艦隊これくしょん -艦これ- ~空を貫く月の光~ 作:kasyopa
長い時間を無視して、ただただ突き進んでいた。
訪れる全ての悲劇を呑み込み、前へ。
吐き出せない恐怖を噛み砕き、前へ。
振り返っても仕方ない。
黒い鉄塊が水底へと消えていく。
それは敵だったか、味方だったかは解らない。
ただそれを見つめて水面に立つ少女が一人いるだけだ。
船を縦に割ったような装備を両脇に装着した少女。
その手には軍艦の主砲に似た砲塔が握られている。
「戦いを、終わらせる。兵器である私が、全てを破壊して」
「そうです。私は兵器。心などなくただ平気だと笑い死体の山を積む」
「そして最後にその頂きで、自らを捧げる――」
水柱が立つ。
巨大なサメを模した鉄塊が茫然と立ち尽くす少女を、一呑みにせんと水中から飛び出した。
「こんなところで、貴方達に食われるわけにはいきません」
手に握られた砲塔が鉄塊へと向けられ引き金を引くと共に鉛玉が放たれる
それは鉄塊を貫きそれでも空へと向かって飛んでいった。
『実験体117、よくやった。帰還しろ』
「まだ敵の反応があります。そう。貴方の周りにいるその――」
少女の耳に入っている小さなインカムから響く男の声。
報告を聞き帰還すると思いきや、その男性がいると思われる方向へと砲塔を向けた。
その先にあるのは港。とはいってもその施設は点程の大きさしか見えない。
無線の相手と思われる男もそこにいるだろうが、到底見える距離ではなかった。
『チッ……少しでも戦闘に出せばすぐこれだ。敵味方の区別もつかんガラクタが』
男が酷く汚い口調で無線を切ると同時に、式神の紙が彼方から飛来し少女の口と鼻を覆う。
暫くもがいた後、少女は意識を手放した。
「実験体116の沈黙を確認。回収班、頼んだぞ」
男の周りを守るように立っていた少女が二人、鉄の装備を装着し水面を掛けていく。
それを見送りもせず男はその場を立ち去った。
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「定着後から間髪入れずに実戦投入でこれほどの戦果を挙げるとは」
「これで消費する燃料・弾薬・修理費が駆逐艦並みなのだから驚きだ」
黒い服を着込んだ男達が複数の資料に目を通しながら感嘆の声を挙げていた。
資料に記されていたのは少女の戦果と暴走事例の報告書であった。
「しかし、これほど暴走の事例が多いとなると」
「それになにより、初期費用が掛かりすぎる。これでは大和型の新型艤装に当てた方がいい」
それと同時に非難の声も上がる。それもそのはず。
戦果のみに目を当てれば戦艦を超えるほどの活躍を見せながら、
それ以外の報告書は全て暴走事例の報告書であった。
「いえいえ、確かに暴走の危険もあります。開発費用が掛かるというのも頷けます。ですが」
そんな中、白衣を着た老人が一人口を開く。
「暴走もいわゆる定着後から間髪入れずに投入した故のものであり、時間が解決してくれます。
費用も第一号の開発ということもあり無駄な資金を使いすぎたという物も大きいですから」
まくしたてるような謳い文句。
寝起きや疲労状態にある者に細かなところまで注意しろというのは無理がある話であり、
何もない状態からの開発では、実験が右往左往し余計な費用をかけることも頷ける。
その言葉を聞いて非難の声は段々と小さくなっていく。
「とりあえず今はまだ様子見、ということでよろしいか」
「はい。必ず期待に応えて見せますとも」
男と老人が軽い会話を交わし、その場はお開きとなった。
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それから時間が過ぎ、また男達と老人が集まってその後の資料を読んでいた。
「なんだこれは! 確かに暴走は抑えられているが、
それに比例して戦果が下がっているではないか!」
「そ、それは……」
「これでは普通に重巡用艤装を複数開発し艦隊を編成する方がマシだ!」
少女の暴走の事例が激減したものの戦果は目に見えて落ち、
今では重巡洋艦の艦娘と軽巡洋艦の艦娘の間ほどにまで落ち込んでいた。
「クソっ、こんな旨い話あるはずがないと思ったが予想以上にひどい話だった」
「貴様にはもう二度と支援はせんからな!」
男達は罵倒の言葉を浴びせながら部屋を出ていく。
部屋に残された老人は一人苦虫を噛み潰したような表情でうつむいていた。
「博士、実験体の件ですが」
助手と思わしき白衣を着た男性が開かれたままの扉から顔をのぞかせる。
「どうでもよい」
「今、なんと?」
「どうでもよいと言ったのだ。支援は打ち切り。このままでは実験の隠蔽もままならん。
あのような失敗作は水底にでも沈めてしまえ」
「しかし、彼女は意思を持って」
「持っていようが関係ない。我々が生きる為には実験体の存在が気付かれる前に、
この世から消し去ることだけだ」
実験体と称される少女。その存在は表立って開発されていたものではないらしい。
生きる為という言葉には男性も逆らえなかった。
「では、遠方で新造される予定の基地に派遣しましょう。
あの場所には提督はおろか人間すらいませんから情報操作は簡単でしょう」
「そうか、頼んだぞ」
こうして、少女は見捨てられる。生みの親ともいえる人間に。守るべき相手に。
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長い時間を無視して、ただただ突き進んでいた。
訪れる全ての悲劇を呑み込み、前へ。
吐き出せない恐怖を噛み砕き、前へ。
振り返っても仕方ない。
黒い鉄塊が水底へと消えていく。
それは敵だったか、味方だったかは解らない。
ただそれを見つめる暇もなく戦う少女が一人いるだけだ。
船を縦に割ったような装備を両脇に装着した少女。
その手には軍艦の主砲に似た砲塔が握られている。
水柱が立つ。
巨大なサメを模した鉄塊が敢然と突き進む少女に、一矢報いんと水中から突き刺した。
手に握られた砲塔は鉄塊へと変わり果て引き金を引くも鉛玉は放たれず。
それは鉄塊を威嚇しそれでも少女を狙っていた。
『敵艦捕捉! 全主砲、薙ぎ払え!』
少女のとても澄んだ声と同時に、鋼鉄の砲弾が彼方から飛来し少女の身を護る。
暫く留めた後、少女は意識を手放した。