艦隊これくしょん -艦これ- ~空を貫く月の光~ 作:kasyopa
記憶のない吹雪。彼女の過去に何があったのか、それが今語られる。
「ありがとう、大和さん。おいしかったわ」
そういって叢雲はおかわりのローストビーフをぺろりと平らげ、
そそくさとその場を離れようとする。
「あっ、ま、待って叢雲さん!」
慌てるように吹雪がその手を取るも振り返ろうとはしない。
長い前髪が彼女の眼を隠し、その表情を読み取ることは困難であった。
「あの、何も覚えてないって、なんのことなんですか?」
「……ごめんなさい。言葉のあやだったわ。なんでもないの」
離れようとする叢雲を吹雪はその手を力強く握ることで阻止する。
彼女と言葉を交わすごとに、心の中で今まで感じたことのない不安が頭をよぎる。
そう。吹雪は自らが呉鎮守府に着任するまでのことを覚えていない。
まるで最初からなかったかのように、思い出すことが出来ない。
艦娘は人として生きた時の記憶があるはずなのに、自分には存在しない。
どこで訓練を受けたのか、どこで艤装を手に入れたのかそれすらも解らない。
呉鎮守府に着任して今の提督の元で戦っていることは解る。
『……そっか。何も覚えてないのね。吹雪』
その言葉が何度も何度も頭の中で木霊する。
今更気にしないなんてこともできない。なら聞くしかない。この言葉を放った張本人に。
「私のこと、何か知ってるの!? 私が、呉に来る前のこと!」
「……その手、握ってなさい」
結論に至った吹雪。その言葉に対して叢雲はそう答え、
引っ張るように吹雪とその場を後にした。
「吹雪さんに、一体何が」
「………」
大和は叢雲と吹雪の言葉をかみしめるように言葉を零し、
涼月は何か悟ったかのように、しかし辛い表情を浮かべるのであった。
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とある砂浜に、二人の駆逐艦の向かい合った影があった。
一人はその茶色の髪を揺らし、一人はその白色の髪を潮風に揺らしている。
互いの表情は非常に複雑で、一方は不安と焦燥、それでいて覚悟で上書きした顔を、
もう一方は悲しみと苦しみ、されど強くあろうとする怒りにも似た顔をしていた。
「世の中、知らないことがあった方がいいのよ。そういうことも、ある」
「でも、それでも知らなきゃいけないんです。私が、何を忘れたのか、
どうして忘れてしまったのかを」
吹雪からすれば不安しかなかった。知らないことを知る勉強とは違う。
ましてや彼女ら艦娘だからこそ、ここまで身構える必要があった。
深海棲艦と戦い、いつも死とは隣り合わせの世界で生きている者達。
そんな存在である自分が元々どうだったのか、その事実を明かされるのだ。
並みの心構えでは簡単に折れてしまうだろう。
しかし出来れば人間として生きていた時の記憶を教えてもらえるなら、
そのショックも多少は和らげることが出来るだろうと、
心のどこかでは思ってしまう吹雪であった。
「後悔しないでよ」
吹雪の言葉を聞いて、叢雲は口を開く。
「吹雪は第一次作戦の事ぐらいは知ってるわね?」
その問いに対して吹雪は首を縦に振る。しかしその動きは重かった。
第一次作戦とはあの伝説的な勝利を収めた『暁の水平線作戦』ではない。
深海棲艦が登場してから、制海権を奪還するために発令された作戦である。
無論それは吹雪自身も名前と結果だけは知っていた。
呉に配属されてから足柄の歴史の授業で学んだからだ。
結果は従来の兵器では全く太刀打ちできず大敗―――と。
「一般的に開示されている情報はそこまでよ。
これから話すのはその作戦に関わった人間とごく一部の上層部しか知らない話」
本来ならば大敗という結果だけ告げて終わるはずのこの作戦に何があったのか、
叢雲は言葉を続ける。
「実は第一次作戦の前に、艦娘は存在していたのよ」
「えっ、でも初めての艦娘は金剛さんって」
「それは日本で初めて『艤装を装備して戦った艦娘』。
無論、その時は艤装なんて兵器は存在しない。艦娘なんて言葉すら存在しなかった」
それでも、戦時の軍艦の記憶を持った少女達が存在していた。
そんな少女がある時偶然にも難破した深海棲艦を見つける。
いや、俯瞰的に見るのであれば運命であったかもしれない。
それは現在から見れば最も低級の深海棲艦とされるイ級であったが、
通常の兵器が通用しないのは変わらない為驚異でしかない。
しかし地元の住民から出撃要請を受け派遣された自衛隊員が見たのは、
一人の少女が農具や機械を使用して損傷を与えているという光景だった。
すぐにその少女は保護され、
イ級も貴重なサンプルとして捕獲され研究機関へと送られる。
その少女の親には「難破した深海棲艦の攻撃による不調からの入院」、
といった適当な理由付けによって多少強引ながらも同意を得たそうで。
研究結果によって判明したのは以下の通りである。
・その少女の身体能力は同年代の者に比べてはるかに高いこと。
・その少女は過去の大戦で使用された特定の軍艦の記憶を保持していること。
・その少女が装備した武器による攻撃は深海棲艦に対してダメージを与えられること。
特に注目されたのは最後の部分で、実際の標的には同時に捕獲したイ級で行われた。
武器は種類を問わず、上二つによる事から銃器の扱いは達者であった。
しかし現代兵器に寄れば寄るほどにその習熟には時間がかかる上に効果も薄くなり、
特にミサイルなど他の装置で操縦する兵器に該当する物に至っては、
普通の人間が使用するのと変わらないまでに効力は失われていた。
それからも保護・観察が続けられていたが時間が経つにつれて、
その特定の軍艦の呼称に対して過敏に反応し、
最終的には自らの名前として扱うよう要求する。
それと同時に戦闘に対する学習を自発的に行うようになり、
戦闘に参加するという意思すら見せるようになったという。
ただうら若い女性をただ『深海棲艦にダメージを与えることが出来る』、
という理由だけで戦線に配備するのは倫理的な問題もあって出来なかった。
「本来ならそれで話は終わり。
その子も元の生活に戻って普通の少女として生きるはずだった」
「はずって……その女の子はその後どうなったんですか?」
「まだ話の途中よ。ここからが重要」
吹雪は艦娘という存在が見つかった説明をされた理由がわからなかった。
自分の記憶の話と何か関係性があるのだろうか。
そう思いかけるもそもそも情報量が足りなさすぎる上に、
そもそもあまり考え事はせずに行動する派であったため、
叢雲の言葉を皮切りに考えるのをやめた。
「自衛隊の中でどこかの誰かが言ったのよ。
『その特定の艦の記憶を持ってるなら、他の艦の記憶を持った子がいるんじゃないか』
ってね」
その予想は的中し、少数ではあったが特定の艦の記憶を持った少女達が発見される。
問題を起こして保護された者、自ら申し出た者と様々であったが、
研究の果てに全ての少女達が上の要素を持っていた。
そして自ら語った艦の名が、
全て第二次世界大戦で使用された駆逐艦と呼ばれる艦の物であるということ。
これらの報告から対象の少女は、世界中でその存在を認識されるまでの間、
社会復帰を目的とした保護教育機関による保護という名目で、
社会そのものから隔離されるようになる。
無論その身内に対しては、隔離に対する不満を和らげるためにあらゆる手段が取られた。
実際はその艦の記憶が原因で元から人間関係が希薄な者が多かったのだが。
「そんなこんなで、ある程度戦力が整ったと見た上層部がついに艦娘を、
そういう記憶を持った少女を戦線に投入することを決定したのよ」
最初は軽い実験のつもりだった。
防衛施設を建設するための安全確保を目的としたイージス艦に同乗する程度だった。
接敵されると手の打ちようがなかった為、少女の武装は狙撃銃が支給された。
深海棲艦の出現位置に関してはレーダーで捉えることが出来た為、
位置の特定に関してはそちらが優位ではあった。
それからもたらしたのは近海の深海棲艦の撃沈という吉報。
今まで一度たりとも勝てなかった相手から奪い取った勝利。
そこから始まった人類とごく少数の少女達による反攻作戦の準備。
「でもそれって、あまりにも無茶なんじゃ」
「ええ。普通に考えればね。でも本当にそれしかなかったから突き進むしかなかった」
唯一の希望。それがその少女達。
いつしか艦の記憶を持つ娘、『艦娘』と呼ばれるようになっていたが、
流石に政府側も少女を戦場の最前線に出しているのはまずいとして、
一般市民や大勢の無関係な自衛隊員には存在が隠蔽されていた。
正面海域の解放、日本の領海分の安全確保と破竹の勢いで進む彼女達は、
海上輸送路の確保に差し掛かり、南国諸島にたどり着く。
しかしそこで待っていたのは、新型の人型深海棲艦という悪魔だった。
艦娘の狙撃をものともしないその防御能力と圧倒的な火力。
魚のような形状をしたイ級とは全く違う機動性。
災厄の箱を開いたかのような現実に南国諸島での戦闘は大敗、
甚大な被害を出しながら日本近海へと戦線を押し戻され、
撃沈されたイージス艦の中に、一人艦娘が犠牲になるという大損害を出した。
「これが第一次作戦の真相」
そういって目を伏せる叢雲。その反応に吹雪は悪寒を覚える。
なんとなく解ってしまう。次に彼女が告げる言葉が何なのか。
「そしてその犠牲になった艦娘。それが貴女よ吹雪」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
当たってほしくもない予想に対して焦り制止の声をかける吹雪。
事態が飲み込めないわけではない。いや、飲み込みたくはなかった。
その表情、反応からその言葉が事実なのだと教えてくれる。
それでもこれだけは聞かなければならない。
「どうして叢雲さんがそんなことを知ってるんですか!?」
「それは私が貴女の乗っていた艦にいたからよ」
顔を上げる叢雲。その表情に変化はないが、後悔の色が強くなっているように見える。
「船が被弾した時、私は誘爆で大けがを負って残ることは許されなかった。
貴重な戦力を失うわけには行かない、ってね」
「でも貴女は避難する船員を守るためにずっと戦い続けた。
貴女は最初から最後まで『吹雪』として戦い続けたのよ」
「最初からって……ならもしかして、難破してた深海棲艦にダメージを与えたのも」
「残念ですがそこまでです」
突然の声と共に現れた一つの影。それに対して警戒心むき出しにする叢雲。
地面に着くほどにまで伸びたポニーテールが特徴的な茶髪の少女。
綾波であった。
「あっ、えっと、どちら様ですか?」
「私は綾波型駆逐艦、一番艦の綾波です。以後よろしくお願いしますね」
「あ、と、吹雪型駆逐艦、一番艦の吹雪、です」
「気をつけなさい吹雪。そいつ相当胡散臭いから」
いくら叢雲が警戒しようと、吹雪からすれば初対面でありそれは綾波も同じ。
自己紹介を交わすものの、叢雲は一切信用していない様子で吹雪を注意する。
同じ艦娘でそこまで警戒する必要があるのだろうかと思いつつも、
彼女もまた過去について知っているようで多少の不安を覚える吹雪。
「ダメですよ叢雲さん。そう簡単に機密情報をお教えになっては」
「はっ、私は吹雪に自分自身の過去を話しただけよ。
適当にごまかして後々本当のこと言われて絶望されるのはまっぴらごめんだわ」
自分は何も悪いことをしていないと白を切る叢雲に対して、
実際話してしまったものは仕方ないとあきらめる綾波。
覆水盆に返らずとはまさにこのことであった。
「まぁ、実際ここにいる私達以外には聞かれてませんし、
機密を守ったと言えばそうなんでしょう」
「もしかして綾波さんも私の過去についてご存知なんですか?」
吹雪はただの駆逐艦とも思えない風格を携えた綾波に対して思わず敬語になる。
その口調からして立場は艦娘というよりも上層部の人間、
提督などに近い何かを感じていた。
「それについて詳しくはお教えできません。
ですが叢雲さんのおっしゃった事は第一級軍機に匹敵すること。
このことについては他の誰にも話さないで下さいね」
多くは語るまい、と頭を下げてその場から去っていく綾波。
その姿が見えなくなってから叢雲は緊張がほぐれたように大きなため息をつく。
「叢雲さん、もしかして綾波さんも同じ船に?」
「いんや、あいつは今の立場上そういうことを知ってんのよ。
だからあんなにも余裕ぶってるし、上から目線なのよ。全く気に食わない」
もしかしたら私でも知らないようなことを知ってそうだけどね、と続ける叢雲。
確かにあそこまで達観した雰囲気の駆逐艦など磯風ぐらいしか知らない、と同意する吹雪。
今まで相当な経験をしたり、何か知ってはいけないことに触れてしまったのだろう。
それこそ自分の知りたくもないようなことまでも。
そこまで来て叢雲は先ほどの話の続きを切り出す。
「っと、さっきの質問だったわね。そう。最初に難破した深海棲艦を見つけたのも貴女よ」
「じゃあ、私は一体誰なんですか? 私は沈んだんですよね?」
沈んだことを一部の人間しか知らない理由は容易に想像できた。
涼月が瀕死の重体に陥った時も、そういった処置が施されたからだ。
ただそれだけでは吹雪は沈んだという事実は変わらない。
「おそらく誰かが死なせまい、と引き上げたのよ。それが誰かは解らない。
でもその代償にそれまでの経験と記憶の全てを失った」
船としての記憶を持つ彼女達にとって沈むことは死であり、
それを引き上げるのは普通の人間で例えるのであればそれは死者蘇生に近い芸当。
何の代償もなしにそんなことが出来るとは考え難い。
「ごめんなさい。こればっかりは憶測なの。でも貴女も知っているでしょ。
この世に同じ艦娘は一人といない。そして貴女はここにいる。なら自ずと答えは一つ」
「貴女を死なせたくない誰かがいて、貴女はそれに救われた。
そんなロマンチックな話があってもいいと思うのよ」
そういった叢雲の顔は、微かに微笑んでいた。
時系列を一掃するような回想回。
因みに第一次作戦のことについてさらりと流していますが、
第二章 第十七話にて少しだけ出てきています。
(難破したイージス艦を調査する話)
艤装が最初から存在して戦闘していた、という事はなく、
もっともっと現実よりの世界観になっています。
艤装開発に関する話は第一章の三十二話で語られてます。
流石に艦娘が遠隔操作で核を発射して深海棲艦を滅ぼす、なんてことはできないのです。
次回(厳密には今回)から大きくシナリオが進んでいきます。
無論足踏みするときもありますが…。
(オリジナル展開と独自設定で原作がもはや意味をなさないのだが気にしてはいけない)