「行ってきます」
いつもより時間に余裕を持って家を出発する。
今日の荷物は高校指定の鞄に加え、黒色をした無骨なキャリーカート。
そこに乗っているのはこれまた無骨で黒を基調とした直方体のハードケースと、縦長のソフトケース。
それらはフックの付いた丈夫なゴム紐によってカートに固定されている。
そう、今日はバンドの練習が入っているのだ。
縦長のソフトケースは、ギター本体。
そのポケットには、シールドと呼ばれるケーブル等が入っている。
一方、直方体のハードケースには、エフェクターと呼ばれる機械が複数個入れられている。
これらはエレキギターの電気信号を増幅させて
要するに、ギターの音色にエフェクトをかける機械だ。
想像いただけただろうか。
この荷物の量は、全国津々浦々のバンドマン共通の悩みの種だろう。
そして、それを抱えてこの時間帯の電車に乗り込むということは何を意味するか。
まわりの皆さん、本当にごめんなさい!!!!
自分の機材を周りの人の圧力から守るとともに、
非常に申し訳ない思いでいっぱいになりながら朝の通勤ラッシュを乗り切るのである。
これは、色々な意味で闘いだ。
今日も例に漏れず、周囲の白い目に包まれながら、混雑区間を乗り切った。
本当にごめんなさい!!でも蹴らないでください!
◇◇◇
「海未ちゃん!穂乃果もう我慢出来ないよ!」
「ほ、穂乃果!?急にどうしたのですか」
またまたこんにちは、南ことりです。
現在お昼休み、いつものように3人でお昼ごはんを食べていたのですが……
なにやら穂乃果ちゃんの様子が穏やかじゃないみたいです。
「あれから何日も待ったけど、全っ然わかんない!」
「そんなこと言われましても……一体何のことなのか」
「ことりちゃん!!」
「……ピィ!?」
ことりの方をじっと見つめる穂乃果ちゃん。その目はまるで、許しを請うような目です。
とってもとっても嫌な予感がします……。
「海未ちゃん……」
「ほ、穂乃果?近いですよ」
身を乗り出して海未ちゃんとの距離をグッと縮める穂乃果ちゃん。
ちょっと羨ましいな……ってそうじゃなくて!
これは、もう言っちゃうんだね、穂乃果ちゃん。気付いた時にはもう間に合わず――
「こないだ校門前で男の子と会ってたよねぇ」
「……なっ?!」
穂乃果ちゃんなりに気を遣ったのか、私たち3人くらいにしか聞こえないような声の大きさで。
だけどその言葉は確実に海未ちゃんを抉ってるよぉ……
そんな海未ちゃんはみるみる赤面していきます。
「なっ、何のことでしょう?全っ然身に覚えがありません!」
「とぼけても無駄だよ!ことりちゃんと一緒に見たんだから!」
「お腹が空き過ぎて幻覚でも見たんじゃないですか!」
「むぅ、そんなことないもん!お昼食べたあとだったし!」
動揺しながらも
「さぁさぁ、早くお昼ご飯を食べてしまいますよ」
「あー!海未ちゃんそうやって誤魔化そうとしてる!ことりちゃーん!」
海未ちゃんは無理矢理にでも知らんぷりを貫くのかな?
でも穂乃果ちゃんだってきっともう引くつもりはないよね?
これは、もうどうにも出来ない流れです。なら、ことりが味方するのは……
「うん!海未ちゃん、その男の子の手を取って走っていったよね♪」
◇◇◇
2時間のスタジオ練習を終え、リハーサルスタジオのロビーで携帯を開くと、
メッセージアプリの通知が届いていた。
差出人は……園田海未。
前回のやりとりから1週間ほど経ったが、いよいよ西木野さんと会えるのだろうか。
僅かな期待を胸にメッセージを開くと、そこにあったのは、シンプルな連絡だった。
『園田海未:今日この後時間は大丈夫ですか?』
『園田海未:大丈夫ならこの間のお店で待っています』
俺の期待通りなのか、そうでないのか、ちょっとわからない。
でも、あの海未の呼び出しだ。行く価値は十分あるだろう。
俺はメンバーに断りを入れ、スタジオから目的地へと向かった。
◇◇◇
先日、海未と入った店までようやく辿り着いた。練習から直行したため、例の大荷物も一緒だ。
幸いそれほど混雑しておらず、迷惑はあまりかけずに済みそうだ。
重いキャリーカートを転がしながら店内へ入り、そこで目にしたのは――
「こちらです、悠人」
手を挙げてこちらを向いた、少しだけ居心地の悪そうな海未と――
「「こんにちは~!」」
どこかで見覚えのあるような、美少女2人の姿だった。
◇◇◇
この状況は一体何なんだろうか。
4人がけのテーブル席、隣に座っているのはご存知、園田海未さん。
いや、そこまではいいんだ。いいんだけれど……
「海未ちゃんの幼なじみの、高坂穂乃果です!」
「おなじく幼なじみの、南ことりです♪」
向かいに座っている初対面の女の子2人!こんな展開になるなんて聞いてないぞ!
◇◇◇
「海未の友人の、茅野悠人です」
「わー!本当に海未ちゃんのお友達なんだね!」
簡単に自己紹介を済ませると、明るい髪色をした元気ハツラツそうな女の子、高坂さんが目をキラキラと輝かせながら食いついてきた。その隣を見ると、こちらは少しおっとりしている柔らかな雰囲気の南さんが同じく目を輝かせている。
「そんな嘘をつくわけないでしょう!」
「まぁまぁ海未ちゃん、落ち着いて……」
海未は何故か少しご機嫌斜め?それを南さんがよしよしとなだめる。
……なんとなくだが、この3人の関係性が見えてきた気がする。
「悠人、いきなりこんな感じになってしまいすみません」
「いや、別に俺は大丈夫だよ」
どうやら海未はこの状況になってしまったことを申し訳なく思っているようだ。
話によれば、先日音ノ木坂の校門前で待ち合わせていたのを
幼なじみ2人にばっちり目撃されていて、気付いたら紹介する流れになっていたらしい……
やはり少し迂闊だったかな?
「はいはい!えーっと、茅野……さん?」
「多分みんな同い年だよね、敬語じゃなくてもいいんじゃないかな」
高坂さんは案外礼儀正しいようだけど、海未の幼なじみってことは同い年だし
タメ口の方が堅苦しくなくていいはず。
「じゃあ……茅野くん!海未ちゃんとはどういう関係なのかな!」
「それ!ことりも気になります!」
「う~んそうだなあ」
予想はしていた質問が早速来てしまったので、どう答えようかと思案する。
ちらっと隣に座る海未を見ると、好きにしてくださいと少し投げやりな感じだけど……
「もしかして、実は付き合っているとか……?」
とびきりの笑顔で爆弾を投下してきた高坂さん。
そういう話になるかもしれないとは思っていたものの、実際にされるとインパクトが大きい。
やはり女子高生というものは色恋沙汰にも興味津々なお年ごろなのかもしれない。
しかし、こういう時にイタズラ心というものは湧いてきてしまうもので……
「うん、そうなんだ」
「なんだ~、やっぱり違…………え?」
あまりにもナチュラルな返答に、高坂さんも発言の途中まで気づかず、目をパチクリさせている。
一瞬の沈黙の後――
「「ええええええええええええええ?!」」
「……な?!」
「…というのは冗」
「海未ちゃん!穂乃果そんなの聞いてないよ!」
「そうだよぉ!どうして教えてくれなかったの?!」
……あれ?
「ちっ違います!別に私と悠人はそんな……」
「でも海未ちゃん顔真っ赤っ赤だよ!」
「そんなことありません!悠人!どういうことですか!」
予想以上の反応だった。
これは早めに訂正しないと恐ろしいことになりそうだ……。
◇◇◇
「びっくりした~。海未ちゃんが遠くに行っちゃったかと思ったよ~」
「ううううぅ」
「あはは……」
急いで訂正し、本当の関係を説明すると、幼なじみ2人はどうやら納得してくれた様子。
海未はショックが大きかったのか、心ここにあらずといった状態だ。あとで謝らなければ。
「ごめーん海未ちゃん!穂乃果が変なこと言っちゃったせいで……」
「明日の宿題はもう見せてあげません!」
「うわーん海未ちゃん、ごめんってばー!」
プリプリと高坂さんを叱る海未。その2人をみてあたふたする南さん。
昔から話には聞いていたけど実際に幼なじみの現場を見られるとは。
「悠人も悠人です!穂乃果の冗談に悪乗りしないでください!」
「ごめんごめん、ちょっと驚かせたくなっちゃって」
なんて思っていたら、ついに自分まで叱られてしまった。
自分が対象になって初めて分かったけど、
海未の凛とした声で叱られると身が引き締まる思いになるな。反省。
「南さんも、ごめんね?」
「びっくりしました~。本当だったら茅野くんをおやつにしちゃうところでしたよ♪」
柔らかな笑顔で凄いことを言われた気がする。
おやつってなんだろう……よくわからないけど、怒らせたらかなり怖いのかもしれない。
◇◇◇
「そっかー、2人は塾で知り合ったんだねぇ」
改めて高坂さんがしみじみした様子で呟いた。
高坂さんも南さんも、昔を懐かしんでいる様子。
「あの頃は大変でしたね。穂乃果を音ノ木坂に合格させるのは至難の業でした」
「えー海未ちゃん、それは言い過ぎだよー」
「大変でしたよね、ことり?」
「あはは……そうだったねぇ」
「むぅ、ことりちゃんまで~!」
どうやら高坂さんを同じ高校に合格させるために、
海未だけじゃなく南さんも相当苦労したらしい。
さっきも宿題うんぬん言ってたし、やる気を出すまでが大変なんだろうなぁ。
「海未ちゃんとことりちゃんは頭いいからわからないんだよー」
「そんなことないですよ。それに、私だって悠人に色々と教わってたんですから」
「え~!海未ちゃんでもわからないところとかあったの!?」
「いやいや、大したことは教えてないよ」
実際海未は、当時から見ての通り努力家で、経験値が豊富だった。
だから、俺が教えたのはちょっとしたヒントと、アイデアくらい。
数学だったら、補助線の引き方とか。それを活用出来たのは他でもない海未だ。
「そっか~、じゃあ海未ちゃん先生の先生だから、茅野くんは大先生だね!」
「あはは、ことりも大先生に教えてもらえば良かったかなぁ♪」
先生か、いい響きですね……!
こんな可愛い子たちの先生だったらノーギャラでも大歓迎かも。
でも、高坂さんの先生は海未と南さんにしか務まらない気がする。
「そういえば海未ちゃん、中学の頃、塾のある日はなんか楽しそうだったよねぇ」
「そ、そうでしたっけ」
ふと思い出したように、高坂さんが喋り始めた。
気のせいじゃなければ、ちょっとニヤニヤして海未の方を見ている。
「うん、その日だけはことり達を置いて急いで帰ってたかなぁ」
「そ、それは……早めに塾に行って予習をしていただけです!」
相変わらず天使のような微笑みの南さん。
でもその一声は確実に海未をおびやかしているぞ……。
もし、万が一、自分が想像した理由で海未が塾を楽しみにしてくれていたなら――
素直に嬉しいと思う。自惚れだったら恥ずかしすぎるなこれ。
◇◇◇
「そういえば、高坂さんと南さんもμ'sのメンバーなんだよね?」
自己紹介や他己紹介も一区切りついたし、μ'sの話題を振ってみる。
以前海未から聞いた、μ'sを始めた幼なじみ3人とは間違いなくこの3人だろう。
「うん!この3人は最初のメンバなんだ~」
「やっぱり、ちょっと恥ずかしいなぁ」
「μ'sのことは最近知ったんだけど、PVも曲も良かったよ」
「本当?! やっぱり嬉しいな~」
μ'sのことを言うと、幼なじみ2人はそれぞれ、らしい反応だった。
良い!と思ったことは積極的に伝えていきたいので、もちろんこの2人にも。
「ことりちゃんは、μ'sの衣裳を作ってくれてるんだよ!」
「そうなんだ、『これからのSomeday』の衣裳、可愛かったよ」
「えへへ。ありがとうございます」
南さんは衣裳担当のようだ。
それにしても、あの衣裳はてっきりどこかに発注しているものだと思った。
純粋に凄いと思うし、9人分を担当するんだから相当頑張っているんだろうな。
「それで、海未ちゃんは――」
「ほ、穂乃果、その話は……」
「えー、なんで?いいじゃん!」
「それは……いろいろ事情が……」
案の定、話の流れ的に海未の話になるよね。
先日のメッセージのやり取りで察してしまったが、海未はバレてないと思ってるみたいだ。
どういう反応をすべきなのかな?うむ。
「海未は、作詞担当かな?」
「おー、茅野くんは知ってたんだね!」
「?!悠人、何故それを……」
流れ的にそのうち分かりそうだったし、許せ海未。
それにしても、バレてないと思っている海未は微笑ましいな。
「この間連絡した時になんとなく察した」
「そんな……」
「ふふ♪海未ちゃん顔赤いよ♪」
「もう、海未ちゃんは恥ずかしがり屋だな~」
「そうだぞ、自信持った方がいいよ。『START:DASH!!』の歌詞とか好きだし」
「はい、ありがとうございます……」
そんなこんなで、幼なじみ3人との謎の会合は終わった。
帰り際、高坂さんと南さんから連絡先を聞かれたけど、
海未に止められてしまったのはちょっと残念だった。変な意味じゃなくて。
……意外と俺信頼されてないのかなぁ?
2015/07/28:元 #10 と統合しました。