艦隊これくしょん -艦これ- ~空を貫く月の光~   作:kasyopa

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第十六話『希望』

「伊勢さん、日向さん!」

 

4人は再び襲撃された跡地を訪れていた。

完全に鎮火され、残っているのは燃え尽きた破片と瓦礫だけの更地と化していた。

 

「ああ、あの時の駆逐艦達か。今現場を調査しているところだ」

「燃料、無くなっちゃいましたね」

「まぁね。でも、これだけの被害で収まってよかったよ」

 

周辺に燃えるものがなかったからか、被害は燃料を失うだけで済んだという。

もしも工廠などが隣接していたらもっと被害は大きかっただろうと予想する。

 

「それで、さっきお願いされた通り調べてるんだけど、未だに発見の報告はないね」

「先ほどは引き留めたが、今なら問題ない。君達も探すといいよ」

「ありがとうございます!」

「くれぐれも気を付けてねー!」

 

瓦礫を撤去し既に捜査に当たっている艦娘は一航戦と二航戦だった。

 

「赤城さん!」

「あら、吹雪さんに睦月さん。それに夕立さんに如月さんまで」

「ご無沙汰してます」

「ええ。どうしてここへ?」

「それが……」

 

4人は赤城にこれまでの涼月の行方を追っていたことを話す。

そして最悪の事態を予想しつつも再びここに訪れたということも。

そんな話をしていれば当然他の空母も集まってくるわけで。

特に加賀は苦い顔をしている。呉の空襲の時を思い出しているのだろう。

 

「まさか艤装も無しに新型の深海棲艦に」

「流石に涼月さんがそんな無謀なことをするはずがないわ」

 

4人も最初はそれを疑って工廠へと向かったが、

鍵を開けずに艤装を出すことなど不可能であるからそれはないと踏んでいる。

正義感が強い彼女ではあるが、自らの命を投げうってまで無謀に走る人ではない。

 

「とりあえず、もう少し探してみましょう。ほんの少しでもいいから痕跡を見つけられれば」

「「「はい!」」」

 

その後も全力の捜索が続けられるも、何一つとして痕跡は得られない。

次第に雲行きが怪しくなっていく中で、加賀が一人ぽつりとつぶやいた。

 

「でもあまりに残骸が少ないわ。まるで計算されて襲撃されたよう」

「そうね……」

「そもそも泊地を襲撃するなら入渠施設とか工廠じゃない? まぁ燃料も大切だけどさ」

「計画的、というより理性的、だよね。効果的だけど即時撤退にまではいかないみたいな」

 

理性的、という言葉に皆が同じように心当たりを見つける。

この場にいる全員が涼月の変化について知っているが故に。

 

「なら、泊地を襲撃した深海棲艦ってもしかして!」

「涼月ちゃんの、成れの果て……」

 

涼月の深海棲艦化。

薄々気付いていた。あの兆候。情緒の不安定。そして心配をかけまいと最後に見せた笑顔。

それを気付いていたものの、何もできなかった。

彼女が背負いこんでしまうことを知っていながら、

あの子なら大丈夫だと、あの子ならまたいつものように笑ってくれるのだと。

その器の大きさに甘えていた。

 

「でも……どうして?」

 

夕立がうつむき、目から涙をこぼす。

 

「どうして、涼月ちゃんだけこんなに辛い目に合わなきゃならないの!?」

 

トラック泊地での空襲も、大湊での毒牙も、そして今回の事も。

皆の為に、誰かの為に努力を重ねていたことを誰もが知っている。

それだけではない、その底知れぬ器で皆を励まし導いて信頼を勝ち取り、

今や3つの鎮守府を束ねるほどの知名度にまでなった。

 

『なので私がこうして努力できるのも、

 その人の護衛艦として彼女を守ると決めたからなのです』

 

それが誰かなど、とうに理解している。

それでも彼女の真に望むものは手のひらをすり抜け、遠ざかるばかり。

一番報われるはずのその人は、まるで呪われたかのように、

その身に刻まれた罪の清算を行うように運命に翻弄されていた。

 

「――なら、助けないと。今度こそ」

「吹雪さん?」

「もう一人で背負わないでって、皆で伝えに行くんです」

「でも、涼月ちゃんは助からないかもしれないんだよ!?」

「だとしてもっ! このままなにも言わずにお別れなんて出来ないでしょ!?」

 

叫ぶ吹雪の気迫に皆が押される。吹雪の目にも涙があるが、その瞳には闘志が宿っている。

 

「だから諦めちゃ駄目なんです!

 何も出来ないって立ち止まるより、何か出来るって動かないと、未来は掴めない!」

「よく言った駆逐艦吹雪!!」

 

吹雪の言葉に呼応するように声が響く。

そこには長門を初めとした各鎮守府代表の艦娘の姿があった。

 

「これより反攻作戦の内容及び参加する艦娘を発表する。至急指令室前に集合せよ」

 

 

 

指令室前には、療養中の艦娘以外の艦娘が集合していた。

発表はマイクを通して行われ、診療所にはラジオが持ち込まれ中継されている。

 

「まず、現在も行方の知れない駆逐艦涼月についてだが、

 彼女は敵の精神汚染によって現在暴走状態にある」

 

その言葉を聞いてその場に動揺の声が沸き起こる。それでも長門は恐れない。

この期に及んで中途半端な情報を提示すれば返って不安を煽る事を知っているからだ。

皆に対して何故涼月が暴走したのか、その経緯を全て説明する。

 

「浸食海域と謎の声の拡大、涼月の暴走。今までにないことが続くこの海域だが、

 全ての原因となる場所を発見した。

 敵が部隊を編制する前に迅速なる進攻をもってこれを撃破及び駆逐艦涼月の奪還を行う!」

 

作戦内容としてはこうだ。

まずは陽動部隊として、赤城・加賀・大鳳・島風・野分・舞風の第一機動部隊が、

レコリス沖周辺の深海棲艦を補足次第攻撃、外海へとおびき出す。

陽動した後、蒼龍・飛龍・翔鶴・瑞鶴・初雪・深雪の第二機動部隊が合流し、これを殲滅する。

未だ現海域においてレコリス沖周辺でレ級が1隻しか見つかっていないのは、

罠としてもあまりに出来すぎている為発見次第殲滅というのは多少強引な手段となるが、

真の目的は騒ぎを大きくすることで本命への増援を断つ為の物である。

 

第二機動部隊が合流し戦闘を開始した後は、

大和・鳥海・川内・神通・吹雪・夕立の第一艦隊と、

伊勢・日向・那珂・由良・睦月・如月の第二艦隊を連合艦隊とし、

レコリス沖にて確認された陥没した海及び謎の光の調査と破壊を主な任務とする。

 

そしてショートランド泊地防衛艦隊として残る全艦娘を総動員して防衛に当たる。

 

また、敵の艦載機を封殺するためにもこれらは翌日の昼過ぎから深夜にかけて行われる。

ただし事前に確認されている深海棲艦――戦艦レ級と新型がどこに出現するかは不明。

恐らくはレコリス沖にとどまっていると思われるが、

こちらの攻撃を読んで泊地に強襲を仕掛けてくる可能性もある。

それに新型の深海棲艦は出来る限り轟沈させてはならないという条件付きだ。

 

まだ漠然とした点は多いものの今必要なのは速度。

今もまだ浸食海域の拡大は続いており、さらなる被害が出る前に終わらせなければならない。

 

作戦の説明が終わっても、やはり強引すぎるからか疑問の声は絶えなかった。

戦艦レ級と新型の深海棲艦の行方が分からない事。

優秀な呉と大湊の艦娘達を持ってしても歯が立たなかったこれらに対して、

本当に連合艦隊で太刀打ちできるのかという事。

そもそもこの作戦自体が不確定要素が多すぎる為作戦として破綻としている事。

 

それを見た叢雲は壇上を降り、吹雪の前まで歩み寄る。

 

「吹雪、アンタがこの作戦の音頭をとりなさい」

「え、私が!? それなら長門秘書艦か叢雲さんの方が」

「大丈夫、アンタなら出来るわよ」

 

ぽんぽんと右肩を軽く叩いた彼女は、一人で診療所の方へと歩いていく。

途中で傷口を抑えているところを見ると相当無理していたのだろう。

急なことに戸惑う彼女の左肩に一人の手のひらが置かれる。

何事かと思い振り返るとそこには赤城の姿があった。

 

「吹雪さん。これは貴女にしか出来ないことよ」

「そうだよ! さっきみたいにビシッと言ったらいいよ!」

「皆に思いを伝えるっぽい!」

「吹雪ちゃんならきっと大丈夫よ」

 

先ほど吹雪が放った言葉はそこにいた皆に届いていた。

遠くで見つめる加賀や蒼龍、飛龍も同じように頷いている。

 

「分かりました」

 

意を決した吹雪は壇上に上がる。それが想定内だったように表情を緩め長門は後ろに下がった。

 

「えっと、ご紹介に預かった。特型駆逐艦の吹雪です」

「緊張しすぎだぞー!」「もっと肩の力抜いて!」「アイドルは堂々とするー!」

「あ、あはは……ありがとうございます!」

 

凝り固まった自己紹介に対して早々にどこからともなく笑い声が聞こえてくる。

特に川内型の3人からは声援が飛んでくるほどに。

それを苦笑いと感謝でかえし、凛とした表情へと変わる。

 

「私達は今まで戦い続けてきました。それは今までも、これからも変わらないと思います。

 でも、どうして戦わなければいけないのか?

 深海棲艦に唯一立ち向かえる兵器だから? 違います。

 

 私達は兵器じゃない。『艦娘』です。

 知らないはずの『何か』の記憶を持って。知らないはずの『誰か』の願いを宿して。

 困難を乗り越えるこの足を、希望を掴むこの手を、思いを伝える全てを持って。

 

 過去に打ち勝つためじゃない、未来を勝ち取るために戦うんです!

 ―――暁の水平線に、勝利を刻みましょう!!」

 

 

 

その日の夜。浜辺には一人仰向けで月を眺める吹雪の姿があった。

 

「あんなこと言っちゃったけど、偉そうじゃなかったかなぁ~」

 

実際あの後不安がっていた艦娘なども、その通りだと活気づき、

診療所でも黙って寝てるじゃないと皆が起きだす始末だった。

長門や陸奥、赤城達からも問題ないと太鼓判を押されるほどの。

 

なぜあのような言葉が出てきたのか。

音頭としては最高の効果を得られたものの、当の本人には一切分からず一人悶絶を繰り返す。

そんなことを繰り返してはや30分が経とうとしていた。

 

「涼月さんならともかく、私が言ったのはただの精神論だし~!」

「それでも、吹雪さんらしい良い言葉でしたよ」

 

そんな中で、一人の女性が吹雪に待ったをかける。

驚いて座り直しその方を向くと大和の姿があった。

 

「や、大和さん!? どうしてここに!」

 

慌てふためく吹雪に彼女は人差し指を立てて相手の口元へと持っていく。

 

「あまり騒いでは他の皆さんが起きてしまいますよ」

 

その言葉に黙って頷くと、笑顔で指を放し空に浮かぶ月を眺める。

 

「こうやって月を見るのも、2回目ですね」

「ええ。あの時は涼月さんの思い出話をしましたね」

 

トラック泊地での出来事。涼月がトラック泊地に来たばかりの頃の話をしていた。

 

「ならもう一つ、涼月さんの話をしましょうか」

 

大和は語りだす。涼月の変化に気付いて真っ先に部屋を訪れたこと。

誰にも救いを求めることができなかったこと。

涼月を励ますためにお守りを渡したこと。

人としての記憶を一切持っていない話を聞いたこと。

一人で苦しむ彼女を抱きしめることしかできなかったこと。

 

そして爆音が響いたあの朝、誰も、何も傷つけずその姿が消えていたこと。

 

「あの人は、今も一人で戦っています。もう一人の自分と」

「燃料庫と補給所を破壊したのも、何かの暗示かもしれませんね」

 

燃料がなくなれば艤装を動かすことは出来ず、出撃することも出来ない。

でもそれは逆に、出撃してほしくないからこそ襲ったともいえる。

もしくは、追わないでほしいというメッセージだったのかもしれない、と。

 

「それにしても涼月さんはひどいんです! せっかく作った髪留めも無くしちゃいますし、

 一緒に強くなりましょうって言っても一人で抱え込んじゃいますし」

「……ふふっ」

 

ふくれっ面ですねたように口を開く大和に、思わず吹雪は吹き出してしまう。

 

「なら猶更、涼月さんには戻ってきてもらわないといけませんね」

「はい。それに……私の『秘書艦』になってもらう約束も、守ってもらってませんから」

 

果たされない約束を、月下の思いを繋げるために一人の少女は決意する。

そしてまた、あの日見た同じ月を彼女と見る為に。

 

 

 

光の柱が伸びる海の縁で、2隻の深海棲艦が空を見上げている

片方は戦艦レ級。そしてもう片方は新型の深海棲艦――防空埋護姫である。

 

「イヤァ雑魚ヲ生産スルヨリコッチノ方ガ効率的ダヨ」

 

ガンガンと、防空埋護姫の肩にある連装砲を叩くレ級。

呉の空襲・MI作戦での姫級の投入・キス島での旧式暗号を使用した陽動。

実際これまでありとあらゆる策を講じてきた彼女であったが、

特にこれといった効果は見込めなかった。

 

「マァアノモドキハ効果アッタケド。ヤルナラ派手ニ絶望シテモラワナイト、ネ。

 アーア、柄ジャナイナーコウイウ本気ノ遊ビ!」

 

しかし今回は違う。本来深海棲艦が生まれる為に必要な呪詛をあえて束ね、

『あるもの』を触媒とした大規模な儀式。

そしてそれによる浸食海域の発生と、涼月の深海棲艦の目覚め。

艦娘達を絶望させるには充分すぎるほどであった。

 

その言葉の真意を知ってか知らずか、防空埋護姫はちらりと彼女を見た後再び空を見上げる。

空にある月は、まだ見えない。


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