ラブライブ! その旋律は誰がために   作:米津

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#31 暗雲

 陽が傾くのも早くなり、すっかり肌寒くなってきた今日このごろ。色々な行事が一段落した俺たち学生に、降り掛かってくるイベントが一つ。 そう、2学期の中間テストだ。

 もっとも”イベント”と言えるような楽しい代物ではないが、学生である以上取り組まなくてはいけない行事の一つだ。

 

 そして、思い出すのはいつかの海未との電話口でのやり取り。

 

『それで、あの……試験勉強なのですが……』

『……また、悠人の部屋でやっても……いいですか?』

 

 俺の部屋で海未と勉強するのは初めてではないし、これまでに何回もやってきている。ただ、それはすべて中学生時代の話であり、”高校になってから”という修飾がつけば、初めてということになる。

 

 中学時代と高校時代、俺と海未との関係は変わっていないようで、実はそうでないのかもしれない。そのきっかけはやはり、μ'sの存在であろう。

 μ'sをきっかけに真姫を始めとした共通の知り合いが出来たり、間接的な形で彼女らの音楽活動に少しだけ関わったり。

 ……だからかどうかは分からないが、海未との勉強会をこれからするにあたって、どこか落ち着かない自分がいた。

 

 

 思いつく限りの準備をした。

 

 

 無駄に綺麗に部屋も片付けた。

 

 

 

 では――。

 

 

 

 

「ねぇねぇことりちゃん、デザートがいっぱいあるよ!」

「う、うん!どれも美味しそうで迷っちゃうなぁ……」

 

「パフェもいいけど、ケーキも捨てがたい…………海未ちゃんはどうする?」

「私は大丈夫です……」

「え~。じゃあじゃあ、茅野くんはどれにする?」

 

 

 俺を取り巻いているこの状況は、一体何なのだろうか……?

 

◇◇◇

 

「それでは私は用事があるのでお先に……」

 

 帰りのホームルームが終わると、どこかソワソワした感じの海未ちゃんが鞄を持って立ち上がりました。中間テストが近づいてきて、部活動停止期間なので今日はμ'sの練習はありません。

 

「そっかぁ、じゃあ海未ちゃんまた明日ね♪」

「はい、また明日」

「……」

 

 そう言うと海未ちゃんは、早歩きで教室を出て行きました。練習のない日はほとんどいつも3人で帰っているので、ちょっぴり寂しいです。

 

「穂乃果ちゃん、今日は2人でどこか寄ってく?」

「…………」

「穂乃果ちゃん……?」

 

「怪しいっ!」

「……チュン?!」

 

 さっきから何か考え事をしていると思ったら、突然大声の穂乃果ちゃんに思わずビックリしてしまいました。

 

「何の予定かも言わずに一人で急いで帰っちゃうなんて……怪しすぎるよ!」

「まぁまぁ、海未ちゃんだってたまには一人の時間があっても……」

 

「え~!じゃあことりちゃんは気にならないの??」

「そ、それは……。ちょっと気になるけど」

 

 今日の穂乃果ちゃんは、いつもに増して、好奇心旺盛みたいです。

 そして、なにやら笑みを浮かべる穂乃果ちゃん。ことり、何だか変な汗が出て来ました……

 

「ことりちゃん!」

「ほ、穂乃果ちゃん…………まさか」

 

「追いかけるよ!」

 

 や、やっぱり……。でも、こうなった穂乃果ちゃんはもう止められません。

 海未ちゃん、ごめんね?

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「やっぱり、いつもと違う方向みたいだよ!」

「穂乃果ちゃん、待ってよ~」

 

 猪突猛進の穂乃果ちゃんに連れられてみると、海未ちゃんはいつもの帰り道とは違う方向へ向かっています。あっちは……駅の方向?

 

 そのままこっそりと着いて行くと、やっぱり海未ちゃんは駅へと入っていきました。

 いつもだったら気配に気づかれてしまいそうですが、今日は大丈夫だったみたいです。

 駅に入ったら穂乃果ちゃんはどうするんだろう、と思っていたそんな矢先――

 

「どうしよう!今チャージないんだったぁ!」

「穂乃果ちゃん?!」

 

「あぁ、急いでチャージしないと! でもそしたら見逃しちゃうかもだし!」

「しーっ!しーっ!穂乃果ちゃん!」

 

 Sui●aにお金が入ってないらしく、焦る穂乃果ちゃんをなだめます。ほら、そんなに大きな声出したら……

 

「……穂乃果?! ことり?!」

「「あっ…………」」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「……何となく話は掴めてきたよ」

「おぉ、さすが海未ちゃんの先生!」

 

 海未の幼なじみ2人の話を聞いた限り、俺と試験勉強をするためにコッソリ抜けだしたところを2人に見つかり、結局3人で来ることになったようだ。結局、俺の部屋に4人も入ると窮屈なので、近くのファミレスに避難することにした。

 

 席の配置としては、俺の左隣に穂乃果ちゃん、目の前に海未、その隣にことりちゃん、という形だ。肝心の海未は、幼なじみ2人に捕捉されたショックなのか、どこか遠いところを見ている。

 

 おーい、海未さん?

 

「それで、穂乃果ちゃんはどの教科がヤバそうなの?」

「う~ん…………全部?」

 

 中学生の頃に海未から聞いたこともあったが、穂乃果ちゃんの学力はかなりの低空飛行らしい。斜向かいに座ることりちゃんは、何だか申し訳無さそうな渇いた笑いを浮かべている。

 

「とりあえず、赤は取らないように頑張ろうね」

「うっ……気をつけます……」

 

「穂乃果、これで赤点があったら……分かっていますね?」

「ひぃ?! 海未ちゃん何だか怖」

「分かっていますね?」

 

 海未が復活したと思ったら、何やら恐ろしい状況に。端正な顔立ちをした海未が引きつった笑みを浮かべて語気を強める様子は、かなりの迫力だ……

 

 何故か俺まで怒られている気分になり海未から目をそらすと、ことりちゃんと目が合う。心なしか頭のトサカも元気がなさそうだし、さっきから変わらず苦笑い。

 この2人といつも一緒にいることりちゃん、もしかしたら人知れず凄い心労を……? 

 

 思わず”大変だね”と目配せすると、彼女は首を傾げながらも可愛らしく微笑む。

 狙っているのか天然なのかは分からないけど、さすがはスクールアイドルといった可愛らしい仕草だった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「ことりちゃんは大丈夫そう?」

「えへへ。なんとか、って感じだけど……」

 

「おっ、ことりちゃんさすがだね」

 

 ふとことりちゃんに尋ねると、なんとも愛らしい反応。これも海未から聞いていた通りだけど、ことりちゃんは勉強に関しては特に問題ないみたいだ。……というより、穂乃果ちゃんが危なすぎるだけかもしれないけど。

 

 その穂乃果ちゃんには、とりあえず基礎中の基礎というような問題をひたすら解いてもらっている。時折、可愛い唸り声が漏れているものの、今のところ大丈夫……なはずだ。

 

 海未はというと、持ち前の集中力で問題集に向かっている。綺麗な姿勢でサラサラとシャーペンを走らせる様子は、真剣な眼差しと相まってなかなか絵になっている。中学の頃から何度も見てきた光景のはずなのに、ついつい目を奪われてしまう。

 

「じぃ〜〜……」

「……ん?どうしたのことりちゃん?」

 

「ふふ♪ なんでもありません♪」

 

 何やら視線を感じてことりちゃんの方を見ると、いつも以上にニコニコ顔のことりちゃん。なんかいいことでもあったのだろうか?珍しくどこか含みを持つ彼女だけど、疑うのはそれはそれで良心の呵責が……

 

 とりあえず、ことりちゃんを敵に回してはいけないことだけは確かなようだ。

 

「ねぇねぇ茅野くん、ちょっとわからないところがあるんだけど……」

「どれどれ……?」

 

 ここで、先ほどまでウンウン唸っていた穂乃果ちゃんがついに痺れを切らしたのか、内容についての質問を寄越してきた。端から見ていた限りは頑張っていたようなので、そろそろ教えても良いだろう。

 

「えっとね、ここなんだけど」

 

 そう言うと穂乃果ちゃんは、問題を見せようとして勢いよくこちらの方に身を寄せてきた。

 

「ここの公式の使い方がどうしてもよく分からなくて……って聞いてる??」

 

 ノートなりテキストなりを見せてもらうだけなら良かったんだけど、穂乃果ちゃん自身もこちらにグッと近づいてきて、不覚にも話を聞き逃しかけてしまう。しかも、ファミレスのソファ席の隣同士なので、今にも身体と身体が触れてしまいそうな距離感。そのためか、穂乃果ちゃんのどこか甘い女の子特有の香りが近距離で嗅覚を刺激してくる。

 

 加えて、彼女は少し下から俺を見上げるように説明してくるもんだから、すぐ近くで穂乃果ちゃんの上目遣いを見ることになってしまっている。

今となっては海未や真姫、μ’sのメンバーと関わる機会があると言えども、男子校生活を真っ当に謳歌している俺にとってはこの状況は刺激的にもほどがある。

 

「!……あぁ、聞いてる聞いてる。 公式でしょ?」

「そうそう、それでね?……」

 

 再開された穂乃果ちゃんの説明に、なんとか平静を装いながら耳を傾ける。どうやら基本的な公式をちょっとした応用で使う問題らしいので、解放を掻い摘んで説明する。

 その間の穂乃果ちゃんはと言うと、分かるところは分かる、分からないところは分からないとちゃんと言ってくれるので思いの外教えやすかった。

 

「えっとえっと……ここがこうなって、こうだから……」

 

 ひょっとしたら、穂乃果ちゃんは勉強に対するモチベーションと持続力が著しく足りてないだけで、その気になればどんどん吸収していく素養はあるのかも、なんて思った。

 ……まあ、そのモチベーションを保つのがそもそもの大事なところではあるけども。

 

「できた!できたよ茅野くん!!」

 

 さっきまで引っ掛かっていた問題が無事解けたらしい。

 それは良いのだけど……

 

「ちょ、穂乃果ちゃん?!」

 

 嬉しくなってしまったからか、穂乃果ちゃんはいつの間にか俺の左腕をぎゅっと掴んでいた。制服のブレザー越しに彼女の細指の感触が伝わり、取り戻しかけていた平静が再び迷子に。

 

 落ち着け、悠人。

 これはただのスキンシップ、穂乃果ちゃんにはなんの意図もないのだ。

 快活な女の子の、友達に対する無自覚なボディタッチだ。

 

 こんなことで少しでも動揺してしまった自分に悲しくなりながら、言い聞かせる。

 

「あっ、ごめんね……?えへへ」

「いやいや、俺は別に大丈――」

「すみません、少しお花を摘んできます」

 

 俺と穂乃果ちゃんのやり取りを遮るように立ち上がったのは、海未だった。先ほどまで黙々と真剣に問題集と向き合っていた彼女は、相変わらずの丁寧な言葉遣いで、席を立った。

 いつも通りの澄んだ声。

 いつも通りの凛々しい佇まい。

 

 だけど、この時は何かが違っているように感じた。

 

 しかし、その違和感は、正体を突き止められないうちに日常の暗がりへと埋もれていった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「うぅ…………」

 

 お手洗いの鏡に映る自分の顔が、わずかに歪んでしまいます。

 席を立った時は、何とか平静を装えていたはずです。心配事があるとしたら、ことりに気づかれてしまっていないか、ということでしょうか。あの子は、人一倍周りの子の機微に敏感ですから。

 

 

 一呼吸おき、さっきまでの出来事を思い返します。

 

 今日は、中学生のとき以来の悠人との勉強会の予定でした。久しぶりのことでしたから、勉強するだけだと言うのに、楽しみにしている自分がいました。

 電話で悠人にお願いをして快諾してもらった時は、その……う、嬉しかったんですよ?

 

 ところが、色々あって穂乃果とことりに見つかってしまい、4人での勉強会に急遽変更となりました。

 

 ですが、不思議と残念な気持ちはありませんでした。見つかってから悠人と合流するまでは、動揺してしまいましたし、後をつけていた穂乃果に少し意地悪はしてしまいましたが、それは本当の気持ちです。

 

 きっとそう思えたのは、穂乃果とことりの2人だったから。

悠人に、幼なじみの2人。私の大事な人たちと一緒で、楽しくないわけがないじゃないですか。

 

 

 

 

 ……では、今の私の感情は、一体何なのでしょうか?

 

 

 珍しく勉強と向き合っている穂乃果と、それをサポートする悠人。私にとっては聞き慣れている、端的で明快な悠人の説明に、シャープペンシルを動かして応える穂乃果。

 

 以前、セッションやレコーディングの時に悠人と真姫を見ていた時に感じた、"モヤモヤ"とした感覚が、また私の中に芽生えてしまいました。

 ですが、その感覚にはもう決着をつけたので、問題はありません。ただ、ちょっとだけ寂しいだけ、なのですから。

 

 しかし、私のそんな考えは、意図も簡単に打ち砕かれてしまいました。

 

 

 難しい問題を解けたのか、その喜びで穂乃果が悠人に触れました。

 

 

 その瞬間、私の中に"ソレ"が流れ込んできたのです。

 

 

 これまでに経験したことの無いその感情は、何とも形容し難いもので。

 

 強いて言うならば……『黒い感情』、とでも表せばよいのでしょうか。

 

 モヤモヤとした件の感覚よりもずっと、胸の奥深くから湧き上がるソレは、粘度の高い渦のようで。

 

 この時私は、自分が自分で無くなってしまうような気がして、恐怖を感じていたような気がします。原因も対象もわからない負の感情が、ただただ恐ろしくて。悠人に対するものなのか、穂乃果に対するものなのか、それとも。

 

 そして何より、そんな感情を私の大事な人たちに対して抱いてしまったことが怖くて。

 

 ようやく落ち着いてきたその感情と引き換えに、今度は罪悪感が大きくなって。

 

 

 

 

 ……私は、最低です。

 

 

 

 

 しかし、こうしている時間はもうありません。あまり長過ぎると、心配をかけてしまうかもしれませんから。

 ゆっくりと顔を上げ、鏡に映る自分をもう一度見てみると、お世辞にも大丈夫とは言えない顔をしています。思わず、自嘲の笑いが浮かんでしまうほどに。

 

 これでは、スクールアイドルなんて務まりませんね。

 

 ……しっかりなさい、海未。

 この扉を開けたら、いつもの自分に戻るのです。

 是が非でも、あの3人、私の大事な人たちに気付かれてはいけませんよ。

 

 喝を入れ、精神を研ぎ澄まします。

日頃からしていることですから、造作もないはずです。

 

 

 軽く深呼吸をし、私は冷たい金属製のドアノブに手を掛けました。

 

 

 

 

 

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