艦隊これくしょん -艦これ- ~空を貫く月の光~   作:kasyopa

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第八話『混成』

交流会の翌朝。多くの艦娘達はいつも通りの日常を送っていた。

早朝のトレーニングを行う者、装備の整備を行う者、朝に弱くまだ起きられていない者。

 

違うことがあるとすれば作戦準備中ということもあり、

呉・トラック・大湊で代表を務める艦娘は一つの部屋に集結していた。

議題はもちろん浸食海域の調査について。

 

「それでは浸食海域についての議論を――」

「早急に部隊を編成して調査を行うべきよ」

 

長門の始まりの合図を待たずして口を開いた叢雲からは、

会議をしている暇などないと言いそうなオーラを漂わせていた。

長門の気の利いた話題すら一刀両断する彼女。

 

そうなるのも無理はない。

早朝に明石の工房を訪れた彼女が聞かされたのは、

浸食海域での損傷具合を詳しく調査するため偽装の修理が遅れている、ということだった。

また遅効性の毒などが含まれている可能性などを考え、

叢雲と五十鈴はこの会議の後に精密検査が行われ、一日自室待機と告げられてた。

誰も予測できない事態だからこそ多少はありえた話ではあったが、

あまり納得のいかない叢雲は抗議の念を込めてかなり強引な意見を出していた。

まるでそちらの要求を呑む代わりにこちらの要求を通せと言わんばかりの。

 

「確かに叢雲ちゃんの焦る気持ちは解るわ。でも何も対策しないと被害が増えるかもしれない」

「だからこそ、その調査部隊を早急に編成すべきだって言ってるのよ」

「叢雲ちゃん、それを決める為にも少し落ち着こう? ほら、お茶を淹れてきたから」

 

お盆を手に皆の前にお茶と少しの菓子を置いていく艦娘がいた。

前回の会議にはいなかった茶髪に2つのおさげをした少女。

 

「ありがとう。君は確か、白雪と言ったか」

「はい。吹雪型の二番艦、白雪です。今回、大湊の副代表として参加させてもらいます」

「丁寧にすまない。改めて、長門型戦艦、一番艦の長門だ。よろしく頼む」

 

各々が感謝の言葉と自己紹介を述べつつ、場に馴染んでいく白雪。

元々は会議が加熱したときの為に事前に用意したものであったが、

まだ始まって一分と経っていないのに出すことになるとは、用意した彼女自身も思わなかった。

 

「でも副代表なら別の方に頼んでも良かったんじゃないですか?」

「いえ、むしろこっちの方が本領といいますか……艦娘なのに変な話ですけどね」

「白雪はこっちの提督の口にする物全部を担当してるからね」

 

お茶とおはぎを口にして少し落ち着いた叢雲が冷静に解説する。

他の面々もお茶を一口飲み、それに納得するように首を縦に振った。

 

「綾波さんもいかがですか?」

「私はお構いなく。後でいただきますね」

 

全員に行きわたったと思いきや、入り口の傍でたたずむ綾波の姿があった。

まるでこの場にいる面々を全て視界に収めるように。

 

「さて、落ち着いたところで艦隊編成についてだが、まず空母を2人は編成したい」

「偵察用と調査用ね。なら護衛に軽巡か駆逐艦ってところかしら」

「駆逐2、軽巡1、重巡1で編成して遭遇戦に対処できるようにした方が良いですね」

 

長門・陸奥・大和が意見を出し合い、あっという間に構想は決まっていく。

第一に偵察と調査を、足の速さや遭遇戦を考慮にいれるなら戦艦は自然と外れていく。

実際は軽空母がいればよいのだが、呉で航空戦力の大体を割いている関係で、

軽空母の艦娘は横浜や舞鶴、佐世保に全て割かれていた。

 

「叢雲、大湊の艦で動かせる艦は君と五十鈴以外なら問題ないか?」

「正直私を入れてもらっても構わないけど――」

「叢雲さんはちゃんと検査してから安静にしててください!」

「はいはい、私と五十鈴以外なら行けるわ」

 

あわよくば組み込んでもらおうと思った叢雲の思惑は明石によって阻止され、

しぶしぶ長門の要求を承諾する。

 

「ならよかった。では呉・トラック・大湊の混合艦隊といこうか」

 

 

 

ショートランド泊地の港に6人の艦娘が集結していた。

重巡洋艦の鳥海を旗艦に置き、赤城・飛龍・由良・吹雪・涼月で編成された艦隊である。

 

「いやー、各鎮守府の艦娘勢ぞろいだねー」

 

この艦隊は錬度や判断力が求められるのもさることながら、来る大規模作戦展開の際、

別々の鎮守府の艦娘同士で構成された艦隊を組まなくてはならない事態も考えられる。

そのためまず手始めに馴染みやすい性格などを考慮して組まれた艦隊でもあった。

実際の所まず何かあっても相互を理解している涼月と、

意思疎通に長けた吹雪が何とかしてくれるだろうという期待を込められてもいるのだが。

 

そこに揃った5人を見て飛龍が言葉を漏らす。

呉の代表的な航空戦力である赤城と飛龍。加賀・蒼龍と組んでいないのが異例であったが、

今回からの戦力投入に際していつも通りが通用しない部分が多く、

また臨機応変に対応できるように同鎮守府内の艦娘でも少し変わった編成を行うこととなった。

 

「貴女方が一航戦の赤城さんと二航戦の飛龍さんですね。お噂はかねがね。

 長良型軽巡四番艦の由良です」

「では私も。旗艦を務めさせて頂きます、高雄型の四番艦鳥海です。よろしくお願いします」

 

二人の丁寧な自己紹介と敬礼に赤城と飛龍、吹雪は敬礼で返す。

一方の涼月も敬礼で返すものの、懐かしい時を思い出して表情が緩んでいた。

それに気づいた由良は敬礼を解いて優しく微笑む。

 

大湊側では規模の小さい鎮守府、もとい提督府では頻繁に艦隊を変更することも多かったため、

でも鳥海と由良が同じ艦隊になるのはそう珍しいことではない。

むしろ艦種や姉妹艦の垣根を越えてでも落ち着いた気の合う仲である。

それは同じように活発な姉を持つなど境遇が似ているからともいえる。

 

「あの、吹雪型一番艦の吹雪です! 本日は、宜しくお願いします!」

 

一方呉とトラック泊地以外の艦娘と交流するのに慣れていない吹雪は、思いっきり頭を下げる。

 

「そんなにかしこまらなくても結構ですよ。MI作戦では大変な活躍だったそうね」

「い、いえいえそんなことありません! 私がやらなきゃって思っただけで」

「でもそのお蔭で私は救われたんですよ。遅れましたが一航戦、赤城です」

「二航戦の飛龍です。今や吹雪ちゃんは呉のエースだから、もっとドーンと胸張ってなきゃ!」

 

期待しているという意味も込めて赤城は吹雪の右肩に手を置き、

緊張をほぐすように飛龍が左肩を軽くたたく。

 

「それなら涼月さんだって活躍されてましたし、何より大湊でも活躍されたんですよね」

「いえいえ、私は大した働きは出来てませんよ。大湊の方々には圧倒されてばかりでした」

 

いつもと変わらぬ謙虚な態度で返されてしまい頬を膨らませる吹雪。

 

「皆そろっているな」

 

そんな和やかな雰囲気の中に現れたのは、作戦を伝達するために訪れた長門と陸奥である。

 

「作戦内容は主に二つ。赤城と飛龍は艦載機で浸食海域の拡大具合の調査と、

 サンプルの採取をお願いしたい。ここまでで質問のあるものはいるか」

「あのー、一つよろしいですか?」

 

長門直々の作戦内容の通達に対し飛龍が手を上げる。

 

「ああ、かまわない」

「浸食海域の拡大具合の調査で空母を使うのはわかるんですが、

 サンプル採取なら水上機の方がよくないですか?」

 

実際、水上で停止し安定した量が確保できる水上機の方が採用されるかと思いきや、

航空巡洋艦は編成されておらず鳥海も水上機を搭載していなかった。

むしろその枠を割いてまで電探などを搭載している為、疑問の声が上がるのも不思議ではない。

 

「それに関しては明石からの意見があってな」

「私達の使う艦載機と水上機はかなり小型で、浸食された時の被害が計り知れないらしいわ」

「あー、それは一理あるかも」

「それで大変心苦しいのだが、皆には実際に浸食海域内部でサンプルの採取を行ってほしい」

 

その言葉を聞き誰もが表情を変える。皆が戦いに備えた戦士の顔だ。

それもそものはず。浸食海域の情報に関しては哨戒の艦娘を考慮し、

全ての艦娘に開示されていたのだ。当然謎の損傷が見られることも含まれている。

 

「浸食海域が我々に与える影響については知っての通りだが、

 原因の究明と対処については明石と夕張が全力をもって当たってくれる」

「当然ながら遭遇戦を初めてとした戦闘は極力避けること。

 調査もそうだけど偵察も怠らないようにね」

 

そう言われて納得できるものではないが、同時に看過できない状況にあるのは明らかである。

 

「わかりました。ですがその為には容器が必要ですよね」

「ああ、もうすぐ届くだろう」

「長門秘書艦、持ってきましたー!」

 

元気な声と共に大きな金属音が響く。

音のした方向を凝視すれば舞風と野分が灰色のドラム缶を運んできていた。

といっても一人一つ、計2個ではあるのだが。

ドラム缶の中央には縄と浮きが括り付けられており、この後の発言が容易に想像できた。

 

「明石さんが一晩で作ってくださいました。艦娘の装甲を強化した素材でできているそうです」

「これを吹雪ちゃんと涼月に引っ張ってもらってサンプル取ってくるんだって。頑張ってね!」

「というわけだ。吹雪、涼月。よろしく頼む」

「ド、ドラム缶……」

「なんていうか、一周回って斬新ですね……」

 

歴戦の勇士である2人でも、少しばかり引いてしまうのだった。

 

 

/////////////////////

 

 

一度該当海域まで進攻したことのある鳥海の案内を受けながら6人の艦娘が海を駆ける。

複縦陣の最後尾。吹雪と涼月がドラム缶をけん引する。

その感覚としては大発をけん引しながらキス島へ向かったことと変わらないのだが、

どうも慣れない吹雪はしきりに括り付けられた艤装とドラム缶を交互に見ていた。

 

「ううー、やっぱり慣れないなぁ」

「気にしないで、といえるわけではありませんが、あんまり気にしすぎも良くありませんよ」

「だよね、でも」

 

涼月が助言するもやはりいつもと違う感覚なのは気にしないわけにもいかず。

 

「あ、そうだ。涼月と吹雪ちゃんにも質問があったんだった」

 

飛龍がちらりと後方の二人に視線を送る。

雰囲気としては励ましたり空気を換えるものではなく、単に思い出した程度のことであった。

 

「ショートランドに向かってる時に変な声が聞こえたでしょ?

 その時何か話しかけてたよね」

「それは、本当ですか」

 

思わぬ質問に赤城も興味を持つ。最前列を走る鳥海と由良も同じように視線を送っていた。

 

「あ、赤城さんも聞いたんだ」

「ええ、泊地に向かっていた時に。でも霞んでいるのか何を言っているかまでは」

「ですよねぇ。で、そこの所どうなの2人とも」

 

期待と少しの不信感を持った視線が向けられる中、一人の少女が口を開いた。

 

「あの、声ってなんのいうことですか?」

「えっ?」

 

それは吹雪。彼女は戸惑いつつも心当たりがないという素振りで答える。

その表情は嘘とは思えない彼女由来によるもので、

この中で彼女を最もよく見てきた赤城にとって信用に値した。

少なくとも、吹雪にはだが。

 

「―――帰りたい」

 

視線を下にして影を落とす涼月の放った言葉に、全員が戦慄する。

 

「まるで迷子の子供が見知らぬ誰かにせがむような、そんな声です」

「わかったわかった。ありがとう。なるほどねー、涼月には聞こえたと」

 

話の腰を折るように飛龍は前を向き直す。それ以上聞いてはまずい気がする。

艦娘としての本能か、はたまた彼女より人生経験が豊富からなのか。

どちらにせよ彼女はそれに従った。

 

「………」

 

しかしそれを無視できない艦娘が二人。吹雪と赤城である。

特に吹雪には見えてしまった。それを語る涼月の影が濃くなっていくことを。

 

「皆さん集中してください。もうすぐ浸食海域です」

 

鳥海の声で艦隊全体に先ほどとは別の緊張が走る。

遠方に映る空は赤く雲は黒く染まり、

その様子はまるで海その物が深海棲艦と化しているかのようにも取れた。

 

「では飛龍さん、浸食海域の影響範囲調査を、赤城さんは内部と周囲の索敵を」

「おっけー、まかせて」「わかりました」

 

慣れた手つきで矢を弓を番えて艦載機を放つ2人。

 

「周辺に敵艦隊の姿はありません。引き続き警戒を続けます」

「ありがとうございます。由良さん、潜水艦は?」

「こちらも異常なし、ね。果たしてあの赤い海でも潜水できるかは分からないけれど」

 

一人インカムに耳を傾ける由良も首を横に振る。

この艦隊で唯一ソナーと機雷を搭載している彼女は、対潜戦力として一目置かれている。

確かにそうね、とだけ告げて鳥海は赤い海を睨んだ。


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