上条当麻が風紀委員でヒーローな青春物語   作:副会長

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エピローグ 世界の真相。そして明かされる終焉の刻限。

 

 かつて上条当麻が暮らしていたものと同じような、この学園都市では有り触れた学生寮。

 

 何の因果か、かつての上条のように同じ七階に住んでいる神定(かみじょう)(えい)は、今日もいつものようにコンビニのお釣りとして受け取った五百円玉を落とすという不幸に落ち込みながらも、無事に夕食の入ったビニール袋片手に帰宅した。

 

(……昔のままの不幸具合だったら、きっと財布をまるごと落とすか弁当を回復不可能なダメージが残るレベルで落とすか……そういった意味では、これはマシになった方なんだ)

 

 幻想殺しとしての力が上条当麻に移り、この右手には最早、かつて幻想殺しが宿っていた『残滓』が残っているだけなので、不幸のレベルもかなりマシにはなってきていた。

 

 だからこそ、神定はこうして、物語の表舞台とは縁遠い場所で、ごく普通のどこにでもいる高校生として生きている。

 

「…………ただいま」

 

 神定がこうして誰もいない部屋に帰宅の挨拶をするのは、只の癖のようなものだった。

 家族しか味方がいなかった神定が、無意識に家族という存在を求めている証なのかもしれないが。

 

 しかし、今日に限っては神定のただいまに、返事をする存在が、神定の部屋の神定のベッドで勝手に横になりながらテレビを見ていた。

 

「おかえりー、影。どうだった? 上条当麻は?」

 

 神定を迎えたのは、白いを通り越して完全に青ざめた顔色の少女だった。

 ひらひらと防御力ゼロの丈の白いチャイナドレス。ぶかぶかの袖と額に貼られた特異な札が特徴的で、神定は初めて見た時、咄嗟にキョンシーという死体妖怪を連想した。

 

 見るからにどこにでもいる平凡な高校生の部屋には相応しくない、一目見て只者ではないと分かる存在。

 

 だが、神定はそんな異常に対し、むしろ道行く一般人よりも気安げに返す。

 

「……今日も来たの、娘々(ニャンニャン)

 

 神定はちらちらと大事な所が大変危うい娘々(ニャンニャン)という少女に構わず、テレビのリモコンを奪い取って、娘々(ニャンニャン)の寝転がるベッドを背凭れにするように座り込み、エクササイズ講座のDVDを紹介する通販番組から夕方のニュースを放送する報道番組へと回す。

 

 娘々(ニャンニャン)はそのことに文句を言うでもなく「そりゃあ来るよぉ。今日は平凡で退屈な影の人生に珍しいビッグイベントがあったでしょ」と言って、ベッドの上で胡座を掻く。何かとは言わないが履いていない娘々(ニャンニャン)にとっては、アングルによっては大変危険というか防御力ゼロな体勢だ。

 

 だが、神定はそんな(姿だけは)美少女の素敵ショットに興味ゼロなのか、振り向く挙動すらみせずに淡々と答える。

 

「そんなに退屈なら、僕の人生なんか見なければいいのに。そんなに暇なの? ――『魔神(かみさま)』って」

「そりゃあ、わたしら『魔神(かみ)』から見たら、(えい)レベルの一般人なんてどうでもいい有象無象だけど――これでも少しは責任を感じてるんだよー。基本的にわたし達は、救いを与える存在だからさ」

 

 かみさまだからね――と言って、娘々はその青白い綺麗な足を神定の肩に乗せる。両足を両肩に乗せる感じだ。

 

 これまたアングルによっては、最早、神定の顔がモザイクの役割を果たすわけだが、やはり神定は全く動じず、ニュースを見ながらスマホを弄っている。

 

「少なくとも、この世界で影の人生が滅茶苦茶になったのは『魔神』のせいなわけだしさ。あ、わたしじゃないけどね」

「それは何回も聞いた」

「だからこそ、多少無理して、こうしてフォローに来てるわけじゃん。アイツに気付かれないようにここに来るのはそれなりに大変だったんだよ。お陰で結構なパワーダウンして、こうしてここにいてもこの世界は壊れないで済んでるわけなんだけどさ」

「それも何回も聞いた。有り難いフォローなんてしてもらった記憶ないけどね」

 

 精々が、知りたくもなかった『世界の真実』とやらを多少教えてもらった程度だ。

 神定はスマホを左手に持ち替えて、なんとなくその右手を見詰める。

 

「幻想殺しは、その魂の輝きに引き寄せられるように宿主を選ぶ。だからこそ、影よりも幻想殺しの主により相応しい存在がこの世界に来てしまった時点で、神浄の討魔の真名の持ち主が移り変わった時点で、世界の法則をねじ曲げてでも幻想殺しは上条当麻へと移ってしまった。まあ、これは幻想殺しが宿る物体を移り変えていく世界の基準点だから起こった現象だけどね。影は元々、真名だけしか条件を満たしてなかったから、『本物』が現れたらそりゃあそっちに行っちゃうよね~」

「…………それも、何回も聞いた」

 

 神定は、触れた異能の能力をやんわりと削っていくくらいしか出来なくなった己が右手を見詰めていると「……ねぇ、娘々」と珍しく自分から娘々へと話しかける。

 

「上条当麻は、学園都市に足を踏み入れたその時に、この世界に降り立ったって言ってたよね」

「お。影が上条当麻の話を自分から聞きたがるなんて珍しいじゃん。なんだいなんだい、本人と会って興味が出たかい」

「娘々」

 

 神定がうりうりと己の頬を指でぐりぐりしてきた魔神の手を鬱陶しそうに払い除けると、娘々は「そうだよぉ。その時から、影も主人公(仮)から立派な一般人(モブ)へと格下げされたのであった」と、責任を感じているというわりにはどうでもよさげに語る。

 

「……でもさ。そうなると、この世界には元々上条当麻が居たってことにならないか? なんで幻想殺しは、そもそも最初から、別の世界から歴戦の上条当麻がやってくるまで、この世界の上条当麻じゃなく、神定影の右手なんかに宿ってたんだ?」

「お、やっと聞いちゃう? もう、何年もずっとその矛盾を匂わせてたのに、全然聞いてこないんだもんなー。まあ、かみさまからしたら人間の十年なんてたいしたことないんだけどね。私は魔神の中でも特に歴史が古いからその辺りは寛容――」

「娘々」

「もう、分かったよ。相変わらず影は何年経ってもノリが悪いなぁ。そんなだから友達が出来ないんだよ」

 

 歴史が古い魔神とやらに現代的なノリの悪さを指摘され(ましてや友達がいないことも)露骨に溜息を吐く神定に、娘々はあっさりと告げる。

 

 誰も得しない、残酷なだけの世界の真実を。

 

 だからこそ、今日まで聞くに聞けなかったネタばらしを。

 

「答えは単純だよ。この世界に――()()()()()()()()()()()()

 

 ズブッと、その宝具(パオペイ)へと変化する指先を神定の頬に突きつけながら、古代中国由来の尸解仙は言う。

 

「強いて言うなら、君こそが『上条当麻』だったんだよ。言ったよね。幻想殺しは、君の神浄の討魔って真名に引き寄せられたんだって。でも、十年前に、真名も魂の輝き兼ね備えた上条当麻が現れた。それで、君は上条当麻ではなく、神定影になった」

「……それはつまり、その瞬間、僕は上条当麻って名前から、神定影って名前になったってことだよね」

「正確に言うなら、()()()()()()()()()()()()()――()()()()()()()()んだけどね」

 

 その瞬間、それまで『上条当麻』として生きてきた六年間が、『神定影』として生きてきたということになった。

 

 だけど、それでは矛盾がまだ残っている。

 上条当麻は、その世界で生きていた【上条当麻】の身体に乗り移るような形で、この世界に降り立ったのではなかったか。

 

 それまでその世界で生きていた【上条当麻】が『神定影』だというのなら――上条当麻は、一体、どこの誰に乗り移ってこの世界にやってきたというのか。

 

()()()()()()。上条当麻は、あの瞬間、この世界に誕生したんだ。()()()()()()()()()()()()()でね。そもそもオティヌスが、あの世界で何回上条当麻を殺して生き返らせてを繰り返したと思ってるのさ。そもそもアイツは本質的に生み出すものだよ。だから、あの瞬間、上条当麻という存在がいるという世界に『再設定』したのさ」

 

 あの瞬間――それまで生きてきた【上条当麻】は『神定影』という形に『再設定』された。それまでの【上条当麻】として生きた人生も、『神定影』として積み重ねたもの()()()()()()()()()

 

 そして、新たにやってきた異分子、異世界からやってきた『主人公』の居場所(ポジション)を『再設定』する為に、この世界に()()()『上条当麻』という『存在(うつわ)』を作った。

 

 上条当麻が、上条当麻として過ごした空白の六年間を、あたかも存在したかのように後付け設定し(作り上げ)た。

 上条刀夜も、上条詩菜も、もしかしたら竜神乙姫を初めとする親戚一同も――まるで、主人公を最初に決めて、後から人物相関図を埋めるべく設定していくかのように。

 

「お陰で、色々と相違点とか矛盾が生まれてるみたいだけどねー。まぁ、これまでと違って同じ世界をベースに『見方』を変えて別の世界のように見せている()()()()()()()()から、あちこち綻びが生まれてくるんだよ」

「なんだよそれ……やりたい放題かよ……そんなのいつまでも続くの?」

「きひひ! ()()()()()()()()()!」

 

 娘々は神定の安物のベッドが軋む勢いで立ち上がって言う。

 

「元々、ここは『上条当麻がいないことを前提にした世界』がベースに作り上げられた世界だよ。でも、上条当麻がいて、後乗せサクサクで無理矢理ご都合合わせを繰り返すごとに、世界は悲鳴を上げていく。元々、長持ちしない設計なんだよ」

「……ふーん」

 

 神定影は、己の住まう世界の致命的な欠陥を暴露されても、何もかもを諦めたような瞳のまま、ごろんと頭をベッドに乗せた。

 

 そこには履いていない上に丈の短いチャイナドレスで、足を開いて仁王立ちしている娘々がいる。

 神定は、ローアングルから見上げるような体勢で、けれど一切の興奮が含まれない低血圧な声色で問うた。

 

「なら、世界が終わるまで後どれくらい?」

「うーん。そうだねー」

 

 青白い顔の神様は、可愛らしく凶悪な武器に変わる指先を己の顎に着けて考え込むようにし、明かす。

 

 世界に蓄積される矛盾(ダメージ)の量にもよるけど――と、ニコッと笑い、その世界に住まう一般人Aに向かって、この世界の主人公すら知らない秘密を。

 

「本来の歴史で、オティヌスが世界を終わらせるまで――そこまで持てば奇跡じゃない?」

 




 これは、始まり(ゼロ)で終わる物語。終わることが、失うことが前提の世界の物語。


 幻想に取り憑かれた主人公(ヒーロー)は、未だにそのことを知らずに、幻想を殺す右手を握り続けている。










PS

このシリーズについて、今後の更新に関するお知らせを、活動報告に載せさせていただきました。
続きを楽しみにしていただいている読者の方がいらっしゃれば、目を通していただければと思います。

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