もちろんこのまま読んでいただいても大丈夫です!
私、西木野真姫はひとりだった。
自分で言うのもなんだけど、私は周りの人たちよりも裕福な家に生まれたらしい。そのことに気がついたのは、物心がついてきた頃だったかしら。そして、それが原因かどうかは分からないけど、学校のクラスメイトとのコミュニケーションがとにかく上手くいかなかった。
価値観の壁?考え方の違い?
ピッタリの言葉は今でも私には見つからない。
それでも、こちらに歩み寄ってきてくれた子がいないわけじゃなかった。「ひとりだった」というのは少し大げさだったかも。だけど、私の素直になれない性格も災いして、友だちができることなんて1人を除けばほとんどなかった。
性格は性格で問題だし、高校生になった今でも直さなきゃって思う。だけどそれ以上に、嫌いだったこと。
それは、私のことを”西木野真姫”という1人の人間ではなく、”西木野病院の娘”として見られることだった。私に話しかけてくれた子たちは、二言目にはうちの病院の話。パパとママのことは尊敬しているけど、それとこれとは話が別。
『お父さんが院長なんでしょ?すごいね!』
『西木野さんもやっぱり将来はお医者さん?』
本人たちに悪気はないのかもしれない。だけど、まるで私という人間のことを見てくれていないみたいで、このことが心底嫌だった。
だけど、μ'sのみんなと一緒にいられる今は、とても幸せ。
私の勘違いじゃなければ、私のことを”西木野病院の娘”として見てるメンバーなんて一人としていない。私のことをちゃんと、1人の女の子”西木野真姫”として、普通の女子高生として付き合ってくれている。
みんなで練習して、汗をかいて、一緒に帰って、時には寄り道なんかもして。
そんな、他愛もない日常。
だけど、私がずっと憧れていた日常。
私にとってμ'sは、いつの間にか掛け替えのない居場所になっていたみたい。
そして、私をそんな大切な場所に導いてくれたのは、音楽。パパとママいわく、小さい頃にしていた色んな習い事の中で、一番好きだったのがピアノだったみたい。
じゃあ、もしも、私が音楽をやっていなかったらどうなっていたのだろう?
……考えただけで、ゾッとしてしまう。
私にピアノがなかったら、音楽室で穂乃果と出会うことも、μ'sに誘われることも、きっと無かった。ひょっとしたら、μ's自体が結成されることも無かったのかもしれない。
だから私にとって音楽は、大切な人たちと私を繋いでくれるきっかけ。それはきっと、これからも変わることはない。
μ'sのみんなだけじゃなく、悠人先輩と出会えたのだって、やっぱり音楽をやっていたおかげ。初めて会ってから、まだそれほど経ってないということが信じられないくらい、仲良くなれたと思っている。
でも、先輩は、ここ最近私の頭の中を埋め尽くしている憎き存在でもある。もちろん、本気で憎んでいるわけではないわよ?だけど、レコーディングが終わったあたりから、あの人のせいで他のことにほとんど手が付かないのだもの。
はぁ、と今日何度目かも分からないため息。
こんなんだから、ついにあの凛にまで心配されてしまった。悠人先輩のことが頭から離れなくて困っている、なんてとてもじゃ無いけど言えないし、大丈夫と言うしか出来なかったのだけど。
原因は多分、私のレコーディング直前の、先輩とのやり取り。
元から先輩と私の2人しかいない部屋のはずなのに、先輩の耳元で……
「~~~ッ!」
今思い出しても恥ずかしくてたまらない。思わず、声にならない叫びと共にベッドの上でバタバタとのたうち回る。
どうしてあんなことをしてしまったのか、未だにわからない。気がついたら、勝手に身体がそうしていたとしか、説明できない。私のバカ……!
悠人先輩。海未の紹介で出会った、一個上の先輩。
昔からの海未との知り合いで、私と同じく音楽をずっとやってきた人。
普段はからかってきたりするくせに、いざというときに頼りになる人。
私の作ったμ'sの曲を好きでいてくれて、何度も私に会いたいと言っていたらしい、物好きな人。そんな悠人先輩としたセッションは、本当に楽しかった。一瞬のようで、永遠のようで、心から音楽を楽しめた瞬間だったから。
作曲でスランプになってしまった私を、救ってくれたこともあった。想像もしていなかった原因を指摘してくれて、おまけに曲のアイデアまでくれて。
あの先輩との”合宿”のおかげで、今もμ'sの曲を作れていると言ってもおかしくないかも。
それに、あのときがきっかけで先輩のことをたくさん知れた。仲良くもなれた、はず。
……だって、その…… 2人でお、お泊りしたってことになるのよね……?
今思えば、パパもママもいない家に男の人を呼んで、それどころか一晩を過ごしたってことになるのよね……? そんなつもりは全く無かったとはいえ、事実だけ並べたらそう聞こえてしまう。
気づけばまた、恥ずかしさで顔に血が集まってくるのを感じる。
他に誰も居ない家にいきなり呼んで、おまけに泊まってもらうなんて。先輩におかしい子だって思われてないかな……?
……まただ。浮かんでは消え、また浮かんでくるあの人。
授業中も、休み時間も。ひどいときには、μ'sの練習でダンスをしてる時にも。
でも、不思議と嫌な気持ちというわけではない。これまでに何度か感じた、得体のしれない苦しさとは違って、心が温かくなる感じ。
だけど、このままじゃテストだってまともに受けられないじゃない。どう先輩に責任をとってもらおうかしら……
~~♪
「ん、誰かしら」
向こうの机の上にある携帯が、短いメロディと振動でメッセージの受信を知らせてくれる。思考を切り上げ、ベッドを降りて携帯の元に。
端末のサイドキーを押し、画面を点灯させる。
ディスプレイに表示されていたのは……『茅野 悠人』の4文字。
やっと先輩のことが頭から離れたと思ったのに、そんなことはなかったらしい。だけど、そんなこととは裏腹に、心が躍っている自分がいる。……もう。
ふふ、わざわざ悠人先輩から、どうしたのかしら? ひょっとして、何かのお誘い?!
そんなことを考えながら、再びベッドに寝転んでメッセージを確認する。
『この間はレコーディングで録った音源が完成したので添付しておく!
何か気になる所があれば遠慮なく言ってほしい!』
思いっきり、業務連絡だった。
……まぁ、そうよね。この前、音源を送ってくれる話をしていたし。
私ってば、何を期待していたんだろ。メッセージ一つで一喜一憂して。
これじゃあ、まるで恋する乙女じゃない……
あれ? 恋する、乙女……?
……
…………
………………
もしかして私、恋してる……?
なななな何を考えてるの私……!
そんな、私が、悠人先輩に? そんなわけ……
そんなわけ……!
あと2文字、否定する言葉がどうしても出てこなかった。
今、ここ最近の自分を思い出してみると、そうとしか思えなかったから。
もしかしたらそれだけじゃなく、心のどこかに否定してはいけないという気持ちがあったのかもしれない。
でも。
だけど。
天邪鬼な私の心は、肯定することもできないみたいだった。
だって、あまりにも突然の事だったんだもの。
ひとまず、心を落ち着かせなきゃ。
そう思った私は、先輩にもらった音源をパソコンに転送し、ヘッドフォンを繋いだ。
音楽プレーヤーのソフトを起動し、完成したての『Mermaid festa vol.1』を選択して、おそるおそる再生ボタンをクリックした。
直後に聞こえてきたのは、掻き鳴らされるアコースティックギターの音。合宿の時の先輩の演奏を思い出してしまい、心が跳ねる感覚がする。
そして、これまでのμ'sの音源よりもかなりクリアに聴こえるみんなのボーカル。コーラスも加えたことで、曲の雰囲気がより良くなっている。
だけど、今の私にとって何よりも気になること。
それは海未の書いた、これまでにないタイプの歌詞。
元気な曲でも、かわいい曲でも、応援歌でもない。
いわゆる、切なくて、熱い恋の歌。
先輩にヒントを貰って私が作った曲と、海未の歌詞がこの上なくマッチした情熱的な曲。
どうしよう、これじゃ心が落ち着くどころか、むしろ……
綺麗な音質で耳に飛び込んでくる歌詞は、誰がどう聞いても恋する女の子のそれで。
これまでだって知っていた歌詞なのに、全然聞こえ方が違っていて。
コーラスを伴った旋律が、切ない感情をさらに刺激して。
曲が終わる頃には、胸の奥がキュッと締め付けられるような甘い痛みに包まれていた。
「……そっか」
さっきのは、勘違いでも何でもなかったみたい。
否定も肯定も出来なかったけど、分かってしまった。
「私、恋してるんだ……」
目の前にかかっていた霧が、だんだん晴れていくような感覚。自覚した瞬間、背負っていた荷物を下ろしたみたいに、気持ちが楽になったように感じた。
◇◇◇
気持ちが楽になったように感じたのは、ほんの束の間だったみたい。そうだ、世の中そんなに甘くなかった。
「うぅ~~~!!」
今までとは違う恥ずかしさに、思わずベッドでうつ伏せの状態でバタバタともがく。枕に熱くなった顔を押し当てて、自分でもわからない言葉を出してみる。
それでもこのフワフワした高揚感はどこにも行ってくれないみたい。
あぁもう! 顔は熱いし心臓の音はうるさいし、誰か助けて!
ひょっとして花陽ってこんな気持ちだったの……?!
……それは違うわね、多分。
どうやら、それでもこの高鳴りは収まってくれないみたい。
胸に手を当てると、本当に自分の心臓なのか分からないくらいに跳ねている。
「そうだ、返信しなきゃ……」
このドキドキは一旦諦めてスマホを拾い、音源を送ってくれた先輩への返信を書く。メッセージアプリを起動して、テキストボックスを開く。
思っていたよりも、すぐに文面は出来上がった。まぁ、業務連絡の返信だから流石にね。
送信ボタンも、いつも通り押すことが出来た。
ふふん、私だって本気になれば平常心になるくらいすぐできるんだから!
~~♪
「えっ、早っ!」
思った以上に早かった先輩の返信。軽く深呼吸をしてから、それを開く。
深呼吸に深い意味なんてないんだから!
『了解! あんまり夜更かししちゃダメだよ!』
いたって普通の返信。もう、私が1個下だからって子供扱いして……
だけど、この何でもないやり取りにも頬が緩んでしまう。先輩が私のためにメッセージを送ってくれた、それだけで心が踊ってしまう。
どうやって返信しようか、そうしたらどんな返信が返ってくるのだろうか、なんて考えてしまう。
そっか、これが恋なんだ。
「……ふふ」
悠人先輩、ごめんなさい。
今夜はどう頑張っても、なかなか眠れそうにないです。
さて、先輩になんて返そうかしら♪
まごうことなき真姫ちゃん回でしたが、いかがだったでしょうか?
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