艦隊これくしょん -艦これ- ~空を貫く月の光~   作:kasyopa

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第十五話『隠蔽』

 

 

早朝に発生した深海棲艦の襲撃は沿岸部の燃料庫と給油所のみにとどまり、

工廠や入渠施設などは全て無事であった。

しかし戦力の損失は大きくまた燃料が底を尽きたために、

先ほど迎撃に当たっていた12の艦娘達が作戦に参加することは叶わなくなった。

特に金剛型戦艦4人が抜けたのは看過できないほどの打撃であった。

 

そして今、指令室にて新たに召集がかかっていた。

長門・陸奥の二人に加えトラックからは大和と磯風が、

大湊からは応急処置を受けた叢雲がその体に鞭を打ち顔を出していた。

また綾波の姿もそこにあった。明石は五十鈴を初めとした重傷者の対応に追われている。

 

「まず、会議を始める前に情報の提示をお願いしたい。綾波殿」

 

磯風以外の視線が綾波へと向けられる。

それでもなお彼女は動じることはないが笑顔は消えていた。

 

「駆逐艦涼月の蒸発に伴う泊地内部からと思われる新型の深海棲艦の出現。

 これについて貴女は何かしらの情報を得ていた。違いませんか」

「………」

「前日の会議の際、駆逐艦涼月の髪の変色について知った時、貴女はこの場を去った。

 それは貴女に思い当たる節があったからに他ならない、と私は思うのですが」

「………」

「貴女は大本営代理の艦娘だ。この作戦にかかる期待が大きいのは私にも解る。

 だがそうであればMO/MI作戦の時に派遣されてもおかしくはない。

 今回貴女が派遣されたのは、今回の作戦ではなく別の目的があったからなのでは」

 

本来なら言いがかりも甚だしいことではあるが、あまりに不審な行動がことが多すぎる。

そもそも大本営代理の艦娘が動くのは犯罪行為などが機関単位で発生した際の鎮圧や、

その事前調査の為に派遣されるエージェントとしての側面が強い。

しかしその実態は未だにつかめておらず、謎の多い艦娘として有名だった。

 

「……その通りです」

 

今まで無言を貫き通していた彼女がついに口を割る。

 

「我々大本営代理艦の全てをお話することはできませんが、

 この度私が派遣された本当の任務についてはお話します」

「待って。こいつだけに追及するのは間違ってるわ」

 

そういった叢雲が目を向けるのは綾波であった。

 

「アンタあの時言ったわよね。『航行不能にすれば可能性はある』って」

「ああ」

「ああ、じゃないわよ! アンタも知ってたってことでしょ! こいつと同じで!」

「む、叢雲さん、傷に響きますよ」

「大和、アンタも言ったらどうなの! 一番悔しいのはアンタでしょうが!」

 

大和が叢雲の言動を抑えようとするも、言い返されてしまいうつむく。

交流会の時に2人が仲良くローストビーフを切り分けていたのを見れば誰だってわかる、

2人は艦種を超えた絆で繋がっているのだと。

 

「いえ、今を私情を持ち出すのは間違っています。

 原因解明と対応、それが今優先すべき事ですから」

 

震える声で絞り出された言葉はその場にいた皆の口を黙らせた。

最も辛い者にこうとまで言われてしまえば、どうすることもできない。

 

「……では、お話します。私の本当の任務を」

 

 

 

それは裏の大本営によって大湊提督府が陥れられた際、

反旗を翻した艦娘達によって横須賀の不穏分子が一掃されたところまでさかのぼる。

 

横須賀の工廠に隣接していた研究機関では、

発足当初から不透明な資金運用が目立っていた為その調査が行われていた。

その一室にとある資料が保管されており、綾波達は入手に成功する。

それはいかにして深海棲艦を人類側の兵器として制御するかという物であった。

手段は洗脳・装置による制御・培養・再教育と幾多に渡り、

そのことごとくが失敗に終わったことをが明記されていた。

 

しかしその中でも最も長く実験が続けられていたのが、移植という物だった。

検体は暁の水平線作戦で大破した深海棲艦を多く使用しており、

死刑囚の女性に細胞移植を行ったところ拒絶反応によって対象が即死し失敗。

逆に人間の脳を深海棲艦に移植するもこれも拒絶反応で即死し失敗。

計画がとん挫する直前、原因不明の病で佐世保から横須賀に転院してきた艦娘がいた。

 

その艦娘のカルテには仮説ながらその艦娘の元となった艦艇は、

佐世保の防波堤として埋め立てられた為に基礎となる魂が現在の状態に引っ張られてしまい、

それに伴って体が機能しないのではないか、という物であった。

 

元より移植が必要だったその艦娘は実験体として選ばれ、

検体は戦闘力が高く意思疎通能力を有していた、

姫級の深海棲艦――後に防空棲姫と呼ばれる深海棲艦が起用される。

その特性を失わないためにも艦娘の脳だけをその肉体に移植され、命は繋ぎ止められた。

稼働当初は暴走することも多く制御に難ありではあったが、戦闘力は申し分なかったという。

しかしそうはうまくいかないもので、段々と艦娘としての自我を取り戻していったソレは、

高い錬度を誇る駆逐艦程度にまで落ち着いてしまっていた。

結果として計画は完全に断念されその艦娘は新造中のトラック泊地へ左遷、

単艦で向かう途中に深海棲艦との遭遇戦にて轟沈したとされている。

 

資料の中ではまるで徹底したように名前について触れられていなかったため、

佐世保の病院にてその艦娘の記録を探ったものの時すでに遅く、

この実験に当たり当時の資料やカルテは全て抹消され、

担当した医師や元の両親は事故によって全員死亡していた。

しかし唯一その艦娘と思わしき人物と接触していた艦娘が居り、

ようやく名前を聞き出すことに成功したのだった。

 

「それが、涼月さんだったんです」

 

涼月のことは綾波もよく知っていた。

何せ自分が横須賀鎮守府に案内すらした人物であり、

叢雲や大湊の提督と一緒に裏の大本営について説明した人物だったからだ。

 

そこで大本営から現在ショートランド泊地にて作戦展開中の彼女を保護、

または暴走した際の抹殺が命じられていたのだった。

 

そして綾波はその情報を以前横須賀でそのことについて探っていた磯風に流し、

もしもの時の為に協力を取り付けていた。

涼月の変化に関しても協力関係である磯風に情報を伝える為にその場から去ったのだという。

 

 

 

涼月が深海棲艦によって生かされていた、という現実はあまりにも受け入れがたいものだった。

 

「なら、涼月さんはもう元には戻らないんですか」

「それは、わかりません」

 

大和の言葉に煮え切らない答えを返すしかない綾波。

あの時と同じような、重い沈黙がその場を支配しようとしていた。

 

「――だが、可能性はある」

 

しかしそれを許さなかった。皆の視線がその言葉を放った艦娘―――磯風に向けられる。

意思の灯った瞳を燃やし、先日浸食海域についてまとめた海図を凝視する。

 

「当然ながら涼月が深海棲艦として覚醒したのは今回が初めてだ。

 しかもこの泊地に到着してすぐのことではない。それなりに兆候はあっただろう」

「もしかして、海域の声が聞こえたり浸食海域の影響を受けないのって」

「ああ、素体が深海棲艦なら聞こえてもおかしくはないし影響を受けないのも頷ける」

「なら吹雪は……」

「あの子は違うわ!」「あの人は違います!」

 

陸奥が零した言葉に叢雲と綾波の声が重なる。

それは今まで凛と構えていた彼女達の姿からは想像もできなかった。

そんな2人の様子を見て

 

「――そういえばお前達は以前の吹雪の戦友だったな」

「長門、何を言って」

「陸奥、お前に隠していたことがある。この際だ私も自白しよう」

 

「提督が何故、吹雪を呉鎮守府に招いたか……いや、受け入れたかという話だ」

 

そもそも艦娘は前世の艦としての記憶を取り戻した後、

艤装の扱いなどは訓練生として一通り叩き込まれた後鎮守府に配属される。

当然合格試験などもあるため一定の水準になるまでは訓練生を卒業できない。

 

長門も吹雪が呉鎮守府にやってきた時、疑問に思っていた。

艤装の使い方もわからず振り回されるだけの艦娘を、

何故最前線に近いこの鎮守府に招いたのかということを。

そして何より決め手になったのはMI作戦の機動部隊の編制に吹雪を加えたことだった。

 

提督に何故彼女をそこまで特別視するのか、とを問い詰めたことがあった。

そこで告げられた真実は、意外にもあっけないもので。

 

『あの子はね。奇跡の体現者なんだよ』

 

提督は過去に横須賀へ配属されていて、第一次作戦決行前に呉へと左遷されたこと。

第一次作戦で吹雪の乗った船が沈んだこと。

そこで下積みの仕事に明け暮れながらも勉強し、大空襲の後提督として着任したこと。

横須賀から送られてきた綾波の手紙によって吹雪らしき人物が生きていたこと。

彼女だけの力では吹雪を隠し通せないと判断し、呉鎮守府に艦娘として受け入れたこと。

 

「……なるほど。それで急に吹雪のことを認め始めたのね」

「偶然とは思えないさ。そこまで聞かされたなら」

「『奇跡の体現者』か。面白い」

 

その話を聞き終えて陸奥だけでなく磯風も不敵に笑っていた。

 

「話を戻すぞ。つまり磯風、浸食海域や声の原因を叩けば涼月も元に戻るということか」

「ああ。それに謎の深海棲艦がわざわざ回収するとなると、まだ不完全なんだろう」

「結局やることは変わらないってわけね。腕が鳴るわ」

「とりあえず叢雲ちゃんは療養が優先ね」

 

皆が闘志を燃やす中で大和だけ浮かない顔をしていた。

 

「大和、待っていても始まらない。今度こそ私達が涼月を迎えに行こう」

「……はい!」

 

こうして、作戦実行に向けて動き出すのであった。

 

 

 

入渠施設の一角にある建物。

明石の診療所として建てられた施設の中では療養中の艦娘達がベッドに横たわっており、

親しい者がお見舞いにと集まっていた。

ただ人数が多く担当が明石しかいないため、簡易的なもので仕切りもカーテンだけ。

今は全員へ大方の処置が終わり落ち着きを取り戻していた。

 

その中でもひと際目を引くのは白雪がいるベッド。

叢雲を除いた吹雪型の駆逐艦全員が集まっている。

ただ吹雪は白雪のお見舞いと、未だに行方の知れない涼月の情報を集めに来ていた。

 

「白雪……大丈夫?」

「うん。ありがとう初雪ちゃん」

 

そうはいうものの、白雪のいたるところには包帯が巻かれていた。

体の節々も痛んでいたため、それが落ち着くまでは入渠施設を利用することはできなかった。

 

「白雪も摩耶の姉貴もボコボコにした新型の深海棲艦、

 今度会ったらこの深雪様が一発お見舞いしてやる!」

「やめとけ」

 

深雪が悔しそうにシャドーボクシングをしていると、隣のベッドから窘める声が聞こえた。

その声に反応するかのように中を覗くと、静かな表情を浮かべる摩耶が天井を眺めている。

 

「姉貴、それってどういう意味ですか!」

「アイツは文字通り、最悪の化け物ってことだよ」

 

摩耶が語るに、調査艦隊が接触したのはたった一隻の深海棲艦だったという。

しかもその大きさは艦娘で言うところの駆逐艦ほど。

見た目だけなら人型とはいえ侮ってもおかしくはなかった。

だが、彼女の狂気に満ちた表情と言動、そして行動によって証明される。

 

正規空母並みの艦載機数・重雷装艦を彷彿させる雷撃・戦艦の装甲を貫く砲撃、

駆逐艦を凌駕する機動性。

その力で絶望を植え付けるようにあらゆる手段をもってして破壊の限りを尽くしたそれは、

とどめを刺すことなくその場を後にしたという。

 

「どのみちアタシらは動けない。浸食海域も広がってる。問題はどうやってアイツを倒すかだ」

 

空母は全て健在なれど、戦艦は長門と陸奥を含めて5人。

だからといって全員をその化け物に投入したとしても、

新型姫級の深海棲艦が1隻泊地を攻撃した後に撤退したという。

哨戒艦隊が多少は善戦したというが結果は大敗。

一度出撃し反復作戦で各個撃破する方法も以前はなくもなかったが、

燃料が底を尽きた状態では不可能。

他の泊地から輸送したとしても到着前に浸食海域が泊地を覆ってしまう。

 

つまり、艦娘達に残されたのはたった一回の出撃でその2隻をを撃破しなければならない。

しかし敵も単艦で挑んでくるほど馬鹿ではない。当然ながら艦隊を組んで挑んでくる。

 

「戦力差が違いすぎるんだよ、畜生」

 

無情な声が響く。誰もがその絶望的な現実に見て見ぬふりをしてきた。

その言葉に誰もが言い返すことができず、ただ時間だけが過ぎていく。

 

 

 

吹雪はその後療養中の艦娘9人に涼月の行方を聞くも、誰も知らなかった。

 

「見つかった?」

「ううん、部屋にも演習場にもいないっぽい」

「長門秘書艦も大和さんも指令室にこもりっきりだし、何かあったのかしら……」

 

とぼとぼと吹雪が現実に打ちひしがれながら歩いていると、

指令室の前で不安そうな様子の話し合う睦月・如月・夕立の三人の姿があった。

 

「あ、吹雪ちゃん。白雪ちゃんは大丈夫だったっぽい?」

「うん。少しだけお話してきたよ」

「そっか、なら良かった」

「でも、皆涼月さんは見てないって」

 

吹雪が気落ちしている事には触れずに夕立と睦月が少しだけ笑みを浮かべる。

しかし続く言葉でその顔もすぐに不安の色に染まった。

 

4人は涼月の行方を探すために、まず燃料庫と給油所に足を踏み入れた。

しかしまだ危険ということで、監督官して指揮をとっていた伊勢と日向に止められてしまった。

次に工廠へ向かったが全ての出入り口が施錠されており、誰も入った形跡は見られなかった。

そこで分かれて診療所・部屋・演習場・指令室と調べてみたのの、

前者3つは空振りで指令室では各鎮守府の代表が会議を続けていたという。

特に有力な目撃者であろう大和もその中に含まれていたため、終わるまで待つ他なかった。

 

「でも涼月さん、どこ行っちゃったんだろう」

「むー、夕立達をこんなに心配させるなんて酷いっぽい!

 見つけたら間宮さんの餡蜜おごってもらうんだから!」

「そうね。あの時みたいに皆で食べたいわ」

「ならそのためにも、頑張って涼月ちゃんを探しましょー!」

 

おー! と意気込む4人。無垢なる艦娘達は、事の真相をまだ知らないでいた。


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