白昼の謎の逃走劇を終え、なんとか音ノ木坂の生徒のいない通りへ出ることができた。
こんなに走るのも久々で、息が切れ切れの状態だ。
「ちょ、ちょっと休憩しようか」
「まったく、鍛錬が足りていないですよ」
一方で海未の方は息切れもせず、涼しげな顔をしている。ちょっと悔しい。
今も稽古や運動は欠かせていないのだろう、少し汗が滲んでいるくらいか。
「ところで、そろそろ手を……」
「……はっ!ごめんなさい、つい!」
と思ったら今度はアタフタと慌て顔。やっぱり海未は表情豊かだなぁ。
手を繋いで逃走したことでより音ノ木坂での噂に余計な尾ひれが付きそうだけど、言わないであげよう。
……きっと明日にはもう噂が回っているんだろうなぁ。南無。
◇◇◇
「あらためて、久しぶりだね海未」
「はい、もう1年以上になりますね」
適当にお店に入って落ち着いたあと、あらためて再会の挨拶をする。
もとから大人びた容姿の子だったが、より大人っぽくなっていると思う。悔しいから言わないけど。
「悠人は、相変わらず勉強しかしていないのですか」
「そんな人をつまらない人間みたいに言わないでよ……」
「ふふっ、冗談ですよ」
話せば長くなるが、海未と俺は中3の頃に通っていた進学塾が同じだったのがきっかけで知り合った。
昔からギターと勉強だけは熱心に取り組んでいた俺だが、中3の頃は高校受験に向けてほぼ勉強しかしていなかったと思う。
「受験の時と違って、今は色々余裕持って出来てるよ」
「そんなこと言って、悠人のことだからちゃっかりしっかり勉強してるのでしょう?」
「そういう性分なんじゃい」
猛勉強の甲斐あって、現在は第一志望だった私立の高校に通っている。受験期に勉強をしまくったお陰か、今でもこまめに勉強する癖が付いているのだ。
「そういえばずっと気になってたんだけど、その荷物は?」
「ああ、これは弓道の道着ですよ」
「そっか、弓道部に入ったんだ。うん、似合ってると思うよ」
「あ、ありがとうございます」
「なんか海未は弓使いっぽいし。バンバン矢撃ってそう」
「ちょっとそれはよくわからないですが……」
海未の返事を聞いて、色々と納得。自然に弓道着姿が想像できるし、海未にピッタリの部活だと思った。
……ってことは、やっぱりあのμ'sの子と海未は別人なんだな。
そりゃそうか、という気持ちと少し残念な気持ちだ。でも海未にはやっぱり弓道の方が似合っている気がする。精神統一とか上手そうだし。
「悠人は、部活動は何をしているんですか?」
「軽音楽部って言ってわかるかな?バンドやる部活なんだけど」
部活名だけだと伝わらないこともたまにあるので補足しながら答えると、「もう、それくらいわかりますよ」とちょっとだけ不満気に返されてしまった。中学の頃までは個人的な趣味として続けていたギターだが、高校ではようやく部活として弾くことが出来ている。
「ということは、再開したんですね、ギター」
「そうそう、塾にいた頃は
「あの頃は勉強ばかりしてましたからね、悠人は」
「もう、その話はさっきで終わったはずじゃ」
どうやら嘘か本当か、海未は俺のことを勉強しかしてない男だと思ってるらしい。そりゃ、基本的に塾でしか会ってなかったからそういうイメージは付くだろうけど。
でも少し口角が上がってるし、からかわれているだけかもしれない。このやろう。
「本当にバンドやってるんだよ?何なら見に来てもいいよ」
「別に疑ってるわけじゃないですよ。その時はちゃんと教えて下さいね?」
◇◇◇
久々の再会だけあって話も尽きず、気が付くと1時間位が経っていた。
どうやら音ノ木坂でも例の幼なじみ3人組で仲良くやっており、次期生徒会にも3人で入るらしい。
もっとも、残りの2人については海未から話を何度も聞いていただけで面識はないのだが。
ここで、今日一番訊いてみたかったことを尋ねることにした。
「そういや今、音ノ木坂のスクールアイドルが人気なんだって?」
「……?! どうしてそれを?!」
瞬間、海未は目を見開いて声を上げた。その声にこっちまでびっくりしてしまう。
「ど、どうしてって……友達から聞いただけだよ」
「そ、そうですか……」
一転して何故かホッとした様子。そんなに驚くこと訊いたのかな?
「どうなの?やっぱり音ノ木坂の中でも人気なのか?」
「えーっと……まぁ……それなりには?」
「やっぱりそうなのか~。俺も昨日PV見たぞ!」
「見ちゃったんですか?!!」
歯切れが悪いと思ったら、また急に動揺し始めた海未。ひょっとしてこれは……?
そうだ。弓道部に所属していても、アイドルが出来ないわけではないもんな。
この瞬間、ちょっとしたイタズラ心が湧いてしまった。
さっきからかわれた反撃、ちょっとくらいならいいよね?
「ああ、確か『これからのSomeday』って曲だったぞ」
「そんな……もうおしまいですぅ……!」
「歌い出しからもう黒髪の子が歌上手いし可愛いんだよ」
「ああぁぁぁぁ!」
◇◇◇
「ううぅ……」
「ごめんって海未、俺が悪かったって」
イタズラ心に火がついてしまった俺は、海未がμ'sの一員だと知らないフリをしていろいろと質問攻めにしてしまった。いや、実際ついさっき海未が取り乱すまで、知らなかったんだけど、ついつい反応が面白くて……
「悠人は、いじわるです……」
「だからごめん、この通り!」
いじけてしまった海未はもうお嫁に行けませんとか言い始め、なだめるのに結局体感5分ほどかかってしまった。学外の知り合いにアイドル活動がバレたのが相当恥ずかしかったのかな?結構知名度あるみたいだしその度に恥ずかしがってたらキリが無さそうだ。
「もしよければ、聞かせてくれないかな?μ'sについて」
「私の話でよければ、何度でも話しますよ」
落ち着いて復活した海未の話を聞くところによると、音ノ木坂学院の廃校を阻止するために海未の幼なじみが発起人となって始めたのがμ'sで、今のメンバーが9人らしい。そういえば昨日見た『これからのSomeday』のPVは7人しかいなかったな。そして、精力的な活動の成果あってか、来年度だけではあるが受験生の募集を行うことになったそうだ。
すごいな。
廃校のために立ち上がり活動を始め、ものの数ヶ月で目的を達成してしまった。
口で言うのは簡単でも、実際にそれを成し遂げるのは容易では無いだろう。
ますますこのグループに惹かれてしまいそうだ。
あとは、蛇足かも知れないが、訊いておかなければ。
「海未は、楽しんでるか?スクールアイドル」
「えぇ、それはもう、毎日が楽しいですよ」
曇りのない笑顔で返ってきた答えに、俺は心底ホッとした。
この笑顔が続いていくように、μ'sを応援していきたいと思った。
◇◇◇
「それじゃ、今日はありがとう」
「ええ、こちらこそありがとうございました」
陽も傾き始め、あまり店に長居しても申し訳ないという海未らしい理由で今日は解散することになった。
夕日に照らされて赤みを帯びた彼女は、贔屓目なしにも綺麗だと思う。
「また連絡してもいいかな」
「はい、もちろんです」
今度はしっかり連絡先も交換もできた。
ひょっとしたらこれってμ'sファンからしたら相当罪深いことかも……?
夜道には気をつけたほうがいいかもしれない、そんなことを考えながら別れを告げる。
「ゆ、悠人」
「……?」
「……また、会いましょうね」
少し照れくさそうに告げると、海未はこちらに背を向けて帰路に就いた。
あんな顔をされると、こっちまで照れてしまいそうになる。
無自覚でこういうことをする彼女は、案外アイドルに向いているのかもしれない。
久しぶりの海未はあの頃のままの真っ直ぐな子で、少し安心した。
μ'sの作曲家うんぬん置いて、会いに来てよかった、素直にそう思えた。
……ん?なにか大事なことを言い忘れてるような……
ああ!μ'sの作曲家!
コンタクト取ってみたかったのに伝え忘れてた……
◇◇◇
正直、びっくりしました。
そこにいるはずのない人が、校門の前で私を待っていたのですから。
最後に会ったのは確か……中学3年の3月、卒塾パーティでしたね。
悠人も私も無事、第一志望校に合格し、お互いに祝ったのを今でも覚えています。
昔から穂乃果とことりとずっと一緒に過ごしていたので、当時の学校での私の交友関係は
幼なじみ2人とプラスアルファ、という感じで。
だから、塾で出会った悠人との関係は、とても新鮮でした。
もっとも、黙々と自習室で勉強していた私に声を掛けてきた悠人のことは、最初は物好きな人だと思ってましたけれど。
そんな物好きな人は後にも先にも彼くらい。悠人はとても勉強熱心で、私がわからないところを尋ねるといつも楽しそうに教えてくれました。初めのうちは勉強の話題が中心だったのですが、次第に色々なことをお互いに話すように。
おかげさまで、それまではただ勉強する場所だった塾が、
ちょっとした楽しい場所としても感じられるようになったんです。
なので、受験が終わり、卒塾となった時は、達成感よりもむしろ寂しさの方が強かったんです。
おまけに当時はお互いに携帯を持っておらず、連絡先の交換も出来ず……
悠人は「遠くに行くわけじゃないし、会おうと思えばまた会えるよ」なんて気楽に言ってましたが、
私は寂しかったんですよ?
だから、今日の再会は、とても嬉しかったんです。悔しいから言いませんでしたけど。
これからますます活動的になるμ's、そしてそんな中の悠人との再会。
――何かが変わっていくような気がしました。
女の子を可愛く書くのが目標です。
※
2015/09/10:旧4話「その胸の内」と統合しました。