艦隊これくしょん -艦これ- ~空を貫く月の光~   作:kasyopa

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第十三話『真実』

『ケホッ、ケホッ』

 

弱々しくせき込む音で意識を引き戻される。

少女の左腕には何度も刺した点滴の後があり、

今もまた傍に立てられた点滴から雫が一滴ずつ静かに接種されていた。

 

扉をすり抜け思わず手を伸ばすも、その腕に触れることは叶わない。

今の涼月にこの光景は見覚えがないものの、どこか懐かしさを感じていた。

いつかどこかで見た夢のように。頭で覚えていなくても、魂が覚えているような。

必死に思い出そうとしているところで、扉が開かれる。入ってきたのは一組の男女。

しかしその頭は砂嵐で覆われており顔を見ることはできなかった。

綺麗な服に身を包み、お見舞いに来たのだろうと予測する。

 

『お父さん、お母さん』

『■■』

『■■■■■』

『今日は元気だよ』

 

セピア色の自分の言葉に目を見開く。

もう一度確かめようとしても砂嵐が邪魔で見ることができない。

払いのけるように手を伸ばしても空を切るだけで意味をなさない。

2人の声にはノイズが走り、口も見えないため何を言っているかすら分からない。

 

しばらく少女は2人と他愛ない会話を続けた後、車いすに乗って部屋を後にした。

部屋の片隅に畳まれていたそれを女性がベッドに寄せて男性が抱え上げることで、

何とか乗り込むことができた所をみると、

介護無しでは生きられない程にまで弱っているのだろう。

涼月は意を決して3人を追いかけることにした。

 

 

 

3人が向かったのは防波堤の一角。

天気は快晴で温かいのだろう。車いすの少女は照り付ける日光を一身に浴びて上機嫌だった。

勿論傍の海では艦娘達が陣を組んで演習をしている。

防波堤の端まで行くのかと思いきや、

少女は真ん中に差し掛かったところで男女に声をかけて止めてもらう。

すると男性は少女を車いすからおろし、コンクリートとはいえ地べたに座らせた。

 

『ここにね、私が埋まってるんだよ』

 

まるで我が子を愛でる母のような顔をする少女は嬉しそうに、しかし寂しそうに地面を撫でる。

もう一方の手の中には先ほど病室で開かれていた本があり、

しおり代わりについている付箋をたどって一枚の写真が載っているページを開く。

そのページには大きく『秋月型防空駆逐艦 三番艦 涼月』と書いてある。

再び本に目を落とし読み進めていく彼女であったが、後ろに立つ男女の腕は震えていた。

そしてついに女性が耐えきれなくなったのか、少女に駆け寄り体を揺さぶる。

 

『■■■■■! ■■■■■――!』

 

女性は少女へ何かを訴えるように声を張り上げていた。しかし、少女の顔は変わらない。

 

『ううん、私はもう艦娘なの。秋月型防空駆逐艦、涼月なんだよ』

 

その言葉を聞いて女性はショックを受けたのか、2人に断りを入れてその場から立ち去っていく。

男性も悔しそうに手を握り締めると、少女に何か声をかけて女性の後を追った。

取り残された少女は2人の背中を見つめることく、悲しむこともなく本を読み進めている。

 

「艦娘になるということは、こういうことなんですね」

 

前世の記憶と現世の記憶が混ざり合い、そしてそれは前世に支配される。

それをこの少女――涼月のように受け入れられる少女もいれば、

見知らぬ誰かのように受け入れられずに暴走してしまうものも居たのだろう。

その点で言えば少女にとっては幸せなのだろう。

 

しかし、彼女の両親は彼女を、我が子として愛していた。

うら若き少女が武装し戦場に赴くなど、艦娘発見当初であれば考えられないことであった。

世間が致し方なしと受け入れても、

自らの家族が戦場に行くことを認められる親が果たしてどれだけいただろうか。

望まれずして戦場に赴く少女達の背中は、親である彼ら・彼女らにどう映ったのだろうか。

今を捨て、過去の轍を、定めの軛を進むことを決めた少女達の背中は、どのように―――

 

『また日向ぼっこかい?』

 

防波堤の内側。海から女の子の声が聞こえる。

少女は手に持った本を隣に置くと、這いずるように下を覗いた。

涼月もその姿を見る為に防波堤の下を覗く。

そこには短い黒髪で連装砲を背負ったボーイッシュな艦娘がいた。

 

『ええ。今日はこんなにも空が青いから。時雨さんは訓練中ですか?』

『いいや、今終わったところなんだ』

 

時雨と呼ばれた艦娘はすでにこの少女のことを知っているようで。

彼女は防波堤まで登ってくると隣に座った。

 

『皆さんが羨ましいです。私も早く足を治して、艦娘として活躍したいのですが』

『焦る気持ちは解るよ。僕も訓練生だった時はそうだったから』

 

いつしか少女の口調は男女と話していた時とは違い大人びていた。

その話し方といいしぐさといい、今の涼月にそっくりで、

涼月はだんだんとこれが自分の本当の過去なのだと認識し始めていた。

 

『そういえばご両親はどうしたんだい?』

『2人には辛い思いをさせてしまいました』

『……そっか』

 

そこの言葉を聞いて理解したのか時雨は少しばかりうつむく。

彼女にも似た経験があるのだろう。少なくとも家族がいたはずだから。

 

『体、良くなるといいね』

『はい』

 

2人の会話は潮風に運ばれ消えていく。

 

セピア色の景色はそこで明かりを失ったかのように消えていき、

涼月は再び闇にとらわれてしまう。

 

「悲シイネェ悲シイネェ、涙ナシニハ見ラレナイネェ」

 

闇の中から現れたのは先ほどの深海棲艦。

ヨヨヨと袖で目を覆い白々しいまでの悲しむ演技をして見せる。

 

「体ノ弱イ艦娘ガ、自ラ望ンデイルノニ一番喜ンデ欲シイ相手ニ喜バレナイ」

「それでも、私は望んでいました。艦娘になることを」

「デモアンナ体デ無事艦娘ニ成レタト本気デ思ッテル?」

「どういう意味ですか」

 

その言葉を待っていたといわんばかりに、彼女は口角を釣り上げた。

 

「ソレハ私ガ言ウコトジャナイヨ。トコロデ可愛イ娘ヲ置イテ両親ハドコニ行ッタト思ウ?」

「そんなこと、私が知るはずないじゃないですか」

「ジャア、答エ合ワセニ行ッテミヨー!」

 

深海棲艦の声を合図にして、バツリとスポットライトが落ちるような音が響く。

そして再び舞台が照らされたとき、物語は始まった。

 

ある一室で複数の医師と男女2人が何やら話をしている。

男女の方には先ほどと同じように頭に砂嵐が、声にはノイズが入っている。

医師の方は至って変わりなく顔も見えれば声も明確に聞き分けることができた。

 

『本来なら艦娘としての記憶が蘇ると共に、彼女達は身体能力を強化していくのですが、

 未だに涼月さんはその兆候が見られません。むしろ原因不明の麻痺が進行しており……』

 

原因不明の麻痺という言葉がひっかかる涼月。

もしかしてあの少女が車いす生活を余儀なくされているのは、それが関係しているのか。

 

それならば貴重な戦力である艦娘として目覚めようとしている少女に対して、

こんな軍事関係の病院に入院させていることも、

広い病室を用意して多くの医師を担当に充てていることにも合点がいく。

 

『残念ながら、現代医学では移植以外に彼女を生存させることは……』

『どちらにせよこの病院ではもう処置ができません。横須賀の方へ患者を移した方が良いかと』

 

それを聞いて男女はその場に崩れ去る。

そこで明かりは消え、暗闇の中に一人取り残される。

 

「ネェドンナ気持チ? オ医者サンニアソコマデ言ワレルナンテ」

「……別に、気にすることではありません。移植すれば助かるんですから」

 

そしてその結果自分は艦娘としての生を受けたのだと、涼月は確信する。

どんな過去を見せつけられようと、それが真実であろうと艦娘として生きてきた事実がある。

 

「私はこうして生きている。それが何よりの事実だから、貴女に屈することはない!」

「ソッカァ、ナラコレカラ見セル現実ニモ耐エラレルヨネェ!?」

 

彼女が指を鳴らすと再びその場から掻き消えるようにいなくなる。

 

だんだんと明かりが灯っていき、そこは様々な重機で囲まれた工廠の一角だと理解する。

そこには真っ白な防護服を全身にまとった人達が辺りを行きかっていた。

 

『おい、例の物は届いたか』

『はい、たった今届きました。現在コンテナをトレーラーに移動させ、

 こちらに搬送する準備を行っています』

 

男性の会話を耳にして既に開いていたシャッターから外を眺める。

そこには巨大なコンテナがトレーラーに積み込まれ、こちらへと向かってきていた。

工廠への搬入が終わった後、シャッターは閉められ更にその上から鉄扉が何重にもせり上がる。

停止したトレーラーからも武装した人々が下車し、

工廠の奥からも武装した人々がコンテナを取り囲む。

 

中には何が入っているのだろうかと思った矢先、内部から爆発音が聞こえる。

唐突な出来事に武装した人々は狼狽えており、なおも爆発音が響く。

そしてついにコンテナの一部が吹き飛び周取り囲んでいた人々を押しつぶす。

 

中から現れたのは全身から青い血を流す、長い白髪に赤い目をした女性。

その周囲には幾多もの大口径連装砲が見えるものの、一つを除いて全て破壊されていた。

 

「棲姫級の深海棲艦が何故鎮守府に……!?」

 

苦しみ悶える深海棲艦は最後に残った砲塔をところかまわず発射する。

周囲に配備されていた武装部隊が自動小銃で応戦しているが全く効いていない。

むしろ砲火に巻き込まれ死体の数が増えていく。

 

『オラァ! 防空棲姫! こっちを見ろぉ!』

 

そんな声と共に中3人の艦娘が前へと躍り出た。

黒い服を身にまとった2人の艦娘は刀と薙刀を携え

即座に最後の砲塔に刃を叩き込んで機能を停止させる。

2人に気を取られた深海棲艦の隙を逃さず、

褐色で大柄の女性が深海棲艦の懐に渾身の拳を叩き込んだ。

止めとなったのか口から血を吐き出し動かなくなった。

 

その死体とも思える深海棲艦は工廠の奥へ運ばれ、艦娘達は仕事を終えたのか去っていく。

 

本来深海棲艦は爆撃や戦艦の砲撃によって消し飛ぶが、

先ほどのアレは瀕死の状態で鹵獲されたのだろう。

目的が分からないものの、その行く先が気になった涼月は奥へと足を向ける。

 

その体は工廠を抜け医療施設へと場所を変え手術室に運び込まれた。

従来の手術室より一回りほど大きかったがそこには先客の姿がある。

人工呼吸器が取り付けられ麻酔が効いている為か一人の少女が眠っていた。

 

「そんな……そんなことが……」

 

その顔を見て涼月は思わず狼狽える。そして信じたくはなかった。

 

男女に事情を説明していた医師が言っていた。『移植以外に生存の道はない』と。

涼月は考えた。艦娘の移植に適した人などいるのかと。

前世の記憶と魂を引きついだ存在に適合する人間がこの世に二人といるのかと。

居るならば同じ艦娘はこの世に一人と言われることはないのではと。

 

『では、涼月の移植手術を開始する』

 

医師がそろって頭を悩ませていたのは『艦娘の移植』そのものではない。

『艦娘という特性が継続する対象』だったのだ。

 

自らが生きている真実に辿り着いた涼月は膝をつきその場に崩れ落ちる。

 

 

――――だが、真実は終わってはいない。

 

 

『まさか彼女も移植先が深海棲艦だなどとは思わんだろう』

『何、この実験が上手く行けば既存の出生などもはやどうでもよい。

 この深海棲艦の特性を持った艦娘が生まれれば我々の勝利も目前だ』

 

真実はその逆。艦娘の生存などではない。深海棲艦を制御するために艦娘を利用する。

 

「人を、守る価値など―――」

 

彼女の眼は血に濡れていた。

 

 

///////////////////////

 

 

早朝、ショートランド泊地に巨大な爆音と警報音が響き渡る。

指令室を飛び出す長門と陸奥。すると大鳳が息を切らしながら走ってきていた。

 

「た、大変です!」

「何があった!」

「埠頭にある燃料庫が敵の襲撃を―――」

 

大鳳がその言葉を言い終える前に沿岸部でさらなる爆発と炎が上がる。

 

「哨戒班は何をやっていたんだ!」

「それが、内部から突然現れたとの報告がありまして……」

「なんだと!?」

 

最悪の予感が長門の脳裏を駆ける。

 

「哨戒中の艦娘を全員泊地に呼び戻せ! 待機中の全艦娘は沿岸部から残らず退避させろ!」

「はい!!」

 

その言葉を聞いて大鳳は誘導のために艦娘達が待機している建物へ、

陸奥は指令室に戻り即座に打電を始めた。

 

『待機中の全艦娘に告げる! 即時沿岸部より退避せよ! 我々は敵の襲撃を受けた!

 これは訓練ではない! 繰り返す、これは訓練ではない!!」

 

―――予想もしたくなった事態が、現実になった瞬間だった。


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