艦隊これくしょん -艦これ- ~空を貫く月の光~ 作:kasyopa
自分から望んで、選んで、堕ちて。そうすればもう二度と悲しむことはない。
裏切られるくらいならば、もう何もいらない。
この世のあらゆる邪悪を破壊し悪の守護者として統べれば、誰も悲しむことはない。
降りかかる災いを全て跳ねのけ皆の不幸を一身に受け止める。
皆がただ一つの存在を敵視すればいつか手を取り合い、幸せな世界を築いていける。
その世界にいなくても、その礎になれるならそれでよかった。
『だーかーらー! 島風からは、逃げられないって!』
――でもそれはただ辛い現実から逃げているだけで。
『馬鹿野郎! 深海棲艦になるならヒーローショーだけにしろー!』
――でもそれはそういう役回りだと諦めているだけで。
『叢雲が居ないから代わりに言ってやるよ! まだ手紙の返事書いてないんだろ!?
だったら早く書いて無事を知らせてやれよ畜生ー!!』
――裏切られるのが怖くて皆を裏切っただけで。
そんな私を、あの子たちは受け止めてくれた。信頼してくれていた。
一度捨てたものを、あの子達は拾ってくれていた。そして返してくれた。
――そんな思いを、裏切るわけにはいかなくて。
防空埋護姫は自らの鎖を連装砲から外して吹雪を襲う絶望を食らい尽くす。
そこに彼女の面影は無くとも一人の艦としての気迫は残っていた。
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『ンー? コレハドウイウコトカナァ? 防空埋護姫サン』
『………』
次の瞬間足に巻き付いている鎖でレ級を拘束、全力で振り回し海面に激突させる。
その隙に海上を泳ぐ連装砲であっけにとられる吹雪の背中を押させ、
光立つ場所へと押しやっていく。
「あっ、ちょっと、待って! 涼月さん!!」
吹雪の抵抗もむなしく足元にまでもぐりこまれてしまい、
最後にはその大穴へ向けて投げ捨てるように放られた。
役目を終え海上を優雅に泳ぐ連装砲を自分の元へと帰艦させて再び肩へ着装するそれ。
大破した大和の姿を捉えると、ゆっくりと近付く。
「……涼月さん?」「……涼月ちゃん?」
その場で座り込む防空埋護姫は自らの服の中に手を突っ込むと、
桜色のお守りを取り出し首から下げる紐を引きちぎると大和の元へと浮かべた。
そして傍にいた夕立の頭を縛られた手で数回撫でるとその場を離れてレ級へと向き直る。
彼女は不機嫌そうな顔で鎖の拘束を解き、肩を回していた。
『アー、ソウイウコトシチャウンダ君。モット自我ヲ削リ落トセバ良カッタカナ』
『深海棲艦デあってモ私は一個人でス。それニ君臨スるなラ私一人でイイ』
まるでかつて演じていた駆逐棲鬼のようにセリフを吐き捨てる。
フードの裏に隠れている眼は確かにレ級へ向けられていた。
『ツマリ下剋上ッテワケダネェ! 面白イジャーン!』
満面の笑みを浮かべ尾からの大口径主砲を発射する。
その砲弾に照準を合わせ、自分に到達する前に自らの砲弾で打ち抜き空中で爆散する。
爆炎に紛れて魚雷を仕込むも、対空迎撃時の速射性を持って全てを撃墜した。
しかし発生した爆風に紛れてレ級が突撃し、防空埋護姫の顔に掴みかかりその場に押し倒す。
尾の口生えた主砲は胸に突き立てられていて、一切の躊躇もなく放たれる。
大きな風穴を開けて宙を舞う彼女。背を向けるレ級。
『アッケナイ』
その大きな体が水面に落ちる前に動く一つの影。銀の一閃が放たれレ級の尾が切り飛ばされる。
「最後の最後まで気を抜かないことね」
「遅れを取ったな、深海棲艦」
そこにはほとんどの艤装を脱ぎ捨て刀一本で戦場に立つ伊勢と日向の姿。
伊勢に関しては肩の刃を抜き砲身に突き立てることで柄の代わりをなしていた。
艤装を捨てることで得た速力と、何よりもダウンサイズしたことによる敵の死角からの攻撃。
文字通り決死の攻撃ではあったが、相手の兵装が集中している尾を切り落としたのは事実。
刀も浸食海域の影響を受けていたからか、先ほどの一閃で折れてしまっていた。
満足げに笑みをこぼす彼女達の顔面に拳が直撃し後方へと消えていく。
しかしレ級は余裕の表情を浮かべながら手を叩いていた。
『オメデトウ。君達ノ雄姿ヲ讃エテ面白イモノヲ見セテアゲルヨ』
切り落とされた尾を手に取り切断された部分につなげる。
すると元々何事もなかったかのように傷が修復されていく。
吹雪と夕立の砲撃によって失われた眼球も同じように修復が始まり、完全に再生していた。
その光景に大和と夕立が目を見開く。
『ハイコレデ君達ノ頑張リハ全テ無駄ニナリマシター』
額に手を押し当て前髪を掻き上げるようにして、空を仰ぎ大いに笑う。
皆の絶望をその一身に浴び愉悦に浸るそれ。
その場に満ちる呪詛を吸収し行われる再構築。それが全ての深海棲艦に出来るわけではない。
レ級や姫級のような完全な肉体と精神力を持つ者のみができる芸当であった。
そう、レ級や姫級であれば。
『なるホド、それハ面白イ』
ゆらりと動く白い影。胸に空いた風穴は徐々に塞がれ、中には青く蠢く心臓も見える。
再起を果たした防空埋護姫であった。
『マ、ソウナルヨネ』
愉悦の表情がついに歪む。それは彼女がようやく見せたもの。
先ほどの仕返しと言わんばかりにレ級へ一斉射の砲弾の嵐が飛ぶ。
対して右へ跳躍し副砲で必要最低限の数を迎撃しつつ距離を取り魚雷を発射する。
今度は迎撃せずに連装砲を分離させ、1基に鎖を巻き付け牽引することで回避。
もう一方の連装砲は相手の右から突撃と砲撃を行い退路を断つ。
レ級も負けじと打ち返すが不規則に蛇行を行うそれに当てることは叶わない。
左からも防空埋護姫と連装砲が砲撃を行い距離を詰める。
限界まで連装砲が接近し文字通り噛みつこうと牙を立てた時、
レ級は自らの尾を海面に叩きつけその場で跳躍、一方へ砲撃を行いその反動で回転、
もう一方の連装砲を迎撃。後方に続く相手に対しておまけの魚雷を投下する。
砲撃が直撃し立ち上がる爆炎に焼かれながらも、
敵の下に潜り込んだ防空埋護姫は直上に対しドレススカートの連装砲で撃ちぬく。
レ級は右肩に砲弾を、防空埋護姫は下半身に魚雷の爆発を受け、四肢を散らし距離を開く。
そして強引に再生を繰り返すのも同じ。
海面を這いつくばる防空埋護姫の回復を待たずして、
着地を果たしたレ級は最大戦速を持ってもう一度接近を図る。
デタラメに腕を海面へ打ち付け水柱を上げるも、
それにかまわず砲撃を行うために自らの尾を突っ込んだ。
開けた視界の先、1本の砲身が宙を舞っている。
それに頭突きを打ち付け尾の上部にある副砲へと突き刺し側面に噛みつく。
『悪アガキヲ!』
その痛みに表情を歪ませながら、
その手で皮膚ごと無理やり引きはがしその場に仰向けに叩きつけ、
開いた口に主砲を突っ込んで何度も叩きこむ。
砲弾が幾度も喉を貫き海中へと消えていく。首もちぎれ飛び下あごがなくなった頭部。
しかし制御を失わない連装砲がレ級の尾を食いちぎり、無理やり頭を首へと連結させる。
『サッキのは危なカッタでスね。ありがトウごザいス』
下半身も喉も再生した彼女は柔らかな笑みを浮かべ寄り添う連装砲を撫でた。
『ソンナニ深海棲艦ニ寄ッチャッタラ、二度トモトニ戻レナイヨ。ソレデモイイノ?』
再生を行う間の時間稼ぎか、防空埋護姫に言い放つ。
レ級のように純粋な憎悪から生まれた存在でも、魂は艦娘のもの。
確かに再生を行うということは呪詛を取り込むということ。
そうなればより一層深海棲艦へとその在り方を傾けてしまう。
現に立て直したとはいえその精神も付け焼刃に過ぎない。再び暴走することすらあり得る。
万に一つという確率で存在しているかもしれない『元に戻るという可能性』を消費してまで、
必死になることはないとレ級は諭した。
『そウ』
その言葉は防空埋護姫の中にある涼月に届いたのか、うつむく彼女。
隙を逃さず大量の魚雷を発射し、追加で一斉射の砲弾を浴びせる。
抵抗しない相手に全てが突き刺さり、爆炎と轟音の中へ消えていく。
「涼月さん!」
大和の悲痛の叫びが響く。
そんな撒き上がる炎の中で、揺らめく黄色の眼光。
ゆっくりと前進しながらも体を再生させる防空埋護姫。
『私ハ『艦娘』でハ無い。
知ラないハズの『何カ』ノ記憶を失イ、知らナイはずの『誰カ』ノ願イは消エ果てタ』
砲撃を受けるもその姿は健在。彼女は歩みを止めない。
続けてレ級の放つ砲弾を2基の連装砲が正確に打ち抜く。
『ッ! ナラ何ノ為ニ戦ウ! 夢モ希望モ無イ貴様ガ、何故ソコマデ立チ上ガレル!!』
初めてレ級の顔に焦りが見える。
この体では夢見ることすら出来ない。人類の希望として空を照らすこともできない。
前世とも言える定めの軛は既になく、内に宿る英雄達の声は響かない。
それでも彼女は立っている。前に進んでいる。
『どれダケ素敵ナ夢だロウと、どレダけ眩シイ希望だろうト、『今』を生カなケレば掴メナい。
憎悪ヲ踏み締メ立つ足ヲ、敵を引キ裂キ討つ手を、邪悪ヲ払イ滅スる全てヲ持っテ。
私ハ今ヲ守り切リ開ク為に戦ウ』
正義のように高潔な理想も、輝かしい未来もない。
地べたを這いずって己の力で今を生き抜き、それでも同じ今日がくる。
地獄という名の今をなぎ倒し、生きることが許される。負ければ命は果て未来は失われる。
『夢モ希望モ無くテイイ。私にハ――――今ヲ守ル『意地』がアル!!』
全ての砲弾を打ち落とし、顔面へと砲弾を突き刺した。
顔面の修復が終わる前にレ級は引き返し、光立つ水底へと身を投げる。
しかしその体に鎖が巻き付き海面へと引き戻した。
その水底に何があるかは知らない。ただ敵にとって最も重要な場所だということは知っている。
吹雪を投げ込んだことは本人ですら分からない。それでも涼月は信じていた。
トラックで沈むはずだった自分の運命を変えてくれたあの日から。
MI作戦で赤城と加賀を絶望から救ったあの時から。彼女は皆を導く光。希望なのだと。
だからこそ、守らなければいけなかった。
『邪魔、スルナァ!!』
尾の口から伸びる大口径主砲がフードを吹き飛ばし、その長い髪を解き放つ。
再生が果たされたレ級の顔は激情に駆られ、先ほどまでの余裕は感じ取れない。
『サア、血反吐ノ吐キあイへよウコそ』
口角を釣り上げ笑みを浮かべる防空埋護姫。
2基の連装砲が笑うように歯をぶつけ合いガチガチと音を立てる。
それはまるで狩りを始める獣のような笑みだった。
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深淵まで覗けそうなほどにまで深い穴の傍で、2隻の深海棲艦が殴り合い火を噴く。
損傷の受けた箇所から即座に再生を繰り返し、終わりのない闘争が繰り返されていた。
互いの体は鎖に縛られ、片方は手首までも鎖で拘束されている。
格闘戦では四肢に加えて尾も自由なレ級に分があるが、
鎖を自在に操ることができ、独立した2基の連装砲がある防空埋護姫も遅れを取っていない。
その一撃一撃が血しぶきを上げ、皮膚が剥ぎ取られる。
レ級の尾が防空埋護姫の腹に密接し魚雷を突き刺す。
互いが業火に焼かれ距離を空けると思いきや鎖を巻き取り、
背後から連装砲によって砲撃を加えることで無理やり距離を詰めさせる。
懐に飛び込んでくる相手の脳天に両手を束ねた一撃が叩き込まれ海面に伏せるも、
尾が右腕の一本を噛み砕き千切れ飛ぶ。
そうすれば仕返しとばかりに伏した顔面に叩き込まれる蹴り上げ。
宙に舞う胴体に渾身の頭突きをかまし、その反動を利用して顎を蹴り上げられる。
再び腹に砲撃を行おうとするも、横やりに飛び掛かる連装砲によって射線をずらされ空を切る。
首に牙が突き立てられるが深く食い込む前に拳によって吹き飛ばされる。
動作の隙を逃さぬよう足元の連装砲が同時に火を噴き、レ級の両肩を砕いた。
それでもなお離さなかった両手で鎖を持ち手繰り寄せることで相手の体勢を崩し、
その首筋に噛みつき引きちぎる。そこより噴出した血で噛みついた本人の目を潰して、
もう一方の連装砲が今度こそ牙を首へと突き立てた。
しかし自由な尾が再び火を噴き連装砲を吹き飛ばすと、
追撃で側面の副砲を使い防空埋護姫の両膝を砕いて足元の連装砲ごとちぎり飛ばす。
体勢を崩し額に突き立てられる主砲。
『チェックメイトダヨ。出来損ナイ』
「全主砲、薙ぎ払え!」
ソレが引き金を引くよりも早く、それは火を噴いた。
放たれた轟音が響くよりも先に、レ級の顔面を文字通り撃ち貫き消し飛ばした砲弾は、
水平線の彼方で爆炎を上げる。首から上をなくしたその体も水底へと沈んでいった。
「作戦、完了ですね」
「でもおいしいとこ、持っていっちゃった、っぽい」
砲弾が放たれた方向を見てみれば、体を半分起こして座り込む大和と夕立の姿があった。
どうにか健在だった大和の主砲を夕立が担ぐことで狙いをつけ、
文字通り最後の一撃を放ったらしい。大和の主砲は煙を上げ砲身の全てが失われていた。
周囲に深海棲艦の姿はない。
2隻の深海棲艦が全力で呪詛を再生に回したため、生産するだけの力が残されていなかった。
―――そして自らが再生するだけの呪詛も、もうこの海にはなかった。
黒い光の柱の根元から白い輝きを放つ。
その眩しくも温かい光は赤い海を浄化し空に立ち込める黒い雲を吹き飛ばした。
絶望を払いのけ全ての終わりを告げる光は、艦娘にとっての希望の光。
『終わリ、まシタか』
防空埋護姫は崩れ落ちる体をそのままに、光を目指してゆっくりと進み始めた。
「涼月さん!」
大和が声を上げる。しかし止まることはない。
顔だけを大和の方へ向けて彼女は日の上る方へと進んでいく。
「心配しないで。私、必ず……戻ります」
暁の光を一身に浴びる彼女は遠ざかり、やがて光の中に消えていった。
次回 艦隊これくしょん -艦これ- ~空を貫く月の光~ 最終回。
――― 一人の駆逐艦が見るのは、希望の海か、絶望の海か ―――