艦隊これくしょん -艦これ- ~空を貫く月の光~   作:kasyopa

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第十話『不審』

入渠を済ませた3人は足早に明石の工廠へと向かい、

赤城もまた艤装に関しての質問の為に入渠施設へと向かっていた。

廊下で鉢合わせた4人は手短に言葉を交わすと再び明石の工廠へと向かった。

そして、現在。

 

「……確かに変色してますね。こんな症例初めて」

 

様々な資料――恐らく艦娘に関しての資料に目を通す明石も、打つ手がないと首を横に振った。

 

「変わった事って言っても、敵機の粘液を浴びたくらいですよね」

「はい。敵が関与しているとしてもそのくらいで」

「吹雪ちゃんは何ともないよね」

「私は問題ありません。むしろ何で涼月さんだけ」

 

全く同じ状況になっているのは涼月を除けば吹雪だけ。

同じように浸食海域のサンプルを採取し、同じように敵機を迎撃し粘液を浴びた。

それ以上のことはしていないし、行動を共にしていた。

 

違うこと言えば過去の話になるが、一度意識不明の重体に陥ったことだろうか。

あの時は妖精さんの力によって奇跡的な回復を見せ、大鳳と共に戦場へはせ参じた。

しかしその後遺症が今更出てきたというのもおかしな話である。

大湊にいた時も大きな損傷は受けず、また襲撃にも合っていない為、

そこで何かされたという可能性も薄い。

例えそれが涼月からすれば、何も無かったでは片付けられない出来事であっても。

トラック泊地にいるうちは明石が何度も診断を行っていたため、

何よりその変化を見逃すほど彼女の目は節穴でもない。

 

「でも白い髪の艦娘っていますよね? 翔鶴さんとか叢雲ちゃんとか」

「あの人達は元々そういう髪色だったから、

 艦娘になって変わったってのは聞かないかな」

「確かに翔鶴姉ぇは初めて会った時から白髪だったわ」

 

実際に姉妹艦として長くいた瑞鶴が言うのなら間違いないと、頷かざるを得ない吹雪。

そうしていくうちにも涼月の検査は続けられる。

 

「粘液を浴びること自体はよくあることだし、

 害があるものじゃないってのは研究で昔から言われてるからね……」

 

頭を悩ませる明石。事態が好転するわけでもなくとりあえず同じように経過観察、

ただし症状が治まるまで出撃はできないことを告げる。

こればかりは仕方ないと肩を落とす涼月であったが、そこで赤城が一つの疑問を投げかけた。

 

「これは確認になるのだけど、涼月さんはあの声が明確に聞こえたのよね?」

「あ、はい。吹雪さんも聞こえてたみたいですけど」

「そうなんですか? 今は本当になんて言ってるか分からなくて」

「声……ですか」

 

その言葉に明石は今までのカルテを取り出し中身を流し見する。

 

「その声については把握してます。不気味な声が聞こえてくるって言う子達が絶えなくて」

 

特に駆逐艦の子達が怖がり、また不審がった艦娘が幾度にわたりその報告をしていた。

しかしその内容までを明確に聞き取った者がいないのも確かである。

そしてそれが吹雪と涼月を分ける明確な違いであった。

 

「涼月さん、すみませんがその声の内容について聞かせてもらえますか」

「はい」

 

その内容と声の感じまで明確に答えられる彼女はこれまでの異常を含め、普通の艦娘ではない。

その場にいた全員がそう思った。それと同時に涼月の言葉に嘘はないとも。

彼女は皆の為に真実を告げているだけなのだと。

 

「とりあえず、髪以外で異常は見られないのでひとまず自室待機という形で」

「解りました。失礼しますね」

 

涼月は足早にその毛先を隠すように工廠を立ち去る。

その様子から彼女自身も今回のことはかなりこたえているようだ。

いつまでも彼女の背中を追いかけていた吹雪にとって、それはひどく小さく見えてしまう。

 

「じゃあ次は吹雪ちゃんの検査だから、もう少し待っててね」

「あ、はい!」

 

 

/////////////////////

 

 

その日の夜、ある一室にてそうそうたる艦娘が顔を出していた。

そこには長門や叢雲などといった各鎮守府の代表だけでなく、一航戦や二航戦の姿もあった。

午後には今度は浸食海域の拡大状況の確認のみに絞り込んだ別艦隊として、

加賀・蒼龍が編成された調査艦隊が出撃しており、その情報を統合するために呼ばれている。

 

「4人がもたらしてくれた情報を元にすると、これだけの速度で拡大を続ければ」

「3日かそこいらでこの泊地も浸食されるってわけね」

「それに加えて生物も全滅となると、

 早急に手を打たなければこの海域を奪還しても人が住めないわ」

 

まだ浸食海域の影響が陸では確認されていないものの、

このまま浸食が進めば何が起こるか分からない。最悪不毛の地と化してもおかしくはない。

人類の為に戦っている彼女達だからこそ、

自分達だけの問題ではなく奪還後の事も考えなければならなかった。

また浸食海域の拡大はそのまま航行中の進行時間の増加につながるため、

もはや手段を選んでいる場合ではなかった。

 

「ですが、レコリス沖で確認された未確認の深海棲艦に関しては」

「それもある。が、そこは充分な戦力をもってして正面突破するしかないだろう」

「幸いにも、周辺海域から危険視するほどの深海棲艦の確認は上がっていません」

 

大和が長門に本日哨戒を行っていた報告書のまとめを提出する。

そこには確かに多少の会敵があったものの大きな被害は出ておらず、

姫級の深海棲艦は確認されていなかった。

 

「これを罠として取るか、はたまた考えすぎか」

「ですが敵が同じ手を何度も使用してくるとも思いません」

 

加賀が多少食い気味に意見具申を行う。

これまで二度三度に渡ってこちらの裏を掻いてきた深海棲艦だが、

それは暗号が解読されていたからにすぎず、

キス島の一件において敵の手に渡っていたと思われる暗号表も回収され、

新たに発明された暗号が適応されたことから以前の物が使用されても罠と扱うこととなった。

 

「この泊地の集結した戦力を見越してのこの異常事態、踊らされているようにしか思えん」

「異常事態といえば、ですが。こちらを」

 

明石も同じく、大和と似た報告書を提出する。

そこに記されているのはこの海域に響く声と浸食海域によって受けた損傷、

そして採取したサンプルと通常の海水の成分の比較表についてだった。

まず目についたのは比較表。

どちらも異常な物質は含まれておらず、成分に多少の誤差があるが許容範囲内であった。

 

「これが本当だとするなら、何故損傷や生物の死滅が起こりえる?」

「数字は嘘をつきません。ですが、数字で表せないものによる影響であれば、おそらくは」

 

その言葉と共に明石は追加の資料を提示する。

 

「これは涼月さんが採取した魚の……」

「赤城さんの言う通り。この魚の死骸がこの数字に嘘はないと証明してくれたんです」

 

明石によればいくつかの死体を解剖して死因を探った物の、

目立った外傷はなくまた体内から毒素が検出されたわけでもないとのこと。

それこそ時間を止めたかのような死に方だったという。

 

「なんかここまでくると呪い殺したとかそういう類だよね」

「そうね。あながち間違ってないかも」

「呪い、ですか。言い得て妙ですね」

 

蒼龍と飛龍がうんうんと首を縦に振っていると、

入り口で変わらずもたれかかっていた綾波がその口を開く。

 

「綾波殿、それは何か知っていると捉えてもよろしいか?」

「はい。そのためにも私が派遣されたといっても過言ではありませんから」

 

訝しむ長門に動じず綾波は言葉を続ける。

それはまるですべてを知っているといわんばかりの態度で、

平静を保つ綾波は進み出て海図が広げられた机の前へと立った。

 

「この度の深海棲艦による大規模な海域侵略は今まで大本営側でも確認できませんでした。

 ですが深海棲艦の持つ性質から予測することは可能です」

「性質、というと」

「何故我々の攻撃しか受け付けないのか、ということです」

 

その発言に戦慄が走る。

それは長年研究し続けられているものの、未だに解明できていない謎であった。

 

「アンタ、それって第一級軍機に匹敵するとか言うんじゃないわよね?」

「これはあくまで私達の中でも仮説の域を出ないことなので、

 そこまで機密というわけでもないんですよ」

 

その発言に誰もが嘘だと思ったが口出しする者はいなかった。

ここで余計なことを話し機嫌を損ねでもすればその仮説を聞くことができないだろう、と。

 

「結論から申し上げますと、深海棲艦は呪詛や呪いとされる力が源、という仮説があります」

「つまり奴らはその類で現代兵器を無効化していると、そういうわけなんだな」

「無効化、というより影響を受けづらい、という方が正しいかと」

「ん? なら何で私達は対抗できるの?」

「それは艦載機乗りの妖精さんを統べる貴女方の方がお詳しいと思います」

 

飛龍の疑問に対してサラリとかわすように答える綾波。

確かに少し考えてみれば質問することですら無かった。

MI作戦で感じた確かな妖精さん達の意志を覚えている。それは今も同じだった。

 

「私達艦娘が陽であれば深海棲艦は陰。

 根源を同じとする船を元になった我々の力でしか対抗できないと考えるのであれば、

 何も不思議なことはありません」

「確かに現代において霊体を捕えたり、量ったりする機械はありませんね」

「そういう物が存在すればあるいは有効だったかもしれませんね」

 

そういった仮説により浸食海域の要因は深海棲艦にあるとされるも、綾波には疑問があった。

 

「しかし先ほども言った通り、これほどの規模は今回が初めてです。

 これほどの呪詛を広域に及ぼすには何かしらの祭壇や触媒が必要と考えるのが妥当です」

「あ、それなら思い当たるものがありますよ!」

 

それを聞いて待ってましたと言わんばかりに飛龍が名乗り出る。

海図の端に書き記された、地殻変動と謎の光についての記述。

 

「残念ながら偵察機が全機撃墜されてしまったので映像や写真は残せなかったんですけど」

「叢雲さん、確認ですがこの記述にあったようなものはなかったですよね」

「そうね、むしろ見落とすわけがない。でも浸食海域の発生地点がここなのは変わりないわ」

「艤装の損傷も生物の死滅もその呪詛によるもの、という見解でよろしいですか?」

「そうですね。明石さんは今後そのように動いてもらえれば」

「うへぇ……呪いを科学で対抗しろなんて無茶を仰る……」

 

恐らくその光と陥没した海に触媒、または祭壇に属する物が存在することは明確。

仮説の域を出ないのは変わりないが、最も納得のいく答えでもあった。

それに基づいて様々な不確定要素を強引ながらも迅速にまとめ上げていく。

 

「そのほか、何か報告することはないか?」

「あ、こちらの資料も目を通してもらえれば」

 

海水の比較表よりも前、艦娘の艤装の損傷具合がまとめられている。

その中でも特に目を引いたのは吹雪と涼月の艤装についてだった。

 

「浸食海域に進攻した艦娘の中で、2人はその影響を受けていないと思われます」

「ふむ……」

「それに加え、謎の声の内容について把握していたのもその2人だと」

 

謎の声については大和を通じて報告が上がってた為、長門も知ってはいた。

しかしその内容までは報告に上がっていなかった。

 

「その2人は今どこに?」

「共に自室待機を命じてます。吹雪さんならすぐお呼びできますが、涼月さんは……」

「すみません、本部に報告の為お先に失礼します」

 

口ごもる明石と目線を逸らす赤城。

その様子で何かを感じ取ったのか、はたまた普通に定時報告なのか綾波はその場を後にした。

 

 

/////////////////

 

 

一方その頃、睦月・如月・夕立が吹雪を連れて涼月の部屋を訪れようとしていた。

 

「涼月ちゃーん、一緒にご飯食べに行こうよー」

「今日は第六駆逐隊の特製カレーっぽいよー」

 

ノックと共に2人が声をかけるも中から返事が返ってくることはない。

 

「おかしいわねぇ、もう先に行っちゃったのかしら?」

「でも自室待機なんだよね」

「えっと、今日は多分もう晩御飯たべちゃったんだと思うよ?」

 

吹雪は事情を把握しているため、複雑な表情を浮かべつつ制止しようと試みる。

しかしそれを知ってか知らぬか、ゆっくりと少しだけ扉が開かれる。

部屋に明かりはついておらず、

隙間からは黒いフードを深く被り目線すら隠した涼月の姿が覗いた。

 

「すみません皆さん……今は、そんな気分じゃないんです」

「涼月ちゃん、どうかしたの?」

「そんな暗いところにいたら当然っぽい! ほら、行こう!」

 

夕立は涼月の腕を取り、強引に部屋から引っ張り出し、その勢いで体勢を崩しフードも脱げる。

そんな弱々しい涼月に驚く4人であったが、それ以上に言葉を失う光景がそこにあった。

フードという縛りが解けた彼女の髪は、下から半分以上と前髪の毛先に至るまでが、

その綺麗な黒を失っている。

 

涼月は両手両足をついた状態で頭を横に振りながらも、何が起こったのかを理解しようとする。

しかしそれを阻害するように自らの長い髪が垂れ下がり現実を突きつけた。

症状が進行しているという現実を。

 

「っ!」

 

何も言わず自室に飛び込み扉と鍵を閉めて、その場でうずくまる。

あまりの出来事に4人も思考が追い付いていなかった。

 

「す、涼月ちゃん、イメチェンしたっぽい?」

「そ、そうだよね! たまにはおしゃれしたい時もあるよね!」

「そ、そうね。その白い髪も素敵だと思うわ」

「……黙って」

 

戸惑いながら励ましの言葉を贈るも、消えるような言葉で告げる彼女に生気は感じられない。

尋常ではない様子から、今は時間を空けようと結論付けた4人は静かにその場を去る。

その後ろからは静かに、けれど確かにすすり泣く音が響いていた。


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