。

それを実感させてくれた大湊は色んな意味で良い経験になった。

 

「っと、私は失礼する」

 

磯風さんは急用を思い出したかのように急いで御飯を掻き込むと去って行ってしまった。

 

「磯風さん……どうしたんでしょうか」

「最近なんだか忙しいみたいだよ?」

「ここ数日は忙しいようで、何かあったんでしょうか」

 

恐らく浦風さん達の事だろう。そう思いながら去っていく彼女の背を目で追っていた。

 

「でも私の姉妹艦かぁ……いつか会いたいなぁ」

「吹雪さんなら必ず会えますよ。いつか、ではなく必ず」

「……だよね! よーし! その叢雲ちゃんを超える為にも、頑張るぞー!」

 

流石に叢雲さんを超える事は不可能だと思うけど……

でも彼女ならいつか成し遂げるのかもしれない。素直で優しい彼女なら。

 

 

////////////////////

 

 

食堂から出て空母の人達に顔を出しておこうと空母道場に向かう。

 

「おはようございます!」

 

今までの私のイメージを払拭する為に元気に勢いよく扉を開ける。

 

《デデン!》

 

そこには一人マイクを片手に持った加賀さんが今にも歌いだそうとしていた。

その隣にはご丁寧にジュークボックスが置いてある。

 

「「………」」

 

お互いが違う意味で何事と思って視線が重なる。

私は何か気まずくなりそっと扉を閉めた。

 

「(私は何も見ていない。私は何も見ていない)」

 

そう言い聞かせながらその場から離れていく。

そうだ。あのクールな加賀さんが空母道場で一人ジュークボックスを持ち込んで、

歌の練習なんてするわけがない。

前奏からして那珂さんとは違いかなり和風な感じではあったけど、

まさかあの加賀さんがそんな彼女に対抗するようなことをするわけが。

 

次の瞬間思いっきり肩を掴まれる。

それこそ戦艦のそれと勘違いしてしまうほどに。

それこそ金剛さんに首根っこを掴まれ、提督室にまで連行された時とよく似ていた。

背筋に寒気が走り体中から冷や汗が噴き出す。恐らくここまで恐怖したことはないだろう。

轟沈寸前のあの時も恐怖するよりも先に諦めていたから。

 

何とか無視して一歩を踏み出そうとしても体が動かない。

振り返ってはいけない。私自身の感覚もそうだが、私の中の妖精さんも恐怖していた。

でも反射というものが私を自ずと振り返らせる。

それは本当の意味で自制が効かない域だった。

 

振り返るとそこにはいつも通り、少しきつい視線を送る無表情な加賀さんの姿があった。

 

「加賀……さん?」

「涼月さん。お帰りなさい。まずそれだけは伝えておくわ」

「は、はい」

 

意外にも礼儀正しく挨拶され困惑。一体どんな反応をすればいいのか解らない。

一瞬希望があるかと思ってしまうも、肩に加わる力からそれは無いと否定する。

 

「で、何か言い残すことは?」

「……ありません」

 

加賀さん渾身のチョップが私の頭に炸裂するのだった。

 




頃。つまり今日も含まれる!(殴
更新遅れてしまいすみませんでした。
いっつも謝ってばっかりでごめんね! 不定期更新は保険なんだ!(今更)

今回は提督、長門、陸奥、吹雪、舞風、野分、磯風、加賀。
早朝という事もあって、起きている面子が川内を除くとほとんどいないのがネック。

吹雪はトレーニング欠かしませんし、
トラック泊地勢は全員今まで通りに早起きして時間を作っています。
大和さんが居なかったのはお風呂の関係……なのかもしれない。

ちょっと古いが時事ネタによるオチで締め。赤文字で大草原不可避な加賀岬。
この小説は基本効果音が入って居なかったり、シャウトをなるべく避けているので、
いざこういう時に不便だったりする。なので特殊な括弧を使用しました。

次回からゆっくり日常的な話を含めたおまけに入ると思います。
既にこの話からそれっぽくなっている? それ言っちゃ駄目ですよ。

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