今日は日曜日、天気も清々しく、よい週末のスタートだ。
普段なら11時くらいまで惰眠をむさぼることも少なくないのだが、今日は違う。
この間高坂と南の2人と話した、海未の弓道の大会が今日この日なのである。
海未に内緒で応援に行く、というのも楽しみである理由の一つかもしれない。
昨日、海未とメッセージアプリでやりとりをした際にも、今日のことは何も言わないでおいたからな。
……大会のこと、本当に最後まで自分には教えてくれなくて、ちょっとショックだったぞ。
いや、だからこそ今日が楽しみなのかもしれない。
どう驚かせてあげようか考えるだけで、自然と口角が上がる。
会場は都内東部にある弓道場らしく、俺は普段乗らない地下鉄で最寄り駅へ向かっている。
高坂と南とはその駅で待ち合わせており、向こうももうすぐ着くそうだ。
「お~い!茅野くーん!」
目的の駅で降り、改札階へ上がると、既に到着していた二人の姿が。
高坂は恥ずかしげもなくこちらへ両手をブンブン振っている。
その隣で、南は少し恥ずかしそうに小さく手を振ってくれていた。
正直かなり恥ずかしいけど、その光景は実にほのぼのする。
「待たせちゃってごめん」
「大丈夫!穂乃果たちも今来たところだし」
「うん、それにまだ約束の5分前だし♪」
何より、3人無事に集まってよかった。
……そういえば、日曜だから当たり前だけど、二人とも私服なんだな。
高坂は、歳相応の可愛らしい格好だ。
活発な彼女らしく、パンツルックでカジュアルな感じかな?
一方の南は、μ'sの衣裳担当だけあってか私服も凝っているなぁ。
ファッション雑誌の読者モデルとか言われたら、普通に信じてしまいそうだ。
女性のファッションには詳しくないけど、そんな俺でも感心してしまうような着こなしだと思う。
「あの~……」
「……ん?」
「そんなに見られると、ちょっと恥ずかしい……かも」
「!!……ごめんごめん」
気付いたら南の私服を凝視していたらしく、南が顔を赤らめていた。
そんな姿もなかなか可愛らし……じゃなくて、誤解を解かねば。
「2人の私服、見るの初めてかもとか思ったら、つい……」
「確かに、そういえばそうだったかな♪」
「でも、ことりちゃんばっかり見てた気がするな~?」
「そ、そんなことないぞ」
む、高坂も意外と鋭いな。何故かちょっと不満気に指摘されてしまった。
「え~、本当かな~?」
「本当だ! さすがμ'sの衣裳係だなぁ、とは思ったけどさ」
「そ、そんなことないですよ~……えへへ」
思わずさっきの感想を言ってしまったが、南は喜んでくれてる……のかな?
人の私服をジロジロ見る変な人のレッテルは回避できそうだ。
◇◇◇
「やっぱり弓道場はなんか緊張するね~」
無事会場に辿り着き、観客席に腰を下ろす。
会場に入って感じたのは、他のスポーツの大会とは少し異質な空気。
試合前の緊張感は他と変わらないが、やはりどこか厳かな雰囲気を感じる。
これが、武道とスポーツの違い、なのだろうか。
「2人は応援に来たことあるの?」
「うん、本当に数えるくらいだけどね」
「試合の時の海未ちゃん、格好良いですよ♪」
プログラムによると、午前は団体戦、午後は個人戦が行われるらしい。
海未はその両方に出るらしく、期待も高まる。
この雰囲気だと、応援というよりは見守る感じになりそうだけど。
「そういえば、他のμ'sのメンバーはいないの?」
「それが、海未ちゃんが大会の事言うのが遅すぎて……」
「みんな何かしらの予定が入っちゃってたみたいなの」
なるほど……そりゃ花の女子高生が週末何の予定も無いなんてそうそう無いよな。
え?僕?予定なんてありませんでしたが何か?
◇◇◇
午前の団体戦、ようやく音ノ木坂の試合が回ってきた。
弓道について知識はほとんどないが、高坂や南に訊いたところによれば、的に
「あ、海未ちゃんいたいた」
高坂が普段より小さめのボリュームで告げる。
釣られて目を向けると、射場の奥の方に見慣れた姿が現れた。
「あれは……海未……だよな?」
「えっ?」
あのロングの黒髪、端正な顔立ち。紛れも無く海未だ。
けれど、普段見ている彼女とは、確実に何かが違っている。
袴を着ているから?髪を後ろでまとめているから?
それもあるだろうが、決定的にいつもと違っているのは、彼女の纏う雰囲気。
出会った頃の第一印象は、真っ直ぐで凛とした少女。
もちろんそれは今もそうなんだけど、普段の海未は見た目に反してお茶目なところがあったり、本人は否定するだろうけど可愛いところも多かったりと、いたって普通の女の子だ。
だけど今視線の先にいる海未は、かつての第一印象を濃縮したとでも言うべきだろうか。
様になった佇まいと、真剣な眼差しが相まって張り詰めたような空気を発しており、
そのオーラは周囲の選手の比ではない。
これが、海未の普段見せない一面とでも言うのだろうか。
俺は、彼女から一瞬たりとも目が離せなかった。
◇◇◇
団体戦が終わり、休憩時間となった。
音ノ木坂は惜しくも予選敗退。本当に僅差だったんだけどな。
そんなこんなで、いよいよ高坂と南と一緒に海未のもとへ。
せっかくだから、驚かせないとな!
「やっほー、海未ちゃん!」
「その声は……穂乃果?!それにことりも!」
「来ちゃった♪」
試合中の凛々しかった雰囲気はどこへやら、いるはずのない幼なじみ2人の登場に驚く海未。
俺はというと、驚いてる隙に海未の後ろに回りこんでいる。
「もう、来なくていいと言ったじゃないですか」
「そんなこと言ったって、見たいものはしょうがないもん!」
「海未ちゃん、格好良かったよ~」
海未は口ではこんなことを言っているが、声色ですら嬉しさを隠せていないぞ。
恥ずかしがるようなことじゃないと思うけど、そういう性格だから仕方ないのかもしれない。
「それに、穂乃果とことりちゃんだけじゃないんだよ」
「??……と言いますと?」
「海未ちゃん、後ろ♪」
高坂と南に促され、恐る恐るこちらへ振り返る海未。
そんな海未を、俺はこの上ない満面の笑みで出迎える。
「よっ」
「?!……悠人!どうしてここに!」
「高坂と、南が教えてくれたんだよ」
「へっ?でも……そんな……えっ?!」
想像した以上にあたふたする海未に、高坂と南と俺はニンマリ。
ほんと、試合中の海未と同一人物なのが信じられないくらいだ。
「ドッキリ大成功だね!」
「「「イエーイ!」」
予想以上のリアクションに、思わずハイタッチする3人。
ようやく状況を把握できたらしい海未が、恨めしそうにこちらを見ている。
「大会出るなら、俺にも教えて欲しかったな」
「すみません……やはり恥ずかしくて」
「いいよ、でも次からは呼んでくれると嬉しい」
「はい。もう驚かされたくないですから」
ひょっとしたらドッキリで叱られるかとも思ったけど、杞憂に終わったようだ。
次からは教えてもらう約束も取り付けたし、結果オーライかな?
「それで……どうでしたか?」
「うーんと、いろいろ感想はあるんだけど……」
海未はおずおずとこちらを見上げ尋ねてくる。
何度も言うけど、さっきまでの自信に満ちた海未とはまるで別人みたいだ。
……参ったな、いろいろ伝えたいことがあったんだけど飛んでしまった。
「すごく格好良かったよ」
「ありがとうございます……」
「袴姿も似合ってるし、見たこと無いくらい真剣で……正直びっくりした」
「そ、そんなに褒めても何も出ないですよ!」
流石に本人に見惚れてしまったとは言えず、あれこれと言葉を紡ぐ。
全部本心なんだけど、お世辞だと思われてしまってるのだろうか。
「全部本心だってば」
「悠人……」
「あの~」
「ことりたちもいるんだけどなぁ……」
「「はっ?!」」
高坂と南の言葉に、あわてて我に返る。
海未も同じ状況のようで、さっきよりも頬の赤みが増している。
「ことりちゃん、穂乃果たちは帰った方が良いみたいだねぇ」
「そうだねぇ、お邪魔になっちゃうもんねぇ」
高坂と南はヒソヒソ話をするような仕草で喋っている。
おーい、しっかり聞こえてるぞー。
「だー!ごめんごめん、今のなしなし!」
「そうです!せっかく来たのですから最後までいてください!」
◇◇◇
会場から出ると、外はもう陽が傾いている時間だった。
選手やその友達、父兄は各々の結果を胸に家路につくのだろう。
午後の個人戦、海未は決勝まで進出し、上々の成績だった。
応援に来た3人はテンション上がって海未の活躍をひたすら讃えていたけど、
それでもちょっと困ったような笑顔で謙遜していたのが海未らしかった。
昼休憩で驚かせてしまったりと色々あったが、持ち前のメンタルで乗り切ってくれたようだ。。
ちなみに、あの後観客席に戻ってからは高坂と南のイジリがひどかった。
2人が海未と俺になりきって再現コントを始めた時はさすがに辛かったぞ。
うん、いじってくれる位には仲良くなれたということにしよう。ポジティブ。
別に海未とはそういう関係ではないんだけどなぁ。
今までに見たことのない海未の一面を見て、見惚れてしまったのは事実だけども。
そりゃ世間一般的に見れば彼女は綺麗な子だろうし、俺もそう思うけど、
それ以上に受験生時代からの友達、という印象が強いし。うん。
「……悠人?」
――こればっかりは考えても仕方ないよな。
そうこう考えてる内に、会場の最寄駅も近づいてきた。
「ごめんごめん、ちょっとボーっとしてた」
「今日は日曜日なのに早起きでしたからね」
「それだと普段はだらけてるみたいな言い方じゃん」
「ふふ、気のせいですよー」
いつになく上機嫌な海未は、ちょっぴり子供っぽい。
大会の後だし、達成感とか開放感でいっぱいなんだろうな。
でもこの時間帯特有の赤みがかった斜陽のせいなのか、見た目はいつもよりも大人びていて、そのアンバランスさに少しドキッとする。
なんだか今日は、海未に頭の中をかき乱されてばっかりで悔しいな。
「改めて今日は、ありがとうございました」
「いえいえ。それにお礼なら前の2人にしてやってくれ」
前の2人とは、高坂と南のことだ。
変な気を遣ってくれてるのかは分からないけど、会場を出てからは海未と俺の少し前を歩いている。
この子たちが教えてくれなければ、今日こうして応援に来ることも出来なかったからな。
「そうですね、近いうちに何かしてあげましょう」
「海未のお礼か、背負い投げとかかな?」
「悠人は私を何だと思ってるのですか……」
「すまんすまん」
律儀にツッコんでくれる海未。
ふざけてしまったのは照れ隠しとかではないぞ。
「次の大会も応援しに行くから、決まったら連絡よろしく」
「はい。約束ですよ?」
「ああ、もちろんだ」
他愛もない約束を交わすと、微笑ましそうな視線をこちらに送る2人の姿。
仲良く揃って『あらあら~』みたいな表情するのはもう勘弁してくれ……
やっぱりしばらくは俺も海未も彼女たちにいじられるのかもしれないな。
だけど、不思議と嫌な気はしなかった。
海未は、どう思うのかな?
考えたところで答えは出るはずがない。
そんなことは分かっているけど、しばらくその問が頭からこびり付いて離れなかった。