日が傾き、空が次第に赤みを帯びてくる頃。
都内の臨海エリアに位置する、とある駅の前で俺はある人を待っていた。
都心と臨海部とを結ぶここの路線は鳥の名前の愛称で親しまれており、運転士がいなかったり、レールが無かったりと特徴だらけだ。おかげで何回乗っても退屈することはない。
駅の周辺にはショッピングモールやアミューズメント施設が多く、改札では色々な層の人が出入りしている。
「ちょっと早く来過ぎたかな?」
時計を確認すると、指定された待ち合わせ時間までまだ20分ほどある。どうやら、今日のことがよっぽど楽しみだったみたいだ。
どうやって時間を潰すか考えながら改札の方に目をやると、待ち合わせている女の子の姿が。待ちぼうけになる心配は杞憂だったらしい。
ICカードをかざして改札を通過する彼女と目が合うと、パタパタと小走りでこちらに近づいてくる。
「ごめんなさい、待たせちゃった……?」
「大丈夫、さっき来たばっかだし」
申し訳無さそうにこちらを見上げるのは、いつも通りふんわりとカールした髪の真姫だ。
だけど、服装はいつもと少し違うような気がする。
今までの真姫はどちらかというと、少し大人びた系統の服装だったのだが、今日は歳相応というか、フリルスカートなんか穿いてたりして可愛らしい感じだ。
「……どこか変だった?」
「へっ? いや、いいと思うぞ」
「そ、そう……よかった」
おずおずとこっちを窺ってきたと思ったら、今度はモジモジする真姫。なんだかいつもの真姫っぽくないような……気のせいかな?
「そ、そういえば。まだ20分もあるのに、早いのね」
「そりゃ、楽しみで仕方なかったからね」
「ふふ、そんなに楽しみだったのね」
「それにしても、よくチケット手に入ったね?」
今日、真姫と2人でここまで来た理由。
それは、俺の大好きなとあるバンドのライブを見るためだ。
数日前、真姫から電話で、チケットを貰ったから一緒に見に行かないかというお誘いが来たのだ。以前、好きな音楽の話をしたときにチラッと言ったことのあるバンドなんだけど、それを覚えていてくれたようで結構嬉しかった。
「べ、別にたまたまパパがくれただけよ」
「マジか! 行きたかったのに即完売だったんだよね、ありがたいな」
普段はアリーナとかで比較的規模の大きなライブをするバンドが、ライブハウスを回るツアーをするということで、チケット争奪戦は熾烈を極めた。真姫のお父様、よく持っていたな……
「でも、真姫ってこういうバンドとかあんまり聴かないんでしょ?」
「大丈夫、ちゃんと勉……じゃなくて! 最近は色々聴くようにしてるから」
「そっか、じゃあちゃんと楽しめそうだね」
何か口にしかけていたのが気になるけど、追及はしないことにする。好きな音楽を真姫とも共有できて語り合えるなら、それは凄く楽しいことだし、嬉しいしね。
「それじゃ、行こうか」
「えぇ、そうね」
◇◇◇
目的のライブハウスはアミューズメント施設と隣接しており、そこにたどり着くまでの道もなかなかの人混みだ。
「真姫はこの辺りはよく来るのか?」
「あんまり。もしかしたら初めてかも」
「そっか、まぁこの辺は用がないと来ることもないかもな」
意外とこの辺りはアクセスというか、通ってる路線がマイナーというか、何となく来にくい場所だしな。俺もこの辺に来るのはライブを見に来るときくらいだ。
「だから、しっかりエスコートしてよね」
「え、エスコート?」
「そうよ。はぐれたりしたら大変でしょ?」
ふふん、といたずらっ子のような顔で覗き込んでくる真姫。
どうやら今日の真姫はちょっぴりワガママのようだ。
言われなくても案内するつもりだったけど、普通にするのは面白く無いからな。ここでちょっとしたいたずら心が湧き上がってくる。
「じゃあ、手繋ぐか?」
「そうね…………ってゔえぇ!?」
期待通り、顔を真っ赤に染めてくれる真姫。頬を膨らませて抗議の視線を送ってくる。まったく、俺の周りの女の子はからかいがいのある子が多くて困るなぁ。困ってないけど。
「ごめんごめん、冗だ……」
「繋ぐ」
「……へっ?」
「ほら、手出しなさいよっ!」
あれ?真姫さん?目が据わってますよ……?
そんな俺の動揺をよそに、ゆっくり手を伸ばしてくる真姫。
そして、俺の右手と真姫の左手が、軽く触れた。
熱を帯びた、暖かい手の存在を感じる。
「…………」
「…………」
「やっぱり無理~~~!」
「真姫?! ライブハウスそっちじゃないって!」
繋ぎかけた手はすぐに離れ、走り出す真姫。
そこそこ人がいる中なので、なかなか注目されてしまっている。
…………真姫の手、小さかったな。
自由自在に鍵盤を叩いて音色を奏でるピアニストの手は、思いのほか普通の女の子のそれだった。そんな感想と、仄かな感触がしばらく残った。
◇◇◇
あの後、真姫をなだめるのに時間がかかってしまったが、なんとかライブハウス内に入ることが出来た。会場にはBGMがかかっており、ライブ前特有の熱気に包まれている。
「真姫はライブハウス自体初めて?」
「えぇ、コンサートホールとかは行ったことあるけど、こういう所は初めてね」
大規模なライブ会場だと、一人一人に指定の座席があるのが普通だが、ここのライブハウスは基本オールスタンディング、すなわち全員が立ち見状態だ。
当然、観客同士の距離は近くなる。バンドによっては盛り上がるともみくちゃ状態になることも多いが、このバンドはそうなることはほぼ無いので、真姫にも安全だろう。
「まさか、席がないなんて思わなかったわ」
「その方がたくさん人が入るしね」
「初めてのことばかりで、なんだか緊張するかも」
「はは、別に真姫が出るわけじゃないのに」
「むぅ、それは分かってるけど……」
初めてのライブハウスは、μ'sとしてステージに立っている真姫にとっても異質なものなのかもしれない。ひょっとしたら、いつか彼女たちもこんな大きいステージに立つのだろうか、だなんて考えてみる。
「まぁ、でも分かるよ」
「……?」
「ライブってさ、前々からチケットを買って当日まで待ち遠しく思い続けて、やっとの思いで見れるものだからさ、始まる直前のこの瞬間って凄くソワソワするんだよね」
「確かに……他のお客さんも、みんな楽しそう」
「でしょ? これからのライブが楽しみで仕方がないって人で溢れてるから、始まる直前の会場の雰囲気って凄く良いんだ」
周りを見ると、一人で来てる人、友達と来てる人、カップルで来てる人、色んな人がいる。そして彼らはみんな、同じバンドがのことが好きでこの場所に集まっている。だからライブ会場は、どこか不思議で、暖かい雰囲気に包まれた場所なのだ。
「μ'sも、こうやってお客さんをワクワクさせられるのかしら……」
ふと、真姫がつぶやく。
スクールアイドルグループμ'sとしてラブライブ!に挑む身として、色々と思うところがあるのだろう。
ワクワクさせる、と言ってしまえば単純かもしれない。でも、言葉で言うのは簡単でも実際には難しいこと。きっと多くのパフォーマーが目指す目標だろう。
「出来るよ、きっと」
「……先輩?」
「真姫の曲はそれだけ魅力的だってこと」
「……もうっ」
初めて真姫の曲を聴いた時から惚れ込んでいる自分だから、贔屓目かもしれないけど。色々なスクールアイドルの曲を聴いてみても、真姫の曲が1番なのは変わらなかった。
そんな真姫の曲に、海未の素直な歌詞が付いて、あの個性的な9人が歌って踊るんだ。根拠はないけど、これからもどんどんμ'sは大きな存在になる、そんな気がしている。
「真姫は、自信ないのか?」
「……! そんなことない! みんな私たちの虜にしてやるんだから!」
どこか不安げだった真姫に、いつもの調子が戻ってきた。真姫が自信なさげだとこっちも調子が狂うからな。
「…………がと」
「えっ?」
周囲の音にかき消されてよく聞こえなかったので、聞き返す。
「だから、ありがとうって言ってるの!」
「別に、俺は何もしてないよ」
「……それでも、私の曲を好いていてくれて、嬉しかったから」
「真姫……」
いつもより少しだけ、柔らかい声色。珍しく下がっている目尻。
真姫はもしかしたら、心の何処かで密かに不安に思っていたのかもしれない。
自信家だと思われている裏で、誰にも言えない不安があるのかもしれない。
だったら、俺はそれを取り除いてあげなきゃ。いや、取り除いてあげたい。
大丈夫だよ、君の曲は素晴らしいよと。
それが、μ'sとしての真姫に俺がしてあげられる唯一のことだと思う。今までも、これからも。
作曲でスランプに陥った時だって、そうだったんだから。
「あとは希ちゃんもいるし、絶対みんなワクワクするって」
「もう……そうやってすぐ茶化すんだから」
「なにおう。俺はいつだって本気だ」
「……はいはい」
まるでワガママな子どもをなだめるかのような表情の真姫。一応歳上なんだけどなぁ。
まぁ、俺たちの関係に歳の差なんて関係ないか。真姫も普通にタメ語だし。
◇◇◇
開演予定時刻まで、残りわずかという頃。観客の入場はほぼほぼ終わったみたいで、会場の雰囲気がさらに高まっていくのを感じる。
「きゃっ……」
客席の人混みに押された真姫が、体勢を崩しかけてこちらの方によろめいたのを慌てて受け止める。
「真姫、大丈夫?」
「えぇ、大丈夫よ」
幸いよろめいただけで済んだようだ。怪我なんてさせてしまったら申し訳がたたないからな。
しかし、そんな考えが出来ていたのも束の間。
人が密集しているこの場所で真姫を受け止めたことで、彼女とゼロ距離で密着することになってしまったのだ。
距離を取ろうにも、オールスタンディングの客席の中ではなかなか上手くいかない。
俺の右半身には真姫の華奢な身体がくっついたまま離れない。
「……ごめん」
「べっ、別に先輩は悪く無いから……」
この不可抗力的な状況に、思わず2人ともフワフワと心ここにあらずのような反応になってしまう。視界の右側にいる真姫はやや俯いており、その表情を窺うことは出来ない。
そして、真姫と触れている部分から体内に流れ込んでくる熱量、感触、様々な情報が頭の中を埋め尽くす。俺だって健全な高校生、否が応にも考えてしまう。
いかんいかん。これでは真姫の信頼を壊してしまうかもしれないじゃないか。
それに、ライブに出かけることをOKしてくれた親御さんを裏切るようなことはあってはならない。真姫が親御さんに俺のことを話していない可能性もあるが、それは別問題だ。
ふと我に返った俺は提案する。
「真姫、いったん外出るか?」
観客席のいくつかに分けられたブロックから一旦出て、比較的空いているブロック後方に移れば、マシになるかもしれない。
「このままで、いい」
意外なことに真姫はこのままここにいることを選んだ。
「でも……辛くないか?」
「大丈夫、このままでいいからっ」
「分かった」
どうやら真姫の意志は固いようで、この位置で開演を待つことにした。
……色々と身体に毒なのは気にしないようにしなくては。
真姫の顔は依然として見えないが、心なしか耳が赤くなっているような気がした。
◇◇◇
「どうだった? 初めてのバンドのライブは」
ライブ開始前に一波乱あったものの、2時間強の本編は本当にあっという間に過ぎ、魅了されっぱなしだった。ちなみに、開演後は上手いこと観客の立ち位置がずれ、密着状態は解消された。お陰さまでライブに集中することが出来ました、はい。
そして今現在はというと、ライブハウス近くのファミレスに入って今日の感想を語り合おうとしているところだ。
「やっぱり、生演奏だけあって迫力があったわね」
「あぁ、アイドルだと生バンドなのはあんまりないみたいだしね」
「それに、演出とかも凝ってて私が知らない曲でも楽しめたわ」
初めてのバンドのライブの感想は、なかなか上々のようだ。実際、ライブ中も時々真姫の方に目をやると、身体でリズムをとったり、周りの観客と一緒に腕を振り上げたりして、真姫なりに楽しんでいたようだった。
「先輩は……って訊くまでもないわね」
「えぇ?! 俺にも訊いてよ、感想」
「ふふ、だって顔に書いてあるんだもの」
真姫いわく、どうやら俺の感想は語るまでもないらしい。相変わらず自分の髪をクルクルと弄りながら、少しおどけるように言われてしまった。
「それにしても今日の真姫は、楽しそうだね」
「そ、そうかしら……?」
「うん、いつもよりよく笑うし」
別に、これまでは笑顔が少なかったということではない。だけど、今日はいつもより、多い気がする。柔らかく微笑んだり、時折いたずらっ子のように笑ったり。
「気のせいじゃないかしら?」
「いや、気のせいじゃないよ」
「む、やけに強情ね」
「そりゃ、真姫のことはよく見てるつもりだからな」
これは、本当だ。あくまで、”つもり”ではあるが。
何というか、丸くなったというか。上手く言葉に出来ないが、纏う雰囲気が違うというか。
「……っ! い、意味分かんない!」
「あ、普段の真姫に戻った」
「って、それじゃ私がいつもこうみたいじゃない!」
「えっ、違うのか?」
「そんなわけないでしょ~!」
なんだかんだ、真姫は通常営業のような気もしてくる。
ただ初めてのライブが楽しみでフワフワしていただけだった、のだろうか。
「でも、真姫も楽しんでくれたみたいで安心した」
「えぇ、バンドのライブっていうのもいいモノかもしれないわね」
実のところ開演するまでは、真姫が楽しめず自分一人だけが楽しい、という状況にならないか不安だった。セットリストにも、マイナーな曲がちょいちょい入っていたし。
「機会があったら、また一緒に行かないか?」
「……いいの?」
「もちろん」
「……しょ、しょうがないわね。行ってあげないこともないわ」
「顔に行きたいって書いてあるぞ」
仕方なく、みたいなセリフなのに顔は笑みを隠せていなくて、思わず笑ってしまう。
「うっ……だって…………もっと先輩と同じ音楽を共有したいから」
嬉しいことを言ってくれるじゃないか。
やっぱり、一度セッションして、作曲の手伝いもして、レコーディングもして。
真姫と俺を繋ぐのはいつも音楽だし、そんな真姫と好きな音楽を共有できたら、それはどんなに嬉しいことか。
「そうだね、俺も真姫ともっと共有したい」
「………ふふっ、一緒ね」
真姫の顔に、今日一番の笑顔が咲く。
その邪気のない表情に、俺も改めて言葉の意味を噛みしめる。
真姫と俺、2人の共通項である音楽。その重なり合った部分を、もっともっと拡げることができれば、それはとても幸せなこと。
よくよく考えれば、こっ恥ずかしい言葉。
だけど、今の2人にはスッと馴染んでくる言葉だった。
◇◇◇
「そういえば、まだ生でμ'sのライブ見たこと無いんだよね」
今日のライブについて、真姫とのなかなか濃い感想の応酬の後。ふとそのことに気がついてしまった。
「そういえば、そうかも」
レコーディングをしたから、9人の歌を直接聴いたことはあるんだけど。
実際に舞台でそれを踊りながら歌唱するのは、映像でしか見たことがない。
「次のライブとか決まってないのか?」
「ええと、これって言っても良いのかしら……」
何やら心あたりがあるような口ぶりの真姫。
「あぁ、公表しちゃいけないやつなら無理に言わなくてもいいよ」
「多分、大丈夫。……実は今度、ファッションショーのイベントでμ'sが歌うことになったわ」
ほう、初耳の情報だ。見に行けるものなら、是非見てみたいな、生μ's。
「それって、俺が見に行ってもいいやつ?」
「えぇ、問題ないと思う。……ちょっと恥ずかしいけど」
「よっしゃ、時間作って見に行くわ」
ついに、μ'sのライブを生で見られることになって舞い上がる。音源や映像とは違った魅力を感じることが出来そうだ。
「ふむ、海未やみんなに内緒で行くのも面白いかも」
「……もう私にはバレてるわよ」
弓道の大会の時みたいに、終わった後声を掛けに行ったら面白い反応が見られそうだ。
「いや、もうこの際海未にバレなければいい」
「どうしても海未を驚かせたいのね……」
少し呆れたような顔で真姫が言う。しょうがないじゃない、海未にドッキリをかけられる機会なんてなかなかないからね。
「真姫もやってみれば分かるぞ、ビックリして慌てる海未はなかなか見れないし」
普段キッチリしてる海未だけに、驚いた時の反応がいつも新鮮なんだよな。
真面目で律儀な彼女だからこそのリアクションだ。弓道の時のぽかんとした顔は未だによく覚えている。今思い出しても、とても微笑ましい光景だ。
「……先輩は」
「……?」
何かを訊きたそうな真姫は、ほんの少し声色が変わったような気がする。
無言で続きを促す。
「悠人先輩は、う……」
「……う?」
「……うんと楽しみにしててください、ライブ」
「……あぁ、もちろん!」
「また新曲だから、期待してよね」
いつもの自信あり気の顔で、言い切った真姫。
一瞬だけ、僅かに雰囲気が変わったのが気になるものの、わざわざ訊くほどでもないのかもしれないと思い、気のせいということにした。
それに、そのことが示す意味は、今の俺には分かりそうになかった。
それよりも、またμ'sの新曲が、それも生で聴けるのが楽しみで仕方がない。
9人の生歌とパフォーマンスにワクワクしながら、手帳に予定を書き込んだ。
今回も真姫ちゃん回でした。
前回は色々な方から感想と評価がいただけて嬉しい限りです!
今回の真姫ちゃんも可愛く思っていただけていれば何よりです。
いつも通り、感想・評価等お待ちしておりますよ!