艦隊これくしょん -艦これ- ~空を貫く月の光~   作:kasyopa

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――これはかつての思い出。今はもう色あせてしまったけれど――


第六話『道程』

いつも正しいのは勝者の言い分であり敗者には何の決定権もない。

いつまでも続く下剋上の歴史の中でその運命に翻弄される者が一人。

彼女の名前は綾波。大本営直属の艦娘の一人であり、現横須賀鎮守府で秘書艦を務める艦娘。

これはそんな少女のお話。

 

 

 

艦娘という存在が日本の制海権を取り戻し快進撃を続けていた時のこと。

横須賀鎮守府の前身となる施設の一室で二人の人物が会話している。

 

「新たなる艦娘が見つかったそうだな。名前は?」

「はい。資料によると特型駆逐艦11番艦、特Ⅱ型1番艦の綾波、とのことです」

「綾波か」

 

第三次ソロモン海戦にて多大なる成果を上げ、

最後は惜しまれつつもその身を散らした駆逐艦。

駆逐艦としての名を持った者達は皆少女というにふさわしい年齢ではあるのだが、

ここまでの武闘派であれば自ずと期待も高まるというもの。

 

「中々の逸材を見つけてきてくれたじゃないか。ここに連れてきているのだろう?」

「部屋の前で待機させてますが。あの、少し問題がありまして」

「何を心配する必要がある? これほどの武勲艦など叢雲以来、いや叢雲以上ではないか」

 

二人は上官と部下のような関係の様で、

部下と思われる人物が既に綾波を連れてきているそうだ。

しかし何か気まずいことがあったのか顔を合わせたくないかのような様子。

 

「綾波君、いるのだろう? 入ってきたまえ」

「は、はい! 失礼します」

 

幼い声がしてすぐに入ってくるのかと思えば、律義にノックをしてから扉が開かれる。

上官と思われる人物はその礼儀正しさに少しばかり好感を持った。

 

「ごきげんよう。特型駆逐艦、綾波と申します」

 

こげ茶と白色のセーラー服を身にまとい、長い髪を後ろで一括りにした少女。

おっとりとした容姿であり、どちらかといえば幼妻と言った方がしっくりくる程。

 

「なるほど、君が綾波か」

「あの、驚かれないのですか?」

「艦娘はその過去から性格が形作られるものではないとは重々承知のつもりさ。

 むしろ物分かりの良さそうな子で助かったよ」

 

部下の者が少しばかり気にしていたのは、

過去にそこまでの武勲を挙げた艦がここまでおしとやかだと、

上官が肩透かしを食らってしまうのかと思っていたからだ。

実際のところは既に艦娘自身の性格がそこまで、

過去の栄光や悲劇に影響されないということは周知のこと。

上の役職であればあるほどその事実は知られていた。

 

だが彼女達は名前と深海棲艦との闘争本能は憶えているものの、

自らの過去に関してはあまり知らない事から、

竣工して轟沈するまでのことは徹底して伏せられていた。

 

「とにかく君には現状の説明と訓練を受けてもらう。大変だがしっかり付いてきてもらうよ」

「綾波、了解しました。よろしくお願いします、司令官」

「はっはっは、私はまだ司令官ではないよ」

 

こうして綾波は一兵士として戦えるよう多くの経験を積み、

既に艦娘として戦う者達と共に海へと駆り出されるはずであった。

しかし―――

 

「どういうことですか!」

「どうもこうも、理由は先ほど説明したじゃないか」

 

まだ名もない反攻作戦。綾波が着任してからも順調に進行し、

月日が経ってソロモン海域まで制海権を人類の物にしようとしたところで。

 

「駆逐艦綾波は今回の作戦に参加させない。これは上からの決定事項だ」

 

突然下された命令。

それは次の大規模反攻作戦で綾波を参加させないというものであった。

 

部下であるものもその理由は聞かされていた。

幸いにもどういった理由かも知ることが出来る立場であった為、

頭ごなしに否定しているわけではない。

ただまだ艦娘という存在そのものが少ない日本では、

一人欠けるだけでも大きな戦力の低下を招いてしまう。

それも次の攻略作戦は大規模なもの。いうならば藁にも縋る状態である。

 

「それでも納得できません。ただ綾波がその海域で沈んだから、というだけで」

「我々は今まで深海棲艦という物が、ただの質量兵器という観点から打開策を講じてきた。

 しかし奴らは違う。もっと超常的な何か、我々では手の出せない位置にいる」

 

それ故に艦娘という艦としての前世を持つ少女達の攻撃が有効であり、

それもその時代に合った武器でしか効力を持たないのは、

もはや人間の理解の及ぶところではないと判断された。

 

「だから上も懸念しているんだよ。彼女達の呪いにも似た終わりをね」

「ですがそれならあの駆逐艦吹雪も叢雲も作戦から外すべきです!」

 

駆逐艦吹雪。最初の艦娘として保護された少女。

最も古株である彼女は最も戦闘経験が多く同時に多大な戦果を挙げており、

横須賀の誇る最高戦力といっても過言ではない。

一方の叢雲は綾波より一足早くこの横須賀に艦娘として呼ばれていたが、

実力は吹雪より低く目立った戦果を挙げているわけではなかった。

しかし彼女達も前世の艦はアイアンボトムサウンドで沈んだ艦であり、

その理由で綾波を外すのであれば吹雪も叢雲も外されるのが妥当だと反論する。

 

「彼女達が外れるのは戦力的にもかなりつらい。その代わり姉妹艦同士で同乗させ、

 少しでも生存率を上げるよう努力するそうだ」

 

艦娘が作戦に参加する際は万が一その艦が攻撃され沈んだとしても、

損害を減らすために一隻につき一人という取り決めがある。

今回は例外的に艦娘を多く配備することで防衛力を上げ対応出来るようにと配慮された。

それに姉妹艦というのは元々赤の他人であっても、

昔馴染みの友のように親睦を深めていることから連携も出来るだろうという判断らしい。

 

「……私には分かりません。未だに彼女達を戦線に投入するということすら」

「人は時として非情にならなければならない。個人の犠牲よりも種の存続の為に」

 

 

 

ソロモン海域の反攻作戦が間近に迫ったある時。

作戦で選ばれなかった綾波は反論することなくそれを受け入れ、

夜の自主訓練で走り込みを行っていた。

 

「こんばんわ!」

 

唐突に声をかけられ視線を移せば黄色のフードジャケットを着込んだ少女が併走していた。

驚きながらもペースを落とさない綾波は流石艦娘といった所でもある。

 

「その制服、私の持ってるのとそっくりだね。もしかして艦娘の人?」

「あ、はい。特型駆逐艦、綾波と申します」

「貴女も特型駆逐艦なんだ! 私は特型駆逐艦の吹雪です! よろしくお願いします!」

「貴女が、あの吹雪さん……」

 

垢抜けない外見ではあるがこれでも横須賀の誇る最高戦力である。

それに加え軍艦の装備に対する知識量も豊富で時折自衛官を驚かせる事も。

ただし彼女も例に漏れず自分の名の元となった駆逐艦が、

どのような過去を辿ったのかは知らない。

 

「吹雪さん、艦娘同士の交流は禁止されてるんじゃ……」

「そうだけど、見かけちゃったら声をかけないわけにはいかないし。

 それに一緒に走った方が楽しいよ」

 

綾波から見ても彼女の噂は耳に入っており、ほぼ全ての憧れの的となっていた。

それだけあって敬語で接するのは何らおかしいことではない。

 

「吹雪さんも走り込みを?」

「うん! 何事も体力が基本だから」

 

笑顔を浮かべ全く疲れていないアピールをする吹雪。

そんな健気な姿に綾波は感心してしまう。

二人はしばらく目立った会話もなくある程度走った後、防波堤の端で共に座り込む。

 

「この鎮守府、じゃなかった。海上自衛隊でもいろんな艦娘がいるって聞いたんだけど、

 全然会わせてもらえないからちょっと不安になってたんだ」

「きっと何か複雑な事情があるんですよ。私達に言えないようなそんな事情が」

 

艦娘は姉妹艦でない限り出来る限りの交流が制限されている。

理由としてはやはり少女という関係上親睦を深めすぎては、

いざ犠牲になってしまった場合精神をダメにしてしまう可能性がある為であった。

 

「でも叢雲ちゃんとは一緒に訓練したりしてるよ?」

「叢雲さんは確か姉妹艦なんでしたっけ。私はまだお会いしたことがなくて」

「ああごめん! 叢雲ちゃんは私の姉妹艦の艦娘でね。

 結構プライドが高くてツンツンしてるけどいい人なんだよ」

 

知っていて当然の如く話されてしまい困惑する様子を見て、

予想していなかったのか慌てて補足説明を入れる。

そんなワタワタした様子の吹雪を見て思わず吹き出してしまう綾波。

 

「そんな笑うところじゃないよ!」

「ごめんなさい。吹雪さんってすごい艦娘って聞いていたので、

 もっとしっかりした人なのかと思ってたんです」

「そんな、私なんてドジしてばっかりだし、いつも自衛官さん達に迷惑かけてるから」

 

吹雪の言う通り、というところもある。

保護されたとしても艦娘の持つ戦闘に関する知識や超人的な能力は衰えることはない。

むしろ日常という織から解放されたことからその傾向は加速し、

一般的な少女とはかけ離れていった。

それであって社会的知識は年相応の物の為所謂『生活のズレ』は顕著なものであり、

迷惑をかけてしまうこともあるという。

 

「でも、今度の攻略作戦にも参加されるそうですね」

「うん。今回は長い出撃になるから叢雲ちゃんも一緒に乗せてもらえるって」

 

そこまで会話が進んだところで、何者かが駆けてくる足音が聞こえてくる。

会話を中断し警戒して振り返ると、一人の男性が息を荒げながらも走ってくる様子が見えた。

 

「あの人は確か」

「私達を案内してくれる方、でしたね。私達を思ってくれているいい人です」

 

綾波が言うように、その男性は上官に対して新たな艦娘の報告を任されている人物であり、

最も艦娘との距離が近い人物でもあった。

 

「吹雪!」

 

その名を呼ばれ急いで立ち上がる吹雪と、

交流しているところを見られてしまいどうにかうまい言い訳を探す綾波。

距離は詰まり、完全に上がった息を整える彼をどう対処しようか考えているところで。

 

「今からでも遅くない! 今すぐ攻略作戦を辞退するんだ!」

「えっ!? えっ!?」

「と、とにかく落ち着いてください!」

 

肩を掴み必死な様子で彼は訴える。

反応に困ってしまう吹雪にまずいと思ったのか綾波が仲裁に入った。

 

「あ、ああ……すまない」

「大丈夫です。それより何かあったんですか?」

 

一時的に困惑したもののそれはそれ、すぐに落ち着きを取り戻し質問を飛ばす。

 

「今回の作戦で、おそらく君は死んでしまう。それは絶対にあってはならないことなんだ」

「「………」」

 

突然の死の宣告に驚きを忘れ黙り込む二人。

多くの戦場で死と隣り合わせだったが故の反応だ。彼女達にとって死は身近なものである。

だからこそそういった言葉に対してあまりいい言葉とは言えなかった。

 

「どうしてですか。どうして、私が沈んでしまうんですか?」

「その理由は、言えない。だが、おそらく私の予想では「それ以上はやめておけ」」

 

部下の肩に男の手が乗せられ言葉が遮られる。

その男は二人も見た事がない、

しかしその厳格な風貌からかなりの上官であることは予想できた。

 

「君は知りすぎている。それに加え艦娘に対して感情的になりすぎだ」

「で、ですが! 彼女達はまだ子供なんですよ!?」

「そうだ、少し休暇をやろう。君も働きづめで疲れただろうからな。

 西の方にでも観光に行ってくるといい」

 

その言葉と共に複数の男達が部下を取り囲み、強引に引きずられていく。

 

「やめろ! 私は吹雪を!」

「私情まで持ち込むとは、これはいよいよお役御免かもしれないな」

 

「見苦しいものを見せてしまってすまないね。君たちも早く戻りなさい。

 二人が会っていた事は目をつむるが、そのかわり今回の件は他言無用で頼むよ」

 

ただただ引きずられていくその姿と男の背を眺めながらも、言葉が出てこない二人。

ここは深海棲艦と戦うための基地、不要な因子は即座に排除しなればいけない場所なのだと、

改めて実感させられる。

 

程なくしてその部下は急遽転属となり、作戦は決行された。

結果は新たなる深海棲艦――戦艦級や姫級と称されるの登場により惨敗。

吹雪の犠牲という多大なる損害を出しつつも、それ以外の艦娘は何とか帰還するという、

ある種奇跡とも言える結果で作戦は終了。

その後太刀打ちできないままに正面海域まで押し戻されてしまい、

人類は再び窮地に立たされた。

 

吹雪が同乗していた船と共に沈んだ事実は上層部の手によってもみ消され、

彼女を守れなかった叢雲は呉へ左遷させられる。

その分の穴埋めと言わんばかりに、綾波は戦場に立ちその名に恥じない活躍を見せた。

 

綾波があの夜から吹雪と会うことはなかった。

その理由は考えなくても自ずとわかることであったから、追及はしなかった。

ただ戦場に立ち深海棲艦を狩ることだけを思考し、実行した。

自らの闘争本能の赴くままに、かつて黒豹と呼ばれた駆逐艦として。

 

―――そして戦争は変わる。

艤装と呼ばれる装備を手に艦娘が深海棲艦と対峙する時代へと。




まだ少し続きます。

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