艦隊これくしょん -艦これ- ~空を貫く月の光~ 作:kasyopa
艤装が揃う前に呉への空襲があり、
暁の水平線作戦が成功を収めた後のお話。
時は経ち、暁の水平線作戦が成功を収め、日本近海の航路がとりあえず確保されたころ。
戦争が変わり艦娘の招集も進んだ。
それでも綾波は他の艦娘とは一線を画す存在であった。
「今日も精が出るな」
いつからか日課となっていた走り込みを終えた綾波に声と共にタオルが投げ込まれる。
それを戦場で培った反応速度で受け取ると、磯風がいくつかの書類を持ち立っていた。
その様子から秘書艦としての仕事をしている途中なのだろうと推測する。
「磯風さん、いつもお疲れ様です」
「ああ全く、私も書類ではなく深海棲艦と戦いたいものだ」
やれやれと首を横に振る磯風。
彼女が艦娘として横須賀鎮守府に着任したのは幾分か前のことであったが、
ある程度の練度が高まってからは秘書艦として文字通り書類と戦っていた。
理由としてはひとえに彼女の人柄がある。
駆逐艦でありながらとても落ち着いた物腰で周りを見る目もあり、
まさに管理職を任せるには適任といえる人物だったからだ。
また駆逐艦という幼い容姿から相手を油断させ、
情報を聞き出すのに適していたからという理由もある。
「その事ならこの綾波にお任せください。期待以上の戦果を持ち帰って見せますよ」
「ははは、お前が言うと重みが違う。提督からの信頼も厚いだけはある」
「私が、ですか?」
「ああ。かつてこの鎮守府で活躍した艦娘に匹敵するだろうと、言っていたよ」
その言葉で綾波の脳裏に移るのはあの日の夜のこと。
随分と前のことではあるが未だに忘れることが出来ない。
艦娘のことを思ってくれていた人物と、憧れていた艦娘との別れの夜。
彼は噂によれば呉の空襲の後後任の提督として働いているらしいが、真相は定かではない。
「それでもあの人には届きません。いつも健気に笑い続けるあの人には」
名前も告げることすら許されない、一人取り残されたような顔で遠くを眺める。
「そういえば話は変わるがもうすぐ哨戒任務ではなかったか?」
「そうですね。行ってきます」
「ああ。私の代わりに頼むよ」
海に出られないのがよっぽど悔しいのか、磯風は少し嫌味を込めた言葉を贈る。
それを何とも言えないような笑顔で返したのだった。
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誰も引き連れず、ただ一人で哨戒任務にあたる綾波。
港から離れすぎなければ単艦での哨戒任務は認められている為何も問題はない。
以前に比べ艦娘同士の交流が積極的に行われている現在でも、彼女は孤高を貫いていた。
それは戦場に立ち続けて黒豹の如き振る舞いになったからか、
それともほかの艦娘が敬遠しているのか、それは解らない。
遠くの方に大型船が見える。
この近海は暁の水平線作戦にて安全を確保されているので、
少しずつだが大型船を使った大量輸送も再開されている。
普段なら見慣れた光景であり気にも留めないのだが、今回は少し様子が違った。
あからさまに武装した船員が多くみられる。
この辺りは鎮守府ということもありセキュリティは万全を期している為、
見える形で武装した者がいるのはおかしかった。
不審に思った綾波は哨戒任務を手早く終えてその場に向かう。
大型船の近くでは常に見張りの船員達が警戒しており、
ひときわ大きなコンテナの積み下ろし作業が行われていた。
辺りには休憩時間と思われる作業員や艦娘が野次馬として集まっている。
彼らもこの異様な雰囲気に誘われて見に来たのだろう、と予想する綾波。
武装した船員に話を聞いている人もいるがすぐに突き返されていた。
その中に見知った顔を見つける。秘書艦の磯風だ。
見るからに不機嫌そうだったが他の人よりは情報を持っているだろうと近づく。
「全く、秘書艦である私にも『関係ない』ということはないだろう」
「磯風さん、何かあったんですか」
「ああ、私も知らない輸送船だったから問いただしたんだ。
するとどうだ、『私達は提督の許可を取っているから問題ない』と言ったんだ」
その場で悔しそうに歯ぎしりする彼女。
ぐちぐちとその後は思い思いの言葉をぶつけていたが、
後半は自分が出撃出来ないことに対する愚痴だった為綾波は軽く聞き流していた。
途中でその態度に気付いた彼女は頭を冷やしてくると言い残しその場から去る。
そんな中で視界の端で何か黒い影が動いた。
おろされた積み荷の影を縫うように動くそれが何か解らないが、
表立って行動していないところを見ると何か悪いものの気がするのは当然だった。
動きは遅いが船員達の目を確実に盗んで動いている。
綾波も船員達の目から逃れその影に潜む者を追った。
幾多の戦場で経験豊富な彼女が動きの遅いそれを逃すことなく、
追い込むように誘導しある倉庫の中まで追い込む。
何か悪戯を企んだ艦娘か作業員か、はたまた密航者か。
前者なら理由などを聞き注意すればいい。後者なら拘束し身柄を預かってもらえばいい。
その為に二人きりになれる場所を選んで誘導した彼女。
「さて、あなたはあそこで何をしようとしていたんですか?」
「………」
倉庫の影に隠れるその人物は衰弱している少女のように見える。
暗さに慣れてきて相手の姿が見えてくる。その姿は綾波にとってとてもよく知った人物。
その場で腰を抜かし私を見上げるのは黒い短髪の少女。
もみあげはぎりぎり肩まで届くぐらい。平凡な顔つき。
でも私は覚えている。あの時一度だけ会話を交わしたこの人の顔を。
「吹雪、さん」
「吹雪……? 私の名前は吹雪っていうんですか?」
自分の名前を憶えていない。それ以前に吹雪という少女は既に死んでいる。
攻略作戦は彼女の犠牲の上で最低限に済んだといっても過言ではない。
そんな英雄ともいえる艦娘がこんな場所にいるというのか。
「あの、あなたは私のことを知っているんですか?」
「知っている、とは言えません。本当に貴女が私の知っている『貴女』なのか」
と遠くの方で騒ぎが大きくなる。
何事かと思い綾波は顔を覗かせると巨大なコンテナが船からトレーラーに積み込まれている。
だがその警備の数が先ほどよりも増えていた。数人ではあるが武装もしている。
普段の物資輸送とは違う異様な光景を見て先ほどの騒ぎが大きくなった理由を理解する。
気になりはするが今は吹雪に似た少女の扱いをどうするか考えるかが先決だと、
彼女の中で始末をつけたのだ。
「あれは、あれはいけないものです。私が、なんとかしなきゃ!」
「貴女はあれが何かご存じなんですか?」
その少女は戻した視線の先におらず疲労困憊の状態でありながら、
そのコンテナを凝視して走り出していた。
このままでは見つかってしまうと危険視し、肩を掴み声を掛ける。
それでも止まることを知らない少女はその問いに対して首を横に振り言葉を続ける。
「放して、ください! ダメなんです! 何か解らないけど、それでも!」
その使命にも似た焦りと何より艦娘の力を持ってしても止められない少女。
綾波はその事実にかつての少女の姿を重ねてしまい、
なおのこと見つかってはまずいのではないかという不安が芽生える。
しかし次の瞬間少女は前のめりに倒れてしまった。
体を支えるも彼女は気を失ってしまっている。
恐らく体力の限界だったのだろうと、近くの使っていない倉庫の中へと運び込んだ。
床にブルーシートを布いて寝かせる。
野次馬の艦娘達、強化された警備を考えれば自室に連れ込むことも可能だっただろう。
しかし連れ込んだところでその後に続かない。
であるなら既に外にいた方がまだ警備の目をかいくぐることが出来る、と。
コンテナは別の場所に運ばれたらしく、野次馬も去った。
綾波の信頼できる人物がこの鎮守府にいないわけではない。
真っ先に思い浮かべるのは秘書艦を務める磯風。
しかし頼るわけにはいかなかった。秘密を知るものは限りなく少ない方がいい。
かつて死んだ英雄がこの場にいるという秘密は。
だからと言って綾波だけで彼女を隠し通すことも難しいのも事実。
彼女はいわば駆逐艦の中で横須賀鎮守府の誇る最高戦力。
艦娘同士の交流も活発になった今では彼女に接触する艦娘も数えきれない。
そもこの鎮守府にいること自体が少女にとって危険なことだった。
「せめて、私の代わりに面倒を見てくれる人がいればいいんですが」
それも彼女のことを知っていて、
それでも一人の艦娘として、少女として扱ってくれる人がいれば。
「そんな都合のいい人がいるわけ、ありませんよね―――」
弱弱しく呟いた脳裏にとある男性の姿が浮かぶ。
かつてこの鎮守府にいて、吹雪の身を案じた結果呉に左遷させられた人物が。
その人物は実績が認められ提督になったと風の噂で耳にした。
そして今の呉鎮守府は過去の空襲の経験から航空戦力に力を入れている。
それならば護衛艦に駆逐艦の一人をねじ込むこともできなくはないだろうか。
あまりにも無茶が過ぎる話ではあるが、ここでずっとかくまうのも無理。
こうして、綾波による少女の異動が計画された。
・
・
「この手紙を、提督名義で呉の提督に送ってほしいんです」
大切な話がある、と綾波の部屋に呼び出された磯風が告げられたのは意外な言葉だった。
差し出される封筒。既にのり付けされており中身を見ることは叶わなかった。
無論、その中に書かれているのは吹雪の異動に関する書類なのだが。
「提督名義、か。難しいことを言ってくれる」
それに対して苦笑で返す。
提督名義と言っても名前を書きかえれば終わりではない。
その証拠となる専用の印を書類、または封筒に押さなければいけなかった。
特殊塗料も使用されており、当然偽造することなど不可能。
それに例え艦娘同士の文通であれど反抗の兆しはないか、
外部とつながっていないかなどの危険から郵送物の検閲は当たり前となっている。
偽物に関して厳しいこのお国柄とご時世の合わさった物であり、
逆にそれを超えてしまえば検閲から逃れられる。
「やっぱり、無理ですよね」
「いや、伊達に書類と戦っているわけではない。仕事の片手間にやっておこう」
すんなりと手紙を受け取る磯風に少しばかり違和感を覚える綾波。
「理由を聞かないんですね」
「聞くだけ野暮ということだ。大事の前の小事と受け取れば、な」
「磯風さん?」
「……そうだな。お前だけには話しておこう」
一度立ち上がり部屋を去ろうとした磯風は少し考えるそぶりを見せて、
再び向き合う形で腰を下ろした。
彼女が語ったのは少し前に運び込まれた謎の物資。
それは艦娘の艤装研究機関に送られたまではよかったが、
その警備の為にこちらの人員は裂かれ多額の資金援助も行っているとのこと。
「なんでも大型艦の艤装研究の為と聞いているが、どうもきな臭いからな。独自で動いている」
「そんなことが……」
他の艦娘はもう終わったことのように処理しているが、
秘書官である磯風は違う。書類と戦う以上見逃すことのできないことだと見抜いている。
綾波も吹雪に似た少女のあの様子を思い浮かべる。
あれは本当にこちらにとって利をもたらすべきものだったのか、と。
「話は以上だ。お互い自分の信じた道を行こう」
「はい。磯風さんもお気をつけて」
それから数日後、磯風はトラック泊地へと左遷されることとなる。
その理由を知るものは、誰もいない。
・
・
それからさらに時は経ち。
寝静まった夜。光も指さない倉庫の一室。そこに少女はいた。
艦娘としての知識はまだだが、一般常識程度は身に着けていた少女。
幸いにも警備が研究機関に裂かれていることもあり、
手薄になったことから予想以上に隠し通せていた。
ロウソクの火が灯る中、少女はペンを走らせる。
それに書かれているのは魚雷の構造や艦娘の艦種といった艦娘用の問題であった。
艦娘という保証がないものの、本や資料を与え艦娘として再教育する。
「出来ました」
鉄の扉の下から問題用紙が差し出される。
扉の前にいたのは綾波。学校の先生よろしく赤ペンで丸を付けていく。
「満点です。本当によくできてますよ」
そういって丸付けの終わった問題用紙を返す。
綾波は自分の顔を見て自分が沈んだ時のことを思い出すのではと思い顔は見せなかった。
記憶が戻ると何かしら問題が起こる可能性があったからだ。
一人の少女を監禁しながらもそれしか道がないと決めつけ、
冷徹になってしまった自分を悔やみながらも生かし続ける。
そこに昔の優しい綾波の姿はなかった。
「あの、私はこんなことをしなくちゃいけないんですか?」
「すみません。でももうすぐですから」
磯風が呉へと送った手紙が着き、鎮守府の準備が整うまでは時間がかかる。
それを示す手紙が綾波の元へ届き、それを信じて少女の教育を行ってきた。
しかし一人の少女をこのままにしていては精神を病んでしまう。
「……仕方ありませんね」
いつか来ることだと理解はしていたが、行動へ移すことが出来なかった。
今回の疑問でそれが露呈してしまった。これ以上少女は持たないのだと。
綾波は扉を開き、用意していた日用品が詰まった背負い袋と共に少女を鎮守府の外へ連れ出す。
いつも警備の合間を縫ってここにたどり着いていた。
予算も大半が研究機関に当てられていたことから損傷箇所の修理は行き届いておらず、
そんなに難しい話でもなかった。
「貴女にこれを」
「これは?」
「私からの選別の品、と思っていただければ」
決して顔が見えないようにと、月も出ていない真っ暗な場所で背負い袋を渡す。
「その中には日用品や貴女が呉に向かう為のお金が入っています」
「呉……? そこで何をすればいいんですか?」
「鎮守府には話を通してあります。頑張って一人で、というのも酷な話ですが」
「大丈夫です。きっと吹雪さんなら、あの人に会えますよ」
そういって少女に背を向ける。
「あ、あのっ! お名前、教えてくれませんか!?」
「それはまた、次の機会に」
その顔が笑えていたかどうかは、綾波にも吹雪に解らなかった。
遠い過去の、駆逐艦達のお話。
艦これ新アニメから新しい話題出てないんですがそれは……
次回からは回想が終わり映画本編へと戻ります。
そして涼月と吹雪の歩む戦場の物語へと。