艦隊これくしょん -艦これ- ~空を貫く月の光~ 作:kasyopa
4人は涼月に起こったことを受け止めきれないまま、
屋外に設置された食事用のテントに集まっていた。
「どうしたのよ4人揃って辛気臭い顔して」
「あっ、雷ちゃん」
そこで食事の調理と配給を行っていたのは第六駆逐隊の暁・響・雷・電の4人であった。
「そんな顔で並ばれたら私達の特製カレーが台無しだわ!」
「ほら、福神漬けも大盛にするよ」
「響ちゃん、それはちょっと違うと思うのです」
そう言いつつも彼女達は4人分のカレーをしっかりと用意する。
呉鎮守府で見事栄光を勝ち取った物であり、
その味はトラック泊地や大湊の面々にも好評であった。
「そういえば涼月さんはどうしたのです?」
「そうね。貴女達いつも一緒じゃない」
何気ない電と雷の言葉に吹雪は体が固まる。
「涼月ちゃんは午前中の任務で疲れちゃったから部屋で休憩してるの。
後でお弁当として作ってくれないかしら」
「分かった。声をかけてくれればいつでも作るよ」
「暁達のカレーを完成まで導いてくれたんだから、いつでも大歓迎よ!」
「そうね。ありがとう、皆」
如月の機転によって事なきを得たものの、その純真無垢な言葉がさらに突き刺さる。
4人は重々しく席につき挨拶もなしにさじを進めていく。
皆は同じことを考えていた。
毛先からだんだんと白く染まっていく彼女が、
まるで深海棲艦として生まれ変わっていくように見えてしまった。
そしてそういう思考が生まれてしまった自分自身にすら嫌悪感を抱いていた。
信じたくないけれど、信じてしまうような不気味な変容。
自分がそうなってしまうのだろうかという恐怖より、
最も身近な人がそうなってしまうという現実の方が恐ろしかった。
「隣、いいかな」
そんな落ち着いた声が上から降りてきて振り返る吹雪と顔を上げる3人。
そこには通常の赤城達ほどではないが、大盛のカレーを持った二人の艦娘の姿があった。
「あの、貴女方は?」
「すまない、紹介が遅れたな。伊勢型航空戦艦、二番艦の日向だ。
そしてこっちの抜けていそうなのが一番艦の伊勢だ」
「ちょっと日向ー? その言い方はないんじゃないかなぁ?」
「何、ちょっとしたジョークだよ」
聞いたことのない名前と見たこともない容姿。
白い胴着の上半身だけを残した服を羽織り、
下は茶色い袴のようなデザインのスカートで、
地味ながらも色合いがやや黒めの落ち着いた服装であった。
そんな突拍子のない出会いであっけに取られている。
「あれ? もしかして大湊の人っぽい?」
「ぽいじゃなくて本当に大湊の艦娘。君面白いねー」
伊勢と呼ばれる艦娘は4人の了承なくテーブルにカレーを載せたトレイを置く。
それにため息をつくように日向と名乗った艦娘は伊勢の隣の席に座った。
「晩御飯なのにお通夜ムード全開だったからさ、
もし何か悩みがあったら先輩として話くらい聞くよ?」
「そういうことらしい。お節介な姉が厄介をかける」
「そういう日向はマイペース過ぎるの。もう食べ始めてるし」
「早く食べないと冷めてしまうからな」
対照的な2人を見て気落ちしていたことすら忘れてしまう4人。
どうもこの2人には既視感がある。
呉で言うならば長門と陸奥、赤城と加賀を足して2で割ったような関係だった。
「い、いえ。いいんです。なんていうか、お二人の姿を見てるとその」
「悩みも消えちゃった、みたいな? そうだよね、如月ちゃん!」
「そうね、まるで芸人さんかと思っちゃったわ」
「それは言えてるっぽい~」
そういって空元気を沸かせた彼女らはいつも通り仲良く会話をしながらさじを進めていく。
「うん、元気になったなら何より!」
伊勢もそういうと自分のペースで大盛のカレーにありついていく。
「懐かしい声がすると思ったが、やはりお前達か」
「お、長門じゃ~ん、久しぶりー」
「伊勢は相変わらずねぇ。日向も元気してた?」
「こちらも変わらずだ。陸奥も元気そうで何より」
久しぶりという割には先日挨拶しただろう、と長門。
別に気にすることないししっかり挨拶したのはこれが初めて、と伊勢が続ける。
二人の手にも伊勢や日向に負けないほどの大盛のカレーがよそってあり、
湯気の立ち具合から先ほどやってきたばかりなのだろうと推測される。
「な、長門秘書艦!」
反射的に駆逐艦の4人は立ち上がり敬礼する。夕立は匙をくわえたままだったが。
「ああ、そういうのは気にするな。
ここにいるのは秘書艦ではなくただの食事に来た艦娘とでも思ってくれ」
「そうそう。戦闘でもないのに気を張り詰めてたらいざって時に動けないわよ?」
「は、はぁ」
そうは言われても、二人の放つ威厳・オーラは駆逐艦には耐え難いもので、
特にそれを感じることの多い呉鎮守府所属ならではの風習となりつつあった。
ちなみにトラック泊地所属の艦娘達は大和が随分と丸く、
料理も良くたしなんでいる為結果として他の戦艦の艦娘であっても畏まらずに対応している。
「食事の邪魔をしてすまないかったな。別の席にでも移るとするか」
「えー、釣れないじゃん長門。昔話に花咲かせようよ」
「む、しかしだな」
「私達のことはお気遣いなく、長門秘書艦。それに私達も昔話には興味がありますから」
「確かに長門秘書艦の昔話、聞いてみたいっぽい!」
「お、乗ってくるね。嫌いじゃないよそういうの」
ふふ、と笑みを零す如月と興味津々の夕立に推し負け、
あきらめて伊勢の向かいに腰掛ける長門と、
彼女に見えないようにウィンクを飛ばし日向の向かいに座る陸奥。
「そういえば思ったんだけどさ。ここの鎮守府のカレー、駆逐艦の子達が作ってるの?」
「ああ。このカレーのレシピを作ったのも彼女達だからな」
「私達のところでは毎年艦娘主催でカレーの自作レシピを持ち寄った大会をしていてね。
厳正なる審査にて優勝したレシピは一年間鎮守府カレーとして採用されるの」
「ほう、深雪達から噂程度に聞いてはいたがまさか本当に開催していたとは」
「で、その『厳正なる審査』は誰がやってるの?」
昔話とは違う些細な疑問ではあったが、大湊にとっては艦娘だけのイベントという物はない為、
興味の惹かれる話ではあった。
面白い話であるならば大湊に戻った後に提督へ打診してみようとも考えるほどに。
そんな中で最も気になったのがその『厳正なる審査』を行っている者についてであった。
「……私だ」
「へぇ~、あの長門がカレーの審査、ねー」
「なんだ、思うことがあるなら言った方がいいぞ」
「いや~? 特に何もないけど、あの長門がねー」
「あの、長門秘書艦だと何かあるんですか?」
ただひたすらに含みのある呟きを続ける伊勢の変わった様子が気になったのか、
吹雪が自然と尋ねる。あからさまな態度であるが、純粋な彼女には興味の方が勝ったらしい。
「お、そこを聞いちゃうか。なら話してあげないとね」
「なっ、卑怯だぞ伊勢!」
「だって昔話しようって言って乗ったのはそっちだし」
勢いよく立ち上がり抗議の声を上げる長門に対し、
まぁまぁと笑みをこぼしながら沈めて席に座らせる陸奥。
日向は至って平然とした態度で変わらず匙を進めている。
それは4人が戦艦の艦娘として訓練をしていた時の頃。
一人前の艦娘として前線に立てるかどうかの最終試験に対し、
最初に受けるのは誰かという話が上がり、当然ながら誰も行きたがらなかった。
軍事関係の最終試験ともなれば経過を確認する定期試験より厳しいのは目に見えており、
それを一番手に受けるというのは不安な点も多かった。
そんな中話し合いをしても埒が明かないと試験日の前日に、
伊勢の思い付きで一口サイズの饅頭でロシアンルーレットが開始される。
当然1人を選出すればいいだけなので外れはひとつだった。
「それで結果はどうなったっぽい?」
話の流れからもう展開は予想できるも、あえて尋ねる夕立。
「それは勿論長門が引いて、でもその後が面白くってさ」
「仕方ないだろう、元から苦手だったからな……」
食事をしていた手を止め両肘を机の上に置き、悩ましいように影を落とす長門。
「あの~、その外れには何が入っていたんですか?」
「ハバネロだ」
睦月の問いに対してそれまで口を開かなかった日向が答える。
見れば既に彼女の前からカレーが消えていた。
元々外れが存在することについては知らされていたものの、
その中身までは伝えられていなかった。
当然付き合いの長い伊勢もその時点で長門が辛い物が苦手なことを知っており、
中身を告げれば断固拒否されるのは目に見えていた。
そもそも苦手なものを入れなければそれで済む話なのだが、
だからといって条件にあった不味いがすぐに調達できるわけがなく、
またリアクションが解りやすいものが最も適切なので、
その時鎮守府内の香辛料として実験的に栽培されていたハバネロを採用したとのこと。
その結果長門は拍車をかけて辛い物が苦手になり、
その上で試験を最初に受けねばならいという苦汁を味わったため、
二重の意味で辛い物がダメになってしまった。
「この話はくれぐれも内密に、だ。分かったな」
「「「「は、はい(ぽい~)」」」」
伊勢が一通り話し終えると、長門は威圧感を増しながら4人に願いでる。
それはもはやお願いではなく脅しに近いものだったと、後に夕立は語る。
「でもこの時は涼月さんも審査員でしたよね?」
「それは単純に辛いカレーだと辛いのが苦手な人が困るからって言ってたわ。
本当にあの時は救われたわね。長門?」
「うるさい……」
あの壮絶なカレー大会にはそんな裏話があったのだと新鮮な気持ちになりながらも、
今ここにいない彼女のことを思い出してしまう吹雪であった。
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うってかわってこちらは涼月の部屋。
窓の外から覗く月が部屋を照らし、
こちらからは見えないが広場からは楽しげな声が響いている。
涼月はその光を避けるようにベッドの上で丸くなり、掛け布団の中で震えていた。
彼女は外から聞こえてくる音が鬱陶しいとは思っていなかった。
ただそれよりも聞きたい声があった。
「どうして? 何故答えてくれないんですか」
そこには誰もいないというのに問い続ける。
はたから見ればただの精神異常者ではあるが、彼女がそうするには理由があった。
「私の妖精さん……」
任務から帰ってきてから自室待機を命ぜられた彼女は昼寝がてらベッドに横になっていた。
知らぬ間に眠ってしまっていた彼女は月の光で目を覚まし、
何気なく明かりをつけ外の風景を窓越しに眺めようとする。
しかしその窓に映ったのは前髪の毛先まで進行した白髪。
それに後ろ髪に至っては半分以上が白く染まっていた。
そんな光景を目の当たりにしてすぐには信じられなかった。
ただ現実を受け入れたくない一心で部屋の明かりを消してベッドの上で丸くなっていた。
その矢先に睦月達が部屋を訪れる。
心配はかけまいと、顔だけは見せなければとフードを取り出し対応したのだ。
その結果があれだ。信頼する友に異常な光景を見せてしまい、その上酷い断り方をした。
彼女達も必死に考えて励ましてくれたのに、それをたった一言で断ち切ってしまった。
そんな罪悪感で心が埋め尽くされそうになり、
藁にもすがる思いで自分の中に宿る妖精さんに問いかけたのだ。
しかし何度問いかけても、その答えはおろか声すら返ってこない。
過去にそんなことはなかった。常に彼女達――あるいは彼ら――は涼月と共にあった。
彼女が電探を必要とせず超人的な察知能力で敵機を迎撃していたのは、
その延長線上にある一つの副産物に過ぎない。
彼女の魂に直接干渉し目覚めさせたことで、その意識は溶けあい共に生きていた。
過去に涼月が気落ちしたときに話しかけてきたこともあった。
その時は気分に引っ張られてしまい妖精さんも元気をなくしてしまったのだが、
確かに共にあったのだ。
それが今は、ない。
心が締め付けられる感覚に苦しみ、涙もこぼれる。
こんな時、こんな自分を受け入れてくれる誰かがいてくれたなら。
こんこん、とノックの音が響く。まるで心の叫びが神に届いたかのように。
しかし涼月はその思いを押し殺し今度こそ誰も相手にしない決めていた。
息を潜め物音ひとつ立てずにその人物が去ってくれる事を願った。
鍵は閉めてある。こうやって引きこもっていれば誰も自分には干渉しないだろう。
でも誰かに聞いてほしい。この心の叫びを。
相対する二つの思いが入り交じり嗚咽に似た声が漏れる。
咄嗟に手で覆うもそれは消えてくれず、何度も吐き出される。
その声を聴いてか、唐突に鍵が開かれ誰かが入ってくる。
足音は一つ。木の床によく響く固くも軽い音。
「長門さんにお願いして、マスターキーを借りたのは正解でした」
優しい声が涼月の心に響く。
それは最も長く付き添った人。
「貴女なら、またあの日のように一人で抱え込んでいると思ったから」
一人の女性がベッドの中でうごめく彼女の傍まで近寄る。
「もう一人で抱え込まないでください。涼月さん」
優しく取り除かれる一枚の布と、交わる視線。
そこには変わり果てた涼月を見ても変わらぬ笑顔を浮かべる、大和の姿があった。
投稿者ページにて活動報告を更新いたしました。
近況報告や本来あとがきに書くことを記しておりますので、
興味のある方はご覧ください。