「……眠れませんね」
枕元にある時計を見ると、普段ならとっくに眠りについている時間です。
ですが今日は、なぜだか寝れません。
身体は疲れているのに、頭は変に冴えてしまっています。
「こういう日くらい、いいですよね」
このまま目を閉じていても眠れないと感じた私は、
上着を羽織ってこっそり縁側に来てしまいました。
――月が、とっても綺麗です。
あんまり当たりすぎると風邪を引いてしまいそうですが、夜風が心地よく、耳を澄ませば虫の声が。それだけで、ここまで来てよかったと感じます。
今日は、久しぶりの大会でした。
何度出ても、こういった舞台は緊張します。それはμ'sのライブでも同じです。
とは言え、日頃の鍛錬のお陰で周りの人からは分からないくらいには緊張を抑えられてはいるのですが。
でも今日の大会は――正確には、午後の試合は、不思議と緊張しませんでした。
穂乃果やことりだけでなく、悠人まで応援に来てくれましたね。
最初悠人の姿に気づいた時は、心臓が飛び出そうなほど驚いたんですよ。
でも、いつの間にか仲良くなっていた穂乃果とことりと楽しそうにしているのを見たら、スッと心がほぐれたんです。
私の大事な人たちが、そばで見守ってくれている。
そう思うと、自分でもびっくりするくらい精神が研ぎ澄まされて、気付いたら決勝にまで進んでいました。
ふふ、あの3人にはお礼をしなくてはいけませんね。
『すごく格好良かったよ』
ふと、今日のお昼に悠人に言われた言葉を思い出します。
冷静になって今考えてみると、なかなか恥ずかしいセリフのような……
そんなことをいたって普通に言える悠人は……ずるいです。
『袴姿も似合ってるし……』
『全部本心だってば』
また、思い出してしまいました。
恥ずかしさに思わず、体温が上昇するのを感じます。
うぅ……本当に、ずるいです。
眠れなくてここに来たのに、余計に目が覚めてしまったじゃないですか。
今度会ったら、仕返しの一つでもしてあげたいくらいです。
悠人――私の、唯一と言っていい男性の友達。
ギターに夢中で、真面目で、気配りの利く男の子。時々からかってきたりもしますけどね。
……真面目と言うと本人は否定したがると思いますが。
中学生の頃に塾で知りあった彼とは、初めは勉強のことしか接点がありませんでした。
まぁ、知りあった場所を考えると当たり前なのですが。
けれど、次第に打ち解けて、お互いの家に呼ぶような間柄にもなりましたね。
初めて私の家に呼んだ時は、平静を装うのに苦労した記憶があります。
だって、穂乃果やことりくらいしか来たことのない私の部屋に、ふ、2人きりだったんですから。
一方で悠人は、私が見た限りいたって普段通りの振る舞いで……
そのときもちょっと悔しく思った記憶があります。
なんだか、悠人にはやられっぱなしのような気がしてきました。
だからきっと、悠人にとって私は、数いる異性の友人のうちの1人。
穂乃果やことり、それに真姫ともすぐに打ち解けていましたし。
共通の友達が増えるのは、良いことです。
では、この胸に
最近、このことばっかり考えてしまいます。
私は、一体どうしたいのでしょう。
流石に少し、冷えてきましたね。部屋に戻るとしましょうか。
縁側から見上げた月は、さっきよりもぼやけて見えた気がしました。
◇◇◇
ある日の夜、いつものように勉強の合間にギターを弾いていた。
先日の真姫・海未とのセッション以来、音楽のモチベーションが高まっていた俺は、
ここ最近より一層熱を入れて練習している。
何よりも楽しそうに演奏する真姫の姿に、音楽の良さを再認識させられた形だ。
「そう言えば……」
手を止め、ふと今日の昼休みを思い出す。
俺にスクールアイドル、もといμ'sを勧めた犯人である友人に、
μ'sのことについて語ったら、何だか感激した顔で握手を求められた。
ぶっちゃけそこはどうでもいい(失礼)。
気になったのは、ライブ映像の話だ。
思い出してみると、これまでは彼からオススメの曲をもらい、聴いていただけだ。
特に映像は、最初に貰った『これからのSomeday』くらいかな?
彼曰く、「好きならYou○ubeで色々検索してみ、捗るぞ」とのことだ。
……というわけで、ギターを置いてPCの前に移動した俺のYou○ubeツアーが始まった。
◇◇◇
……You○ubeの関連動画を辿っていたら深夜3時になっていた。
誰だ部屋の時計の針をいじったのは。
画面の右下の時計まで操作するとは、けしからんな。
冗談はさておき。
どうやら、μ'sのPVは以前見た『これからのSomeday』しかないようだ。
その他の映像は、ライブ映像がいくつか上がっているくらいか。
『No brand girls』というキャッチーでアップテンポな曲が良さ気だった。
雨の中でもライブ映えする、バンドサウンドを前面に押し出した曲調で、
会場の熱気が伝わってくる。
上がっていたいくつかの映像はPVではないため、
画質や音質が多少粗いものの、やはり何か光るものを感じる。
何より、真姫の作る曲の幅には驚かされる。
音質については、ちゃんとライブ音源を録音しようとしたらかなり手間もかかるし、仕方ないだろう。
μ'sの楽曲は、音源化とかはしないのだろうか。真姫ほどの逸材が創る曲だけに、ちゃんとした形として残さないのは勿体無い気がする。
今度、それとなく訊いてみよう。
関連動画から飛んだ、A-RISEというスクールアイドルグループもかっこよかった。
打ち込みをベースにしたサウンド、μ'sにはない少しアダルトな雰囲気。
そして何より3人のパフォーマンスはプロと見紛うほどの物だった。
スクールアイドルからは今後も目が離せそうにないかもしれない。
……寝なくては。
いつものように海未に動画視聴報告をして良いリアクションをもらおうと思ったけど、
流石にこの時間なのでやめよう。
◇◇◇
「『今までにない感じの曲』、か……」
鍵盤から手を離して独りごちる。
こうして、作曲自体に取り組むのは案外久しぶりかも。
最近はセッションの影響で、ピアノの練習がメインになっていたから。
……そっか、悠人先輩と会ってから初めての曲作りなのね。
あれだけ今までの曲を褒めてくれていただけに、次の曲も頑張らないと。
ふふん、もっといい曲を書いて驚かせてやるんだから。
今までにない感じの曲……逆に、今までの曲を考えてみる。
START:DASH!!に、これからのSomeday、僕らのLIVE君とのLIFE、Wonder ZoneにNo brand girls。やっぱりアイドルらしいポップでキャッチーな曲が多いわね。
今までにない……というと、アイドルらしくない曲?
それだったらいくらでも書ける気がするけど、果たしてμ'sとしてそれはいいのかしら。
かと言って、ロックバンドみたいな曲もどうかと思うし、私の得意なクラシックやジャズがμ'sに合うとは考えづらい。
うーん、思ったより難しいかも。
いや、その方がこっちとしても燃えるわ。
あくまで、スクールアイドルなんだからアイドルらしさは忘れずに。
その中でこれまでチャレンジしてなかった曲調にすべきね。
思考をひとまず止め、再び鍵盤に指を走らせる。
……
…………
………………
どうも、しっくり来ない気がする。
かゆいところに手が届かない、そんな感覚?あまりうまく言い表せない。
最近、指の練習ばかりしていたから?
いや、単なるブランクの問題では無いわね。
今回より間が開いてしまったことなんていくらでもあるもの。
一筋縄ではいかない、ってわけね。面白くなってきたじゃない!
μ'sのこれからのためにも、悠人先輩のためにも、頑張らないと。