艦隊これくしょん -艦これ- ~空を貫く月の光~   作:kasyopa

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第十四話『離反』

「『埠頭に隣接する燃料庫にて深海棲艦の襲撃を受けた。

  哨戒中の全艦娘は支給帰投し事態の収拾に協力されたし』とのことよ」

「でも電探にもソナーにも反応なかったわよ! 事故の可能性は」

「そんな甘ったれたこと考えるくらいなら、戦闘の準備をしなさい!」

 

泊地近海を明け方から哨戒していたのは、

叢雲を旗艦とした第一哨戒艦隊の五十鈴・比叡・榛名・磯風・綾波の6人と、

遠方で浸食海域の調査も兼ねた金剛・霧島・摩耶・秋月・照月・白雪の6人だった。

 

こちらは最も早く到達できるであろう叢雲の艦隊。

彼女らが泊地に差し掛かるころには、全ての燃料庫と給油所が炎上していた。

その炎の中心地に、一人の白い影。

 

顔半分が隠れるような深いフードとそこから溢れ出る長い白髪。足元まで隠れる白のドレス。

両肩には巨大な蛇の上あごにも見える部位があり高角砲が前方に一基ずつ生えている。

両手と強固な鎖によって拘束されており、

足元にはまるで枷のように鎖と錨が巻き付いており、ドレススカートから高角砲が覗いている。

 

深海棲艦は一人何かを待つように座り込んで水平線を眺めていた。

 

「姫級の深海棲艦がどうして泊地に!」

「私達の知らない方法で潜入する何かを持っていたのでは」

「「………」」

 

その姿を見て一瞬磯風と綾波の表情がこわばる。

 

「どちらにせよ、私達のやることに変わりはないわ」

 

既に待機中の艦娘の避難が完了していることは知らされていた。

そして未確認の深海棲艦は撃退でも構わないということも。

 

「叢雲さん、どうするんですかあれ!」

「五十鈴! アンタの十八番で一旦海に誘い出すのよ!」

「ったく、アンタも人使いが荒いわね!」

「いつものことでしょうが!」

 

五十鈴は艤装にある大量の機雷し射出し、自動小銃型の連装砲で一つを打ち抜く。

敵の周囲を取り巻くようにばら撒かれた機雷が連鎖的に爆発し周囲を焼いた。

 

『………』

 

言葉を発することのない深海棲艦は、おもむろに6人を視野に入れる。

足元にある連装砲が旋回し、砲撃が開始される。

しかしその狙いは甘く回避行動を取るまでもなかったが、即座に両肩の砲塔も火を噴いた。

それは打って変わって非常に正確で、

直撃はなかったものの至近弾により発生した水柱と衝撃で砲撃は叶わなかった。

 

その隙をみて地面を這いずり海上に再び座り込むと航行を開始し、

全ての連装砲を使って道を切り開き近海まで逃げ延びる。

そこで多くの至近弾を浴び航行をやめた。

長距離射撃が可能な比叡と榛名が深海棲艦の前方に砲弾を撃ち込み、足止めとしたのだ。

 

「やるぞ綾波! 航行不能にすればまだ可能性はある!」

「悔しいですけど、そのようです」

 

先行して最大戦速に至った磯風と綾波が左右に回り込み一撃離脱の魚雷を発射する。

それに対して左右の高角砲が通常を凌駕する速度で連射され全て迎撃される。

 

「正面がお留守よ!」

 

その隙を逃さぬように叢雲が魚雷を放ち、時間差で五十鈴の魚雷も続く。

再び迎撃しようとするも飛来する砲弾が敵の一部を抉った。

魚雷の直撃が予想されたが、敵は自らの両腕を海面にたたきつけ巨大な水柱を立てる。

深海棲艦という強靭な肉体から放たれるそれは軽い衝撃波を伴い魚雷が全て到達前に爆発する。

 

「ひぇ~! なんてデタラメな!」

「でも敵は一隻だけです。このまま押し切れば!」

『……ワタシガ…オアイテ…シマス…………』

 

その言葉を聞いたからか、または自らが不利と判断したのか敵の行動が変化する。

両肩に食い込む『それ』が外れて海上に落ち、イ級のように駆けまわり始めた。

 

「分離しただと!」

 

『それ』は周囲を取り巻くように分かれて航行していた磯風と綾波に襲い掛かる。

各個で迎撃を行うも駆逐艦の主砲程度では歯が立たず、

航行速度も駆逐艦並みで魚雷を発射する暇すらない。

 

「比叡、榛名、援護出来る!?」

「無理です、相手が早すぎます! 例え狙えても誤射の可能性が」

「っ! なら本体に集中!」

「「りょ、了解!」」

 

二人の戦艦は砲撃を再開するも、

先ほどまで佇んでいた敵が途端に動き出し4人にむかって突っ込んでくる。

その機動力は先ほどの大口径砲撃に見合わぬ、駆逐艦そのものであった。

 

「早い!」

「上等!!」

 

先頭を走る叢雲は艤装から薙刀を展開し、馬鹿正直に突っ込んでくるその胸元に突き立てる。

しかしその刃はまたも両腕にある鎖で軌道を逸らされ、

ドレススカートの下部を縦に引き裂きながらも股下を突き抜けた。

前のめりになった無防備な叢雲の右肩に深海棲艦の前歯が突き立てられる。

かみ砕かれるような激痛が走り表情を歪ませた。

 

「ふ、っざけんな!」

 

叢雲の艤装のアームが自身の背後に伸び、高角砲から砲弾が後頭部を掠める様に放たれる。

顔面に直撃しつつもその反動で肉の一部が引きちぎられ、血しぶきが飛ぶ。

 

「叢雲!」

「かすり傷よ気にしないで!」

 

そうはいうものの右腕からは絶えず血が流れており、手に持っている薙刀も震えていた。

しかも至近距離での爆発したからか顔の右側は火傷を負っている。

深海棲艦も右眼を損失していたが、叢雲の肩から引きちぎった肉を咀嚼していた。

それを糧としてか、メリメリと音を立てて再生が始まる。

 

「化け物かアンタは!」

 

損傷個所に追撃を行った五十鈴は、叢雲を回収し距離を空ける。

 

「榛名、同時攻撃いくよ!」

「はい! 主砲、砲撃開始!」

 

顔面に対する執拗な追撃によってのけぞっていた敵は比叡と榛名の一斉射撃を受け、

下部にある砲身がへし折れる。

両肩に乗っていた砲塔も未だ磯風と綾波が引き付けており、本体への帰還は見込めない。

これで敵本体の攻撃手段は近接攻撃を除いて失われた。

 

かのように思えた。

 

深海棲艦は上半身を揺さぶると、それに呼応するように豊満な胸部が揺れ、

ひらいた谷間から長身の砲塔が躍り出る。

そして優雅にその場で一回転しつつ下部のへし折れた砲身を4人に向けて放たれる。

狙いは甘いが水柱を立て隙を作るに充分なものであり、

何よりもこれで使い物にならなくなった砲身が無くなった。

回転の勢いを殺さずに落下する砲身を砲塔へ差し込むと、何事もなく停止した。

 

「何よあのデタラメな交換!」

 

五十鈴がその光景に思わずツッコミを入れるも状況は好転しない。

折れた砲身によって立てられた水柱が沈まぬ内に、砲弾が比叡と榛名の艤装を貫く。

信管が作動しなかったからか爆発は免れるも艤装の一部を貫通し中の空洞が見える。

 

間髪入れずに両足に巻き付く錨を放ち、艤装の空洞に突き立てた。

そのモリのような形状の錨には針でいう()()()がついており、簡単に抜けるものではない。

それを確認すると急速に後退を始める深海棲艦。引き込まれまいと2人も対抗する。

まるで綱引きに見えるそれではあるが、そんな呑気な競技ではない。

 

「こんの、ぉ!」

「この、ままだと!」

 

高速戦艦2人分の速力をもってしてもようやく拮抗出来る程の力。

その手で引きちぎろうにも、そもそも鎖とはそういった力に強い構造である。

艦娘と深海棲艦の力に耐えられる程の強度を持つそれが切れることはなかった。

 

「叢雲、少し借りるわよ!」

 

状況を見て五十鈴が叢雲の薙刀を奪い取り、鎖に突き立てる。

しかし火花を散らすだけで切れる様子はない。そしてそれは敵にとって恰好の的でもあった。

下部の砲塔が火を噴き、五十鈴の艤装と体に直撃する。

水切りする石のように吹き飛ぶ彼女は叢雲のはるか後方で停止する。

 

「五十鈴!」

 

頭から血を流しうつぶせの状態。返事がない所を見るに完全に意識を失っている。

 

「なら、お望み通りにしてあげる!」

「比叡姉様!」

 

逆上した比叡が機関を切り替え最大戦速で深海棲艦に突っ込んだ。

それによりバランスを崩し、2人の艤装に突き刺さっていた錨が抜け落ちる。

続く斉射も体をよじらせて回避した比叡は速度を保ち、腹部にヤクザキックが放つ。

流石にこれは効いたのか口から青い血を吐き出した。

 

『キカナイ…ッ!』

 

深海棲艦の嘆きの声を上げると、磯風と綾波を迎撃していた砲塔が再び集結を始める。

 

「隙を見せたな!」

 

磯風が魚雷を放つもドリフトの如き180度回転で魚雷を迎撃し、追撃する2人を圧倒する。

そして2つの砲塔は深海成果の腕に飛びつき大きな口となって、

比叡両腕と艤装にその牙を突き立てた。

 

「ぐ、ああああ!!」

 

艤装がきしむ音が響き、そのまま両顎がかみ砕こうとしている。

磯風と綾波が本体の後頭部に対して砲撃を行うも、

即座に下部の砲塔による砲撃で対応されてしまう。

榛名も両顎から生える砲塔から放たれる攻撃によって狙いをつけることすらままならなかった。

 

「はぁ、はぁ……調査隊、まだ到着しないの?」

 

息も切れ切れな叢雲もまずいと思い、無線を飛ばす。

そこまで遠くない調査隊が未だに到着しないことに違和感を覚える。

 

『スミマセン、こっちも、いっぱいいっぱい、デス』

 

無線はすぐに帰ってきたものの、旗艦である金剛も息が絶え絶えだった。

 

「何があったの……報告して」

『新型の、深海棲艦デス。はっきり言って、化け物、デスネ』

 

無線の向こう側からボコボコとエアーノイズが聞こえる。

まるで強引に何者かが奪い取っているようだ。

 

『アーアー、聞コエテル? 聞コエテルヨネェ?』

 

人ならざる声。全身に寒気が走る叢雲。

 

『マ、イイヤ。君達ノ増援ハナイヨ、悪イケド。ダッテ―――全滅シチャッタカラ』

 

全滅、という言葉。言葉を失う。

 

『ア、コレ軍事的用語ダカラ全員轟沈ハシテナイヨ、今ノトコロハネ』

「……お前は何者」

『聞クマデモナイ事ダヨ。デ、オ願イガアルンダケドサァ。

 ソッチデ戦ッテル子、コッチデ引キ取ラセテ欲シインダ。

 勿論タダデナンテ言ワナイヨ。コッチニイルオ仲間サント交換デ』

「こっちが断ったら?」

『全滅ガ殲滅ニカワルダケダネー』

 

これはお願いなどではないということがはっきりと分かる。

現在こちらとしても戦闘を継続するのは不可能だ。

このままでは比叡だけではない、未だに気を失っている五十鈴も危ない。

 

「……分かった、そっちの要求を飲む」

『アリガトウ! 話ガ解ル子ハ嫌イジャナイヨ!』

 

一方的に無線が切られると、水平線から敵の艦載機が編隊を組んで飛んできた。

それは艦娘の攻撃を気にすることなく深海棲艦に接近すると、

体の各部にワイヤーを撃ち込んで空中へと引き上げる。

その時の衝撃で比叡は解放されその場に座り込んだ。

 

「叢雲、何があった! あの艦載機はなんだ!?」

「うるさい! それよりも五十鈴の救護と部隊の再編! 調査隊の救援に行くわよ!」

 

問い詰める磯風を振り払い、踵を返して泊地へ向かう。

何もできなかった。その無力さが悔しくて叢雲は奥歯を噛み砕いた。

 

 

 

泊地は最初こそ混乱していたものの長門と陸奥の賢明な判断と、

大鳳をはじめとした艦娘達による避難誘導、

そして何より一度は戦場に出たことのある艦娘達だからこその迅速な行動によって、

人的被害はなかった。

島の内陸部に集まった艦娘達はそれぞれが宿泊していた建物ごとに点呼を行っている。

パニックにはならなかったものの唐突な出来事に戸惑う物も多く、

落ち着いたことによる不安が駆り立てられるものも少なくなかった。

 

そんな中で陸奥がある程度の報告をまとめ長門に耳打ちする。

 

「長門の予想してた通り、涼月の姿がないとのことよ」

「そうか。昨日最後に見たものは誰だ?」

「大和よ。同じ部屋で寝ていたそうだけど、起きた時には既に居なかったらしいわ」

 

ため息を押し殺し次第に大きくなっていく不安の声を察知したのか、

皆の前に躍り出て口を開く。

 

「皆不安に思うだろうがひとまず落ち着いて聞いてほしい。

 この泊地を襲った深海棲艦は近海を哨戒中の艦娘が対処している。

 全員の無事が確認でき次第我々も攻勢に転ずる為、心してほしい」

 

そう言い終わったと共に一部の艦娘が何かに気付いて息をのむ。

その視界の先には、体を引きずりながらこちらに向かってくる哨戒艦隊の面々だった。

 

叢雲は右肩から手にかけて血に染まっており、

榛名は艤装の片方が損失、五十鈴においては重傷で意識を失い榛名に抱かれている。

比叡は艤装が原型を止めておらず、磯風と綾波の肩をかりつつも何とか意識だけ保っていた。

磯風と綾波も中破以上の損傷を受けており、艤装も服もぼろぼろであった。

 

「誰か力に自信があるものは手を貸してほしい! 明石! 入渠施設と工廠の稼働を頼む!」

「言われなくても!」

 

声を張り上げた磯風に応えるように飛び出した明石は工廠へ向かって走り出し、

伊勢と日向が比叡の体を支える。

 

「……深海棲艦は」

「逃走、ではないな。回収された。それよりも調査隊も全滅らしい。回収班を編成してくれ」

「っ! そちらもか!」

 

磯風からの報告を受け、歯を食いしばる長門。しかしここで止まるわけにはいかなかった。

足りない戦艦の分を自らで補い編成された回収艦隊は、無事調査艦隊の回収に成功する。

調査艦隊も全員が大破しており、ありとあらゆる攻撃手段によって艤装は損傷していた。

唯一最後まで意識を保っていた金剛は、長門に告げる。

 

「あの海には、魔物が住んでマス。私達の知らない、何かが」

「それは何と言っていた」

「戦艦、レ級……人の世界に反逆する、アベンジャー……デス」

 

 


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