艦隊これくしょん -艦これ- ~空を貫く月の光~   作:kasyopa

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―回収されたボイスレコーダーより―


とある艦娘のお話

 

いつしか私は深海棲艦に関して自分の見解を深め、文章に残したと思います。

あの時の続き、というわけではありません。

ただ、音声記録の方が再生媒体が必要ですし、声は最も最初に忘れるといいますから。

これを見つけたのであれば、ストーブの火にでもくべて燃料にしてもらえればと思います。

 

 

 

 

 

 

まだ聞かれるのですか? 物好きな方ですね。

価値も何もない、ただ一人の艦娘……でもありませんね。私は、どこにもいない私です。

そんな私の自論を綴ったものであり、誰に充てたものでもありません。

なのでどうか、この先を聞かないことを願います。

 

え? 燃やさないゴミを燃やしてはいけない?

そ、それならハンマーで景気よく叩き割って下さい! 多少は心が晴れるかもしれませんし!

物に当たるのはよくない、ですか? いいんです! 別に聞かなくても問題ありませんから!

 

 

 

 

 

 

 

はぁはぁ……では、誰も聞いていないという過程で進めましょう。

 

この度の戦いによって、艦娘と深海棲艦について見解を深められたと思います。

激戦にて蓄積した負の念を利用した浸食海域、

敵であった存在を利用した者を目覚めさせる儀式、

そしてこちら側の切り札となりえた、奇跡の体現者。

 

彼女がどのようにしてあの海域に積もる負の念を祓ったのかは分かりませんが、

恐らくは『自らの影も照らした』のでしょう。

その呪いの核となる存在を受け入れた、とでもいうべきでしょうか。

彼女は時折、全てを理解したように最適な答えを導き出すことがあります。

それをあそこでも選び取ることができた。ただ、出来てしまったのでしょう。

 

呪われた海域はあれから深海棲艦の出現が確認されないといいます。

むしろ避けて通っているとも噂されているほどに。

海産物など海を中心とした産業は壊滅的な被害を受けていましたが、

その後を作るのは私達の仕事ではありません。求められても出来ないでしょう。

 

そんな大きな戦いを経て、私はおそらく成長したのでしょう。

いえ、生まれ変わったという方が正しいでしょうか。

 

本来なら私も『照らされて』消えるはずの存在でした。

でも恐らく彼女は私を『負の念』だと思わなかったのでしょう。

それこそただ唯一の例外として取り上げていいほどにまで。

代償が無かったわけではありません。

 

皆が願う私の形は残りましたが、中身などを私以外が全て知るわけがなく。

かつて私が居た場所の記憶だけを残した、艦娘としての私になっただけでした。

 

艦娘は人々が願った希望の形であり、かつて戦いの時を駆け抜けた影法師。

全ての艦娘が『在りし日』を形どったものであり、また終わりの記憶を持ちうる。

始まりと終わりをもってして、それが在ったとされるのは人も物も同じです。

かたやそれが人と共に国を守る象徴となり続けた物。

人が歩む歴史という物語に不可分な形で織り込まれたのであれば、なおさらでしょう。

 

それが深海棲艦という未知の外敵を前にして、願ったのでしょう。

無償の救済を。誰かが望むがままの正義の味方を。誰かが思うがままの過去に。

そして艦娘は生まれました。深海棲艦という敵を倒すために。

 

そもそも深海棲艦が何故現れたかについては私達でもわかりません。

そんなものが現れてもおかしくないほど、既に人々は絶望していたのかもしれません。

机上の空論、というものですね。……話がそれてしまいました。

 

今の私は、今もどこかでこの国を守護しているのだといいます。

だから私は人々の中にある『在りし日の私』と『今の私』の願いが混在し、

艦娘としての機能を十分に果たせなかったのでしょう。

だってそうでしょう? 『今』のままでも私は皆を守り続けているのですから。

その分望まれなかったのでしょう。かつて海を共にした彼らに。私を還してくれた彼らに。

 

名もなき2人の英雄は私と共にあったけれど、あの人は許してくれなかった。

まるで我が子を渡そうとしない父親のように。全くもって過保護ですね、江藤さんは。

そんなことだから他の誰かが攫って行っちゃうんですよ。寝取り? いいえ断じて違います。

ああっ! 連装砲さんも怒らないでください、こっそり録っているのがバレてしまいます。

 

……落ち着きましたね。話を戻しましょう。

 

私がこれまで戦ってきた幾多の戦場、紡いできた縁によって結果的に、

他の艦娘と同じ『在りし日の私』として成った私は、

同じ時に在り続けていた江藤さんに会いに行きました。

 

会いに行かなくても新しい私として存続はできたでしょう。

 

それでも私は彼を一人ぼっちにしたくなかった。

そして何よりも、かつて一緒だった『英雄』と共にこの海を駆けたかった。

これも定めの軛というものでしょう。でも悪い気はしません。

知っているからこそ望んでしまう心を、私達は持っているのですから。

 

「涼月さん、もうすぐ時間ですよ」

 

あっ、あっ、大和さん、分かりました! すぐ行きますから入らないでください!

 

 

 

「話し声が聞こえたので誰かいるのかなと、あら、ボイスレコーダーでしたか」

 

えっと、はい。あの、このことはご内密に。

 

「分かりました。夢中になって遅れないでくださいね」

 

はい、もうすぐ終わりますから。

 

 

 

こんなことなら、普通に手記にしておけばよかったですかね……

何度も録り直ししてはまた誰かに乱入されそうな予感もしますし、

今更同じことを文章に書き起こすのも骨が折れそうです。

このデータはそのままにしておきましょう。

 

 

共にある仲間と、祝福してくれる人達と、他の誰でもない私を見つけられたからこそ、

歩くべき道をようやく見つけられました。

 

私は、希望を持って前に進む人達の先頭に立って、あらゆる苦難から守ってみせます。

そして辿り着いてもなお、安心して帰ることができる場所へと導いてみせます。

始まりと終わりが同じ、希望に満ちたものでありますように。

 

秋月型防空駆逐艦、三番艦、涼月より。


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