劇場版、最高でしたね。
「ふぅ……」
手入れの行き渡った鍵盤から手を離し、一息つく。
壁に掛かった時計に目をやると、もうじき日付が変わりそうな時間を指していた。
――あと、10分だけ。
最近は、一層ピアノに熱が入っていて、
この時間まで弾いていることも珍しくなくなってしまった。
と言っても作曲というよりは、ピアノの演奏とか練習自体にのめり込んでいる。
きっかけは……もしかしなくてもこの間のセッションね。
昔から音楽は聴くのも演奏するのも好きだった。
けれど、この間のセッションで、私の中の音楽に何か大きな変化が訪れた。
メラメラと炎が燃え上がるような、熱い変化。
レッスンの先生と連弾することはあったけれど、ピアノを弾くときは、基本1人だった。
だから、この間のセッションは、とても刺激的だった。
しかも、エレキギターという今まで合わせたことのない楽器と。
極めつけには、楽譜がない、『自由』な演奏だったから。
お互いが、即興で相手のフレーズに応え、演奏を繋げていくコミュニケーション。
見方を変えれば、普段決して外に出すことのない内面を、さらけ出し合うということ。
だからこそ、あの瞬間の2人は……本気だった。
今思い出すと、少し恥ずかしくなるくらいに、ね。
茅野先輩……いや、悠人先輩。
あの濃密な数分間を共にした後となっては、
この間の1日しか会っていないというのはにわかに信じられない。
あの海未に、会って欲しい男の方がいると言われた時は何事かと思ったけれど……
「μ'sの作曲者に会いたい」という純粋な興味で会いに来るなんて、物好きなんだから。
『俺は大好きだよ、西木野さんの曲』
……ほんと、物好きなんだから。
『君とセッション出来て、よかった』
~~~!
セッションの後、ふと言われた言葉を思い出してしまった。
もう、一体何なのよ……
ほら、あと10分、集中集中!
気を取り直して、鍵盤に指を走らせる。
~♪
当然私一人しかいないし、この地下スタジオに響くのも私のピアノだけ。
別に、今までも当たり前だったのだけれど――
……少し、寂しい。
「ばか」
今夜も、眠れそうにない。
◇◇◇
「まーきちゃーん!」
どこからか声が聞こえる。ボリュームも大きい。
誰よ、私の眠りの邪魔をするのは。まったくもう。
「まーきちゃーんってば!!」
「う゛ぇえ……?! 何よ、凛」
声の正体は、凛だった。
ここは……教室……?
「真姫ちゃん、おはよう……?」
「ほら、早く行こうよ!」
どうやらウトウトしているうちに眠ってしまっていたらしい。
目の前にいるのは、困り笑顔の花陽といつも通り元気な凛の姿。
「ああ、もう放課後練の時間なのね」
「真姫ちゃん……まだ寝ぼけてるのかにゃ?」
「な、何よ」
凛に呆れ顔をされてしまった。
なにか間違ったことを言ってしまったのかしら。
「真姫ちゃん、今日は穂乃果ちゃんたちが生徒会で忙しいから、練習はなくなったって……」
「かよちんの言うとおりだよ!」
そう言えば、そんな話もあったかもしれない。
練習着、無駄に持って来ちゃったわね。
「それにしても、真姫ちゃんが居眠りだなんて珍しいね」
「花陽……ちょっと最近疲れてて」
「どうせ夜遅くまで勉強してただけに決まってるにゃ」
「何よ、勝手に決めつけないで!」
近からず遠からずと言った感じかしら……別に隠す気はないのだけれど。
「そんなことより、早くクレープ食べに行こうよー」
「煽ってきたのは凛の方でしょう!」
「ほら、米粉で作った生地もあるらしいんだよ!あぁ、美味しそう……♡」
「は、花陽まで……」
やっと、状況が飲み込めてきたわ。
ここ最近は練習続きだったから、たまにはこういう日も悪く無いわね。
◇◇◇
「あぁ~~!米粉クレープ、生地がモチモチで美味しい……!」
「かよちんが幸せそうでなによりにゃ~」
「この笑顔だけでもうある意味満腹ね」
結局あの後、凛に引っ張られる形で街に来て、人通りの多い通りにあるクレープ屋さんに。
花陽は恍惚と頬張っているし、凛はそれ見て癒やされてるし、なんとも微笑ましい光景ね。
時間帯も時間帯なので、街は同じような学生で溢れている。
談笑しながら帰路を歩いていたり、私たちと同じように放課後を楽しんでいたり。
テニス部だろうか、ラケットケースを抱えて歩く女子高生。あっちはラクロス部かしら。
道路の向こうには、ギターケースを背負った男子学生が…………ん?
あの後ろ姿、どこかで――
「真姫ちゃん!」
「……ひゃあ、いきなり何よ!」
「何って……クレープ食べないなら凛が食べちゃうよ?」
「あぁ、クレープね。食べる、食べるわよ」
どうやらまたぼーっとしていたみたい。あまり呆けているのは良くないわね。
「どう!米粉!米粉だよ!」
「え、えぇ。モチモチで美味しい」
「だよねだよね!さすが真姫ちゃん!」
ふとまた気になり、道路の向こう側を見る。
背格好もあのギターケースも、やっぱり……
「真姫ちゃん、さっきから何見てるにゃ?」
「う゛ぇえ…………な、なんでもないわよ」
キョロキョロと私が見ていた方を見回す凛。
まさか、凛に限って勘付いたりはしないわよね?
「にゃにゃ、ひょっとして真姫ちゃん……」
「な、何よ……」
しない、わよね?
「……そんなにテニスがしたいなら、凛に言ってくれれば良かったのに~」
「……へ?」
凛の視線の先には、ラケットケースを抱えたどこかの女子高生の姿が。
「そ、そうね。今度時間があるときにやりましょう」
「真姫ちゃんがスポーツしたがるなんて珍しいにゃ」
「別に、私だってたまにはそういう時もあるわよ!」
「今夜はきっと雪が降るにゃ」
一瞬ドキッとしたけど、やっぱり凛は凛よね。
まったく、どうしてこんなにヒヤヒヤしなくちゃいけないの。
それに、先輩の高校はこの辺では無かったはず。そう、気のせいよ。
これも悠人先輩のせいなんだから。今度会ったら、何か言ってやらなくちゃ。
「ねぇ、かよちんもそう思うよね?」
「……」
「かよちん?」
「……あっ、そうだよね!あはは……」
とりあえず、今夜もピアノ漬けね。
細々と更新は続けていくつもりなのでもしよければお付き合いください!
誤字脱字報告や感想要望もろもろお待ちしております。