厳しかった残暑もようやく終わり、どこか秋の気配を感じる今日このごろ。
……感じる今日このごろのはずなんだけど。
俺、茅野悠人はとにかく急いでいた。汗だくである。
理由は簡単、部活動が予想以上に長引いたのだ。
普段だったら長引くくらいなんともないのだが、今日に限っては事情が違った。
ラブライブ!の第2回大会、その地区予選が行われるのだ。もちろんお目当てはμ’sだが、前回王者のA-RISEのパフォーマンスも気になっている。
聞いたところによると、μ’sのライブの舞台はA-RISEのUTX高校らしい。この予選では、決められた会場か、各グループが選んだ場所のいずれかでライブを行えるみたいだが……
本来、地区予選の狭き門をかけて争うライバル同士であるはずのA-RISEとμ’s。その彼女たちが同じ場所でライブを行う真意とは一体……?
「うおおおおおおおお……!」
予選開始に間に合えと、家路をひた走る。重たいキャリーカートが轟音を立てて住宅街を疾走する。大事な大事な機材も、今に限ってはただの足かせに思えて仕方がない。
『悠人、遅れたら承知しませんよ?』
『先輩のμ’sへの思いって、その程度だったのね……』
走馬灯か……?これが噂の走馬灯なのか?!
でもこんな台詞聞き覚えないし、俺の頭の中で捏造されたものを走馬灯というのか??
『茅野くん……穂乃果、一生懸命踊ったのに……』
『今日からあなたは、ことりのおやつです♡』
海未の幼なじみズまで! というかまた出て来たけどおやつって何ですか!!
突然の走馬灯(捏造)にけしかけられるように、全力で家まで向かうこととなったのだった。
◇◇◇
文化部が全力で走った結果、主に下半身の筋肉と呼吸器が大変なことになっている。ともあれ無事に家に着いた俺は、急いで階段を駆け上がり、自室のPCを立ち上げる。あらかじめブックマークに登録しておいたURLに飛ぶと、生配信の映像が飛び込んできた。
既にパフォーマンスが始まっており一瞬ヒヤッとしたが、そのグループはμ’sでもA-RISEでもなかった。慌ててサイトにある出順とグループ名を見比べると、まだお目当ての二組はやっていないようだ。
ひと安心しながら、配信中のライブ映像に意識を戻す。画面の中では”THEアイドル”と言った感じのポップな曲に合わせて5人の女の子が踊っており、普通にレベルが高い。
「悠人、ハァハァしながらパソコン見てどうしたの」
「ちょ、ノックくらいしろって!あとこれはただの息切れ!」
気が付くと、背後には母。……というか、ハァハァしながらPCの画面見てるって聞くとよくよく考えなくても変態のそれじゃないか。しかも、画面に写っているのがうら若き女子高生アイドルといえば余計に。
「へぇ、悠人もそういうのに興味あったのねぇ」
「友達が出るからってだけだよ」
「ふ~ん…………もしかして、海未ちゃん?」
「……そうだけど」
一発的中なんて、エスパーか。 あ、でも海未以外に家に連れてきた女の子なんて後にも先にもいないじゃん。今じゃ男子校生活を満喫中だし、バレるのは至って自然だった……
「本当?! それじゃあ海未ちゃん出て来たら呼んで!下にいるから」
そういうと母は返事も聞かずに一階へと降りていった。
この家に海未を連れてきたのは数回だが、回を重ねるごとに母の海未に対するちょっかいがエスカレートしていたのを思い出してしまった。ただひたすら戸惑っている海未だったが、最後の方にはすっかり仲が良くなっていたことも……
なにか余計なことをしなければいいけど。
◇◇◇
PCの画面に、次にパフォーマンスするグループの名前が表示される。
……いよいよA-RISEの出番だ。
配信画面の閲覧者数を示す数字が、一気に増加する。さすが前回王者だけあってか、その注目度も期待度も高いのだろう。
ほぼ間違いなく、この地区予選の枠の一つを獲得するであろう彼女たち。俺はμ'sを応援する身だし、μ'sには幸先良く勝ち進んでほしいと心から願っている。だけど、心の何処かではこの後のA-RISEのパフォーマンスを楽しみにしている自分もいた。
そんなソワソワとした状態で、前回王者のライブが始まった。
暗転していたライブ画面が、徐々に明るくなる。
それとともに近未来的なステージに現れたのは、3人の少女たち。
黒を基調とした統一感のある衣裳からは、高校生とは思えない大人の色香さえも感じられる。
画面越しにも感じる、圧倒的な覇者のオーラ。
呆気にとられている間に、彼女たちの新曲が流れ始めた。
映像の上には曲名と思しき『Shocking Party』という文字。
まず耳に入ってきたのは、以前動画で見たことのある『Private Wars』と同じく、打ち込みを全面に押し出した前奏。電子音が刻むリズムが、これからの盛り上がりを予感させる。
歌唱が始まると同時に、楽曲自体も、そしてダンスも一気に激しくなる。
とは言っても、いわゆるロック音楽的な盛り上がりではなく、ダンスミュージックに近い。振付もそれに合わせて派手過ぎず、しかしキレがある、統率のとれたものになっている。
このダンスと、短調の楽曲がつくり出すのは、まさにクールビューティといった雰囲気。
それでいて合間合間に見せる可愛らしい表情が、ギャップを生みさらに魅力的になる。
……中継ではあるが、初めて生で見るA-RISEのライブに、目が釘付けだ。
歌、楽曲、ダンス。各々の要素が相乗効果を生み出すことによって、彼女たちのステージはより一層魅力的なものとなっている。
曲の終盤に差し掛かっても、表情は一切崩れることがなく、余裕すら感じられる。
その背景にあるであろう厳しい歌やダンスのレッスンのことを、まるで感じさせない姿。
アイドルにはまだ明るくない自分でも分かってしまう。
A-RISEは、本物のアイドルだ。
たった数分間の彼女たちのステージに、俺はただただ圧倒されるだけだった。
◇◇◇
A-RISEのライブを見終えた俺は、その余韻を感じながら半ば放心状態だった。
彼女たちは、前回王者という高いハードルをいとも簡単に越えていった。
歌唱力もダンスも正直、予想以上だった。
もしも彼女たちがプロのアイドルだと言われれば、それを信じて疑わないだろう。
配信サイトの画面には、次々と反映されていくライブの反響。
元々のファン以外にも、多くの閲覧者が魅了されたということが窺える。
そして次のパフォーマンスは…………μ'sだ。
待ち望んでいた、そのステージ。しかし、今頭の中にあるのは、一抹の不安。
直前のA-RISEによる圧倒的なパフォーマンス。
会場を同じくするμ'sは、きっとそれを生で見たに違いない。
……普通に考えれば、相当のプレッシャーが押しかかるはずだ。
直前にこんなものを見せられて、精神的に追い込まれても不思議ではない。
彼女たちの会場選びの経緯を詳しく知らない自分は、ここまでがA-RISEの戦略とさえ思えてしまう。あくまでも憶測で、その真意を知る由はないのだが。
海未は、真姫は、μ'sのメンバーは、大丈夫だろうか。
……どうか、彼女たちが無事にライブを成功させられますように。
先ほどとは違う緊張感の中、次のパフォーマンスの開始を待っていた。
◇◇◇
『ユメノトビラ』
この地区予選のために新たにμ'sが用意した曲のタイトルらしい。
数日前、真姫が特別に聴かせてくれようとしたのを断ってまで、楽しみにしていた曲。
『ユメ』が指すのは、ラブライブ!本戦出場のことなのか、それとも……
明転したライブ画面が映すのは、秋葉原の夜景と星空。
A-RISEのステージと違い、屋外の開放感を感じされるようなステージセット。
雰囲気のよい照明が、加えてそこに幻想的な空間を演出していて、まさに”ユメ”のような光景が広がっている。
穏やかなピアノの前奏とともに切ないボーカルが加わると、ステージの演出と相まって神秘的にさえ思える。サビと思われる短い部分が終わると、曲調は一気に盛り上がり、ダンスもダイナミックに。9人という大人数を活かした広がりのある振り付けは、A-RISEにはない魅力になっている。
やはり大人びた雰囲気が強く出るA-RISEに対し、μ'sはスクールアイドルらしい可愛らしさ、元気さを押し出したライブが似合っている。時折見られる切なげな表情や振り付けがそこにアクセントを加え、単調に感じさせないのもポイントなのかもしれない。
曲調もやはりμ'sは、J-POPの王道。
しかし、Aメロだけ転調していたり、サビのコード進行が前半と後半で異なっていたりする点などからは、真姫の手腕や作曲に対する強いこだわりを感じる。主旋律のセンスも、衰えるどころかさらに進化している印象さえ受ける。
そこに乗る海未の詩も、ボーカルのメロディにスッと馴染んでいる。元気な曲調と裏腹に、どこか切なさを孕んだ歌詞には、聴き手の心にも
そんな楽曲に乗せてパフォーマンスを続けるメンバーの表情は、不安など微塵も感じさせず、自信に満ち溢れているように思える。海未や真姫ももちろんそうだ。
……どうやら、不安なんて感じていたのは俺だけだったのかもしれない。
そう気付いた時には、自分もμ'sのライブを心から楽しめていた。
「悠人、真剣に見過ぎじゃない?」
「ほっといてくれ」
さっきの言葉通り、μ'sの出番になったら部屋に現れた母。
「それにしても、海未ちゃん前よりも綺麗になったわねぇ」
「もう中学生じゃないからね」
「悠人、このまま海未ちゃん放っておいたらピンチかもね?」
「……何言ってるのかちょっとわからない」
うちの母はよくわからないことを仰る。
解説は……訊かないほうがいい気がする。
◇◇◇
たった数分間の、μ'sのライブ。
曲名通り、彼女たちがユメへのトビラを開け放つかのようなステージング。
確実に、これまでよりも洗練されているのを感じた。
曲作りのために9人で弾丸合宿を決行するなど、日々の積極的な取り組みが功を奏しているのだろう。
……同時に、A-RISEがいるのは、そんな9人よりも遥か先だと感じざるを得なかった。
歌唱力やダンスの技術は、どうあがいてもA-RISEに軍配が上がる。
元来の彼女たちのカリスマ性、UTX高校の恵まれた環境、ハイレベルなレッスン。
これらを兼ね備えた3人は、他の追随を許さない。
『アイドル』としては、悔しいがこのA-RISEの圧勝だと認めざるを得ない。
……では、『スクールアイドル』としては、どうか。
技術的な面では確かにA-RISEの独擅場だ。
でも、少なくとも俺は。
スクールアイドルが持つ魅力は、そのような表面上のものだけではないと感じている。
もっとこう、内面的な、形容しがたいものなのだ。
普通の女子高生が、プロのアイドルのように輝こうとしている姿。
そこに商業的な利害関係や、しがらみは一切ない。
やりたいから、やる。
そんなシンプルで力強い動機をどうしても感じてしまう。
もちろん例外もあるかも知れないが。
なかなかしっくりくる言い方が見つからないな。
例えるなら、プロ野球になくて高校野球にある魅力と似ているのかもしれない。
決して長くない学生生活。その全てを、青春を、ひとつのことに懸けて情熱を注ぐ刹那的な姿。
一所懸命。
そんな球児たちの奮闘に、見る者の心は強く動かされてしまう。
技術的な話うんぬんでは、ないのだ。
これは、スクールアイドルにも通じるところがあるのではないだろうか。
プロのアイドルの世界ならダメだとしても。
スクールアイドルなら、μ'sだってA-RISEに勝つことが出来るかもしれない。
心から楽しそうなμ'sの9人のライブを見ていると、そんなことを考えてしまう。
メンバー同士も、ステージに立っていることも、歌っていることも、好きで好きでたまらないというような姿。その姿は、胸の奥を熱くさせ、感情を揺さぶるのだ。
それに、真姫が作るμ'sの楽曲は、A-RISEにも負けていないと思ってるし。
初めて彼女の曲を聴いたときの感動は、今でも覚えているし、尊敬の念さえ感じている。
好きなものに対して、真摯に向き合える人は、男女問わず好きだ。
これは、本人と関わるようになってからも変わっていない。
むしろ、作曲家というよりも一人の普通の女の子で安心した記憶もある。
これだけμ'sを推しているが、身内びいきでは、ないはず。多分。
……俺がこんなにアイドルについて思考を巡らしているなんて、数カ月前の自分では考えられないだろうな。海未や真姫、μ'sとの出会いが、俺を変えたのだろう。
さて、出番の終わった彼女たちにどんなメッセージを送ろうか?
携帯のメッセージアプリを立ち上げながら、そんなことを考えていた。
悠人母こそが、3人目のヒロインです(大嘘)
次回からまたμ'sメンバーの出番なのでお楽しみに